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調和と大地の迷宮  作者: 旅燕
シプレ編

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希望の街

「いらっしゃいませ。ようこそ、宿屋『ニバンボシ』へ」


 一行が聞き込みをして選んだのは、ニバンボシという宿屋。少し高いが、セキュリティがしっかりした良い宿だという話だった。

 幸い、チドリムネズミのおかげでアルモニアの財布は潤っている。


「四人部屋を二つ。とりあえず十泊で」

「はい。当宿は朝晩のお食事付きとなります。詳しくはお部屋に置いてあるパンフレットをご覧ください」


 ディーンが代表して交渉し、鍵を受け取る。

 部屋は隣同士。男子と女子で分かれる形だ。


「それじゃあ、またあとで」

「うん」


 コミティスたち女子グループと別れて、イリオス、ディーン、シグは部屋に入る。

 イリオスはさっそく部屋の窓を開けて、街の空気を感じ取っている。シグは床に荷物を下ろし、ディーンはクローゼットを開けて……


「ん?」


 思わず声を漏らす。


「どうした?」


 イリオスが振り返ってディーンに聞く。


「いや……鞄が、あって」


 イリオスとシグが覗き込むと、そこには確かに、見慣れない大きな鞄があった。


「なんだろ、これ」


 シグが軽く持ち手を引く。大した重さではないが、何か入っている。


「シグ、あまり触るな。とりあえず宿の人に聞いてみることにしよう」


 シグの手を押さえて引っ込めさせたあと、ディーンは廊下に従業員を探しに行く。



「ああ、大変失礼いたしました。前のお客様の忘れ物でして。お伝えくださりありがとうございます」


 ディーンに呼ばれた従業員は、鞄を持ち上げると部屋を出ていった。


「……あんな大きなもの、忘れていくか?」


 その後ろ姿に、イリオスがぽつりと呟いた。



 一方の女子部屋。

 こちらには忘れ物があるということもなく、全員がリラックスしていた。


「ほらみんな」

「ありがとう、アルテ」


 アルタリアが配っているのはセルフサービスの温タオルだ。廊下に置かれていたのを月船が見つけていた。


「はあ……気持ちいいですね」


 ちょうど良い温かさのそれを使って、女性陣は首元などの汗を拭いていく。

 と、コミティスの手が引っかかり、服の下から一本のネックレスが引き出される。

 コミティスはそれに慌てることなく、首元をしっかり拭いてから再びネックレスを服の下に入れた。


「へえ。このあたり、色々なお店があるんですね」


 リラは机の上に置かれていたチラシを眺めて言う。アルタリアもそちらに向かい、リラが見ているのとは別のチラシを手に取る。


「ふむ。旅の冒険者が困らないようにという気遣いか」


 アルタリアが手にしているのはこの街一番という商会のチラシだ。


「多分、違うんじゃないでしょうか。おそらくこの宿も、宣伝料を貰ってやっていることですよ」


 荷物の整理をする月船が言う。


「持ちつ持たれつというやつか」

「そういうことです」


 とはいえ知っていて損をすることでもない。

 アルタリアはせっかくだからとチラシに目を通す。



 宿で一息ついたアルモニアは、冒険者ギルドへ向かう。目的はこの街でのチーム登録である。

 冒険者ギルドは街ごとに管轄が違うので、当然登録もそれぞれでやらなくてはならない。


「……はい、お待たせいたしました」


 受付嬢がチームの証明書を差し出す。真新しいそれにはまだ何の実績も記録されていない。


「せっかくだし、何か依頼でも受けていくか?」


 受付カウンターを離れて、イリオスが言う。その目は未知のダンジョンへの好奇心で溢れている。


「いや、今日はやめておこう」


 しかしディーンにすぐ止められる。


「ダンジョンに入るのは情報収集をしてからだ。……今日は、依頼の雰囲気を見るだけな」


 アルモニア一行は依頼を貼り出す掲示板の前に向かう。


「へー。いっぱい仕事があるな!」


 リムフォードのものより大きい掲示板。昼前という時間もあって隙間が多いが、それでもたくさんの依頼が残っている。


「へえ。こんな時間でも、結構割の良さそうな依頼が残ってるんだな」


 ディーンが掲示板を見て言う。


「…………」


 そんな素直な感想に対して、月船は何か考えたあとで……口を開く。


「この街での基準はまだよく分かりませんが……あえて残されているという可能性は考えたほうが良いですよ」

「あえて?」


 ディーンが問い返すと月船は「ええ」と頷く。


「本当に割の良い依頼なら、争奪戦になっているでしょうから。それがこんな時間まで残っているということは、何か意味があると考えるべきです」


 月船の言葉にディーンは改めて掲示板を見る。


「そういうものか」

「ええ。そういう意味でも、しばらくは情報を探ったほうが良いでしょうね」


 勉強になるなとディーンは思った。



 ある程度依頼掲示板を見たところで、そろそろ冒険者ギルドを後にしようかと一行が話している時であった。


「ふざけるな!」


 大きな声がその場の空気を切り裂く。見ると、冒険者ギルドの受付カウンターに一人の男がいる。彼は片腕をギプスで固定し吊り下げていた。


「俺らはおまえら冒険者ギルドが出している仕事だから、信頼して受けたんだぞ! それがあんな……」


 冒険者はそこで声を詰まらせる。その様子を見て受付嬢は、どこか冷めた目で言う。


「それは、お気の毒です。ですが私たちは、依頼主さまから預かったお仕事を、皆さまに紹介しているだけ。それを受けるかどうかは皆さまが決めることですから。当ギルドには一切の落ち度はありません」


 突き放すようなセリフに、冒険者はバンと、動く方の手でカウンターを叩く。


「はあ!? 俺らは……!」


 周囲の冒険者たちは、大体の事情を察したらしい。それぞれが日常に戻っていく。


「運の悪いやつらだな」

「でもまあ、自己責任だよな」


 そんなことを口々に言いながら。



 冒険者ギルドを出たアルモニア一行。その空気は重い。


「あの……とりあえず、お昼にしませんか?」


 しかしいつまでも気落ちしているわけにもいかない。リラのひと言で空気を切り替え、何を食べるかの相談を始める。


「俺、肉が良い!」

「おまえ、ちょっと前に食べてただろ」

「シプレの名物料理などどうだ?」


 和気あいあいと話を進めているときであった。


「いたいっ!」


 すぐ近くで聞こえた子供の声。見ると、シグがいつもの顔で幼い子供の手を掴んでいた。


「シグ! 何をしているんだ!」


 ディーンが言う。するとシグはこともなげに返す。


「こいつ、イリオスの鞄に手を入れようとしたよ」


 イリオスが思わず鞄を見る。未遂で止められたからか、触られた形跡はない。


「そうだとしてもやり過ぎだ。なあ、キミ」


 ディーンは腰を落とすと、幼子と視線を合わせる。


「こんなことはしちゃダメだ。お父さんとお母さんが知ったら、悲しむぞ?」


 ディーンの諭すような口調に……子供はキッと睨むと同時に、シグの手を振りほどく。


「どっちも死んだよ!」


 そして捨て台詞を残して走り去っていった。



 幼子が人波に消えて。


「……どうなっているんだ、この街は」


 ディーンは困惑した様子で立ち上がる。それに対して言葉を返すのはシグだ。


「どうもこうも。こういう街なんでしょ」


 シグに戸惑った様子はない。そのこともまた、ディーンの困惑を強める。


「…………」


 アルタリアは腕を組んで難しい顔だ。

 誰もそれ以上言葉を繋げないのを見て……月船が口を開く。


「この街はおそらく……人の死が日常の街なんですよ」


 シプレの通りは変わらず賑やかだった。

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