動き出す針
翌日、リラは言われるがままにその店の前に来ていた。
アルタリアと最初に話した、アルタリアとの待ち合わせにたまに訪れた、アルタリアのお気に入りの店。この一ヶ月、近寄らないようにしていた場所。
今さら何の用なのかは分からない。話したいことがあるわけでもない。
しかし、今日この場所に来なければ、リラは自分を許せない予感がしていた。
喫茶店に入ると、リラは個室へと案内される。そこには既にアルタリアが待っていた。
「久しぶりだな。まあ、座ってくれ」
感慨の無い、いつもの調子で言うアルタリア。言われるがまま彼女の正面の席に座る。
「……お久しぶりです」
「ああ」
やがてウェイターがリラの分の飲み物を置いていく。
「……何のご用ですか?」
やや緊張のこもった声でリラは聞く。アルタリアはリラックスした声音で言う。
「ん……あんな別れ方をしたからな。元気かどうか、心配になっただけだ」
その口調は記憶にあるものと何も変わらなかった。
「そう、ですか」
リラの声はまだ硬い。
「…………」
二人の間に沈黙が落ちる。
ふと、アルタリアが口を開いた。
「なあ、リラ」
「……何でしょう」
「リラはどうして、盾を習いたいと思ったんだ?」
「…………」
アルタリアの問いに、リラはしばらく沈黙してから口を開く。
「父が、冒険者で盾使いだったから。それだけです」
「そうか」
「はい」
アルタリアはいつものように落ち着いた所作でカップに口を付ける。
「アルテさん」
「なんだ?」
やがてリラは覚悟を決めて顔を上げた。
「率直に教えてください。わたしの、盾使いとしての才能はどうですか?」
彼女はカップから口を離すと、リラの目を見つめ返す。
「分かった。率直に言おう。リラには、盾使いとしての才能は無い」
やっぱり。
そのことはもう分かっていたはずなのに、胸の奥がずきりとする。
「いつから、そう思っていたんですか?」
それでも向き合うように、リラは質問を続ける。
「教え始めてすぐだな」
「どうして教えてくれなかったんですか?」
「言って納得したか?」
「それは……」
それは確かにそうだ。あの頃の自分は盾使いになることしか考えていなかった。
「私からも聞いても良いか?」
「…………」
リラは答えないが、アルタリアは構わずに言う。
「父君が盾使いだと、どうして盾使いになる必要があるんだ?」
父のことを聞かれて、リラの心が少し痛む。でも逃げようとは思えなかった。
「それは、父の考えが知りたかったからです」
冒険者の父。
自分達母娘を置いて、社会的立場の低い冒険者にこだわった父。
その考えを知りたかった。
「ならば、盾使いにこだわらなくてもいいのではないか?」
リラの説明に、アルタリアはこう答えた。
「えっ?」
どういう意味か分からず、リラは固まる。
アルタリアは続ける。
「父君は盾使いである以前に、『冒険者』だったのだろう? 盾使いだったのはあくまで……手段の一つに過ぎん」
彼女は大真面目に語っている。リラはその目に惹きつけられる。
「であれば……父君の考えを知る手段は、盾だけではない。剣でも、槍でも……うん。その二つもおそらくはリラには向かないが……とにかく、盾使い以外にも道はある」
あまりにもストレートな物言いがリラの胸に突き刺さる。でも、言っていること自体は的を得ているように感じた。
「武器が使えないなら、どうすれば良いんですか?」
リラは問いかける。すると、アルタリアはすっぱりと言い切る。
「知らん」
「えっ?」
やはり正直過ぎる言葉にリラはぽかんとする。
「それは自分で見つけてくれ。生憎私は、武道の道しか知らないからな。他の道に関しては助言のしようがない。ただな」
アルタリアはふと口元に笑みを浮かべる。
「私は知っている。リラが努力できる人間だということを。一年近く一つのことを続ける根気があることを。その二つがあれば……きっと、別の道が開ける」
別の道。
考えもしなかったそれが、突然リラの前に現れる。まだ具体的な姿は無いけれど、確かにそこにある気がした。
「未来の自分が、誇れる選択肢を取れ」
「え?」
アルタリアは言う。
「たとえダメだったとしても、後悔の無いように進むと良い。たとえ冒険者になれなくとも……積み上げたものが消えてなくなるわけではないのだから」
その言葉にリラはそうでしょうかと返す。
「武道の才能が無いのなら、わたしが一年頑張った意味は……」
リラの弱気な発言に、アルタリアは「何を言う」と不思議そうな顔だ。
「冒険者は身体が資本だ。どんな道を選ぶにせよ、体力はあって損するものではないぞ?」
励ますわけでもない、ただ事実を挙げようとするその言葉に、リラはくすりと笑った。
「そう、ですね。体力はあって、損するものではないですね」
「ああ」
くすくすと笑い合う二人。
「……ありがとうございます」
ふと、リラは口にする。
「何がだ?」
「わたしのこと、元気づけてくれようとしたんですよね。おかげで、肩の力が抜けた気がします」
リラが言うと、アルタリアは優しく微笑む。
「ああ。友人が苦しんでいるのなら、助けてやりたいからな」
「友人?」
「もう師弟ではないんだ。他にどう表現のしようがある?」
気取らない彼女にリラは声を上げて笑う。
「そう、ですね。わたしたちは、友達ですね」
「ああ!」
一年という月日はリラを盾使いにはできなかった。
しかし一人の友達を授けてくれた。
それだけでも、リラの一年は無駄ではなかったように感じられた。
「今日はありがとうございました」
喫茶店の前でリラは頭を下げる。
「なに、気にするな」
と、その時だった。
「うわあああん」
小さな子供の泣き声が二人の耳に届く。
見ると、転んだのか幼子が地面に座り込んで泣いていて、祖父らしき老人がおろおろしている。
「あらら。ちょっと行ってきますね」
通行人達が気の毒そうな顔で通り過ぎる中、リラは自然とそちらに足を向ける。
「こんにちは。大丈夫かな? 良かったらお姉ちゃんにおケガを見せて?」
そう言って声をかけると、傷口についた砂を軽くぬぐって、それから治癒魔法を使う。傷はみるみるうちに塞がり、幼子は不思議そうな目でそれを見ている。
「うんっ。もう大丈夫。よくがんばったね」
「……うん」
幼子はこくんと頷く。少し前まで困り果てていた老人もすっかり安心した顔だ。
「ありがとうございます。なんとお礼をすれば良いやら……」
恐縮する彼にリラはいえいえと声をかける。
「どうかお気になさらず。気をつけて帰ってくださいね」
そして幼子は元気に手を振りつつ、老人は何度も頭を下げながら立ち去っていく。
「見事なものだな」
その手際を見ていたアルタリアがリラに声をかける。
「はい。治癒魔法は得意なので」
そう言った次の瞬間……リラははっとした顔で自分の手を見つめる。
「……リラ?」
アルタリアが聞く。するとリラは我に返って手を下ろす。
「いえ……何でもないです」
「そうか。リラも、気をつけて帰るようにな」
「はい」
そして二人は解散する。アルタリアは貴族街にある自分の家に、リラも薬屋兼自宅に。
道は分かれた二人だが、結ばれた絆はほどけない。




