挫折
次の朝。
いつもと同じように家を出たアルタリア。
少し冷える日だった。
貴族街を出て、仕事へと向かおうとしていたその時だった。
「……アルテさん」
聞き慣れた声にアルタリアは振り返る。そこには顔を伏せたリラが立っていた。
「どうした?」
リラはこんな風に突然やってくるような子じゃない。
アルタリアは、何かあったなと思いつつ、しかしそれを声には乗せない。
いつも通りの気取らない口調でリラに問いかける。
リラは震える声でこう言った。
「わたし、もうやめます。わたしには、才能が無かったみたいです。せっかく時間を作ってくれていたのに……ごめんなさい」
そして最後に……リラは精一杯の誠意を込めてアルタリアの顔を見る。
「今まで、ありがとうございました」
返事は、聞かない。
アルタリアが戸惑いその背に声をかけるが、リラは足を止めない。
逃げるように人波へと紛れていく。
それから一ヶ月。
その間のリラは抜け殻のようであった。
鮮烈に残る手合いを時々思い返し、これで良かったと家の仕事を手伝う日々。
もう母にさみしい想いをさせることもない。
でも何故か、母の顔をまっすぐ見られなかった。
父のことは思い出さないようにしていた。思い出したら、泣いてしまうから。
母は、そんなリラのことを心配そうに見つめていた。
夕方。リラは母と共に店を閉める準備を始める。
何事もない日々に少しずつ身体は慣れ始めている。もう夕方の走り込みに出ることもない。
ふと、ドアチャイムの音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
母が客の応対をする。カウンターの裏で作業を進めるリラには関係無かった。その声を聞くまでは。
「傷薬を一つ。包帯を二巻」
記憶にあるままの声に、リラはばっと顔を上げる。思わずカウンターの方を見る。
頼まれた品を準備する母の前にいたのは、見知った女性であった。
リラと顔が合うと……彼女は心配するでもない、いつもの口調で言う。
「明日のこの時間。あの店で待っている」
そして母から品物を受け取ると、アルタリアはそれ以上何も言わずに去っていった。




