表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和と大地の迷宮  作者: 旅燕
外伝 リラとアルタリアの物語

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/60

壁を見た日

 それから……

 リラはまず、基礎体力を付けるためのトレーニングから始め、少しずつできることを増やしていった。

 アルタリアの指導は厳しいが分かりやすく、ひとつひとつのトレーニングの意味をしっかり言語化してくれるので、リラも安心してついていけた。

 半月が経過する頃には、練習用の盾を使ったトレーニングも始まった。この時、最初は父の盾に一番近いサイズ感のものを選んで笑われたものだ。


「そんな大盾、私でも扱えんぞ」


 そう言って小さなものを渡された。

 リラは毎日毎日、アルタリアとの特訓が無い日も欠かさず自主トレーニングに励んだ。

 アルタリアはリラの指導には一切の手を抜かなかった。抜かなかったのだ。

 毎日のように走り込みに出ていく娘を、母は笑いながら見ていた。



「ありがとうございました!」


 その日も特訓をやり切ったリラ。


「ああ。今日もよく頑張ったな」

「はい!」


 最初は貴族街に緊張しきり、アルタリアの存在感にも気圧されていたものだが、一年近くが経った現在ではどちらも慣れ、通りすがりの貴族に変な目で見られることも減った。

 今日はアルタリアとは貴族街の入口で分かれ、帰り道は途中の広場で時計を見た後にジョギングしながら帰る。


「ただいまー」

「おかえり、リラ」


 帰ったらもう一度時計を見て、タイムを確認する。


 今日は少し遅めだったな。


 しかしトレーニングを始めた頃に比べればだいぶ速くなった。リラは手帳に今日の記録を書き込む。

 早いもので、記録を始めてからもう一年近くになっている。


「じゃあお母さん、お風呂先に入るね」

「うん」


 母も慣れたもので、リラが戻ってくる時間に合わせて風呂を沸かしてくれる。

 冒険者になると言った時。アルタリアに弟子入りした時。どちらも驚いていたが、何も言わずに背中を押してくれる母がありがたかった。


 ――やっぱり、あの人の娘ね。


 母はよくそう言って笑う。

 きっとさみしい想いをさせているのだろうと思うけど。

 申し訳ないという気持ちも湧いてくるけど。

 でも、父の気持ちを知りたいという気持ちは今も変わりなかった。



 アルタリアとの特訓は週に三回。夕方の時間帯が多いが、それ以外の時間帯になることも時々ある。

 今日は朝方の特訓だった。


「おはようございます!」

「ああ。今日も元気だな」


 いつもの広場で待ち合わせをして、早速貴族街に向かう。そしていつも通り貴族街に繋がる門をくぐろうとしたところで……


「アル姉!」


 その日は少し違った。

 リラが振り向くとそこにいたのは青い髪の少年。年齢は自分よりひとつかふたつ下だろうか。


「なんだ、おまえか。どうした?」


 アルタリアは引き返すと、その少年の前に歩み寄る。


「遊びに来た」

「……昼食をたかりに来た、ではなく?」

「そうとも言う」


 アル姉という呼び方。この気安い距離感。どうやらアルタリアの知り合いらしい。


「自分の家で食べろ」

「やだ。父さん、うるさいもん」


 やがてアルタリアは仕方がないとばかりに首を振ると、リラに向かって言う。


「リラ、この子も連れて行っていいか?」

「え?」


 少年はリラのことをじっと見つめる。少し警戒されているような気がした。ただ、断る理由も思い付かなかった。


「別に、良いですけど……」

「すまないな」


 悪いと思ったことには、相手が誰であろうと謝るのはアルタリアの良いところだ。


「リラの特訓の邪魔はさせないから。……ということだ。今日は先約優先だからな」

「ん」


 少年は短く返事をして頷く。

 そんなわけで三人はアルタリアの家に向かう。



 イレギュラーもあったが、リラはいつも通りにアルタリアの家で筋力トレーニングを始める。

 少年は相変わらず付いてきていて、今は軽い柔軟をしていた。


「ねえ、アル姉」


 柔軟が終わったところで少年はアルタリアに声をかける。


「どうした?」

「手合わせ、しよ」


 マイペースな子だなあ。


 アルタリアはちらりとリラを見る。


「別に良いですよ。いつも通りにやりますから」


 今やっているのはいつものトレーニングで、手順も分かっている。問題は無いとリラは言った。


「……悪いな」


 アルタリアがそんなことを言っている間にも、少年は勝手知ったる様子で練習用の剣と盾を持ってくる。


「ん」

「はいはい、分かったよ」


 アルタリアは肩をすくめると、剣と盾を受け取り、間を空ける。

 と……

 少年が飛び出した。


「っ!」


 トレーニングをしていたリラは、一瞬でそれに引き込まれる。

 キンと練習用の剣が打ち合う音がする。

 アルタリアは……自分との手合わせと比べて、明らかに動きが良い。

 極端に手を抜かれていると感じたことは今まで一度も無かったが……あの少年とのやり取りを見ると、アルタリアは全く本気を出していなかったのだと分かる。


「…………」


 リラは思わず、トレーニングを止めて二人の手合いを眺める。

 ……眺めていた。



 その日の夜……

 横になったリラはなんとか眠ろうと目を閉じる。

 明日の朝も、早いのだから。

 そう言い聞かせるも……脳裏にこびりついた手合いは消えてくれない。

 自分よりも年下の少年。

 明らかに動きが良いアルタリア。


「……っ!」


 思い出すな、思い出すな!


 必死に胸の奥に蓋をする。だが……つうっとリラの瞼の隙間から涙が溢れる。


「うっ、うう……」


 一度決壊したらもう抑えきれない。次から次へと涙が溢れてくる。


 ……無理だ。

 あの子のような動きも、アルテさんみたいな動きも……わたしには、一生できない。


 特訓を始めた頃なら、いつか自分もと言えたかもしれない。

 けれど……一年続けているから、分かってしまった。

 ベッドの上で背中を丸め、止まらない涙を拭う。

 心が折れる、音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ