浄化の魔道具
夕方のリムフォード。
探索を終えた後に、ディーンとリラは買い出しに出ていた。
「あと買わなくちゃいけないのは……」
買い物メモを見るディーンだが、既に買い物の大部分は終わっている。
「ごめんなさい。荷物、持たせちゃって」
「気にするな」
そうして、そこそこ人が通る路地に入った時だった。
「やあ、そこのお兄さん!」
見ると、見慣れない屋台が出店していた。気の良さそうな顔の商人がこちらを見ている。
「……オレか?」
「そう! お兄さん、冒険者だろ? ぜひうちの商品を見てってよ!」
ディーンとリラは顔を見合わせて……まあ良いかと店を見る。
その屋台で主に売っているのは冒険者用の雑貨だ。商品に付けられている値札は全体的に安めである。とはいえ急ぎで買わなければならないものはない。ディーンとリラが店をあとにしようとした時だった。
「あ、ちょっと待ってよ」
焦った様子の商人は言う。
「実は今ね、棚には並べていない特別な商品があるんだ」
「特別な商品?」
ディーンとリラの声がかぶる。
「そう! お兄さん、シプレの街って知ってるかい?」
「シプレ……っていうと、西の?」
ディーンが答えると、商人は「そうそれ!」と言う。
「お兄さん、物知りだねえ。そう。シプレといえば西にあるダンジョン都市さ。リムフォードよりずっと大きな街でね。人も商品もたくさんあるのさ!」
なんでもこの商人はそのシプレという街から来たんだとか。
「で、今回紹介したいのがこれ! 最新の浄化の魔道具さ! シプレで一番の大商会、ルクス商会の品物だから品質もお墨付きだよ!」
話によると、その魔道具は使い捨てだが三十分ほどでどんな泥水も飲用水にできるのだとか。
非常用に鞄に入れておけば、緊急で水が必要になった時も安心とのこと。
「なるほど、良いな」
ディーンとリラは頷く。が、値段を聞いて驚いた。
「……二十本セットとはいえ、高くないか?」
「うーん、こればっかりはねえ……」
商人も眉を垂らして困り顔だ。
「でも、自信を持っておすすめできる品物なのは間違いないよ。何せ人間、水が無いと生きていけないんだから」
「…………」
ディーンはしばらく考えると……頷く。
「よし……買うよ」
「えっ」
リラが驚いた声を上げる。
「お兄さん、分かってるねえ。こういうところで出し惜しみしない冒険者は長生きするよ。はいっ、お品物!」
「ああ、ありがとう」
他の商品は安いし、きっとこれも適正価格なのだろうとディーンは判断した。
「また来てねー!」
そしてニコニコと気の良さそうな笑顔を振りまく商人と別れる。
「…………」
その帰り道、リラはやけに静かだった。
ディーンが廊下でリラと別れて部屋に戻ると、コミティスが部屋で事務をしていた。急ぎの手紙の返信を頼んでいたのだが……どうやらそれは終わったらしく、今は帳簿を見ていた。
「ああ、おかえり。ディーン」
「ただいま。イリオスは?」
「ツキフネさんのところ」
このところイリオスは、よくツキフネという人のところへ出かけていた。
「良かったら帳簿、付けておこうか?」
「ああ。やってくれるなら助かるよ。オレはこっちの整理があるからな」
ということで、ディーンは帳簿をコミティスに任せて、自身は買った荷物の整理を始める。
そのさなか、ディーンはふとコミティスの表情に目が留まった。少し硬く見える。
「……?」
ディーンはそこにわずかな違和感を感じた。
「ただいま」
と、そこにアルタリアが戻ってきた。彼女はディーンとリラとは別の店に買い出しに行っていたのだ。
「ん、ああ。おかえり」
ディーンはアルタリアの荷物を受け取る。アルタリアは「ありがとう」と言うと、コミティスの方に向かう。
「コミティス。これが領収書だ。たの……」
発言の途中でアルタリアの口が止まる。その視線はコミティスの前に広げられた帳簿に向けられていた。
そして。
アルタリアはため息をつく。
「あ……」
コミティスとアルタリア。二人の様子を見たディーンはようやく、帰り道のリラがやけに静かだった理由に思い当たる。
「…………」
ディーンは顔を真っ青にしてうつむいた。
その日の夜。
「……それじゃあ、みんな。お疲れ様」
いつも通りに反省会を終えて、コミティス、リラ、アルタリア、シグは退出していく。
「…………」
ディーンは帳簿を手にして立ち上がる。
「なあ、ディーン?」
出ていく四人を見送った後のイリオスが、ディーンに声をかける。
「なんだ?」
ディーンはいつもと変わらない表情を向ける。
「なんか、あった? 最近ちょっと、顔が暗い気がするんだけど」
イリオスの質問にディーンは答える。
「そうか? ……特には、何も」
「そっか。…………」
ディーンは、帳簿を定位置の引き出しにしまった。




