ハグ ディスタンス
夕食を済ませたセイは食器は食器を洗い、キユキが厨房に入って来る。本来はミフィが当番であったがセイに譲った形だ。キユキは少し驚き、自分の食器をセイがいる洗い場のシンクの底に置いた。
「お願いね」
キユキはじゃがいもと玉ねぎをボールにとり、セイの元へ行き、洗い場の水を借りる。
「いいかしら」
「はい」
キユキの指が、泥を落とし、皮を剥がず。
「寂しくなるわね」
「そう……なりますか」
「セイ君は寂しくないの?」
「それは寂しいです。でも、もう出兵です」
「生きてあげてね。セイ君が居なくなったら皆とっても悲しむわよ」
キユキが作業台へ戻り、セイは再び皿洗いを始める。
「それは、そうですね」
「何か約束みたいなことしてあげたの?」
「改めてそういうことするの難しくて……」
「そっか。二人にはもうあったって事ね」
「キユキさんみたいに難しい奴じゃないんですけどね」
「でも劇を見て思ったけど、私もやっぱりどこかで、守ることばかり教えようとしてたかもしれないわね……」
「それは、キユキさんのいい所です」
「ふふふ。ありがとう。あのちょっと待っててくれる?」
キユキはパタパタと早足で厨房を後にし、両手を後にしてにセイの所へ帰ってきた。
「せっかくだから今わたしておこっかなって」
「何ですか?」
キユキはセイに向けて一冊のノートを差し出した。
「はい。簡単な推理小説。二人が劇を作ってるって言ってから、私も少しづつ書いてみたの」
「貰ってもいいものなんですか」
「もちろん」
「ありがとうございます。でもこの付箋は?」
「時間がなかったから目次までは作れなかったの。そこからが謎解きパートだから、もし分からなかったらまた読み直してみて。手がかりはそこまでに全部書いてあるから」
「わかりました。解けるまでやってみます」
「防衛線でも暇なときは暇だからゆっくり考えて見てみて。でも戦闘中は集中しないとダメ。演技するにしても、ね」
「すみません。本気で戦ってた人からしたら、あまり気のいい話じゃないと思ったんで」
「ううん。気にしないで。私でも体調の良し悪しはあるから、まずいなって時はちょっと演技してたから」
「それは演技じゃないと思うんですけど」
「んー、そうかもしれないわね。でもロック君みたいな子が相手だとバレちゃうかもしれないから気をつけてって事。この前も普通にしてたけど、呼吸が浅い。浮き足立ってるって。疲れてるんじゃないか?って」
「あいつは何なんだ。マジで」
「ふふふ。ホント不思議な子ね」
「……」
「どうしたの?」
「キユキさん、もしかしたら嫌な事になるかもしれないんですけど、聞いていいですか?」
「何かしら?」
「……、キユキさんは子供はいるんですか?」
「ええ。いるわよ。二人」
「……、多分ですけど、会ってないですよね。ここに来る前とか」
「ええ。やっぱり分かるものなのかな?」
「いえ、何となくです」
「そっか」
「名前を教えてくれませんか?」
「上の子がクリフ・ゼオール、下の子がキユミ・エシュリスタ」
「歳を教えてくれませんか?」
「クリフが8歳でキユミが2歳ね」
「上の子にはもしかしたら防衛線で合えるかもしれません。そしたら、キユキさんの事、少しだけ話します」
「気にしなくていいのに」
「すみません。俺からキユキさんに渡せるものはこれくらいで……。嫌なら黙っておきますけど……」
「ううん。お願い」
「わかりました。あとこの孤児院は数日空けたくらいじゃ何も起きないはずです。休暇が溜まっているならいつ使っても問題は起きないと思います」
「そうねー。私と一番仲良しじゃないのはセイ君だから」
セイは床を見て瞬きを数回繰返す。
「ふふふ。冗談よ」
「いえ、はい……」
「ねえ、本当はおしゃべりは好きだったの?」
「正直な話、本当に好きでも嫌いでもないです」
「そうなんだ。ねえ、知ってる?。それって結構すごい事だって」
「そうなんですか?」
「ええ。ほとんど好きか嫌いかに傾いてる不思議なものよ」
「それは、ちょっと考えた事ないですね」
「じゃあ、一年は早かった?」
「いえ、すごい長かったです」
「そっか。じゃあ私からもう一つだけアドバイス。一年ってね、これからどんどん早くなっていくの。だから、この長い一年を覚えておいて、これからもこの長い一年みたいに生きてね」
「分かりました。それも覚えておきます」
「あとはと……」
キユキはセイの頭を捕まえて胸に抱え込んだ。
「いや、それは……」
ごにょごにょと言ってからセイはキユキの肩を掴んで離れようとしたが、キユキは光術を発動させセイを捕まえた。
「やめろ!」
キユキは術印を消灯し、セイはキユキを振りほどいて怒鳴ろうとする。
「何考え……」
キユキはグスングスンと涙を溢れさせていた。
「あのとき……怒ってくれたこと……私……本当はうれしかったの。ここに来てよかったって。戦って……生き残ってよかったって……。守るため戦って……、良かったって……。生き残って……、出会った子供達が……、優しい子で良かったって……」
「あの時って……、倉庫の……」
今だ涙を止めないキユキをセイは抱きしめた。
「すみません」
「ううん。……本当はね。……もっと一生懸命戦えばよかったって……。旦那が死んでから……何とか生き延びて……、何とか前を向いて……、それで此処に来て……。みんな優しいのに……。それなのに……」
「らしくないですね」
キユキは両手でセイの胸を押して一歩引いた。
「ごめんなさい。もう離れるね」
それから直ぐにキユキは袖で涙をぬぐって止めた。セイは瞬きを数回して言葉を選ぶ。
「〝防衛線〟で8年間生き延びること。それができたらこの国も、俺達の事も守った事になります」
「ふふ。そうね」
「キユキさんは一回も提案書を取り下げようとしませんでした。本当に気に入らないならそれができるけど、それをしなかった。俺はそう思ってます。だから、余計なものが引っ付いてるから、涙って溢れて、それが雨なら、恵みの雨にもなるのかなって。それを思いついて、皿洗いの時に言おうかなって思って、結局、今まで言えずにここまできました」
セイは照れくさそうに視線をそむけた。
「私とおしゃべりするために考えてくれてたの?」
「そう……じゃないかもしれません」
「ふつう意地悪する?。ここまできて」
「泣いてるよりは怒ってる方がいいかなって」
キユキはふふふ、と微笑み、少し子供っぽく首を傾げてセイに伝える。
「ねえ、この話はみんなにしていい?」
セイも同じように首を傾げ、それから目をきつく閉じて腕組みをする。
「お願いしますから俺が行ってからにして下さい」
二人は作業を終わらせ、キユキが一呼吸おき術印を消灯し厨房を抜けて食堂を出た。
セイは人生で一番深刻な顔をして、年長男子組の部屋に戻り、ヒースとロックとギーに背を向けて、ベットに腰掛けた。肘はそれぞれ両膝に置かれ、猫背のような背中を三人に見せる。
部屋に入ってきたときから漂う、セイの悲壮な雰囲気を三人は感じて、見つめ、時に俯き、黙ったまま、1時間ほど過ぎた。
沈黙を破りヒースが穏やかに口を開く。
「なぁ兄貴、一緒に風呂にいかねーか?」
セイは床下から出しているような、低く、くぐもった声で答える。
「俺は今日は入らない。お前らだけで行くんだ」
ロックが意気地を入れて、息を吸い込み、文句を飛ばす。
「何言ってんだよ!、今日が最後だぞ! セイ兄! ミフィ姉とは風呂に入れないんだからいいだろ! ……。 入るの……か? 深夜の……家族湯」
ロックはセリフの最後にはセイと同じくらい深刻な状態に戻った。
セイは一応体を震わせて言った。
「いや、違う。少し具合が悪いくて」
ギーがセイの正面にまわり銀の瞳でセイを見つめる。
「セイ兄ちゃん大丈夫?。出兵怖くなった?」
セイが明るく微笑みギーに答える。
「いや、そういうわけじゃない。平気だよ」
ヒースも気合を入れて、明るく元気よく振舞う。
「じゃあ行こうぜ」
再びセイが俯く。
「悪い。せめて時間ギリギリに行こう」
ヒースとロックとギーは再び黙った。とりあえず、という感じで、三人は顔を合わせて頷きあった。
温泉にて、セイの下腹部の〝術印〟を見た三人は、笑い声を止めることができなかった




