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イグニション前の速度より  作者: 紀
【冬の章】
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術印ライト

 セイの出兵前日である。出兵前日は出兵該当者は休日となる。クォーサイドタウンでは孤児院の子供全員が休みとし、セイ以外は後の休日が修練の日に振り返られる。

 全員、朝食を済ませ、セイ達は男子年長組の部屋へ帰って来た。

 セイが最後に部屋に入り扉を閉じる。

 ヒースとロックとギーがそれぞれはやしし立てる。

「なあ兄貴。ミフィ姉と過ごしてやれよ。俺たちは夜に飯でも食えたらそれでいいからさあ」

「さっさと行けよ。鬱陶しい」

「ミフィ姉ちゃんと結婚できそうだね。セイお兄ちゃん」

セイはクローゼットから服を取り出しながら、少し慌てたような声を出す。

「いや、お前らに言われるまでもなく普通に行くから」


 ヒースとロックとギーがセイの背中に言葉を浴びせる。

「俺としては後ろから着いて行きたいんだけど、今日は我慢するよ」

「早く行けって。いつまでここにいるんだよ」

「セイ兄ちゃんもミフィ姉ちゃんのこと好きなんだよね?」

 セイは丸首の長袖を首から被りその上にマントをまとう。

「だから、ちょっと待て、なんだよ。このいざ行けって空気は」


 ヒースとロックとギーは振り向いたセイと一瞬目が合い、温かい眼差しを送る。

「何もない村だけど見納めになるからな。早く行けよ。兄貴」

「手とかでもつないで歩けばいいんじゃねーの?」

「ミフィ姉ちゃんに優しくしないとダメだよ?」

セイが少し眉間に皺をよせて扉に向かう。

「ギーはともかく、二人は若干気持ち悪いからその顔止めろ」


セイは女子年長組の部屋の前まで来た。

『ノック……か?』

コンコンコン。扉の奥から声が聞こえる。

「何ノックなんかしてるの?」

「ここは一回じらそう、姉さん」

「ちょっと待つです」

ミフィとカリナとルネの声が次々と聞こえたが、次ぎの瞬間カリナが少し叫ぶ。

「あっちょっと」

先に出てきたアキットが右手でセイの手を取る。

「一緒にお外行こう?」

「ああ」

セイは微笑み答える。アキットは左手に黒い紙を持っていた。二人は孤児院の玄関をくぐり二、三歩、歩くとアキットが立ち止まり、空を見上げる。

「もう止んでるね」

外には雪が二センチ程度積もっている。見上げるアキットにそのまま視線を下ろしてセイとアキットの視線は交わる。

「降ってないとダメなのか?」

「雪にはカメさんに似た模様があるの」

セイは少し考えてから言った。

「ああ、雪の結晶か」

「降ってるところ拾いたかったのに。帰ろう。セイお兄ちゃん」

「そうだな」

 セイがそういうと孤児院の玄関が開き、ミフィが出てきた。

 ミフィはダッフルコートに似た形の、フード付き上着を身に付けていた。色は水色で、下はは白のロングスカート。足元はムートンブーツのような靴を履き、手は一指し指から小指までがまとまった厚手のミントの手袋をしていた。カリナとは別の種類のモコモコしている。

 

「行くのよ。これから。アキット、ちょっとセイを借りるわね」

 ミフィは微笑みアキットをつめる。アキットは二人をキョロキョロと見てから微笑み玄関の方に向かいながら弾むような声を出す。

「もう大丈夫だよ。ごりょうにん、それじゃあね~」

そういうとアキットは年長女子部屋へ引っ込んだ。

「ご両人って……。語彙力ゆがんでるだろ……」

ミフィがふふっと軽く笑って、セイが再び口を開く。

「行こうか」

「行こうかじゃない。こけたらどうすの。ふん」

と言って手袋に包まれた手をミフィは出した。

「ミフィ、即事点灯できるよな?」

とセイは微笑みミフィの手をとった。

「うん」

とミフィも微笑み、二人は歩き出した。


 「温泉いく?」

「まだ言ってるよ」

二人は軽口を叩きながら、示し合わせたように同じ方向へ歩を進める。歩きなれた村の石畳の上、手をつないだまま角を曲がる。

 二人が行きついたのはかつて親猫と子猫が住処としている空き家だった。石造りの平屋で、壁によりそう二つのツボはぽっかりと口が開いており、雪が中に数ミリ積もっている。木の扉の下には、小さな四角い猫用の出入り口が付いており、その一つには蝶番ちょうつがいが光りを反射する。

 二人は扉を開けて中に歩を進める。

「もういないね」

「そうだな」

「みんな生き残ったのかな?」

「猫は大丈夫なんじゃないか。ねずみ退治にも重宝するから」

「現実的ね。ねえ、もしセイが術印を持つなら何がいい?。本当に私の涙なの?」

「いや、あそこはお前の脚本だろ?」

「じゃあ何?」

「何だろう。カエデかな。樽でもいいかな」

「結局メイドか。ねえ、セイ。上を脱いで」

「なんで?」

「術印を刻むから!」

「ああ、うん」

セイは空き家のテーブルに上半身を包んでいた服を重ねていく。

「自分にはいいんだ。やっぱりイカれてるのはお兄ちゃんなんじゃない?」

「何だかんだ最初に刻むあたり、ミフィも肌にこだわりがあるように見えるけどな」

「どうかなー」

ミフィは万年筆を取り出しセイは上半身の服を全部脱いだ。セイはときどき震えるが特に何かを口にせずミフィの支持にしたがった。

「じゃあ膝をついて、背中を向けて」

ミフィは右手の手袋をとり、ポケットに入れていた万年筆を取り出す。

「ちょっと震えないでよ」

「無茶言うなよ」


 ミフィは万年筆をセイの背中で滑らせ円を繋ぐ。

「くすぐったいな」

「すぐ消えるように描いてるからね」

円から耳に繋ぎおでこから牙の方へと動かす。

「ジッとするー」

「慣れてきた気がするけど、まだ震えてるか?」

震えるペン先に気が付き、ミフィは自分の右手を見た。左手を頬に当ててから視界に入れると手袋には涙が染みこんでいた。ミフィの息づかいはゆっくり静かなものに変わる。

「なんだ?」

「もっと集中して!。目を閉じる!」

「俺が集中するのか?」

「当たり前でしょ!。大事な所よ」

セイは言われた通り目を閉じ、震えに注意し、親猫の事を思い出した。

 ミフィは右の脇に力を込めて締め上げ、震えを押さえた。左手は瞳の下を押さえて手袋に涙を吸わせる。右手を再び緩やかに動かす。猫の顎から喉へ、そして前足へ、着実に術印に親猫の意思を再現する。

 首の後に垂れ下がるフードを頭に被せて、ミフィは弾むような明るい声を出した。

「次ぎは立って」

「できたのか?」

「まだ」

セイは言われるがままに立ち上がり、同時にミフィはしゃがみ膝をついた。

「振り向いて」

セイは振り向きフード被っているミフィの頭を見る。軽快なミフィの声を聞く。

「折角だから前も書くよ!」

「は?」

それからミフィはセイの下腹部に万年筆の先をやさしく当ててゆっくり動かし始めた。

「見ないで、恥ずかしいから」

「恥ずかしいならそんな所に書くなよ」

「いいでしょ」

「薄い恋愛小説だな」

「逃げないの?」

「いいよ好きにしろ」

穏やかに告げるセイに対して、ミフィは深く息を吸い込み低い声を出す。

「ペアリングしたドロワーに、ここに刻ませたら絶対許さない」

「こんなところに刻みたいのはミフィだけだよ」

「みんな誤魔化してるだけ。私は素直なの」

 ミフィは、セイのへそで術印の円の縁が途切れないように注意し、それから、蝶や風の中にいる猫の曲を口ずさみ万年筆を動かした。

 窓から差し込む日差しは火のない暖炉を照らしているが、二人の位置は陽光からずれ、空き家の中の影に収まる。。ミフィの歌声は小さかったが、ガランとした空き家の中で僅かばかりの反響を得る。かつての親猫と子猫はもうおらず、ここにいる兄と妹もまた、この村から姿を消す。

 ペン先とセイの引き締った下腹部との接地点を見つめ、ミフィの万年筆はゆっくりと動く。

「まだか?」

上から降ってくるセイの声にミフィはペン先を見つめたまま答える。

「見るなって言った。猫ちゃんの方を方向く!」

セイはかつて親猫が子猫を守護していた四角い棚の一番下を見つめる。ミフィはインクがついた後のセイの肌と、インクをつけるセイの肌とをみつめ、ペン先をゆるぎなく動かす。

「はいできたー」

ポケットに左手を突っ込みセイに向けるミフィの顔には笑顔が宿る。

「着ていいか?」

「いいよ」

セイはテーブルの上の服を一枚一枚、肌から順に重ねていった。

「背中見せて」

「ああ」

――逃げる事適わぬ産声の守り手、その牙もその爪もその魂も、盾として奮う篤き剣、兄の怒りの願いの器――

服を通して黒色に光る背中の術印を見てミフィは満面の笑みを浮かべた。

「うん、最高!」

「自分じゃ見えないな」

といいセイが背中の術印を振り向いて追いかけながらミフィの方へ向き直る。ミフィは下腹部に目がひきつけられて、自然とセイの下腹部の術印を点灯させてしまう。

「っンッ」

ミフィが噴き出し、声をあげて笑い出し、目の端に涙の雫を浮かべる。

「なぁ、ミフィの悲願は本当にこれなのか?」

「そ、それは最近思いついたからそうなったの」

「止めろよ、そういうの」

「?。ねぇ、顔赤い?。赤いねぇ。ねえ怒ったの?」

「怒るわけないだろ」

「ふふん。知ってる。詠唱は効果抜群なんだよ」


 それから二人は空き家を出て村をしばらく歩きながら会話をする。

「お兄ちゃんには内緒にしろって言われてるんだけど、キユキさんね、孤児院の調整のために教育機関に掛け合ってくれてるみたい。同年の男女一組を送ってくるようにだとか、男女比を等しくする事とか」

「でもそんなに居ないんじゃないか?。子供の行き先を決めずに死ぬ親とか」

「うん。そう言われて断られたみたい。でもここみたいな孤児院は他にもあるから全体をみて出来る限りバランスは調製するって合意は貰ったみたい。制度としての調整はまた別にやっていかないといけないらしいけど、孤児院機関には知り合いが居ないからもう少し時間がかかりそうなんだって」

「助かるな。俺には途方もない話に感じるよ」

「私ね、生きて帰ったら引継ぎできるようにって色々教えて貰ってるの」

「そうか。頼むよ」

「うん。任せて」

 それからセイとミフィは、セイの〝指導役〟のデニスの所に行き、二人のペアリングについて話をした。デニスはニンマリしてから頷き、自分では制度を作る事が不可能である事を謝罪した。セイはデニスが謝るようなことではないと告げて、頭を上げる様に促した。デニスは代わりに、セイの修練の判定をBに上げようかと提案した。しかしセイは、虚偽の申請が刑罰級である事を理由に断り、Cプラスの判定書をもらい、今までの礼を込めて深く頭を下げた。隣に控えていたミフィはセイの説明をときどき補足し、最後にはセイと一緒に深く頭を下げた。

 二人は幾人かの村人に挨拶をして、それから村を出て、雪化粧をほどこされた近くの畑や川を見て、日が暮れる前に孤児院に帰った。


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