収穫祭 四足歩行の幻想兵器
中央広場へ直と向かう道を回避した路地の両脇には、一軒屋が立ち並ぶ。ヒトの等身大の生活を支えるような一階建ての家は、高さが低くて、夜になっても上から覆いかぶさる真っ黒な影をつくる壁面の物量はない。今のセイの身長からは月影が落ちる屋根も良く見えた。
セイはポケットに手を突っ込んで栗を握って取り出した。
『おまえらは来てほしいか……』
答えを求めいるわけではない。でも誰がそれに答えを与えるかも分からない。セイはエプロンドレスで隠しきれていないキユキの素肌を思い出した。
『傷跡がへってたな』
身体強化の副産物。治癒力向上の形跡はあったように思う。上手く思い出せないが確か今年の初めのほうは目だっていたはずだ。キユキは自分との修練のときをの除いて、光術を使ったのだろうか……。
『今よりヒトが増えるとなると、もっと保護役も指導役もいる……』
セイはクリを親指ではじいてキャッチした。
『ミフィ……』
孤児院へたどり着くと、井戸から水をバケツに組み上げて、セイは顔を水を飲んだ。軽く首を振って見て、自分は多分、そこまで酷く酔っていないだろうと感じる。動悸はやや強いがなんてことは無い。意識もはっきりとしている。
※
セイは光輝くカエデのもとへ最短経路で路地を進んでミフィ達と合流した。休憩所のテーブルだ。ヒースも一緒にいる。
アルコールの行方を周知しているのか。ミフィからさらりと声がかけられる。
「大丈夫?」
「ああ。キユキさんとチビたちは?」
「お風呂だね。先にいったよ。カリナも一緒」
「そうか」
セイはヒースからも一言尋ねられる。
「お疲れ。兄貴。どうだった?」
「まあ、普通だったよ。……でも食いに来る気にはならないって」
「そっか」
テーブルにはブドウジュースとジョッキ。テーブルの料理も小皿2枚にまとめられて、ほぼ片付いている。セイ達のテーブルに限ったことではない。村の大人達のテーブルもそうだった。
ゆるやかに収穫祭は終わりに近づいている。
屋台の方もほぼ火も光も落とされている。簡単な片付けに村人が数人動いているだけだ。本格的な撤収は翌日やることになっている。あとは単純な談話の会場で、自然解散となるのが例年の流れだ。
カエデの下で、ルネやロック、アキットやギーは動いていた。衝立の中で、カエデと一緒に鮮々(あざあざ)と照らされだされている四人は、参加者の減少にあわせて、術印の光を調節している。
参加者が帰途につくゆえ、同時に減っていくのは、ドロワーという光の技術者としての女性達と、彼女達の術印だ。歯抜けになってしまった術印の発光色を、孤児院のミドルエイジの者たちはパズルのように揃えて調節していた。
それでもカエデ下からは術印が少しづつ、光が少しづつ減っていく。
※
入浴をすませた年少組の幼子達とキユキが、セイ達の元へと近づいてくる。
キユキがカエデの下に設置した術印は点灯したままであったのだろう。キユキの胸元を見れば、赤い光の接合の線が、カエデの下のほうへと伸びているのが分かる。
セイ達の下へと近づいてくると同時に、接合の線がするすると胸の中へと収まっていく様子も見える。
「中座になるけど、先に休ませてもらうね」
「はい。お疲れ様でした。みんなもお休み」
セイのみならず、近くにいたミフィやヒースも、キユキや年少組の幼子達に、一日の終わりの言葉を交わす。ごく自然な日常的な振る舞いで、セイ達はキユキと年少組の幼子達を送り出した。
キユキは、カエデの下にいる四人にも声をかけて、ハンカチに描いた自身の術印を回収した。
両手を挙げて年少組の幼子達がせがむ姿が見える。キユキはそのまま、光るハンカチを幼子に貸してやる。自術印も点灯しスカートから赤い光を加える。そんな一団も広場から抜ける孤児院への道を進み、姿を消した。
そうしてまた一つ、光が広場から消えていく。
キユキや幼子達と一緒に温泉に行っていたカリナは、広場の休憩所に残るほうを選んだ。セイとミフィとヒースと一緒だ。
光と戯れていたミドル・エイジの者たちも、術印のパズルはほどほどにして、セイの元へと集まっていた。
孤児院の年長組8人全員が、休憩所の一つのテーブルの近くでたむろしている。
料理の皿はすべて空にした。秋の夜がぶどうジュースをよく冷やしていたがそれも一口二口で飲み干せるだろう。
椅子に座っている者もいれば、セイやミフィのようにテーブルに体重を預けている者もいる。
皆は一様に口を閉じたままだった。
皆の後ろでセイはぼんやりと、光が消えていくカエデの大樹を見上げていたが、皆の様子に気がついたときに
『そう言えば……、帰ろうってのは、毎年俺が言ってきたのか……』
と思い、言い出しかねた。
ギーの背中が少し丸まっていし、アキットはカエデの下にある自分の術印へ注視している。
ルネとロックも地面もみているのだろうか。少なくとも夜を彩る鮮やかなカエデに視線がむいていない気がする。
セイはしばらくヒースを見つめてみた。じきに気がついて視線が帰ってくるし、カリナを見ても同様だ。
ミフィををみれば秒で目が合う。彼女は微笑み、すぐにカエデを見上げて視線をずらした。
『まあ、ここは俺だよな』
心で先に区切りをつけてセイは一言つぶやいてみる。
「さて、どうすっかな」
一度ロックがミフィを見た。長女が応じるときをまっているのだろうが、ミフィはロックに笑みを返して、またカエデを見上げるだけだった。
そうして、ロックがセイに答えた。
「セイ兄は……まだ帰んねーの?」
ロックの口ぶりは、言い出しかね言葉を今になって解放した節があり、その言葉を選ぶのが間違いであることも知っているようだった。
「そうだな……」
セイは何の気なしに答えたつもりだったが、ロックが俯くのを防ぐことはできなかった。どちらにせよ、不可能であったとも思う。セイは黙ってロックの頭をくしゃっとなでた。
「ロック。周りを見てみろ」
「ああ……」
「これを見て何か感じるか?」
「何って……収穫祭も終わったなってくらいだろ?」
「ああ。そうだ。でも今はな、実は一番いい所なんだ」
「?」
納得しかねる表情で、あたりを見渡すロック。ぽつぽつと広場から歩いて退場する村人夫婦などが目に入る。それでも天啓は落ちなかったのか?顔が継続中だった。
ミフィが一つヒントをわたしてやる。
「収穫祭の終わりはね、帰っていくヒトを眺めるのところも、いいところなんだよ」
ミフィの視線は再びカエデに戻った。
「はあ?」
ロックは疑問色の強い声色に変わった。ルネやギーも眉を顰める。
カリナが腕組みをしていたヒースに振り込む。
「ヒース。説明して」
「ん? ああ。帰るってのはだな、実は外から見たヒトがつくった言葉なんだよ。帰ってる連中にとっては行くも帰るも同じことだ。帰ることを目的とするなら、行った瞬間帰ってくるという動作と連動している。ここに注目できたら帰ると、帰ると対になっている行くって事に加えて、待つってこと思い浮かんでくる。帰る人に加えて、もう一人想定してリフレクション。これが帰るヒトを眺めるってことだ」
ルネは、二人で帰っている村人を見て、ヒースに反論する。
「でもペアのヒトは二人とも帰ってるじゃないですか? 待ち人なんていないですよ?」
「二人で帰った先には、帰った先の二人が待っているだろ? ここはいくつもリフレクションが生み出されて、それが小宇宙となってんだよ」
ヒースは最後まで理屈を通していた。
カリナはクスリとしてヒースを見やる。
「リフレクションでコスモス」
「……」
「リフレクションでコスモス」
「二回も言うなよ!!」
仏頂面で一度は我慢したヒースだが、夜のボリュームでカリナに反旗を翻して、皆は笑っていた。
セイはヒースが口にするかと思ったが、どうやら閉めは譲ってくれるらしい。セイは皆に告げた。
「それじゃあ一回リアカーを孤児院に返して、風呂でも行くか」
カリナは既に風呂に入っていたが、本日三度目となろうと律儀に付き合ってくれて、この日は年長組の8人全員で村の温泉へ向かった。帰りも、待合室で全員がそろうのを待って孤児院へと帰る。
皆ベッドに入り、最期の収穫祭は終わった。
セイとミフィの二人を除いて。
セイはベットの中で時間が過ぎるのを待っていた。普段の事を考えると、10分も待てば、弟達が眠りにつくには充分だ。
セイはその10分の間、ミフィの太ももを隠すスカートについて考えた。
『どの面下げて行けばいいんだ。見るだけでいいのか? 俺がめくるのか? ミフィがめくるのか? そもそもめくるのか? スカートをめくる事自体正解なのか? 〝術印〟をみろっていうのは間接的な表現で、比喩的な表現なのか……。光らせて終わりか? 術印を見ることが重要であるとして、それ以外に何かミフィに狙いはあるのか?』
同室の弟達の寝息を確かめ、呼吸で上下する布団のリズムを確かめて、セイは布団からそっと抜け出した。
セイは少し悩んだが、木剣を一本もって部屋を出た。 部屋を出て直ぐに手元の木剣を見つめた。セイは廊下から庭を見た。予想通りミフィはまだいないようだ。そして保護役の部屋の前まで行って三回ほどノックをした。返事はない。
『こっちにもいないか……』
セイは孤児院の玄関から外に出てそこで立ち止まった。視界の3分の1程度は占め固められた100メートル四方の平地だ。その奥には中央広場のカエデがひょこっと顔をだしていて、微弱な散光を遠望できる。騒ぎの音など聞こえないが、そこではまだ飲み明かしている村人達がいるのだろう。
『ヒトが増えたらここに新しい宿舎でも立つのか? 裏を削るのか……』
村の北端に位置するのが孤児院である。裏手は今は牧草地だ。三圃式農業ならぬ四や五圃式農業に基づいた運用で、数年ごとに牛などの餌になる草が茂っていたり、作物が栽培されている。
『表に孤児院をもう一棟立てると、庭が小さくなりすぎるし……』
100メートル四方は今の人数では広すぎる庭であるが、石造りのベンチや砂場、弓の射的場もある。ベンチの背中のほうには鑑賞木が立っている。シマトネリコだ。5メートル程度はなれた位置に、剣の打ち込み相手となる案山子のような木もある。
『倉庫が近くになりすぎるな……』
別棟としての遠隔性が乏しくなる事をセイは問題視して、ぐるりとあたりを見渡した。
孤児院の敷地は観賞木が転々としていて、セイは特に強く境界が意識に入ってきた。
数分が過ぎて、足音が聞こえた。ミフィもラグを持って出てきている。
「外でいいよな?」
「うん」
二人は玄関で靴を履き替えて外に出た。まだ、わずかに中央広場から光が登っているのが見える。
「カリナは起きてなかったか?」
「寝てたけど、多分、寝てるふりかな。タヌキ・モードね」
いつもの石造りのベンチのほうへと、二人は歩み寄った。ミフィが広げたラグに今日はセイも横並びで座った。
敷地西側の奥まったこの位置からだと、孤児院の玄関も倉庫も門も、敷地内のすべてが良く見えた。
「つまり、ミフィは俺が太ももに傾倒しているって知ってるわけだよな?」
「なにが〝つまり″なのかは知らないけど、お兄ちゃんが太ももフェチだっていうのはずっと前に知ってる。……だからね、本当は収穫祭の後に刻んだほうがいいかなって気もしたんだど……」
「……。その辺りの事情は分かっているつもりだ」
「ごめんね。最後の収穫祭なのに……」
「俺は気にしてないし、ミフィも気にしないでくれ」
「うん。これでも一応悩んだつもりなの」
「事情があることは分かってるから」
「でもお兄ちゃん、太ももが好きだから、残したほうが良いかなって」
「全部言わなくていいから。直接的な表現は控えてくれ」
「でも……」
「気にしないでくれ」
「うん……」
ゆっくりと話していた言葉がそこで一度とまった。
「なあ、ミフィ……」
「なに?」
『俺がスカートをめくるのか?』
後回しにすれば言い出しにくくなりるのはわかっていたが、セイはどうにもこの直接的な表現を避けようとして、口にするのを思いとどまる。
「いや。なんでもない」
「?」
「点灯はもうできるのか?」
「うん。見てて」
ミフィが視線を右の太ももの上へと視線を落として、セイもそれに続いた。
〝想起〟を瞬時に完了したミフィからは、〝接合〟をとばして、すぐに〝点灯〟の操作が見えた。
接合の光の線は、胸からはもう出てない。太ももに刻まれた自術印に対して、体内で0秒の接合が成立している。光の線は今は見えない。
セイの可視化に置かれているのは、優雅な速度で動く黒色の光点と微光の軌跡だった。
光点と軌跡もスカート生地の奥での現象だが、ミフィの寝巻きとなっている簡素なワンピースはピタリと太ももの上に張り付いていて、光点が動くに従い刻まれた自術印のラインが浮かび上がっていく。ミフィの術印のモチーフとなっている怒れる猫が、微光の軌跡で形作られていく。
ほんの短い時間の果てに、微光が〝術印〟のすべてを包み込み、火光を宿したマッチのように、光を放った。
ミフィの自術印は黒色点灯で、しかもスカートの奥である。そのうえ辺りは夜の闇に包まれている。しかし確かな輝度の変化をセイは感じることができて、点灯が完了したときを知る。
「どう? 少しは好きになれそう?」
「……俺は術印がないほうがいい。悪いな」
得意気なミフィの笑みを、セイはため息交じりで否定した。
「ダメ。好きになって」
「努力するよ。でも、俺は出兵までに、ミフィの自術印を見なくてすむと思ってたんだ」
「でも私はこの術印が大切だよ?」
「だけど昨日今日で、いきなり自術印が刻まれても、好きになれるわけがない。それにミフィが自術印を持っていると出兵はすぐそこだってなって、気が滅入る。それ以上に単純に嫌な気分になる。俺は素肌のミフィのほうが好きだった」
「私は術印がある今の私のほうが好きなんだけど」
「わかってるよ」
「お兄ちゃんと見つけたこの術印。ずっと大切にしてきた〝術印〟だよ」
「そう言われると、まあ折れておこうかって気にはなるよ。納得するよ」
「全然納得できなそうな顔してる」
ミフィはセイの両ほほに人差し指を当てて上に持ち上げた。
「悪い。やっぱりどう考えても術印のないミフィのほうがいいよ」
「あるほうがいいって。お兄ちゃんも好きになれるよ。ちゃんと見たら」
ミフィは真横に坐っているセイにいざり寄って、胸板を背もたれにして股の間に座って来た。
ベンチ自体には背もたれがなく、簡素なつくりだ。
セイは最初に座った位置から、座面の奥へとずれて座り大股を広げて、その手間にミフィはちょこんと座っていた。
ミフィの丸みある腰周りの感触から脚部の感触までが伝わってくる。
「ちゃんと抱っこしてよ、落ちちゃうでしょ」
「わかってるよ……」
セイは両腕をミフィの腹に回して抱き寄せて支えた。
ミフィのつむじが鼻先へとぐっと近づく。
ミフィはセイの右手をとってスカートの縁布を握らせた。
「あとはうえに持ち上げれると、私達の術印が見れるよ」
ミフィがたずさえた微笑には、頬に薄くも桃色が乗っている気がセイはした。
流石にはずかしいのか? いや。分からない。
ミフィはスカートを握らせていたセイの右手を太ももの付け根のほうへずらそうとした。
セイは力をこめて緊急停止。現状維持のために、導くミフィの力に抗った。
「んっ!」
「はっ!」
「んんぅぅ~」
なおも動かそうとするミフィをセイはさとした。
「ちょっとは冷静になってくれ。俺はこの猫と相性が悪いんだよ」
「そんなこと言ってももう後戻りできないんだから、そろそろ仲直りしてよ」
「分かってるよ」
「分かってるなら早く見てよ」
「分かってるから落ち着けよ」
「あんまり落ち着いててもめくりにくいでしょ。誰か起きてくるかもしれないし」
「分かったからミフィ。だからちょっと待ってくれ」
「もう……」
「……」
「それじゃあお部屋のほうがいい?」
真剣な金色の瞳が、左下から上目づかいで見上げてくる。
そのミフィの両目がセイの想像力を加速させた。かつての自身をコテンパンに打ちのめした黒猫が、セイの心中で鋭く牙を剥た。
「いや。このままでいい」
「キゃっ」
セイはスカートをほったらかしにして、ミフィを背中から抱きしめて、静かに話しかけた
「なあ、ミフィ。本当は何を考えてるのか教えてくれ」
「お兄ちゃん。またその話するの?」
「する。…………。するよ。ちゃんと来年俺のところに来るって言ってくれ……」
「行くよ。私は絶対行く」
「それでも俺は多分、ミフィは来ないと思ってる」
「だから、私は行くって。絶対行くよ」
『嘘としか思えない』
そう。
「嘘としか思えない」
セイはミフィを包む両腕の位置を、ミフィの腹と胸に変えて、彼女をかかえ込み直した。
「正直、今やってることの意味が分からない。ミフィ……だけどな。俺はミフィの計画は必ず潰す。覚えておいてくれ」
「……」
「……」
やけに大人びた声で「ふふっ」と声をこぼしたミフィは、中立的で静かな微笑を浮かべた。
「ミフィの計画ってなに?」
「分かってる。もう止めるよ。でもそれが俺の敵だ。確実に計画を隠しているそいつの尻尾だけでも出兵までに捕まえる。それだけは覚えておいてくれ」
「……」
「……」
「じゃあ。お兄ちゃんは私の自術印を見ないの?」
「見るよ。決まってる。右は失われたけど、左はまだ残ってる」
「私は自術印を見てっていったんだけど……」
「スカートは俺がめくる。その主導権は俺にあるはずだ」
「私にもあると思うけど?」
「ない。史実に基づけば、その親猫に最初に接触したのは俺だ」
「うん。そうだね。それで。どうするの」
「こうする」
ベンチに座っていたセイは、ミフィを横抱にして立ち上がった。
「あぁっと」
ミフィは遅れずにセイの首根っこに両腕を回した。
セイは一段とミフィを高く抱き上げ、首を動かしてミフィのスカートに噛み付き、首を振ってスカートをめくった。
今や簡素な寝巻のワンピースに変わっているミフィのロングスカートが、ブワっと花弁のように翻る。
ミフィの両方の太ももがあらわになった。自術印が刻まれた右の太ももには〝術印〟の軌跡。黒い光が一段と強くあふれ、隣り合う素肌の左の太ももを照らし出している。
その瞬間より速く、セイの首を抱えていたミフィの左手はセイの首から離れ、最奥の布地を隠すように、スカートの生地を押さえていた。
セイが拝んだのはのミフィの鼠径部を隠すパンツの一歩手前。両の太ももだけだった。
セイが噛み付いたスカートを離すと、ミフィは居住いを正した。
「みたよ。これでいいな?」
「左ばっかり見すぎだった」
「でもちゃんと右も見ただろ」
「うん」
「痛くはなかったか?」
「大丈夫。ちょっと痛かったけど、ときどき思い出す痛みがこの痛みだったら、私は幸せだよ」
「やっぱりないほうがいいな」
「あるほうがいいの。それに今、自術印がなかったら、お兄ちゃんは左の太ももも見れなかったでしょ」
セイは思い出す。
『夏の水着を最後に終わってたな……』
セイの中で連鎖的な勘考が働く。
『いや、もしかして、重要なのは海じゃない……』
「ね?」
「ああ。世界に八つ当たりしたくなってくるよ」
ミフィから話しかけらて、セイはその思索を一時的に中断した。
「今日の修練はお休みだよね?」
「そうだな。風呂も入ったし」
「下ろして」
セイは抱きかかえていたミフィを下ろした。ミフィはベンチに広げたラグをコロコロと丸めて、セイも木剣を持った。闇にまぎれるには最適な照度を術印は保ちつつ、二人は庭を歩いて、玄関をくぐり保護役の部屋に入った。
二人は扉の横に木剣とラグを置く。
そのあとなぜかミフィは食堂へむかって歩き出したのでセイもついていった。
二人して手を洗ってから再び保護役の部屋へと向かう。
「ねえ。お兄ちゃん。さっきのでベットに連れてって」
「ああ」
セイの首にミフィの両腕が回ってきたからセイはうなずいてミフィを抱きかかえて、ベットとの距離を詰めた。
ミフィと入ったベットがギシリと音を立てる。セイは昔とは異なり、ミフィの頭に腕をまわして枕を作った。
ぴたりと納まりがいい位置にミフィ横たわり、二人はすこしだけ抱き合ったが、セイはミフィのつむじに鼻を埋めるつつ囁いた。
「ミフィは明日起きれる自信はあるのか?」
「うん。大丈夫。みんなより早く起きるよ。久しぶりだね。一緒に寝るの」
「そうだな」
「最後のほうお兄ちゃんそわそわしてたよね」
「そういうことは言うなよ。隠す努力はしてただろ……」
「今は大丈夫? 何かしたほうがいい?」
「大丈夫だよ」
「じゃあ私も抱っこしてあげよっか?」
「だからそういうのが一番来るんだよ」
「どこに?」
「心にってことにしてくれ……。水際を進みすぎだ。ここは流石に気が引ける」
ミフィは楽しそうに微笑んでから、セイに抱きついて、ほどなくして寝息を立て始めた。
セイは眠れぬ夜をすごした。それは久しぶりの腕枕がしびれたり、ミフィが布団の中で3時元的な寝返りを打ちはじめたのが原因でもあるが、さきほど気がついた事をもう一度振り返るためだった。
『安直か。いや。でも……。ミフィはカメさんについてはシラを切ってるし、今日もシラを切り通していた。だとしたら海については何も俺に考えて欲しくないはずだ……。だけど、ミフィの太ももを見た今年最後の日にちついて自分から話してきた。……。俺は絶対思い出すぞ……。海での水着姿のミフィは俺の大切な記憶だ』
睡眠中のミフィはセイの腹の上で丸まってから180度回転した。途中尻やら胸やらがセイの体の上にのっかかていたが、セイは無論放置した。
『だとしたら海に行った日は関係ないのか……。ミフィが海について警戒するなら、ミフィから不用意に海について話す必要はないはずだ……』
もう一度ミフィが180度の回転をして元の位置に戻ったあたりで、セイは彼女を捕まえて目蓋を閉じた。
先週と比べると虫の音が小さいと感じたセイは、あるいはそれがミフィからすんすんと聞こえてくる寝息のせいかもしれない気がつくのに、少しだけ時間がかかった。
だが秋の終わりはすぐ側まで来ていた。収穫祭からあとの一日の速さは群を抜いている。すぐに傾く太陽が今日も教えていた。
冬が終われば自分が孤児院で過ごす時間は終わる。帰ってきたときにまた顔を合わせることができるのは年少組の幼子達だけだ。
『あいつらは俺の事を覚えていてくれるだろうか?』
室内での修練に基礎をおいている女子のほうが年少組の幼子達と距離が近い。セイはミフィのほうが彼らに近い関係や感性を保持していると思っている。
『ミフィが帰るべきなんだ……』
セイはすぐに眠りに落ちることができず、とりとめのない感情を迎えて、そして送り出していた。
『今年のヒースは上手くやってたな……』
今日を振り返れば、樽の中のミフィの姿と、初っ端に抱きついてきたアキットの姿が脳裡に浮かぶ。
『終りだ。悪くない最期だった』
セイは今抱きしめているミフィの温もりに集中して、アキットの姿をかき消した。
きつく抱きしめたくなる激情が、冷静さの奥で静かに爪を立てている。
ミフィの寝息に呼吸を合わせて、セイは鎮まる時をじっと待ち続け、やがて眠りに落ちた。
セイが出兵するまでに残された季節はあと一つだ。




