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イグニション前の速度より  作者: 紀
【冬の章】
82/82

LIGHT ME LERT YOU

 セイは朝食を終わらせて自室に戻った。ただ一人で昨日晩にまとめた荷物を確認する。封に入った招集状。ペアリングの管理人に説明するための新制度の写し。剣のグリップを調節する包帯のような布。3冊の薄い恋愛小説。簡単な推理小説。ブドウ酒1ビン。必要な物を確認し、巾着状のザックの紐を縛り上げた。

 アウストラル山脈での主だった装備は招集所や防衛線の中継基地でも手に入る。彼は外套としてカーキ色のマントを身にまとった。猫の〝術印〟は描かれていない。ミフィによる指示だ。セイは、手に馴染んだ鋼鉄の剣を一本背中に背負って男子年長組の部屋の扉の前に移動する。セイは扉の前で一礼してその部屋を後にした。

 

 セイ以外の全員が庭に出ている。セイが迎えられるように皆の前に歩いて出る。ミフィが下腹部の術印に光の線を伸ばし、術印を点灯させた。

 

「明日は風呂に行くかなくてイイと思う」

とロックは一度は我慢したが最後に再び噴き出した。

「ちょっとミフィちゃん、何処にかいてるのよ。ふふ」

咎めるセリフだがキユキも言い終わると直ぐに笑い出した。

「定番でしょ?」

ミフィは布を濡れた布を片手に頭の後で手を組みニヤニヤしている。

「流石に……つらい」

カリナは堪えきれない笑いを肩を揺らすことで逃がしている。

「止めろ、点滅するな」

ヒースは遠慮なく笑う。

「〝……〟の上に猫ちゃんがいるだよ」

幼いギーが直接的にどこ上に書かれているかを口にして笑うから皆が笑った。笑ったが、皆涙を抑えることが出来なかった。キユキとミフィの二人を除いて。


 セイは荷物を地面に下ろして、レオ、メイ、ラルフ、クロエ、セリア、ギー、アキット、ロック、ルネ、ヒース、カリナ、ミフィを抱きしめた。元気でと短く伝えて。


 最後にキユキを抱きしめ、手放し、短く会話する。

「皆を頼みます」

「うん。任せて」

「お元気で。姉さん」

 キユキは手で口を覆ったが、すぐに両手で顔を挟むようにセイの両耳を掴む。

「分かってたなら、もっと早く言って欲しかったな」

セイの視線下になりキユキの瞳を見て、

「そう思います」

と照れくさそうに笑った。


ロックの一声からギーとヒースが続く。

「クセェ」

「セイ兄ちゃん初めて言った」

「まあ、時間かけすぎだわな」


ルネの一言から、ミフィとカリナが応酬する。

「もう一人、頭が痛いのがいるです」

「ちょっと、カリナもでしょ?」

「キユキ姉さんの事?」

 ミフィはうぅぅ、と唸って、ふん、と斜め上を向く。


 アキットは劇の事もあり、姉の深遠が見なくなっている。

「キユキお姉ちゃんとミフィお姉ちゃんは仲が悪いの?」

「悪くないでしょ!。ちょっと、セイ、お腹出して」

「あ、ああ」

セイは言われるままに自らの腹を出した。まだ細身であるが引き締まった腹筋の上には猫の術印が居座っていた。


ギーとロックが口を開く。

「ミフィ姉ちゃんはそうやって猫を書いたの」

「そりゃ、こんな風に流されてたら描かれるわ」

「ギー、ロック、うるさい。大事な所よ」


ヒースがとぼけた面で言う。

「大事な所には書いてないのか?」

「ヒースはお風呂に入ったんだから知ってるでしょ!」

ミフィはセイの腹の術印を手に持っていた濡れた布で擦りに擦った。

「背中のは招集所に着くまでに消してよね」

「ああ」


 それとなくアキットが口を開く

「ミフィお姉ちゃんはいくつ描いたの?」

すぐに青ざめたルネが口を開く。

「セイお兄ちゃんは術印だらけですか?」

「二つよ!。背中とおなか。そんなに描くわけないでしょ」


カリナが優しくルネに告げる。

「引かないであげて。本当に二つだから。多分」

ミフィが皆の方を振り向き睨む。

「多分じゃない!」


ミフィはセイの背中の術印を濡れた布で拭き消して立ち上がる。

「終わり!」

「ああ」

「ああ、じゃない。背中を見せて」

「何だよ……」

「脱がなくていい!。振り向くだけ」

「ったく。こうか?」

「ふう。薄い恋愛小説。恐ろしい力ね。でも多分これでいける。埋葬した。いくよ」

セイは穏便じゃない言葉に疑問をもつが、振り向きはしなかった。

 ミフィは瞳をとじ瞳をひらき、セイの背中の術印へ金色の光の線を伸ばす。服に包まれていようとも、その光の線の術印への接地を感じて、光点を迷うこと無く動かして背中の術印を金色に点灯した。マントの越しに金色の光りが溢れている。


 カリナポツリと呟く。

「姉さんの二色目」

セイは振り返り視界の端に金色の光を見る。

「うん。ミフィはやっぱり優秀だったんだな」

「あたり前でしょ」

ミフィは俯く。

「ミフィ、後は任せたよ」

セイはミフィの頭を撫でてから、荷紐を左肩にぶら下げて、最後に笑顔でみんなに伝えた。

「みんな元気で」

 

 セイは振り向き歩き始める。土の庭を踏みしめ、孤児院の玄関から離れ、首を動かす事無く、残された視界で許される限り孤児院の敷地を見る。倉庫を見て、弓の的を見て、石造りのベンチを見て、低い石柱がある門を見る。


 堰を割るようにヒースが叫ぶ。

「兄貴!、ゼッテー生きて帰って来いよー」

「おー、直接的だからもうちょっと気の効いたこと言えー」

 セイは振り返る事無く、手を空に高くのばし、二、三度振って孤児院の石畳の門を後にした。皆は涙を流したが、キユキとミフィは涙を流さずセイの背中を見送った。

 セイの姿が消えると、同じようにミフィの胸から伸びる光の線は姿を消した。 

 

 ミフィは庭を見る。石造りのベンチが佇む。木造の倉庫を見て、セイがくぐった門を見る。

『もういない』

 ミフィは呆然と虚空をみつめ瞳からは光りが失せる。

 キユキがミフィの横まで歩を進める。

「良かったの?。ミフィちゃん?」

「仕方ないじゃない。出来なかったんだから」

「本当に無理なの?」

「無理よ」

「優秀なドロワーはくじけたらダメよ」

「くじけてない。でも、今でも私は優秀なドロワーよ」

「まだ時間はあるんじゃない?」

「……」

「ミフィちゃん、光の加護はどこにでもあるんじゃない?」

「……」

キユキはミフィの前に歩を進め、ゆっくりとしたステップでミフィに向き直る。

「ミフィちゃんの光術の持論は?」

 ミフィの瞳はただキユキの瞳を見つめている。

 キユキはさらに半歩、ミフィに近づいてミフィを抱きしめた。二人の頬は近づき、キユキが穏やかな声を響かせる。

――星紬の精霊よ。昔約の流れの雫、汲みてその力をお示し下さい――

 キユキは瞳を閉じて右の太ももの術印を赤く点灯し、増加をかけてほんの少しづつ締め付けるようにミフィ抱きしめる。ミフィの足が地上から離れとミフィが叫ぶ。

「止めて!」

「ミフィちゃんの心の階層移動。全部答えて。ミフィちゃんもこんな所で寿命を使いたくないでしょ?」

「好き繋がりたい気持ちときめき閃きガルガルする再生。消して! 早く!」

キユキは少しずつ減少をかけて、ミフィを地上にもどし、消灯してからミフィを開放した。


『がるがるする?』

皆は疑問に思ったが口にはしなかった。


 キユキが少し楽しそうに尋ねる。

「じゃあ、それをリズムをとって何回もやる気持ちは何?」

「恋よ」

「セイ君の瞳は?」

「優しさよ」

「もう少しセイ君っぽいやつがあったじゃない?」

「ノスタルジーとファンタジー」

「三つは点灯までの精神操作と同じ数ね。ミフィちゃん。そのまやかしは、おまじないくらいにはなるんじゃない?」

「行って来る、お姉ちゃん!」

 セイの後を追い駆け出したミフィは、言いつけを守り光術を使わなかった。涙はすべて後ろに流れて、雪上に跡を残した。



 村の出入り口で近づいて来る足音が聞こえて、セイは立ち止まった。膝を高く、蹴りだした足を大きく後ろに流して走るミフィに、セイは叫ぶ。

「おい、速度を落とせ!」

「知らない!」

 セイは荷物を投げ出し、全速力のミフィがセイの胸に飛び込む。セイはバックステップで2、3歩さがりながらもミフィを胸に受け止める。さらにくるりと360°回転して勢いを受け流し、ふわりとミフィを着地させた。

 セイの腕はミフィを包んだまま、二人は時を止めて、また、時を同じくして互いに半歩離れて互いをみつめあう。

「見ててね。お兄ちゃん。これが私の最初の点灯」


 ミフィは瞳を閉じて、胸の前で手を組み精神操作に入る。

 セイを思い心の中に術印を描く。

『その牙は口にあり、温もりの声の支柱にして』

 瞳を開けて、過ごした日々を思い出しセイの胸を貫く光の線を伸ばす。

『その爪は足にあり、歩みの遅きを振り返る』

光の線はセイの胸を貫き、背中の術印へ繋がる。

『その魂は……』

ミフィは組み上げた手を解いて、セイの胸で指先を動かし術印を描く。光点はセイの背中で術印の上を動く。

 そして、背中の術印を金色に点灯する。

 ミフィはセイに笑みを向け、セイの背中の〝術印〟は光りを広げ、彼の全身を包み込むように広がる。そして空に放つ矢のように、広げた光は天空を目指す一筋の光となる。


 セイは背を仰け反り空を見て僅かに口が開く。

 ミフィはいつもの声のトーンだが、少しだけ余分に空気を振るわせた。

「この光が私の思い入れ。この色はセイにしか使わない」

「これ、点灯なのか……寿命は使ってないのか?」

「うん。大丈夫。その感覚はないから」

「そうか……」

「すごいでしょ。それからね」

 ミフィは太ももの自術印を即事点灯し、黒色の光りを広げ、その光りで柱を作り、天まで届けた。

「この光がセイから貰った思い入れ。この色はみんなを守るために使う光。防衛線からこの黒い光りが見えたら、ミフィは孤児院でちゃんとやってるんだなって思って、それから、ミフィが必ず来るって思って、自分も絶対生きようって思って欲しいの」

「この光りを見ると、俺も強くなれる気がするよ。ありがとう、ミフィ」

「うん。私もそれを言いに来たの。ありがとう、お兄ちゃん。……。」

 セイは穏やかに微笑みミフィも似たような笑みを作る。


「ここなら、少しくらい言いたい事を言ってもいいんじゃないか」

「何で、台本かえたの?」

「時間の話か?」

「うん。私、お兄ちゃんの悲しみ、嬉しかったよ?」

「悪い、それでも俺は悲しみの位置に立つのが嫌だったんだよ」

「ふーん。そっか。でも悪いと思うならハグくらいしたら?」

ミフィは両手を握りしめ、自身の胸の前に置きセイの胸に飛び込んだ。


 セイは腕をだらりと下ろしたまま静かに思う。

『この光りはどこまで……』

セイは一度、天空を見上げて、ミフィの金色のつむじを見る。それから空を見るために再び首をそって、次いで、傾けて光の柱を見上げた。


 セイは、ゆっくりと口を動かし始めた。

「ミフィは来るんだよな?」

「当たり前でしょ」

「そうか。じゃあ、これは俺の杞憂か」

「何を言ってるの?」

「キユキさんから提案書を聞いて、俺は色々考えた。それはヒースとカリナとセリアの事だけじゃない。ルネとロックがどうなるかとかアキットとギーがどうなるかとかだじゃない。俺達がバラバラに出兵して、俺は俺でミフィはミフィで誰か後から来る妹や弟とペアリングする方法とか、今、皆に伝えて全部を明らかにして皆で考える方がいいのかもしれない、とか、色々考えた。でも、今の孤児院の空気感とかは壊したくなとか、幼すぎて自分の未来の判断とか、その責任とか難しすぎるだろ、とか、一応、色々考えた」


 ミフィは胸の前に置いていた腕を開いてセイの腰に回し強く目を閉じた。

 セイの腕は下りたまま光の柱を見つめて、さらに続けて口を開く。

「それからもし、俺が提案書の話しを知らないまま終わって、ミフィがこの提案書の事を先に知ったらどうするかって考えた。そうなった時に、ミフィが帰って来ないんじゃないかって思った。もちろん俺ともペアリングはしてない」

セイは息を吸い込み、一瞬だけ語気を強めた。

「正直、そのとき、どこかの男とよろしくやってるってなると、気に食わないけど、まあ、それならそれでって思えるくらいの、もっと別の事が頭をよぎった。それは滞在期間を終わらせたミフィが一人寂しく、ここじゃないどこかの町で暮してるってやつで、俺はそれが一番悲しかった」

「なんの話……」

「分からないならそれでいい。でも、俺はそんなに強くないから、ミフィとペアを組んでミフィを危険にさらすも嫌だった。だからとりあえず謝ろうとは思う。ごめんって」

ミフィはセイを突き飛ばして、途切れるような高い声を出す。

「仕方ないでしょ……。お兄ちゃんは普通で、お兄ちゃんだったんだから……」

「まあ、それでもミフィはちゃんとやってるし、それは俺の不甲斐なさのいい訳だから」

「言い訳じゃない」

「悪いな。見苦しくなるからこれ以上は言わない。でも、結局の所、俺の天秤はその二つに集約された。生き残るだけでいいのか、とか、そこから先に生きがいみたいなものが無くてもいいのかとか。命あるかぎり可能性は無視できないから生きてる方がいいとか。後はヒースに全部任せて、知らない振りをして出兵するのもいいかなって。そうすれば俺が勝手に生き残って、セリアともう一回出兵すれば済む話だから」

冷静で涼やかな声をセイは送ったがミフィは叫ぶ。

「そんな事しても、私が制度の申請をして、お兄ちゃんを追いかけてる!」

「本当か?」

「本当よ」

 

 吸い込む黒き瞳は金色の光の柱の中でミフィを見下ろし、反射する金色の瞳は黒き光の柱の中でセイを見上げる。妹が叫ぼうともセイは温もりを混ぜずミフィに最後の問いを送る。ミフィにはセイの口の動きから遅れて、言葉の響きを感じ取る。


「じゃあ何で夏の海でアキットが一人で出兵するかもって言った?」


 ミフィの顔が歪み、セイはそれを見て言葉を重ねる。

「あの時ミフィがそれを口にしたのは、俺とアキットのペアリングを一回でも考えた事があるから。単純な話だ。この孤児院は13人、女子が一人余ってる。これは、ミフィから見れば、どの女子を俺に宛がうかで答えは決まる」

「アキットはお兄ちゃんの事を好きじゃないし、私はそんな事しない」


 セイとミフィの視線は交差し、ミフィの射抜くような眼差しがセイに向かうが、セイはそこから目をそらし、再び天空を見上げる。

 ミフィは握り締めた拳の底でセイの胸を力の限り、強く叩き続けるが、セイの視線はミフィに降りてこず、ミフィは弱々しく、最後に一度、セイの胸をたたいて、額をセイの胸にそっと預けた。


「今の俺には、はっきり分かる。この光りはまやかしだ。こんなちゃちな光じゃ防衛線から見える訳が無い」


 セイはミフィを見下ろして瞳に届かない意思を声に込めてミフィに伝える。

「アキットが16になるとき俺は22。22歳と23歳の一年間は防衛線の最短期間8年に含まれる。俺はセリアと組むより条件はいいし、セリアもギーと組む方が防衛線で一緒にいられる期間が長くなる。アキットをケアしようとするなら俺が滞在を延長すればいい。そうするとこの話はギーにとっては少し悪くけど、でも、誰かが誰かといられる時間は総じて長くなる。ミフィが一人で出兵するとな。だから、俺はもう一回、何が起こっても、絶対生き残って8年で一度防衛線から帰ってきて、もう一回出兵するって決意してこの村を出て行く。分かってくれ」


 ミフィはかすれたような声を出す。

「アキットだったら……お兄ちゃんを連れて帰ってきてくれる気がしたんだよ」

 セイは少しため息交じりにミフィに注意を与える。

「お前は何を考えてるんだよ。こんな柱までつくって。これ意味はあるのか?」

「私のあと1年より、みんなが、あと5年考えて、アキットにつなげば、お兄ちゃんを連れて帰ってくれる気がしたんだよ……」

「だから、俺は、8年でもう一回出兵するって……。そうか。それも含めてって事か」

「私が一人で行って、一人で生き残れば、全部解決する事なんだよ……」

「いや、俺が死ぬかもしれないだろ。俺の計算だと初年度の21%以降、ミフィが来るから生き残る計算だ」

「お兄ちゃんは生き残るよ。お兄ちゃんは一番弱いのに、弟はちゃんとお兄ちゃんより強いもん。一人になったら、絶対もっと強くなるよ」

「関係ない。俺は俺の〝気付き〟を全部渡しただけだ。俺が遅すぎただけで、あいつらがこれからもその強さを保てるかはあいつら次第だ」

「私は……防衛線なんかより、ここで、クォーサイドタウンで、この孤児院で、みんなの側にいるお兄ちゃんの方がずっとずっと大好きだよ」


 セイは一つ深呼吸を入れる

「逆手にとるなよ。俺がいないからって。あと一年で変な事を考えて実効に写すな。約束しろ」

「いいでしょ……。5年後に来るアキットと一緒に戦えば……」

「ミフィが死ぬかもしれないだろ」

「私は強いから大丈夫だよ……」

「ペアは二人で一人だ。ミフィを見ず知らずの誰かに任せられない」

「アキットを抱きしめなかったのに」

「なんの話だ」

「とぼけないで。お兄ちゃんだったら分るでしょ」

「ミフィに嫉妬されるのが嫌だったからだ」

「いいわけも止めて。そんな状況じゃない事くらいお兄ちゃんだったら分かるでしょ」

「いい訳も何もないだろ」

「ない事ない。隠したかったんでしょ。ロリコンなんでしょ」

「アキットは娘だ。ミフィも納得しただろ。俺達は違和感があるんだよ。兄だとか姉だとか言われても。ミフィが俺を兄にしたように俺がミフィを姉にした。で、それを父と母にしても違和感がない。歳が下がるほどそうなる。その感覚は分かってるだろ?。愛情くらい、あって当たり前だろ」

「何が娘よ。全然説得ない……」

「一応、言っておくけど、海でアキットを抱きしめなかったのはワザとだ。俺からはミフィがいうような言葉は出てこない。俺だとアキットをもう一度立ち上がらせる事が出来ない。言ったそばから約束を破るようになるけど、俺は強くない。普通だ。だから、本当の意味で強い奴からの言葉で立たせる事が出来ない。海でミフィは多分、泣いていた。何かやらかしたんだと思った。だから俺は出来る限り時間を稼いだ。ミフィがアキットにかける言葉を作るまでの時間を稼いだ。俺に出来るのはカメを恋人に見立てた作り話だけだ」

「ちゃんとカメさんの事わかってたじゃない。通じ合ってるんでしょ」

「あれはミフィが俺のお兄ちゃんと呼んでいたから分かったことだ」

「私の術印は半分はお兄ちゃんだから許して、アキットの術印は全然関係なカメさんだからなおさら許せないんでしょ! メイド物の〝薄い恋愛小説〟で誤魔化せないくらいに! だからお兄ちゃんは倉庫でキユキさんに怒ったんでしょ!」

「それも知ってるのか……」

「否定がないじゃない!」

「それは否定できない。だけど、俺は遥か昔からミフィの太ももに刻まれる術印がキライだった。そしてアキットの術印が気に入らないのは確かに気がつくのが遅れた。この時間差で、俺はミフィの事が好きだと思った」

「誤魔化さないで。時間の話じゃない。それはアキットが私と同じくらいになったって事なの。愛され始めたってことなの! お兄ちゃんはアキットにも色目を使い始めたって事なの!」

「そこを突かれるとな……。俺は信じてくれって言うしかないんだよ。アキットは娘で、ミフィは彼女だ」

「信じてるよ。だから、お兄ちゃんがいるんでしょ。私が一人で行かないと、セリアにカッコつかないでしょ。私も全部、守りたいよ」

 セイはズックを地面に下ろし、中から3冊の薄い恋愛小説を取り出す。〝ホワイト・バニラ・オン・クッキー〟、〝ラディカル・メイド・ティーカップ〟、〝猫耳メイドとご主人様〟それを右手に三冊握り扇のように広げた。

「見ればいい。どれも似たような事が書いてある。でも、ありふれた言葉だから俺には良く響く。そして、先を行く強い奴に届かない。ここにあるのは地道な積み上げで、遥か先を行く奴が見る別の世界には届いてない。俺のすべては弟に渡したし、〝薄い恋愛小説〟はこの孤児院に全部、残っている。これは俺の保存用だ。だから、この孤児院に一番必要なのはミフィだ。ミフィがこの孤児院の保護役になって指導役になる。そうすれば、セリアの不利の分、強くなって生き残る奴は増える。数の問題にするわけじゃない。でも数の問題を無視するほど俺は愚かじゃない。実質、これが最大だ。ミフィ、約束してくれ」

ミフィは〝薄い恋愛小説〟をパラパラとめくってクスリと笑い、涙を流した。

「挿絵、かわいすぎじゃない」

「見てないのか?」

「当たり前でしょ」

「みんなもがき苦しんでる。その中は試行錯誤の結晶だ。最後に見とけ。ミフィなら直ぐ読めるだろ」

「うそ。知ってる。胸の小さい子ばっかり」

「お前のも小さいだろ」

「見てもないのに開き直らないでよ」

「それは、少し後悔もある」

「じゃあ、今から行く?」

「まだ言うのか。それにこの時間は洗濯に使われてるだろ」

「昨日の夜に看板動かしたの」

「朝っぱらとか聞いた事がない。誰か中を確認してもう動かしてるだろ」

「あと……きのう……」

「何だよ?」

「村の人みんなに使わないでって……」

「嘘だろ! 言ったのか!? 183人全員に」


 ミフィはコクンと頷いた。 


「お前何考えて!、んだよ……」

「だって、きょうで、きょうで、もう、おわりだって……」

 ミフィはセイに抱きついて涙を溢れさせた。


「悪い。すぐに気付いてやれなかった」

「ううん。ちゃんと隠せなかった」

「正直、出兵前に聞いても、耐性だけ付けられて言い逃れられと思ってた」

「そっか」

「この制度で恋人っぽくやるのも、色々、悪い気もしてた」

「うん。分かってる。だから、孤児院のみんなには言ってないよ」

「そうか。俺は行かないぞ」

「うん、私ももう言わない」

「セリアに色々話してかけてやれよ」

「うん。大丈夫」

「俺達のカッコは多分つかない。憎まれ役から、また信じてもらうしかない」

「できるだけ、やってみるね」

「初年度の死亡率は21%だ。そこから先はミフィの光術に頼る事になる」

「任せて……」

 黒の光の柱の中、ミフィの金色の瞳が光を反射する。

「私がね、もう一度お兄ちゃんを防衛線に送るから」

 金の光の柱の中、セイの黒色の瞳が光を吸い込む。

「俺は一年生き残って、防衛線で待ってるよ」

 セイはミフィの手を取り、引き寄せて抱きしめた。

 三冊の薄い恋愛小説は投げ出され雪上に落ちる。


 ◆ ◆ ◆


 孤児院の庭にて、ミフィが帰ってくるのを皆は待っている。

 しかし、南方に上がる黒と金の光りの柱を見て唖然としている。

 カリナが問い、キユキが微笑む。

「あの光りは?」

「ミフィちゃんね」

 ルネは驚きを通り越した恐怖の色を浮かべて呟く。

「ミフィお姉ちゃんはあんなものまで作ったですか……」

「ふふ。大丈夫。ルネちゃんも皆も、あれくらい出来るようになるから」


◆ ◆ ◆


 セイとミフィは撫であうようなまつ毛を離して、互いに微笑む。

「なあ、ミフィ。この光だったら確かに防衛線から見えそうだけど、他に何か意味あるのか?」

「分からないけど、多分、意味無いよ」

「こう、増加のとき余分に強くなったりとかは?」

「無いかなぁ……多分。そんな気がする」

「マジか……。これ、もしかして才能の無駄遣いってやつか?」

「はぁ!。お兄ちゃん、今私がどれだけ苦労して光らせてるのか分かってる?」

「寿命を使ってるのか!?」

「それは……使ってる感じはしないけど」

「そうか……。ならまあ……」

「まあってふざけてれうの!。もうちょっとありがたみを感じて」

「いや、ミフィなら、これくらいやるかなって」

「感じて!」

「感じてるには感じてるって、感じすぎてるって」

「二言目からがいらないの。ちゃんと感じて」

「まあ、ほら、そこは……」

「なんなのんんんっ」

 セイはミフィに鼻と鼻がケンカするようなキスをする。

 二人の術印からはほとばしるような光りが立ち上る。

「!、何だよ!、これ!」

「いいから。光を気にするのは止めて」

「いや、でも」

「はやく」


 二人は再び瞳を閉じる。


◆ ◆ ◆


 しばらく孤児院の皆はぼーっと光の柱をみていたが、身の回りが一瞬で黒に染まり

「へ?」

と一度、間抜けな声を出す。

 皆は暗い影に包まれ首を右に左に振り周囲を、自身の体を見る。


 ロックがいの一番に叫ぶ。

「ななな、何だよこれキユキ姉」

 キユキは微笑み南の方角を指差す。

「みんな落ち着いて。あっちに見えるでしょ?」


 皆の周囲は黒い影のような光に包まれているが、キユキの指差す南の方角の空には、金色の天幕が、風に揺られるベールのように波打ち広がる。

 地表から遥か天空にめがけて金の光のオーロラが広がっている。


 アキットが尋ねてキユキが答える。

「あれも……ミフィお姉ちゃん?」

「ええ」

 ルネがいぶかしむ。

「ん?。なんかうねうねしてませんか?」


 アキットが疑問を呈してヒースが答える。

「光りは光なんじゃないの?。なんでうねうねしてるの?」

「それは、……。別れのキスでもしてるんじゃねーか?」


 再びアキットが隣のロックに向けて尋ねる。

「キスするとうねうねするの?」

「お、おお、俺が知るわけねーだろ!」


 ギーが不安そうにカリナを見上げる。

「セイ兄ちゃんとミフィ姉ちゃんは結婚できるのかな?」

「大丈夫。兄さんには大切なものが残っているから」


 ルネが自分の手を見て呟く。

「あれ、金になりましたね」

「どうして?」

「だから俺に聞くなよ!」


 今度はカリナが分析する。

「情熱的組体操」


 キユキは微笑む。皆は時に黒い影に包まれ金の光りに包まれて、次第にそれと戯れ始める。互いに頬を突いたり、空中で手をブンブン振ったりしている。

『二人が無茶な戦いをしなかったら、セイ君の寿命は必ず平均を越えられる。それに、来年からセリアちゃんの光術の修練が始まる。ミフィちゃんがいる初年度の修練はかなり条件がいいと思っていい。だから、来年度は修練に寄せるとして、そこから先……。手段としては強くなったセリアちゃんが孤児院の移動の希望を出すっていうのもあるけど……』


 キユキは光の中で戯れる孤児院の少年少女達を見渡す。走り回ったり、息をふきかけて遊んでいる。

『当たり前よね。ミフィちゃんもこの孤児院からの移動は希望しなかったわけだし』

キユキはしばらくニコニコとした表情で、互いの頬をつねったり、自分の手を見つめたりしている皆を見渡していた。


 しかし、次第に表情がかげり、顔は青くなり冷や汗を流し始める。

『情熱的組体操って……違うわよね……。セイ君には大切なものが残ってるから、荒めのキス……くらいよね? 外だもんね。冬だもんね。うん。大丈夫。えっ、でも、もしかして光術使ってるの? でもセイ君のは描いているだけで刻んでないから、増加はきかないはずだし。あれ? 結局刻んでるの? ううん。流せって言ってたし。あっ、でもセイ君ががんばってるなら……、んんん、もう! そういうことじゃない!』


 ◆ ◆ ◆


 ……。5分経過して、セイから離れる。

「もういいの?」

「よくないけどな」

「だったもう少しいいんじゃない?」

「……。お前、まだ何かあるのか?」

「んー……、お兄ちゃんの名誉のためかな」

「は?」

「多分ね。みんな誤解してると思うの」

「何を?」

「少しは考えてよ。こじらせてるんでしょ」

「……。!。これ、俺達があれをしてるってみんな思ってるのか?」

「そう」

「で、俺が5分くらいしか持たなかったと?」

「そう!」

「ん。でもそんなもんじゃないのか? 初めては?」

「いいの?。それが初めてでも?」

「良くない」


 結局10分ほどキスして、二人は離れる。

 ミフィはしゃがんで薄い三冊の恋愛小説を拾い上げて、、太ももの裏で手を組む。


「それじゃあ、そろそろ帰るね。みんなも待ってるし」

「ああ」

「今までありがとうお兄ちゃん」

「俺からも礼をいうよ。ありがとう。ミフィ。これからも頼むな」

「うん」


 ありったけのミフィの笑顔をみて、ミフィの頭を撫でて、セイは振り返り防衛線に向けて歩き出した。

 ミフィも少し見送り、それから振り返って孤児院へ向けて歩き出した。


『保存用は無意味だったな』

 防衛線へ向けて歩くセイの涙は止まる。

『一年後、ちゃんと持って行ってあげるから』

 ミフィの涙もセイと時を同じくして止まった。


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