収穫祭 ミドル・エイジだった頃
午後も収穫祭という名のブドウ酒作りは続く。
セイ達が次にはじめたのは、樽の中のブドウジュースの一部を円筒形の2リットル缶へと移すことだった。リアカーに載せた道具箱から取り出して、ブドウジュースを移し変える。
選ばれた原液はミフィとカリナで計2缶。今日の皆の飲料は、以降ここから捻出される。
「いくか」
セイは男子年長組をひきいて、樽の運搬に特化した専用の台車を、村の倉庫に取りに行った。この倉庫はブドウ酒作りのために建てられた村の公共施設だ。孤児院に継ぐ村の大規模な施設で、中央広場に隣接しているから直ぐに辿りつく。
軒先に3台ほど止まっている台車から、セイ達は1台を借りて、ミフィ達が作ったブドウジュースが入った樽の元へと帰って来た。
四人で「せーの」と台車に樽を載せて、再び倉庫の入り口へとたどり着くと、村人が樽を中へと運んでくれた。
土足厳禁の倉庫で、中を清潔にしておくのが鉄則だと、セイは昔教わった事がある。つまりは清潔な村人がここを死守しているのだ。余計な菌からも酔っ払いからも。
セイ達は新たに空の樽を受け取り、カエデの元へと運ぶ。新旧入れ替えるための往復作業だ。何度か中央広場の作業スペースと村の倉庫間を往復をして、セイ達は次ぎのブドウジュース作りの下準備を進める。
昼食用の食器類は孤児院からの持ち出しで、女性陣はそういったものを再びリアカーの荷台へ乗せて片付けていた。
細々とした手順を散開して片付ける。
樽の運搬が終わると、セイに連れ立って孤児院の男子はリアカーから着替えの入ったバケットをとって温泉に行き、体を隅々まで綺麗に洗い、湯にもつかり身体を浄化した。
年長組の男子は、湯上りに新たな装いとしてTシャツと短パンのような貫頭衣に着替えて、さっさと本日の作業場である樽の所へと帰った。
帰るとミフィ達はすでに横並びの樽の中へ、ブドウの果実を軸から毟って放り込んでいた。午後はセイ、ヒース、ロック、ギーが樽に入る。今度は男子達がブドウを踏む番だ。
さきほどと〝踏む役〟と〝毟る役〟をそのまま入れ替えたような配置である。
しかし年少組の幼子達は例外的に全員ずっと樽の外のままで、今度はセイとヒースが入ることになる樽にブドウを放り込んでいた。幼子達と組んでいたキユキがもう一度樽に入るようなことは無く、外で幼子達と一緒にプチプチとブドウを軸から外していた。
樽に飛び込んだセイとヒースは怒涛の勢いで果肉を砕いた。加重をかける両足は、交互に入れ替わる速度も速い。踏み落とす足には体重に加えて軽い蹴りが入りぶちゅっとブドウの果肉を潰している。
液量が増えてきたところで
「ヒース合体だ!」
「おう!」
二人は向きあって、互いの肘の辺りをつかみバランスを取りつつ足踏みを始めた。
「「うぉおおおおお」」
手を取り合ってダンスしているかのような姿に近いが、熱意はあっても作法はない。
セイとヒースはしばらくブドウを踏んでから手を離した。
ヒースは今度ロックのほうへと向く。
「ロック、合体だ!」
「んだよ 気持ち割りーよなぁ……」
拒絶を空台詞にしてロックは律儀にヒースに合わせた。お互いに両肘のあたりを掴む。
「「うぉおおおおお」」
またしばらく足踏みで樽の中のブドウを潰して、ヒースとロックも互いの手を離した。
ロックは正面を向いた。
隣のギーがキラキラとした希望の眼差しでロックをみている。
「わかったよ。やればいいんだろ! やれば!」
「うん」
ロックは両腕をギーのほうへと伸ばして、互いにバランスを取ってブドウを踏み始めた。
「「おぉぉぉ」」
幼いギーがだけが鬨の声を上げていて、ロックの声はやるせない羊のような声だった。
薄着でブドウを踏みしだき、派手にしぶきを飛ばすセイとヒース。
カリナが公国の男女平等主義に疑問をつぶやく。
「(男子に)やらせたところで不平等を感じる謎現象」
樽の中に入ってブドウを潰すのは女子だけではないが、納得ができないようだ。
「本人達が楽しそうだからいいんじゃない」
とミフィが肩を持つ。
ルネは公国産のブドウ酒に疑問を持っている。
「これでも赤色に需要があるから不思議です」
こちらはキユキがさらりと答えていく。
「味が違うし、緑ばっかり飲んでる男のヒトは嫌われるからね」
「嫉妬ですか?」
「それもあるかも」
「かもですか?」
「飲むほうも誤解されたくないんじゃない?」
「なるほどですぅ」
男子の姿がうけていたのは年少組の幼子達で、女性陣は笑っていたり冷ややかであったりと三者三様だった。
怒涛の足踏みで、セイとヒースは1本目の樽を瞬く間にしあげた。
「よし。次だ! ヒース!」
「おう」
二人は樽から出でて、素早く足元を綿布で拭いて、樽をカートに載せる。
セイがカートを押しつつ、ヒースが樽を支えて二人は再び倉庫へ。帰ってくるときは空の樽を持って来きて、新たな空の樽を簀子の上に並べる。往復して二本入れ替える。
次ぎの樽に入る前にブドウジュースで水分補給。
「はい。お兄ちゃん」
「助かる」
セイはミフィから差し出されたブドウジュースを飲み干した。
ヒースも同じようにカリナから差し出されたジョッキを受け取った。わりかし素直に差し出されたブドウジュースをゴクゴクと胃へ流し込む。しかしジーっとカリナに見つめられてヒースは最後は勝手に咳き込んだ。
「ゴホっ、ゴホっ」
「何も言って無いけど?」
「その通りだなぁ!!」
冷静でそしらぬ表情のカリナに、ヒースはやけっぱちだった。
セイとヒースは二本目の樽で始動するころに、ロックとギーが1本目の樽を仕上げていた。
「俺ももう一本やったほうがいい?」
「いや。もう充分だ。みんなで遊んでくればいい」
セイが答えて、ロックとギーはブドウジュース作りを終えた。
ロックに手伝う気概はあったのだろうが、彼には身長制限がつきまとっていた。
まだ背が低い者が樽を使うと歩留まりが悪くなる。樽の深みに対して身長が足りないのだ。あくまで収穫祭の雰囲気を楽しむ記念品として、村から許されている側面が無きにしもあらず。セイも量りかねているところではある。
作業主任にあたる村人の念頭から完全に抜けているは、孤児院の皆がやる気を出してブドウ酒の原料となるブドウジュースを作るということだろう。セイはそう思っているが、それもそのはず、15歳の職能体験中のセイはともかくとして、生産体制に子供を過剰に投入する事は公国では禁じられているのだ。
その差し引きを無視しても、やると言えば、たとえ歩留まりが悪くてもやらせてはくれるだろう。だがそれが結果的に迷惑になるかもしれない。全く拒絶さているわけではなく、一本は作らせてもらっているという甘受の感覚があるから、どうしても作りたいとロックやギーが言わないのであれば、セイは強制するつもりなど端からなかった。
セイにも村人の正直な気持ちの真相は分かっていなかった。そこそこに真剣に造りはするものの、大酒のみを除いて能率と効率の最大化を目指すような日でもないのだ。そこはかとなく緩く緩くと進めていくのが収穫祭である。
曖昧な感覚に流されいるのがセイにとっても正解だった。
ロックとギーにもう一本作らせる方法を、セイやミフィは気が付いている。
ロックとギーが作ったブドウジュースを合わせれば全て解決する。ブドウジュースで満タンになった樽が二人で1本作れる。
気がついているが、教えはしない。この方法はセイとミフィがストップをかけている。
初めてミフィがエプロンドレスを着たときから始まった伝統だ。
かつて幼き二人もブドウジュースが半分程度作れた樽を作っていた。当然、歩留まりが悪い二本のブドウジュースの樽が出来上がっていた。
しかし当時の村人はあらゆる事態を察して、ジュース半分の樽を許した。
その村人の性格の悪さは、歩留まりが悪いという結果をセイとミフィに聞こえるところで口にした事であり、その村人の性格の良さは、歩留まりが悪い樽をセイの心情を含んで見逃したところだ。
もしセイとミフィのブドウジュースをミックスすれば、将来セイはミフィの足踏み100%のブドウ酒を飲む事ができない。
セイは最悪の事態を回避してくれた村人に密かに感謝した。
「よかったね。お兄ちゃん」
こういう心情をミフィはすぐに表沙汰にしてくる。
「……良かったけどそっとしといてくれよ」
「もう恋人なんだから堂々としてればいいのに」
二人が始めて収穫祭に参加したときの思い出の一つだ。
幼きセイとミフィは年度をまたぎ、成長して、二人のささやかな伝統はヒースとカリナにも伝播したが、彼らの前にもミックスについての問題があり、やはり一悶着あった。
「じゃあ、明日から料理酒にお兄ちゃんのブドウ酒を使うね」
「……」
「……」
ミフィはセイを出汁に二人を伝統のもとに組み伏した。
『なんで黙るんだよ?』
セイは思ったが、ブレンド反対派として志しを乱すわけにはいかなかった。
そして、話さなければ無垢で幼い者達は気が付かず受け入れていくものである。黙って素知らぬ顔で作業をすれば、樽半分のジュースをひとまとめにしない不自然な行程に疑問ももたず、現状ををさも当然のものとして受け入れる。
セイとミフィは誰よりも慎重な沈黙で、誰が踏み抜いたか判別できる個人作のブドウ酒を、村の地下倉庫に過去数年分積み上げていった。
孤児院の料理には、今の所ミフィとカリナが踏み抜いたブドウ酒が使われている。使われてなお数は残っている。最低限、その年に作製したブドウ酒を1人あたり2本を目安に瓶詰めされた状態で残っている。
この過去の約束にはっきりと踏み込んでいるのはセイとミフィ、カリナとヒースまでだ。いちいち年下の者に教えていない。幼くして、歩留まりについてまで気が回る天稟を持った者も今のところ登場していない。
11歳のルネより年下の者達は、この空気的な伝統の上に生きていた。
気が付いたときには料理酒はミフィやカリナのブドウ酒を使うという伝統に生きており、そして、気が付いたときには何故女子のものしか使わないのかという疑問の中に生き、そしてその理由を尋ねる直前で、尋ねることで生じる食生活や精神衛生上の弊害が予測され、これは聞かない方がいいのではないかという結論に行きつく。今のままが一番いい。そう感じて沈黙へと加担するのである。
『勢いよく踏むと多少はジュースが水着にあたるし、これが一番平和だろ?』
セイは推測を胸に、やはり真実は伝えなかった。
※
ロックとギーはブドウ酒作りを終えて、温泉へと向かい、脚を素早く洗って一緒に屋台の冷やかしに行った。作業でペアを組んでいたルネとアキットも一緒だ。セイはミフィ達とともに暖かく見送った。
このタイミングで、キユキも作業中のセイ達にことわって、年少組の幼子達とともに一度孤児院へと帰って行った。幼子達のお昼寝のためだ。セイはこちらも素直に送り出す。
※
村で瓶詰めまでされたブドウ酒は隣町の市場に卸して交易・物流ルートに乗る。
生の果実としてのブドウ自体はせいぜい隣町までしか品質がもたないが、酒に変わるブドウ酒は保存がきき、製品としての公国の要求水準を満たし、税金と商品の二つの性質をまぜたような形で納品されている。
村人はこのとき公国から生活に必要な現金相当の配布交換量が貰える。
セイ達、少年少女に義務はない。配布交換量は公国から個人個人へと支給されている。しかし、自作のブドウ酒を村としての名義で出荷すると配布交換量を受けとることができる。
セイ達は女子のブドウ酒を料理酒とする一方で、男子が作ったブドウ酒を出荷対象にして、別途、蓄えをつくっている。セイ達のグループ資金であり、幼い者達は知らない裏金だ。ミフィが着た最初の一着はともかくとして、セイ達はこの裏金を使って女子達のエプロンドレスを用意してきた。
エプロンドレスの女子は年々増えた。
今年度、女子でエプロンドレスを着ていないのは年少組の3人だけだ。来年度、2着新調するだけでは、最後の1着を手に入れる前の年に、女子が1人だけ普段着になる。
皆が着ているのに自分だけ仲間はずれになるという事は、我慢できないだろうと、セイやミフィは予測している。カリナとヒースまで事情を知っていて、今年のブドウ酒作りに精を出している。
「着たくない」と言われたらそれまでなのだが、女子の幼子達は新衣装というだけで前向きだ。というかもっぱら〝新〟と付けばそれだで前向きだ。納得させるのに出兵順序を口にしなければならない程度には。
ミフィから始まった衣装集め。最初の衣装をミフィだけが取ったのは、収穫祭初参加の実験台をミフィが担ったからだ。相談に基づく合理的な判断をセイとミフィは下したつもりであった。
ともかくそこまで衣装が行き届けは、あとはお下がりと仕立て直しで、収穫祭むけの恰好はつく。
2本目を仕上げたセイは樽から出てきてミフィから綿布を受けとり軽く汗を拭いた。
「おつかれさま。お兄ちゃん」
「このまま3本目に行くよ。これで来年分は確実だろ?」
「うん。3本あれば余裕ね」
財務管理ミフィの判断
ヒースも送れをとらず樽から出てきたが、カリナが交代を申し出る。
「かわろっか」
「これくらい余裕だ」
ヒースの発汗量はセイよりも酷いのは無理もない話で、15歳のセイに比べて彼はまだ12歳だ。液体の抵抗に逆らい足踏みをするのに多少は疲労もかさむ。
次女の13歳のカリナは作業中から汗が出ていたヒースに綿布を渡していた。ときに汗の塩分が多少はブドウ酒の中に入っていたかもしれない。細かいことは、あまり気にしてなさそうな二人だった。
作業に残ったセイ達四人は、樽の周囲を取り囲んで、協力してカートに載せた。
「運ぶのだけは俺がやるよ。少し休んでろ」
「わ、悪ぃ」
「いや。あと一本、当てにしてるってことだ」
セイはヒースを休ませるために、一人で運ぼうとカートを押し出した。すると運搬力にはならなかったが、衝突しないように周囲を警戒する目として、ミフィが先導しについてきてくれた。「よこ通りますよー」とか「うしろ通りますよー」と周辺のものへ先立って注意している。
倉庫の前へとたどりつくと、村人は今日のセイの行動を覚えていた。
「3本目か? 威勢がいいな」
「お願いします」
村人はセイ達が作ったブドウジュースが満たされた樽を倉庫の中に持って入り、かわりに空の樽を持出してセイの台車に乗せてくれた。
ヒースの分で、もう一往復。
セイは本日3本目の樽の準備を終えた。
セイとヒースは赤紫色になった爪先を樽の中に入れた。ミフィとカリナが赤紫に色になった指先で再びブドウを毟る。作業がほんのりと自分達の色を変えていた。
作業場スペースをいつまでも占有しておくのも気が引け、まま急ぐ必要はありつつも、三歳年下のヒース体力の気になるところであるから、セイはペースを落として、かねてより気になることをミフィに尋ねた。
「キユキさんは酒は飲まないのか?」
「飲んでるところはみたことないね。ね?」
ミフィはカリナとヒースにも一応という感じで尋ねたが、二人とも頷いた。見た事はないらしい。
セイは続けてミフィに尋ねた。
「勧めたりは?」
「ううん。したことない」
「ふむ。飲んでもらったほうがいいと思うか?」
「どうしよっかなって思ってたところなんだけど……どうしよっか?」
「在庫は?」
「私のは49年より前が2本づつ。50年産は結構あるよ」
「いいか?」
「うん。私はいいよ」
「それじゃあ夕食のときくらいに持っていってみるか?」
「そうだね」
カリナが話の中断を誘うように、別途ヒースと会話を始めた。
「ヒース。兄さんはなんで姉さんに聞いたと思う?」
「それは、ミフィ姉のブドウ酒を未来で兄貴が飲むという約束があるからだ。その在庫を切り崩すのに兄貴もミフィ姉も気を揉んでんだろ」
「で?」
「でってなんだよ」
「ヒースはいいの?」
「……。いいよ。俺には関係ない理論だ」
「そう」
「……」
セイは次女と次男が黙ってからカリナのほうを見た。
「実際カリナはどう思う?」
「何が?」
「結構飲むほうかな?」
「あのタイプは多分ザル。でもキユキさんが遠慮する」
ミフィがちょっとした困り顔でカリナに尋ねた。
「ねえカリナ。私のを持っていってあげくれない? 多分、カリナが勧めるのが一番スマートだから」
「……そっか」と呟いたカリナはそのままミフィに返答した「ううん。私が私の分をもっていく」
「うん。どっちでもいいけどお願いね」
「分かった」
カリナは小さく首を振って、ヒースに視線を合わせてクスリと笑った。
ヒースはカエデの枝葉の奥に位置する天空の太陽を見上げて呟いた。
「日が暮れるのはえーわ」
『〝いいの〟と〝いいよ〟か……。いい加減恋人になったらどうなんだ?』
いち早く思い遣りを見せたカリナと、いち早く結論にいきついていたヒース。セイは心底結婚だとも思ったが、絶賛気取っている最中のヒースと、ヒースの視線が帰ってくるまでいたずらに待ち構えているカリナを、ミフィと一緒にやわらかく笑うだけにしておいた。
※
長丁場となったセイ達4人の作業は無事に終わり、樽を片付けている時分には夕暮れ前になっていた。
参加者も一向に減らず、中央広場は賑わっている。
その外部からお昼寝を終えて孤児院から戻って来ているキユキ達の姿を、4人は作業がひと段落ついたこともあり、遠目にではあるがすぐに見つけた。
エプロンドレス姿のキユキと、まだコスチューム(ユニフォーム)がない、普段着の小さな女の子3人と、男の子が二人だ。
キユキ達を見たミフィが豆鉄砲をくらったような顔になっている。
「お兄ちゃん……行くときは気づけなかったけど……」
「えっ! いや……本気か? ミフィ……」
セイも似たような弾を散弾でくらったような表情になった。
常識から考えて、いちいち昼寝のためにキユキが着替えたとは考えにくい。朝に風呂にも入っているから十中八九キユキはエプロンドレス姿のまま幼子達と午睡のときをすごしたのだろう。
セイの中で一連の解釈プロセスが働き出していたが、まずはミフィと見詰め合った。
「うん。いつもキユキさん、お昼寝のときは年少組の子達と一緒に寝てるよ」
「マジか……」
「うん。初だよ! 初!」
やはりミフィが言うには、キユキは昼寝する幼子達の側にいるだけではなく、きっちりと入眠しているとの事。
当然の事ながらミフィは本日、夜に温泉に入ると寝巻きに着替えて眠る。
過去の収穫祭においてもそうだった。
ミフィのみならず、収穫祭に参加している孤児院の年長組の女子とはそういうものだ。
『女子だけじゃない。夜は着替えて寝る。そういうものだ。じゃあ昼はっていうと……』
成長するとお昼寝もしない。お昼寝は幼子達とそれに付き合う保護役だけだ。
後顧の憂い。――年少組の女子にはまだエプロンドレスが行き届いてない――。それもセイの脳裡に去来した。
『孤児院史上、初の眠るメイドになったのはキユキさんか』
セイは孤児院の歴史書を紐解き、ダイナミックに今の出来事を記述しておく必要を感じた。しかもただ単に一人で眠ったというだけではなく、添い寝するメイドさんとして一挙二冠の栄光(?)を成し遂げている。
『新人賞を加味すれば……あるいは』
もう一人。今年新たに衣装を見につけている彼女の居場所など、この小さな村ではすぐにわかってしまうであろうから、セイはキユキのほうを見て、思考を切り替えた。
キユキとの距離はまだ遠かったが、気配を察知した上に変な所にまでいち早く反応したのがミフィで、彼女の結論は褒め言葉を超えた愕然としたものだった。
「やっぱり一番イカレてるのはキユキさんだよね……」
「優秀なヒトってのは必然的に歴史に名前を刻むみたいだな……」
きちんと保護役の責務をまっとうしているキユキを笑うのが悪い気がしないでもないが、セイはミフィが誘ってきたおかしさに身を任せた。
セイは、そしておそらくミフィも、何の気なしに年少組の幼子達を連れているキユキの姿に、天才特有の「私、また何かしたかしら?」といった当然のことをしたまでの様子が混ざって見えてる。
そよ風のように「ふふっ」っとミフィが笑みをこぼして、セイも少し笑った。
「いなかったよねー。私達には。一緒に寝てくれるメイドさんとか」
「俺達は可愛げがなかったからな」
どこか遠くに感情を投げかけ親しみだけを込めるようにミフィは話しを締めくくっていた。
それからカリナもクスリとして、わずかに懐かしむようにヒースを見つめた。
「確かに。すごくうるさかった」
「それは俺だけだよ。悪かったな」
「いいんじゃない?」
カリナの視線が串焼きを作っている屋台へと流れて、セイもミフィもヒースも屋台のほうを見た。
セイ達4人の視線はそこの屋台で一致している。
いつの間にか屋台の店番へと転身をはたした、ルネ率いる孤児院のミドル・エイジの者達が、4人の瞳に映っていた。
ルネは汚れていない未使用の木製製の皿を両の頬に添えている。拡声器をあてがったような形で、串焼き屋の前で客引きをしている。なだらかな横一文字の瞳だ。おそらく「いらっしゃいませー」とでも愛想を撒いているのだろう。
充実した肉感のある串焼きが乗った皿を運んでいるのはアキットだ。トコトコと近場のテーブルのあちこちへと給仕している。皿にばかり集中して歩いている小さなメイドに参加者は目尻を下げて道をあけていた。
ロックは地元民に信頼の厚い頑固一徹な職人のような顔付きで、炭火で炙られている串焼きをひっくり返してる。クルっクルと網の上にのった牛串をひっくりて、その合間に十能で火に炭をくべていた。
ギーはロックが作っている牛串に塩コショウを振りかけたり、火が通った串焼きを皿に載せてアキットへ中継したりしている。多忙は何も調理補助だけではない。裏手のテーブル上にあるブドウジュース入りのジョッキをギーは手に取り、ゴクリと英気を養うのを忘れない。「やばい。忙しくなってきた」とでも言いたげなスリルに富んだ表情はいかにも芝居がかっているが、当人は真剣なのかもしれない。
孤児院のミドル・エイジの者達は、おそらく朝から串焼きを作っていたデニスと当番を交代したのだろう。セイの預かり知らない予定である。
カエデの近くを見ると、ルネ達から店番を交代してもらったデニスが樽の中に入ってブドウを潰しているから、やはりそうなのだとセイは思う。
デニスの肉体美は、遠くから見たら肉厚なサボテンのようだ。近くには嫁のミーアもいて、デニスがサービス精神旺盛なポージングとるたびに顔を崩して笑っていた。
セイは堪えることができない苦笑とともに再びルネ達のほうをみた。
「あいつら商売と勘違いしてるんじゃないのか?」
「ホント。焼いとけば勝手に取っていくのにね」とミフィも朗らかに微笑む。
「あの四人は連携が異常」とカリナが端的に描写する。
「つってもあいつら喧嘩してるときもあるけどな」とヒースは分析する。
ついばむ餌を見つけた小鳥のように、ミフィの顔がクッと動く。
「私達は喧嘩する余裕もなかったよねー」
「ああ。そうだな」
セイとミフィは同じニヤニヤとした表情で、カリナとヒースを見た。
「私達のは喧嘩? って言いたそうだけど」
「言ってないんだからスルーでいいだろ……」
四人はリアカーを広場の邪魔にならない所へと押しやって作業スペースを開けた。




