右か左か両方か。そうでなければあなたは? Bパート
「タイトルは〝一軒屋に住むカエルさん〟そのままね。この物語は時空トラベルの前日譚っていった所かしら」
「詳しくはどんな感じなんでしょう?」
「うーん、むずかしいなぁ。綺麗に伝わるかしら」
「大丈夫です。俺の国語はB+でした。感受性に至ってはA-ですよ」
セイの国語の成績はB+で、その内訳の一つにある感受性という評価がA-であるということだ。
なお、ペアリングで勘定される評価は剣や弓についてだけで、学問の成績は一切考慮されないから、セイの評価はあくまでC+である。
A+まで振り切っていないあたりに、セイが笑かしにかかっているポイントがあるのだが、キユキの笑みは普段とかわず穏やかだった。
「そうねえ……。この物語は、一軒屋に住むカエルさんが二人で暮らしている所から始まるの。森の中の一軒屋に、カエルさんとお嫁さん二人暮らしね。でもある日、お嫁さんがヘビに食べられてしまってから、カエルさんは一人で寂しく暮らしていたの」
「きついですね。いきなり。救いはあるんですか?」
「ええ。見かねた森の大樹のおじいさんが、カエルさんに過去に帰る方法を教えたの。つまり、過去に帰って、奥さんがヘビに食べられてしまう前に助けようっていう計画ね。この話を聞いた、カエルさんは気を持ちなおして、過去に帰る決心するの」
「カエルだけに帰るわけですね」
「やっぱり皆そう思うわよね」
「仕方ないと思います」
「ふふ。……。でね、カエルさん過去に帰って奥さんを助けようとするんだけど、森の大樹のおじいさんに教わった過去に帰る方法は、兎にも角にも色々準備が大変で、森の仲間達に、のべつ幕無し手伝ってもらう事になるの」
「お使いイベントってやつですね」
「最近はそういう言い方をするの?」
「まあ、一説によりけりです。すみません。腰をおって」
「ううん。気にしないで。それじゃあ続きね」
「はい。あまり俺に気にせず続けてください」
微笑むだけがキユキの返事で、少しの間をとって続きを語りだす。
「それからカエルさんは森の仲間達に色々手伝ってもらって、なんとか準備が完了したの。だから、お使いイベントの後は過去へ飛び立つ場面になるのね。一軒屋に住むカエルさんは黄金のハヤブサに乗って過去に旅立とうしているの」
会話の呼吸が違うので、セイは弟妹達と話すようには上手く行かないと思った。キユキの語り口は流暢でありるものの、速さを感じないアンダンテでとめどなく流れている。
利き手に徹すれば心地がいいだろうとセイは思ったが、お喋りの体裁を残しておくべきかと思いつつ、口を挟み様子をみる。
「過去に帰るのは、空に時空の扉とか開いたんですか」
「そうね。そこは定番ね」
「地面とか水面だとピンとこないですよね」
「男の子らしい意見よね。そういうところ」
「そうなんですか? 俺に深い意味はないですよ」
「意味深って言うんでしょ? それは知ってる」
『使い方間違えてないか……。いや、あってるのか……。あってるのか……?』
どうも満足気なキユキの様子からは、意味深は感じられないのだが、ここらが男子としての引き際とも思ったセイは、扉を卑猥に解釈することは止めた。この物語が前日譚であるならば……とそちらへ意識を移す。
「じゃあ、ここからが物語りのクライマックスって所ですか?」
「そうね。いざ、カエルさんが過去へ帰ろうとしたときに、カエルさんは森の大樹のおじいさんから、あらかじめ教わっていた過去から現在に帰ってくる方法を思い出したの。過去から現在に帰ってくる方法は、現在から過去に帰る方法と同じ。つまり、過去に帰ったカエルさんは、お嫁さんを救ったあとで、もう一度現在に帰るために森の仲間達に協力を仰がないといけないの」
「タヌキさん、とか、トナカイさんとかに」
「ん? セイ君はこのお話を知ってるの?」
「いえ、知りません。俺が知っているのは、ギーから聞いた特徴的な名前だけですね」
「そっか。じゃあ続きね」
「その前に聞きたいんですけど、なんでハヤブサには〝さん〟がついてないんですか?」
「【俺の命は飛ぶためのものだ。重くなるから余計なものはつけるんじゃねー】だそうよ」
「ふむ。飛ぶことと重さに関係はあるんでしょうか?」
キユキは苦笑する。
「変な所に気付くわね。それは私には分からないわ」
「ふむ」
セイもさっぱり分からなかったが、考え込んでいるふりをしてから、続きを催促した。
「もういい加減にします。クライマックス、進めてください」
「ええっと、そうね……」
話をしつつも、二人はまずまず順調に調理をすすめていた。
肉を切り終えたキユキは、セイと同じように串に肉やネギを挿し始めた。
孤児院の厨房がこの村最大の厨房であるから、担当する肉量の増加は免れないが、村人は切り分けやすい部位を孤児院に融通してくれたいた。
キユキに至っては、調理と同時に物語を進行するから、やはり優秀なのだろうとセイは洞察していたのだった。
「ええっと、だから、カエルさんは、過去に帰る直前に、現在に帰ってくる方法を思い出したって所からね。そう。カエルさんは思い出してしまったの。今まで過去に帰るため仲間に強いた苦労を。時空を切り裂くためにお腹の皮が破れるまで太鼓を叩いたタヌキさんとか、装備のために手のしびれが抜けないようになるまで金槌で鍛冶をしたトナカイさんとか、ほかにも、カエルさんが過去に帰る条件を満たすために傷ついた森の仲間達がたくさんいた。ハヤブサも黄金になるために何本もの羽を失っていた。だから、カエルさんには迷いが生まれちゃったのね。自分のためにもう一回、過去で森の仲間たちに同じ苦労をさせる事に罪悪感を感じたの」
「分かる気がします」
セイは大きく息を吸い込んで目蓋を閉じて静かな置物のよう硬化した。セイは森の仲間達にはキツネさんやウサギさんなどもいるのだろうと思い、おそらく彼らも傷ついているだろうと感じはしたが、その輪の中にカメさんはいなかった。
舞台が森だから不在なのだと言聞かせ、トラウマとは質の異なる理論を付けた。
粗筋を追いかけているキユキの声が、年少組のために朗読しているものに完全に切り替わった。
「せっかく開いた天空にある時空の扉は5分しか開いていない。カエルさんを見送るために森の仲間達も集合している。カエルさんは急がないといけない。でも、ハヤブサにつけた鞍につかまって、鐙に足を乗せたときに、カエルさんは涙が溢れたの。森のみんなは口々にカエルさんに伝えたわ。【どうしたんだ。急がないと扉がしまってしまうぞ】、【早く行ってあげて】、【過去でも俺達を頼れ、それで嫁さんを助けて帰って来い】って」
「カエルさんはどうしたんですか……?」
「動けなかったの。涙を流すことしか出来なかった……。だから、黄金のハヤブサはカエルさんを鉤爪のような足で掴んでから、翼を大きく動かして飛び立った。上昇をやめないハヤブサを、カエルさんは拳を握って何度も何度も叩くの。自分を落とそうとしているのね。でもカエルさんの手は柔らかくて、ハヤブサはビクともしなかった」
「落ちたら落ちたで……大変ですからね……」
セイは目を閉じたまま天井を見上げてしまっていた。
「叩くの止めないカエルさんにハヤブサは言ったの。【別にお前のためにやったわけじゃねえ。今と過去を繋ぐなんて大きな事をして、俺達は騒いでただけだ】って。カエルさんは歯向かうようにハヤブサに言い返すわ。【嘘を付くな。皮が破れれば痛い。手がしびれていたら不安になる。羽が抜けるとどうなるかは分からないけど、何か大変だろ】って」
「そこは……分かれよ」
「暴れるカエルさんをつれて、ハヤブサは村を一周、ゆったり飛び回りながらカエルさん伝えたの。【いいか。下を見ろ。あれがたぬきさんの家で、あれがトナカイさんの家だ。空からだとよく見えるだろ。あの一軒屋がお前の家だ。俺はあの家を見るたびに、あそこにお前が一人で住んでるなんて思いたくねー。俺はこの空でそんな事は思いたくねー】。一息でそう言われたカエルさんは、涙を止めて、持ち前の吸盤のような手足を使ってハヤブサの鉤爪から背中に移動したの」
「簡単に移動できるのに鞍とか用意するのはおかしいですよ……」
「それは時空の扉を開くための鍵の一つね」
キユキは棚から綺麗に折りたたまれた布巾をセイに差し出した。
「大丈夫?」
「大丈夫です。続けてください……」
セイはきれいな布巾を受け取って涙を拭った。
「ようやく背中に乗ったカエルさんを連れて、ハヤブサはフンと笑って時空の扉へ向けて飛び始めた。地上では森の仲間達が急げ急げと声を張り上げている。限られた時間のなかで、カエルさんは最後にハヤブサに静かに伝えたの。【オレは今からあの一軒屋を手放して、集合住宅に引っ越すのも悪くない。そう思ってしまっていた。すまない、ハヤブサ。だけど……、オレは過去でもう一度お前らに会いたくなった。過去を変えて未来に帰ってきたくなった。皆にも伝えてくれ。過去でもう一度お前らを傷つけ、頼ると】。カエルさんの話しを聞いたハヤブサは、もう一度フンっと笑ってからカエルさんに最後の言葉を送ったの【余計なものが引っ付いてきたな。お前らしくなってきたじゃねーか。最高速で滑空する。落とされるなよ】って」
「ハヤブサ、カッコよすぎじゃないですか……」
「カエルさんが強く手綱を握ると、彼を乗せているハヤブサは高速の滑空で、だんだんと小さくなる時空の扉へ向かって行ったわ。気流乱れる風切り音の中で、二人はそれ以上言葉を交わす事ができなかったけど、一羽と一匹が歯を食いしばって時空の扉へと向かって行ったわ。だけど、高速で飛ぶハヤブサは舌打をしたの。間に合うと思っていた彼には一つの誤算があった。黄金になるときに失った羽のせいで、ハヤブサは本当の最高速が出せていなかったの」
「信じてますよ……俺は」
「ええ。最善を尽くすけど、ギリギリ間に合わない。一羽と一匹が近づくけど、ギリギリで時空の扉の閉ってしまう。ハヤブサが予想した事が、まさに起ころうとするその直前、カエルさんは手綱の反動を使ってジャンプして、一人時空の扉をくぐって過去へと旅立って行ったわ」
「間に合った……で、いいんですよね」
「ええ、でも、ハヤブサは抜け落ちた翼で無理な滑空をしたから、カエルさんがジャンプした瞬間フラフラに旋回しながら地上へ落ちて行くの。でもハヤブサは咄嗟の判断で森の大樹の木の枝の中に飛び込んで、それをクッションにしようって考えたの。今までそんな危険な着地はしたことがなかったら、彼にも成功するか分からなかった。でも、時間がないからハヤブサはそれ以上考える事ができずに、大樹に飛び込んでいった」
「ハヤブサは無事だったんですか?」
「彼は大樹の枝の中で軽く咳払いをした」
「無事だったんですね?」
「ええ。ハヤブサはまず大樹に謝ったの。【悪い、大樹のじいさん、枝を四、五本、持って行った】って」
「あばらみたいですね」
「ふふ、そうね。大樹のおじいさんからしたら、ハヤブサも小さい生き物だから傷も小さくて、【ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。折れたのは枯れ枝だ、気にするな】って言ってニッコリ笑ったわ」
「絶対枯れ枝だけじゃないですよ。生木も持っていかれてますよ。それ」
「それから、ハヤブサが最後に大樹のおじいさんに最後の問いかけをするわ。【一軒屋のやつは、無事に過去に行ったか?】って。大樹のおじいさんが、【見事なジャンプで扉をくぐりおったわい。最後に大きな雨粒を落としてな】って答えてこの物語は終わりね」
「【余計なものは引っ付いてる】んじゃないんですか。分かりづらいですよ……」
「そうね、国語の授業だとそれを考えたりもするんだけど。で、ここからはアドリブパート。皆でこのお話の続きを考えましょう、っていう形式ね」
「続きは無いんですか?」
「無いわね。もう200年前の作品だから、書かれる事もないかな」
「惜しいですね。……ん?」
セイは違和感を覚えて、先日人形劇を勧めてきた四男のギーと交わした会話を思い出した。
――ギーは何の役が好きなんだ?――
――鳥の役かな――
『ギーの言ってた鳥の役ってハヤブサか?』
セイは苦笑を隠せなかった。
そっけなく主役を勧めたギーの態度は、8歳という幼さからではなく、イブシ銀を光らせる準主役をキープする目論見があったのであろうと、今にしてセイは理解したのだった
ククッと抑えきれない笑い声がもれたから、キユキにはセイの姿が不自然に映る。
「どうしたの?」
「鳥の役は他って、他にあるんですか?」
「ううん。ないけど」
「これはギーの話しなんですけど……」
セイは四男との会話のくだりを説明したり、キユキによる雨粒の解釈を聞いたりした。
下拵えもつつがなく進み、大量の生串が綺麗に洗った箱に詰められて布巾でカバーされていく。全ての串が出来上がり、二人は厨房を後にして村の温泉へと向かった。時刻は21時、深夜家族湯は23時からだ。すでに、村の空家を宿泊施設として滞在している遠方からの参加者もいる。村人は家族湯利用しないが、今日ばかりは遅れないほうがいいということを、セイは孤児院への帰り道でキユキに教えた。
明日は8時から収穫祭で、朝から洗濯などをしている余裕もないと、キユキにとっても当然機知の情報を立て続けに話したところで、セイは自身のお喋りの才能を疑ったりもしたが、もしかしたら自分は来年度の話をしたのであって、その相手となる保護役は、キユキが初めてなのではないかと、ふと気がついた。




