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イグニション前の速度より  作者: 紀
【秋の章】
66/82

その牙も、その爪も、その魂も Eパート

 光術の二面性を孕む技法で、光源としてだけではなく、身体強化としても利用される。


 しかしながら公国の15歳以下の少女は、光術の利用を限定されている。

 彼女達は、光源として利用は許可されているが、身体強化の技法は禁止されているという状態だ。布や紙に描いた術印しか使用できないというのもこの一端。これらに伴い、彼女達は〝光術全体〟の技法にたいして知識はあっても未経験だ。


 身体強化は、ヒトの皮膚に傷跡スティグマとして術印を刻み、さらに〝点灯〟の次なる精神操作――〝点火〟――をもって発露が始まる。


 言い換えれば、〝点灯〟の次ぎにも光術の技法はあるという事だ。点灯の次の技法が身体強化と呼ばれるもので、身体強化のためには皮膚へと刻んだ術印と、新たな精神操作が必要になるという事だ。


 自術印を刻んだ少女達が得るものは〝点灯〟以降の操作である。


 だがキユキはここに相関をみている。点灯の次ぎに位置する技法――つまり身体強化にまつわる技法――が、点灯の速度を高めるのではないかと、自身の経験から推測しているのだ。特にミフィの場合において、その可能性を強く感じていた。 



 点灯にかかる時間を0秒相当にまで縮めた精神操作を〝即事点灯〟という。キユキが話したこの精神操作は、点灯技術の頂点して終点である。


 点灯速度を0秒相当まで削りきると、速度維持には幾分の修練は必要であるが、負担は以前と比較にならないほど軽くなり、余暇が得られる。


 今のミフィは黒色において5秒の点灯を実現してはいるが、金色の点灯においては点灯には至っていない。


 二色目は戦闘においてまったくの蛇足だ。必要性は欠片もない。命をかけた〝滞在期間〟を前にして、その技術は不要であるというのが、公国の光術研究所の断定だ。

 

 キユキはミフィが自術印を刻み、身体強化の精神操作を経験して、黒色点灯の速度を0秒まで減らすことを実益として期待している。そこまでくれば余暇が生まれて、ミフィがその時間を金色の点灯の修練にあてがう事ができると予測している。


 回り道をしているが、キユキが心から与えたいのはミフィの自術印ではなく、そこから産まれる余暇であり、余暇のさかなで新たに光かり輝く金色の猫の術印であり、出兵を控えるセイに向けた、セイが大切にしているヒトが送る光であった。


 だが、すぐには頷かないミフィがいた。


「でもまたキユキさんのお仕事が増えるんじゃない? いいの? たまにはお酒で酔い潰れたい日とかもあるんじゃない?」

「えっとぉ……私ってそういう感じなの? ミフィちゃんの中では……」

「ううん。全然違うけど。例えばの話ね」


 キユキは結果的に黙らされ、思考に入った。

『例えば、そこまでしてもらう必要はない……。例えセイ君に妹の修練の事を頼まれてたとしても……、と言った所かしら……』


 再び生まれた時間を埋めるように喋り始めたのはカリナであった。やはり最小限の首の動きでミフィを視界に入れて、そっけなさも感じられる平坦な口調で喋り始めた。

 

「姉さん。何か問題でもあるの?」

「研究になるなら、規約にしたがわないとダメってことね。私一人で修練することができないの。 そうでしょ?」


 キユキは、そうね、と軽く頷いた。


 自術印を刻むのは15歳になってからだ。少年少女の寿命の流出を防ぐための措置で、寿命という余力を、防衛線での戦闘に残しておくための規則だ。


 クォーサイドタウンの孤児院は、創立理念に過疎地教育の成果や弊害を調べる題目があった。現状、研究結果は出尽くしたと判定されて、過疎地教育の分野は廃れている。それでもなおクォーサイドタウンの孤児院が存続しているのは、人口増加――それに伴う対ガルフ戦力の拡充など――の夢を捨てきれない公国が、大規模孤児院の予備施設として存続を守っているからだ。

 

 キユキはクォーサイドタウンという田舎町の孤児院を、再び研究の題材に取り上げ、14歳の少女ミフィに自術印を刻む機会を用意したのだが、ここから先はミフィの予想通りだ。


 研究を名目にしてはいるが、寿命の流出管理は公国が徹底して行なう平等原理である。寿命の使用が伴う修練は、研究の主任であるキユキの監督のもとで行なわれる。慣れれば単純な繰り返しが光術の修練ではあるが、14歳のミフィが一人で行なう事は許可されない。

 

 研究し尽くされたはずの場で、再び研究が可能になったのは、一様の結論が得がたいヒトの教育体系を題材にしていることに起因するが、キユキの手腕も無視できない。


 そんな事は知っているとでも言いたげなカリナの発話は、その行為自体を嫌っているようで、言語内に感情を埋め込む気がまるでないような速さで展開された。


「サポートならするけど?」

「それでいいと思ってるの?」

「私は16歳基準でもA+」

「余裕はもう奪ったからね」

「今年の良さは明白」

「想定外ではあったでしょ?」

「無視したわけでもないど?」

「あえてたたらを踏むべき所よ」

「兄さんと姉さんの〝二人〟のためだけど?」

「そっか……」


 ミフィの返答も、発音以外を感じさせない速さだった。二人の会話は、おおよその兄弟姉妹に向けた口調とは質を異にする、よどみを留めない小さな早瀬のような囁き合いだった。


 カリナの返答はキユキにも聞こえていた。 

『みんなにお願いしないといけない所なんだけど……、でもカリナちゃんが頷いているなら……』


 一回転のツイストを連綿と作って延びる光の線は、戦闘機のようにアクロバティックであるが、その速度は毛先をいじる女性のようにゆっくりと遊んでいて、フェイクの洋菓子を飾るサクランボのような色濃い赤だった。


 キユキはレーザーのように伸ばす普段使いの接合とは異なり、ゆっくりとした接合の赤い光の線を伸ばしていた。


 胸部からするする伸びていくキユキの赤い光の線は、ミフィの眼の前で止まり、ここで縦横無尽に方転換して、気が付いたらメトロノームのような形状を作っていた。


 メトロノームは、やはりひも状の光の〝線〟で描き出されていたために、単純な平面図形を組み合わせた骨組みのような形状であるが、リズムを刻む振り子の棒が線の端になって用意されており、無音のままに右に左にと揺れている。


「ミフィちゃんでも手を焼くかしら?」

「あ・お・ら・な・い。今まで本気で修練したことないのが、私の自慢なんだから」


 ミフィは人差し指を、左右に揺れる光の振り子の進路に差し込んだ。

 赤い光の振り子は、ミフィの一指し指と触れ合うと、真横でピタリと動きを止めた。

 キユキは光のメトロノームを消して、ミフィに語りかけた。 


「煽ってるんじゃなくて、てこずらないなら……って話ね」

「分かってる。サクッと終わらせて、後で妹達に教えてあげればいいって話ね」

「ええ。そういうことね」


 ミフィは虚空に呟いた。

「速いほうがいい。分かってる……」


 修練部屋に四つ並んだキャンバスの術印は返事をしない。それでもミフィは一度だけキャンバスのほうを見て、表情を引き締めた。


「うん。やる。それで、いつやるの?」

「収穫祭があるから、もう今日中にやってしまうか、それとも収穫祭が終わってからやるかって所なんだけど……」

「それじゃあ今日やりましょ。キユキさんも速いほうがいいでしょ?」

「私は急がないから、決めるのはミフィちゃんね」

「じゃあ今日ね」

「ええ。それじゃあ、お風呂のあとね?」

「うん。分かった」


 アキットは不安そうにカリナを見上げた。


「カリナお姉ちゃん。ミフィお姉ちゃんが本気を出すとどうなるの?」

「アキットは信じてるの? 姉さんが本気を出してないって」

「ふぇっ。 あれは……嘘なの?」

「そう。しかもあれは分かりやすい嘘ね」

「どうして分かったの?」

「多分だけどね、ときどきカッコつけくなる病気がこの孤児院にはあるの」

「病気ぃぃ……?」


 再び渦中の羊のような声をアキットは出したが、カリナはそれ以上は答えず、必要なときにみせる優しい笑みたたえていた。


 ミフィはあと少しで眉毛がつながりそうなほどきつく目を閉じて、首をしおれさせていた。


 いつもの調子に戻った皆であったが、キユキは自術印以降の修練における大切な事をいくつか伝えた。


 重要事項として相談の調子をとって伝えのは、時間制限についてである。研究上としであっても、公国は規則として少年少女の寿命の流出は制限をかけている。それゆえ多くの時間をミフィに費やすことが出来ない、といったところ。しかもキユキはさらにその時間を削り、ミフィの身体強化に関わる修練を週に2回、しかも、それぞれ1時間程度にすると伝えた。


 金色に光る猫と、セイと一緒に過ごせる時間。その他の諸事情込みでのキユキの提案であった。


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