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イグニション前の速度より  作者: 紀
【秋の章】
65/82

その牙も、その爪も、その魂も Dパート

 光術の知識は本にまとめらているが、ドロワーを務める女性は、その一般的な知識体系を、口頭で答えれる程度に身に付ける義務がある。


 キユキは理解度を確認するために、年下の者から順番に問いを投げかけた。


「まずは、アキットちゃんからね」

「うん」

「布に描いた術印では光源までしか利用できない。馬に描いた術印では身体強化まで利用できる。光術のこの性質は何処から来てるか分かる」

「布には命がなくて、馬は命があるから」

「正解ね」


 キユキはミフィの方へと目配せする。


「ミフィちゃん補足できる?」

「有るか無いかだけの話じゃなくて、命の種類が違うんじゃないかってことも考えないとダメな所ね。布が生きているかどうか分からないの。これ以上の結論は今の公国にないから、ここから先は個人的な見解になるんだけど……、今話してもいいの? 流石に長くなるんじゃない?」

「ええ。個人の感想はまた今度ね」


 キユキはミフィに頷いてから、ルネのほうに向き直り、次の質問をぶつけた。


「それじゃあルネちゃん。身体強化の利用を公国ではヒトに制限しているだけど……この理由を、何で馬に術印を刻まないか、という観点で答えてみて」

「馬が一生の内にできるお仕事が変わらないからです。光術を使って早く動いても、その分寿命が縮むです。一生で移動する距離とか、運搬量に変化はないからです」

「今の年齢だとその答で十分な回答よ。ここからはカリナちゃん補足できる?」


 言葉を組み立てているのか。カリナは視線を2秒ほど右下に傾けてから答え始めた。


「馬に術印を刻むのが面倒だからです。騎手にも光術が必要になりますし、馬にも相当な訓練が必要になります。あとは繁殖期間が短くなるのが決定的な問題。他にも色々あると思いますが、公国内の情勢は安定してるから、公国内で早く動く意味がない。馬がかわいそうだとか、我々の情緒面の問題もありますね」


 寿命の流出を防ぎたい公国の諸事情が生み出したのが、キユキの問いと、カリナの答えであった。刷り込みすぎる教育は、公国の嫌うところであるから、女子達はカリキュラムの過程でこの質疑応答の裏事情も教えて貰っている。


「うん、それくらいでいいかな。カリナちゃんにはもう一問。点灯の準備段階の一般論を述べてみて」

「主要な準備は、デザインと思い入れのバランスをとって術印を作ることです。デザイン面で有利なのは、単純な一筆描きの形状ですが、術印に思い入れがないと光術の発動で不利になるので、両方のバランスをとって、デフォルメした線画で術印を作ります。それから光球を術印の上で動かすときの最短経路の選出です」

「理由は?」

「同じ速度の光球なら、長い距離を動かすより短い距離を動かす方が速く描ききれるからです」

「理解のほうも十分ね。褒め言葉のほうが汚れて見えるから、これくらいでいいかしら?」


 カリナはコクっとわずかに頷いた。


 キユキはクリップボードの紙に、結果をまとめてから、両手を下ろしてミフィのほうへ居直った。


「じゃあ、ミフィちゃん。点灯の精神操作を言語化して」

「そんなのでいいの?」

「ええ。でも初めて〝点灯〟を習う女の子を相手にするイメージでやってみて」

「そうねぇ……。〝点灯〟の精神操作は、光の線が術印に接地した所に、光の球を生み出すところから始まるのは分かるわね? まず大事なのが、術印にこの光の球を生み出す事ね。見た目には点くらい小さくても、ちゃんと小さいたまにする。胡椒とかをとっても小さくしたたまね」


 ミフィは一瞬にして、想起を終わらせた。


 フッ、と一瞬にして黒い光の線が、胸から術印へ橋渡しされる。

 

 さらにミフィは〝点灯〟の精神操作に入った。


 キャンバス上の線と術印が接触している地点から、小石程度の光の球を作り出す。光球の周囲には雷火がほとばしっているが、ミフィの精神操作によって、光球は次第に小さくなっていき、それに伴い安定した微光になっていく。


 最後に光球は、目視では球とも点とも判別しにくい、胡椒こしょうより小さい粒子へと変化していた。


 ここまでの精神操作を完了して、ミフィは解答を続けた。


「この先に描く精神操作が始まるの。心の術印から、光の線を通して、光のインクを注ぎ込むイメージで、光球をコロコロ転がして術印をなぞるように描くの」


 〝点灯〟の精神操作を進めつつ、ミフィの口は解説のために使われる。


しんせんきゅうの順番ね。ここに精神的な光のインクを流していって絵の具みたいに使うってところね。普通に描くの違うところは、描いた線をほったらかしに出来ないってところ。描いた部分の軌跡を、精神的に留め続けないと失敗するの。描くのと保つのと一緒にするところがキーポイントね」


 解説の終了と同時に、光球もキャンバスの術印をなぞりきる。なぞられた術印からは黒色の光がぼうと立ち上がる。


 精神操作と言語操作を同時に脳から発令する、実演込みのミフィの解説は、実は公国ではめったにお目にかかれない代物だ。右手で丸を描き、左手で四角を描く作業を複雑化したようなもので、特定のヒトにしか出来ない事柄なのではないかと推測されている。


 今まで修練を指導してきたキユキは特に驚く事無く、むしろミフィの論述に抜けがないか確認する。


「軌跡の扱いはどうするつもりかしら?」

「専門用語にする。小さくても多少の言葉は覚えてもらわないと、何もしゃべれないからね。でも光球が通ったあとだっていうのはあとで説明するつもり。架空の相手だとこれが限界ね。様子を見ながら言葉は加減する。これでどう?」

「ええ。言及する範囲に意識があるなら十分ね」


 普段の分量からいえば、今日のミフィへの質疑応答が軽かったので、ケチをつけるというよりは、素朴な可思議に触れたような感覚がルネの周囲に漂っていた。


 くてっと首を傾げている。


「ミフィお姉ちゃんのだけ簡単すぎませんか?」

「それは……まあそうね。私もそう感じるけど……」

とミフィも応じる。


 ふふっとキユキは微笑み、続けざまに尋ねた。


「今日はせっかくだから、ミフィちゃんにもう一つ聞いておこうかなって思って」

「なにを?」

自術印じじゅいん。刻んでみない?」

「へ? 術印を刻むの? 私に?」


 一点に集中を促す人差し指が、ミフィの顎の下に添えられていた。ただ、しっくりきてないのか、今度はミフィの顔が傾むいていた。


「じ、自術印じじゅいんなんだから、自分に刻むのは当然でしょう? ……コホッ、コホッ」


 喋りきったそばからキユキに妙な沈黙があった。加えて詰まりのない咽喉のどからストレス・フリーな咳払いもあった。茶壷ちゃつぼふたのような得体えたいのしれない封入があったのか、ミフィを見つめる微笑みはポーカーフェイスのように見える。


 突如として起こったキユキの動作が不自然なのか。ミフィは腕組みをして、なにやら訝しんだ表情でキユキを見つめた。


 ニコニコとしているキユキに対して、ジトッと見つめ返すミフィ。左手が右腕の下に組み込まれている。


「……」

「……」


 立ち止まった二人を、残りの女子年長組の三人は思い思いに見比べた。


 静寂を割ったのはキユキで、彼女は微笑む姿勢を崩さすに問い直した。


「どうかなって?」

「自術印を刻むのは出兵一年前が普通でしょ」

「ええ。そうね」

「いいの? そんな勝手な事して」

「大丈夫。ミフィちゃんみたいに才能がある女の子は、少しでも早い方がいいんじゃないかっていう意見もあるし、結局、防衛線で活躍できるドロワーを育成するのが指導の目的だから」

 

 よろしい。とでも言うべき点があったのかもしれない。ミフィもようやく普段の表情に戻った。


「でもどうしたの? 突然。研究でもしたくなった?」

「ううん。利用できるものは利用するって事。ミフィちゃんが嫌なら中止にするし、今から刻んだからって優位が取れる保証もない。あくまで決めるのはミフィちゃん自身ね」

「でも、その話を出すって事は何か目的があるんじゃない?」

「希望かな。私の持論はまとめてから逝くつもりだけど、私がいる間にもう少しだけ光術の先を見たくなったの」

「暗い話はなしよ。私達も同じなんだから。クコの実でもたくさん食べて」

「ふふふ。ありがとう。多分だけどね、ミフィちゃんは自術印がある方が点灯速度が速くなるタイプなんじゃないかって、私は思うの」

「うん。私もそう思う」


 とぼけた顔で自信ありげな事を言ったミフィだった。


 何やら不確定事項を確定したもののようにあしらった長女を

『やってもないのに自分で言う?』

とついついカリナは思ったが、見るだけで余計な口出しは止めたようだ。


 要点を掴みきれてないアキットは

「どういう事?」

とルネのほうを見上げた。

「自術印を刻んだ後に点灯速度が伸び悩むヒトもいるですよ。それとは逆に、伸びる人もいるです。平均だけで考えてたらダメですよ。個人個人で術印を刻む前と後の成長率についての話です」


 呼吸一つ分だけアキットとルネの会話の続きが無い事を確認したキユキは、ミフィとの意思確認の再開のために、自身の所見を付け足してミフィに尋ねた。


「カリナちゃんが流れが大切って言ってたように、光術全体の精神操作を通しで体感すると見えてくることもあるんじゃないかって私も思ってるんだけど……」

「なるほどねぇ」

「金色の猫ちゃんを光らすために、黒色の〝即事点灯〟を覚えておいたほうが、いいんじゃない?」


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