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イグニション前の速度より  作者: 紀
【秋の章】
64/82

その牙も、その爪も、その魂も Cパート

 キユキは長女のミフィから年の順に、総合的な判定を下した。

『A+ A+ B+ Cっと。色々聞きたいところだけど……』

速度の結果は普段の様子から分かっているので、伝えるまでもない。


 キユキが聞きたかったのは、ミフィが作った金色の光の線についてだが、それも脚を動かし始めたアキットの姿があったから、彼女は黙る事にした。

 

 横並びの列の端っこにいたアキットは、パタパタと床板をならして、逆サイドの端にいたミフィのもとへと駆け寄る。ミフィと爪先が触れ合うほど近くまで来てミフィを見上げるから、顎を上げても、まだ上目遣いだ。


「ミフィお姉ちゃん!? 新色つくったの!?」

「うん。寝る前にちょっと試したらね。ぴょんって出てきたの」


 興奮気味のアキットをなだめるように、ミフィはアキットの頭を優しくなでた。トップからサイドにかけて撫でるのに、アキットの頭はちょうど収まりのいい位置にある。


 アキットは頭をくねらせて、ミフィの手を他所にのかし再び問いかける。


「ちょっとなの?」

「うん。ちょっとね」


 最少限の動きを心がけたかのように、カリナは僅かに首を傾げて、黒い瞳を強く横に流した。視線の先にはミフィがいる。カリナは刻々と時を刻む時計のように、淡々とした口調でミフィを問い詰めていった。


「〈えいッ、えいッ〉……とか言ってなかった? ここ数ヶ月。深夜のベッドで」

「そ、そんな事あるわけないでしょ!」

「〈おかしーなぁー全然でない〉……とか言ってなかった?」

「そ、そんな事、言ってないし……」


 趣向を変えたのか、カリナは目蓋を閉じて、絵本を読むように物語った。


「でもある夜のこと、部屋から抜け出し、そして部屋に帰って来た姉さんは、突然金色の光の線を伸ばし始めました」

「ちょっとカリナ……。それ以上は止めなさい」


 リップラインから肩口の間に毛先が納まっているミフィとカリナのショートカットは、隣り合えば二人一緒に切ったかのように似ているが、ミフィの髪は金色で、カリナの髪は根元から真っ黒だ。


 『猫ちゃんが黒なのは、カリナちゃんじゃなくて、セイ君のせいよね……。だとしら、金色はミフィちゃんだと思ったんだけど……』

というのは、金色の光の線からキユキがすぐに思い至った考察であったが、

『夜……部屋から出て……帰ってくる……』

とピンポイントで掴んだ条件を心で唱えた。すると何かを閃いたような顔付きになった。

 「あぁ、接合の光の線をおしっこでイメージするのよくある話よね?」

 ノックなしで扉を開けてくる侵入者のようでもある、あっけらかんとした立ち振る舞いだ。


 毛先を揺らしてミフィが返す。


「キユキさん! 変なこと言わないでよ!」

「そっかぁぁ。ミフィちゃん達は……」

「なに!?」

「知らなくても不思議じゃないのかなって……」

「なにを!?」

「私が小さい時には、接合の修練の後とかで、よく出てきた話なんだけど」

「うそ! そんなの本にも載ってない!」

「書くわけにもいかないでしょう?」

「ぅぅぅ」


 都会の孤児院という見知らぬ巨大施設で、集団化した女子達からこぼれたケーススタディを想像したのか、どうしてこうなったとでもいいたいのか……、ミフィはすっぱそうに目蓋を閉じた。

 

 弾数が揃ったところで、ルネが目を横一文字にして口元を歪めた。

 まばたきをするだけの立ち姿なら、ルネのダーク・ブラウンの長髪と柘榴石ガーネットのような深みのある紅の瞳は、ロイヤル・クラウンを載せた女王のような将来象でさえも髣髴ほうふつとさせてくるのだが、今の彼女は、三角の形が目立つワンピースのコミカルなシルエットもあいまって、持ちうる素養とは真逆の方向へ進んでいく。

 ニヤリと。


「じゃあミフィお姉ちゃんの金色の光の線はおしっこですか?」 

「だから違うって言ってるでしょ! 変な隠喩いんゆを作らないでよ!」

「ミフィお姉ちゃんのおしっこは金色じゃないんですか?」

「おしっこは黄色とか透明でしょ!」

「二つ合わせて金色じゃないですか?」

「うぅぅ……。変な説得力感じさせないでよ……」


 サラサラと零れ落ちる砂時計のように、カリナは静かになくミフィに告げた。


「最初から素直に、競争相手としてアキットのために作ったって言えばよかったんじゃない?」

「別にアキットのためだけじゃないけどね。お兄ちゃんにでも見せて、びっくりさせよっかなって思っただけだから。まあアキットの競争相手にもなれるかな、とは思ったけど」


 実直そうな考察でミフィに踏み入ったのはアキットだった。


「でも、夜に修練してるときは光ってなかったよ?」

「うん。まだね、点灯はできないの。先見せたとおりね。接合も結構きついし。中途半端に見せるよりは一気に光らせてびっくりさせたいでしょ? だからお兄ちゃんには内緒ね」


 それでもアキットは、ミフィではなくカリナの言葉のほうに、心延こころばえをみたのだろう。アキットの選んだ言葉はそう感じさせるものだった。


「ミフィお姉ちゃん!」

「ん?」

「ありがとう」


 アキットのキャラメルブラウンの瞳からの視線を受けて、ミフィは膝を折ってアキットに答えた。


「どういたしまして。でも、いい子にだけしてても、つまらなくなるよ。多分、アキットにとってもね。私はお礼なんかより、アキットの声が聞きたいかな」


 見つめ合うミフィとアキット。ミフィは微笑んだが、アキットは眉根を寄せた。


「こぉぉ、えぇぇ……?」


 噛み砕ききれない精神論を前にアキットは迷える羊のように鳴いて、ミフィは少し困ったように微笑んだ。


 口を開いたカリナの言葉には、いい加減な厭世観えんせいかんが漂っていた。


「これ以上イカレた枠は必要ないと思うけど」

「せっかく素直な妹に育成したこっちの身にもなってほしいです」


 ルネも続いて抗議したが、二人は幕引きを心得ているようで、内容はともかく啖呵の勢いは無かった。


 切り返すミフィの口上も穏やかなもので、本来のカリキュラムを待ち受けているキユキに修練を引きついだ。


「はい。二人ともここまでね。キユキさん、続きを始めて。口頭試験もやるんでしょ?」

「ええ。それじゃあ続きをはじめましょうか」


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