その牙も、その爪も、その魂も Bパート
ドアノブまで木製となっている角部屋の扉を開けば、そこが修練部屋となっている。床板面積は15メートル平方程度。部屋の隅の方に広げられた、毛皮のラグのほうへ、キユキと年少組幼子達は向かう。
幼子達がぐずれば、キユキによる光術の指導は後回しになったり中止になり、女子年長組は個人修練に入るのだが、彼らは道具箱らしき所から川原の石を取り出して、独自企画の品評会を始めた。まずは球体にどれだけ近いかが、審査の決め手らしい。
『これだと、次ぎはツルツルな肌触り部門よね……』
先日、村の近くの小川に同行し、一緒に石を磨いたキユキは幼子達の次の行動を予想して、
「それじゃあ、予定通り始めよっか」
と女子年長組の四人と光術の修練へ移った。
指示を受けた女子年長組の四人は、机を部屋の隅へと追いやり、替わりにイーゼルを用意して、術印が描かれているキャンバスを乗せた。さらに彼女達はキャンバスから距離を10メートル程度とってそれぞれの術印と対峙する。
彼女達が行なおうとしているのは、月に一度の点灯速度の計測だ。
キユキはというと、計測のために、床置き時計が見やすい位置へと移動する。
計測結果の利用法は多岐にわたる。
長期的な成長を知るのには、指導役としても、光術を学ぶ少女達からしても必須のデータだ。だが、このデータは普段から注意深い者にとっては蛇足となる側面がある。
それでも計測結果は、公のものとして計画的にぬかりなく集計される。点灯速度の記録は男子側がペアリングの相方を探す指標の一つとして、孤児院の掲示板などに張り出す予定があるからだ。都会の孤児院ならば、この日の結果が示される掲示板に人だかりができる。なお、男女平等を貫く公国だ。男子側からも同様に剣や弓の習熟過程が、同時期に女子に提示される。
クォーサイドタウンの孤児院にとっての計測結果は、出兵後にペアの相方を探すときに活用される意味合いが強い。
キユキは万年筆とクリップ・ボードを手にとって、ゼンマイ式の置き時計の秒針を見つめる。
「あと30秒したら開始ね」
軽く口を叩き始めたのが長女のミフィと次女のカリナだ。
「カリナ。集中よ。集中。すっっっごく集中して。今までにない集中を見せて」
「姉さん。それは妨害工作じゃない?」
横一文字の優しげな瞳でキャンバスを見ているが三女のルネで、これに答えるのが四女のアキットだ。
「気楽にするのがいいですよ」
「うん」
彼女らの点灯速度の結果は、異議申し立てにより、再計測の機会が設けられている。
「あと10秒ね」
とキユキが告げると、女子年長組の皆は黙って、キャンバスの自身の術印を見つめた。
「5、4、3、2、1。〝想起〟、開始」
キユキの合図で、四人の少女は目蓋を閉じた。
想起の真髄は心に術印を描く操作だが、その前後に目蓋の開閉を挟む事が多い。
集中力を維持しやすいことから、想起による精神操作の最中は、目蓋を閉じることが推奨されていることが理由の一つだ。目蓋を開くのは、次の段階の精神操作へ移行するためである。
しかし第三者が時間の計測をするときは、この目蓋の開閉は必須となる。
想起は心の中だけで完了する、見かけ上の変化が顕現しない、ひっそりとした精神操作であるだからだ。目蓋の様子の変化を頼らないと、測定者は時間の計測が出来ない。
彼女達の精神操作は目蓋を開く放つことで、心に術印を描いた事が、完了した状態を表示する。
ところが、その意味を蹴飛ばしたような速度で、つまりは開始から瞬き一つで想起を終えたのがミフィだった。カリナが7秒ほどで目蓋を開けて後に続く。
ミフィとカリナの瞳は、ドミノのように歳下の妹の方に流れて行く。実際の二人は次の指示を待ってのスタンバイの状態で、暇と言えば暇だ。
キユキは、カリカリと万年筆で二人の想起の時間を記録した。ここで記録を書き込む時間がある。三女と四女の目蓋は閉じたままだ。
時計の秒針が一周した後、68秒でルネがようよう目蓋を開ける。
遅れて、アキットが91秒で続く。
キユキは以上の結果を記録して、想起に続く、第二の精神操作の計測に備えた。
秒針が文字盤の12、つまりは計測しやすい0秒の位置へと近づくと、キユキは次の指示を出す。
「5,4,3,2,1、接合始め」
自身の胸の中心あたりから、光の線を伸ばして行き、キャンバスに描いた術印に接地させる。ここまでが接合の精神操作だ。想起とは異なり、接合は現実世界に操作結果が現れる。
ミフィは矢のように黒い光の線をキャンバスに飛ばして、光の線の先端を術印へと引っ付ける。
カリナはここにおいて、特殊な接合を行なう。光の線は胸の中心あたりから1本だけ伸ばすのがセオリーなのだが、彼女は頭から3本の光の線を伸ばす。カリナの白い3本の光の線は、ヒトが歩く程度の速さで、10メートル先にあるキャンバスの術印を目掛けて進み行く。
キユキはミフィが0秒相当、カリナが8秒と測定した。
ここからまた、非常に長い時間がかかる。
ルネの胸元から伸びる光の線は、芋虫のような速度で術印へと向って行く。
アキットに至ってはその芋虫さえも欠伸を出しそうな速さで、もはや伸ばしている光の線は、俄作りの素人目には止まって見える速度だ。
ルネの光の線は10メートルを59秒という速度で、ゆっくりと伸ばし、接合を完了した。
アキットの光の線はまだ半分の5メートル地点にも達していない。だがじりじりと進んでいるのだろう。時間を置いて見れば、確かに術印と胸元との二点間距離は縮んでいる。
固唾を飲んで見守る事態に、水を差す。そうして事態を動かすのはミフィだった。彼女の胸元からは、黒とは異なる金色の光の線が芽生えていた。
「「!」」
目ざとく見つけたキユキとルネは、金色にして伸びるミフィの光の線を前にして、驚愕のもとに表情を崩した。すぐにミフィの胸元を再確認する。ミフィの胸元からは確かに、金色の光の線が伸びていた。
かといって、黒色の光の線が消えているわけではない。ミフィの胸元と猫の術印と間には、黒い光の線が橋渡しされたままだ……。そして新たに芽生えた金色の光の線は、ミフィの猫の術印へと向かっていない。アキットが伸ばしている青い光の線に向けて、追走の軌道をとって伸びて行く。
金色の光の線の周囲には、細かな雷のような閃光が散り散り飛び交い、その度にミフィは表情を歪めていた。
アキットの表情は、接合の最初から静かに険しかった。自身の光の線の横を、ミフィの光の線が動き始めても、彼女の瞳は影に魂を置いてきたような色を見せ、その中心を占めるのは、ただ一条の青いだけだった。
ミフィの金色に比べて、アキットの青色の線は乱れていない。破線と直線の形状差がある。
ただただ超低速な二本の光の線がある。だが胸とキャンバスの空間距離を縮めている。
「なかなかいい集中力ね。アキット」
「……」
後からじわりと追い上げるミフィの光の線が、アキットの光の線の先端を抜き去り、置き去りにして行く。前後逆転した金と青の光の線は、二本ともアキットのキャンバスを目指して、さらに伸びて行く。
「距離が……」
甲高くすすり泣くような声でミフィが呟くと、金色の光の線は速度を落として、はたと止まった。そして絶えぬ青色の燐光を纏ったアキットの光の線が、再びミフィの金色の光の線を追い越して、やがて術印の元へと到着する。
キユキはアキットの接合を173秒と記録した。
しかし、アキットは完走してなお、外界から隔絶されたような瞳の色を変えていない。
60×3=180秒。時計の秒針が再び頭から傾きだす。その時はすぐそこだ。
アキットの接合完了と同時に、ミフィは金色の光の線を消していた。自身の術印へと向き合っている。
カリナもルネも、すでにキャンバスへと向き直っている。
「5、4、3、2、1 点灯開始」
計測対象になっている最後の精神操作。〝点灯〟が始まる。
ミフィは猫を、カリナは月夜の風景画を、ルネはリボンを、アキットは海ガメを……。四人の女子年長組は、精神操作で動かす〝光球〟で、描いて行く。
〝光球〟は、術印へと接地させた光の線の端から、彼女達が精神操作で生み出したものだ。この光球が絵筆の毛先のように機能する。
そしてキャンバスに描かれている術印の線画の〝線〟そのもの。これが点灯の精神操作によって光球が動く、定められたルートだ。
光球が動く範囲は線画の上だけで、あるいは雨樋を流れる水のように光球は進んで行く。
光球が通った跡は、光の軌跡が微弱に残る。闇夜の星屑のように輝度は弱々しい。しかし、光球が術印のルートを全てをなぞりきると同時に、術印は強く光を放ち始める。
しかし光術の限界か。術印が産み出した光が、太陽の照射を越えることはない。
修練部屋の南の窓から十分に差し込む光も、陽光が作った日向の木目も、術印の光をはねのけて、そのままの照度で佇んでいる。キャンバスから溢れる光は、部屋の北側や天井といった影を、わずかばかり明るくする程度。日照時間内で光術の光は微弱なものだった。
カリカリカリと、万年筆で小気味良い音を立ててキユキは〝点灯〟の速度も記録していった。
ミフィ (14歳平均)
想起時間 0秒相当 ( 25秒)
接合時間 0秒相当 ( 30秒)
点灯時間 5秒 ( 40秒)
★合計 5秒 ( 95秒)
※備考 (黒色発光)
カリナ (13歳平均)
想起時間 9秒 ( 40秒)
接合時間 8秒 ( 50秒)
点灯時間 7秒 ( 60秒)
★合計 24秒 ( 150秒)
※備考 (白色発光)
ルネ (11歳平均)
想起時間 68秒 ( 100秒)
接合時間 59秒 ( 120秒)
点灯時間 104秒 ( 140秒)
★合計 231秒 ( 360秒)
※備考 (淡青色発光)
アキット ( 9歳平均)
想起時間 91秒 ( 200秒)
接合時間 173秒 ( 250秒)
点灯時間 442秒 ( 300秒)
★合計 686秒 ( 750秒)
※備考 (青色発光)
〝点灯〟は光術の象徴である。そのため、一つの精神操作をさして〝点灯〟というと同時に、想起・接合・点灯の三つの操作を、まとめて点灯ということもある。言い換えれば、〝点灯〟とは、意味を二つ内包した言葉だ。
ここでの合計は、つまりは点灯にかかった時間を意味し、先のとおり、術印を光らせるに至る三つの精神操作にかかった時間の合計を意味している。
公国の少女達が修練の果てに縮めるべき時間だ。ときに公国ではこの時間を速度という。




