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イグニション前の速度より  作者: 紀
【秋の章】
61/82

セイの修練 Dパート

 四男のギーと人形劇へ参加する約束をしたセイであったが、突然のことで、キユキに話を切り出しにくいと感じたので、夕食後の皿洗いの当番が来た時にでも伝えるつもりだった。


 当番でない日のセイは、夕食を食べ終わってもすぐには皿を引かずに、向かいの席に座っているミフィを待っている事が多い。そうでない場合も、ミフィを残して席を立つ事は少なく、他の弟妹を交えつつ食事中の歓談を持ち越しているのがほとんどだ。


 この日も二人は同時に食堂のテーブルから離れようとする。


 ミフィの様子もいつも通りだ。見てみれば

「ごちそうさま」

と空いた皿に告げる声も、調理したキユキに伝える響きも普段のものと変わらない。皿には静謐せいひつそうに目蓋まぶたを閉じて、キユキには、八分音符を纏ったリズミカルな調子で謝辞を述べていた。


 最近のミフィの様子は、十数年の暮らしの中でみてきたものと比べても遜色ない。違和感があった所で、ミフィが口を割らなければどうしようもない事でもあるのだが、ただセイは普段から視界の中に恋人や妹としてのミフィを置いているわけだから、あさっての方向に視線を漂わせるのもおかしな話になる。


 必要なら当然であるが、必要ないときもわりと視線はミフィの元へ集まるし、落ち着きやすい位置を占有しているのがミフィだった。


 ミフィの一貫したスタイルを前にしても、それがセイの眉を曇らす事は表面上はなかった。長年連れ添った恋人としての気風は、風格をとして穏やかな表情として貼り付けることなど容易であった。気が気でない部分はあるが、それで精神的な虚弱を抱え、あまつさえ弟妹の前で露呈するような、ぬるい心の構造を、セイ自身も良しとしていない。


 ゆえに二人は日常の中を生きて、共同で組み上げた習慣に従い、夕食後は二人で自主的な修練を始める。各自部屋から修練用の道具を持ち出して、靴を履き替えて、庭の石造りのベンチの近くに集まる。


 石造りのベンチは庭の左手のやや奥まった位置にある。近くには、木剣での打ち込みの練習ができる木人椿カカシが設置されている。また数メートル奥にいくと、庭の敷地を囲む観賞木がセイとミフィの二人を見下ろしている。


 セイはミフィとの空間的な余地を視界に入れつつ、剣を鞘から抜きとって、近くに立っている木人椿カカシに鞘を立てかけた。


 まずはといった感じで、セイは微細な流動を感じつつ、基礎的な型である大上段からの一刀をゆっくりと振り下ろして、素振りを繰り返す。剣は鉄であるから、これで木製の木人椿カカシに切りかかるということはない。カカシの体は木剣で皆を鍛えるためのものだ。


 ミフィもベンチの上にラグを広げて、腰を下ろす。


 この位置が、ミフィの所定になっていることは、二人の遠い昔の約束である。剣持ちのセイは視界を広く、近くにいるミフィは位置を決めて、みだりに互いの領域を侵さない。ミフィに対してセイが横向きで素振りをしているのも、危機意識の理に適ったものだ。


 ベンチに座ったミフィは、ラグの中に一緒に丸め込んでいたハンカチを手に取り、膝の上へと広げた。ハンカチにはミフィの術印が描かれており、彼女はこの術印と共に、光術の精神操作を始める。


 10秒を切っているミフィの点灯は高速だ。


 心に術印を描く〝想起″の精神操作は、まばたき一つの合間に終わる。


 〝接合″の精神操作によって、胸の中央から伸びる黒い光の線は、雨粒よりも速く膝の上の術印へと結びつく。


 最後に、光の線と術印との接点から、光点こうてんを生み出して、ハンカチに転写されている術印の上を、なぞるように光点を動かしていく。光点が決められたレールの上を動くようなこの操作は、それも襲歩しゅうほの馬のように速く、流れる川のように淀みない。流麗に動く光点が術印をなぞって、〝点灯〟を完成させる。


 この一連の操作を終えると、ミフィの膝の上に、ふわりと広がったハンカチの術印からは、黒色点灯の光が灯る。ミフィ独自の色で、禁断の書物を広げたような暗黒発光だ。


 しかし、ミフィは直ぐにその光を消す。そしてまた術印に光を灯す。……。


 ミフィは一連の精神操作をたびたび行なうことで、光術の技術を磨いているのだ。何度も繰り返し精神操作を行なうことが、基本的な光術の修練方法の一つであり、あきれるほどの明滅の果てに、〝点灯〟に至る過程をスムーズに進めるような精神操作が身につくと言われている。


 ミフィは地道な反復練習をもって、〝点灯〟にかかる時間を削ろうとしているのだ。


 秋が深まり、日没が早まっているので、夕食後辺りはすっかり暗くなっている。


 二人がいる孤児院の庭には、敷地内で見れば比較的遠い位置にある食堂の近くの窓から、キユキの赤色発光が僅かに漏れているだけだ。


 ……。


 そうしていると、ルネと、ロックと、アキットと、ギーが、玄関から出て来る。三、四番目の妹弟達で、孤児院の少年少女達の中で鑑みるとミドル・エイジの者達だ。着替えなどが入ったふた付きのお揃いのバケットを片手に持っている。彼らは村の温泉へと向かうために夜の庭に出てきたのだ。


 ルネとアキットのバケットの側面にも術印が張り付いていて、懐中電灯のように夜の闇を照らしている。それぞれが光術の操作をしてから灯した光で、彼女達の薄水色と青色の発光が足元を照らしている。


 ルネを除く三人は、玄関から正面にある庭の門へと向かい、温泉への道のりの最短距離を歩いているのだが、ルネは横道にそれてセイとミフィの元へ来る。それがルネのいつもの周回軌道だった。


 玄関から目を離しているわけではないが、青色の光りが近づいてくるから、セイも気配けはいが分かりやすく、振り込む剣を緩めて止める。セイは両手をそれぞれ、柄と刃において、剣の腹を太ももの上に貼り付けて固定した。


 そして次ぎの行動までが、ルネの周回軌道であるから、あらましを知っているセイは、すでに苦笑している。


 ルネはトコトコとミフィのほうへさらに近づいて行き、石造りのベンチへ一緒になって腰掛けて、隣のミフィの顔を深く覗きこんだ。


 どこかポカンとしたルネの表情の奥からは、二者択一を勇者に迫りつつも、そのどちらに転んでも旨味を吸い上げる事ができる罠を用意した幹部クラスの嘲笑がうかがえる。


「そろそろ家族湯しないと、マジで時期を逃すですよ?」

「そろそろソッとしてくれるかなって思ったんだけど、甘かったみたいね」

「ときどき、コソコソ、セイお兄ちゃんと抱きあってるのに、なんで行かないですか?」

「抱っこくらい誰にだってしてるでしょ?」

「そういう話じゃないですぅッ。物分りの悪い姉上ですネェ」


 ミフィはため息が張り付いた顔をルネむけた。そうしつつも、スカートで包まれているルネの尻のほうへ視線を落とした。やたらと近い妹との距離感を確かめているような雰囲気がある。とその間もほどほどに、ミフィは瞬時に両腕でルネ羽交締めにして、楽しげに笑い始めた。


「ほら、昔はルネにもやってあげてたでしょ。いいこ、いいこ」

「やめるですぅぅ!」

「いいこ、いいこ」

「ふぎゃあぁぁですぅぅ!」


 腕っぷしに物を言わせたミフィの拘束から、ルネは抜け出す事が出来ずに手足をバタつかせて喚き散らした。孤児院の庭には悲鳴が飛んで行く。簡単に逃げることができないらしい。


 十分いいこで撫で繰り回されてから、ミフィの拘束から半分逃げるように、ルネは開放された。


 ルネは息も絶え絶えで、大の字がへたったような姿でミフィに強く抗議した。


「はあはあ。まったく。セイお兄ちゃんを抱いた腕で抱くんじゃないです!」

「それはどういう意味だよ?」

「怒ったですぅ。逃げるですぅ」


 真顔で口を挟んだセイを、ルネは「ニシシですぅ」と笑い、肩で風を切って走り去った。


 セイはルネが後姿になってから表情を緩めた。


 ルネが場から離れると濃密な人の気配が消えてゆく。二人きりになった空間には、まるでルネが鈴を転がして行ったかのように、鈴虫を中心とした秋の虫たちが奏でるリーン、リーンとした音が夜の闇に混ざり始めた。


 ルネ一行の姿が消えてから、改めてセイは未確認の三女の棲息域を確かめた。


「なあ、ミフィ。一つだけ聞いていいか?」

「なに?」

「何があってルネはあんなに家族湯にこだわってるんだ?」

「私達のためっていうのが、消えかかってるのは確かね」

「だよな……。はじめから無さそうではあったけど……」


 セイはミフィのほうへと歩いて行き、彼女の膝の正面で腰を落としてしゃがんだ。


 ミフィのラグの中には、ハンカチの他にも、外套マントが包まれている。ミフィはセイがしゃがむと、ラグの上に姿を表していた外套をとり、セイの頭上からスポッと首元にまで通してやった。


 普段のセイは立ち上がって身形みなりを整えて、素振り再開するのだが、その時はミフィの瞳を見つめたまま話し始めた。


「なあ、ミフィ。ミーアさんが仕立て直しに来るように行ってたんだけど」

「なんで? 私はもう行ったよ?」

「んー……」

「?」

「これを俺がキユキさんに伝えたらどうなると思う?」

「ちょっと言ってみて」

「キユキさん。ミーアさんがエプロンドレスの仕立て直しに来るように言ってましたぁ」


 小包こづつみを配達に来た愛想のいい青年のように、セイは張りのある爽やかな声を出した。


「ンっ。……と。まあ普通じゃない?」


 ミフィが笑みを噛み殺したように反応したところで、すでにセイの表情はしかめっ面に変わっていた。


「普通じゃない。ちょっと笑ったはずだ」

「普通だよ。カッコ良かった」

「良い分けないだろ……。ガラじゃない感が半端ない。どう見ても変だった」

「お兄ちゃんは色々気にしすぎ。いいじゃない。普段通りに伝えれば」

「その普段通りがもっとヤバイから頼んでるんだろ」

「ちょっと言ってみて」

「またかよ……」

「いいでしょ、ね?」


 セイは先ほど見せた爽やかさを消して、やや交渉能力の低い思春期の少年のような、壁が一枚ある感じで話し始めた。


「あの……、ミーアさんからなんですけど……、エプロンドレスの仕立て直しに来るように言ってました」


 わりとしっかり視線も左に下に落としていた。


「ンっ。……と。まあギリギリありかな?」

「なしだ。あからさまに気持ち悪くなった」

「キユキさんは気にしないと思うけど」

「俺が気にするから頼んでるんだよ。その辺で俺が普通じゃないのバラしたのはミフィだろ?」

「だって、仲良くなるには共通の話題とかあったほうがいいでしょ?」

「ほかに選択視は無かったのかよ……」

「お兄ちゃん、キユキさんの術印が何か知ってる?」

「あの鉄格子みたいな奴だよな?」


 孤児院の厨房の天井には、キユキを含む点灯を習得している女子達の術印が貼り付けてある。セイはその一つに描かれている術印を思い出して答えたのだった。


「あれは織機ね」

「というと?」

「キユキさん服についても詳しいんじゃない?」

「いや、メイド服にまで詳しいって事は無いだろ?」

「ほら。その辺でおしゃべりのきっかけにでもなるかなって感じてくるでしょ?」

「ああ……、うん。まあその感じは分かるよ。でもそこは男女不可侵じゃなかったのか?」

「そうも言ってられないくらい時間もすぎちゃったでしょ?」

「それは悪いと思ってるよ。あんなヒトが来るとは思わなかったんだ」

「ね?」


 ただ、セイは今年に入って孤児院内の清掃を自室と廊下以外はしていない。クリーン・キーパーとしての保護役の勤めは、ないがしろにされがちだったのだが、どうもキユキは幼子五人も味方につけて上手くやっているようだった。その善良な手が別棟の倉庫まで伸びて来ないように、セイは普段から倉庫内の清掃と整理整頓は欠かしていない。


 いくらキユキの性格をいいように考えても、倉庫のロフト部分にある〝薄い恋愛小説〟の存在を、セイは知られたくはなかった。500冊近く集めたペラい本の中には、保護役との禁断の愛を描いたジャンル物も数冊ある。


「いや。やっぱり無理だ」

「うん。分かった。私から伝えとくから」

「頼む」

「うん」

「あとアキットにも頼む」


 セイはミフィの真意が出てくる事を期待しているわけではないが、前髪の下の二つの瞳に視線を集めた。


「うん。楽しみだね?」


 ミフィはくっきりと微笑んだ。


 近くで見たところで何も変わらないし、変わるわけもない。残された未調整のメイド服はあと一着残っている事など、ミフィの頭にあって当然で、ここから分かる事など何もない。


「そうだな」

 

 柄と刃を支えていた両手を、セイは崩さずに立ち上がって、ミフィと距離を置いてから剣に片手を残して、マントの首元を少し整えた。


 再び剣を振り出す前に、年少組の幼子5人を連れたキユキが温泉に向かおうと孤児院から出てきた。ちびっ子5人と大人のキユキ。その後からは次男のヒースと次女のカリナも孤児院から出てきた。


 あれこれあっても、次男と次女は近くにいる。はたから見れば、付き合っているようにも見えるし、この狭い村で仕方なく顔を突き合わせているようにも見える。


「あっ、キユキさんだ」


 ミフィがベンチから腰を少し浮かした。20メートル程度の距離を積めるて、接するつもりでもあるのだろうか。すぐにセイが止めに入る。


「だから今、言いに行ったらおかしいだろ!」

「えへへ。ばれた?」

「ばればれだ」


 ミフィはこの日ミーアと顔を合わせてはいない。ミフィがミーアからの伝言をキユキに伝えれば、情報の出所はキユキが、あるいは事細かに探らなくとも、セイだという事は分かってしまう。


「明日でいいから。農作業の帰り道とかでミーアさんから聞いたって呈にしてくれ」


「でも――」

セイの視線がミフィと交差する。

「――アキットにはお兄ちゃんから言えばいいんじゃない?」


 ミフィの瞳は不敵に……とは、光っていない。光っている瞳でもあればいいのだが、セイの目をもってしても、ミフィは会話の延長にしか立っていないように見える。普段の上機嫌のミフィでしかない。


「言っとくけど、アキットのほうがきついからな。トラウマを植え付けつるつもりはない」

「私にだけ平気なのはおかしいでしょ?」 

「おかしくはない。あれは最初はミフィから着た……着てくれたはずだ」

「……。そうだね。楽しそうだったから……」


 収穫祭は月日が巡れば、毎年のように自然と開催される。幼くは3歳から、記憶の上では4歳くらいからだろうか。セイとミフィの二人をはじめ、孤児院の皆は普段着のままずっと参加していた。


 ミフィが最初の一着を手に入れるまで、子供用のエプロンドレスを手に入れるために、あれやこれや、と手を尽くしてたのは二人の思い出だ。なお次女のカリナは初年度拒否しており、次年度、しぶしぶ受け入れた。


 一度に全部手に入らないのが彼らの蓄えの限界で、少しずつ増えてきたのが皆の結束で、年上の者から揃えてきたのは出兵の順序のせいだった。


 事のあらましを思い出したのか、ミフィはまつ毛を伏せて微笑んでいた。


『……』


 ミフィはあるがままに微笑んでいるように見える。ここに来てセイは分からなくなってしまい、幾多の迷いに攻め込まれ、撫で下ろされた心が彼女の時間の停止や、視界の記憶といった素朴な欲求をつぎ込んで来る。気持ちが染まりそうになって、実のところ染料がひたひたと染み出ている。


 それでも、セイは疑いの心を思い直すようにしている。何かがおかしい、と突きたてた旗印の元に帰って来て、ひっそりとミフィの奥に広がる世界を見渡さなければならない。


 そして当然、修練のための剣も振らなければならない。


 セイは斜め上からの袈裟懸けで、剣を振り下ろす。敵の胸に浅く切り込んだと想定し、相手は負傷しながらも、左腕を振りぬいてくると予測する。グリップを持ち変える暇はないので、手首を返して、攻撃してくる腕を目掛けて、攻防一体の迎撃を算段して切り上げる。


 仮想敵を相手取った連撃の動作を幾通りも繰り出して、セイは修練を行なう。


 ミフィのほうは、膝の上のハンカチに加えて、セイの外套マントの背中に描かれている猫の術印にも光を灯す。


 活発な連撃の動作に入っているセイの背中の術印には、怒れる四速歩行の動物が、黒色点灯でボンヤリとだが浮かび上がる。


 移動する術印に届ける点灯も、同時に二つの術印を光らせる点灯も、光術においては高等技術だ。


 心に二つの術印を描いて、現実の世界に二つ同時に光の線を伸ばし、二枚同時に術印を描く。一つ一つは単純であるが、精神操作の元で、二つ行程を同時進行するのが難しい。


 これだけでも厳しいのだが、さらにセイの外套マントに描かれた術印は、セイの連撃動作で動き回っているから、〝光術〟を展開するとなると多大な精神的負荷がかかる。


 一つずつ光を灯す手段で防衛線に望む少女達のほうが、圧倒的に数が多い。だが光の加護を得たかのような才あるミフィは、術印の数を二つに増やしても、さらに動いているセイの外套マントの術印を相手にしても、その点灯が当然のごとくやってのける。


 二匹の怒れる猫を加えて、二人は二人の修練のときをすごす。


 やがて、肩からタオルのような布を掛けた三女のルネ一行が帰ってくる。つまりアキットとロックも帰ってくる。ギーはそのまま外泊の約束を果たしに行ったので、一人欠けての帰宅だ。


「あっ、アキット」


 分かりやすく二度目の声を出したミフィだが、声量には注意しているのか、アキットも他の弟妹も気がつかずに孤児院の玄関へと歩み続ける。止めに入るセイも慌てた口ぶりだが、音量を絞っている。


「ちょ、待てって!」

「うーそ。冗談だって」

「分かってるよ」

「ほんとに? 顔怖くなってる」

「俺はいつもこんなだろ」

「そう? ニッとして?」


 明るく微笑むミフィに、言われるまま両頬を持ち上げて不器用に笑うセイ。


「戻して」


 はたまた指示通りにセイは普段の顔に戻した。僅かに笑みの残滓が、セイの口角や目元に残っている。


「うん。それくらいの優しい顔が、いつものお兄ちゃんだよ?」

「いや、そんな変わらないだろ?」


 点検する術もないのだが、手ごたえを確かめようとセイは口元を引き揚げたり、戻したりした。


 二人の視線が交差して、二人分の笑みが時の流れの中へと消えて行く。


 翌日、孤児院の年長組はこぞって、リンゴやミカンやブドウの収穫に参加した。キユキは孤児院に残り、年少組の幼子達とお遊戯に興じていた。


 その日のキユキとミフィとの間には、セイが望んでいた物理的な距離があった。


 ミフィはセイの希望どおり、誤魔化すに足る幾らかのプロセスを辿ってから、昼からキユキとアキットを、仕立て直しを引き受けているミーアの元へ連れて行った。


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