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イグニション前の速度より  作者: 紀
【秋の章】
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セイの修練 Cパート

 それからセイはギーと村を抜けて街道を走り始めた。ギーのペースに合わせて平坦な街道を二人は走った。ギーは直ぐにばてたが、月を跨ぐごとにその距離は少しずつであるが伸びている事にセイは安心していた。

 ギーの息が上がりきった所で、セイはそこを折り返し地点とする。

「帰ろうか。少し歩こう」

「はぁはぁはぁ、うん」


 セイはギーが早足になるように歩き始めた。地表広くから天高く秋風が舞う。空から見れば、開拓時に高低差を取り除いた大地は、遠野の山際まで見通しがよいと感じる。


 地上を走る二人の左右には、彼ら以上の背丈があるリンゴやミカンの果樹が群生をなしており、ヒトの作りが安っぽくも見える。添え木を登っている蔓はブドウのものあり、房にはたくさんの実が付いているが、近くこれは収穫され、祭でことごとく酒にかわる。


 二人の足が麦の大地にまで進むと、傾いた太陽のオレンジ色が、薄い茶色いの穂を金色に輝かせていた。広大な面積を前にして二人はやはりちっぽけだが、セイの背丈はそのどちらの実りへ手を伸ばすのに、都合が良いい所まで成長しており、ギーの背丈はまだ麦に埋もれそうだった。


 8歳のギーは、空を見上げたが、春と比べたその高さを感じ取る事ができなかった。そうしている内にギーの息整が整いはじめセイに質問をぶつける。


「セイ兄ちゃんとミフィお姉ちゃんはどうして結婚しないの?」

「うーん……。結婚してるようなものじゃないか?」

「でも赤ちゃんいないよ?」

「ふむ。俺とミフィが子供を持てってギーは言いたいのか?」

「うん」

「ギー。大事な話だからよく覚えておけ。子供を作るってのは防衛線だと切り札の一つなんだ」


 ギーは最近覚えたポーカーから、一枚のカードを思い出した。


「切り札? ジョーカーって事?」

「そうだ。必殺技だな?」

「うん」

「子供を作るのにベストなタイミングは、防衛線に行ってから休暇が欲しいときに作るのが一番いいとされているんだ。8年間の滞在期間は長いだろ?」

「うん」

「そこで休みが欲しくなった時に作るのが、いいとされている」

「ふーん。でもセイ兄ちゃんとミフィ姉ちゃんは一緒に行けないよ?」

「だな。だとした、今作ったらどうなる?」

「うぅぅん」

「多分、俺は通常通り出兵して、ミフィは修練を休む事になる。そうなると、ミフィは大変だろ?」

「そっかぁ」


 多分、とセイがつけたのは、セイ自身も良く分かっていない事だからだ。都会の孤児院から繰り出したペアの中には、出兵の直前や直後で子供を設けるペアも極稀にいる。しかし、出兵の初期において、ルーキーは実戦段階のアドバイスをベテランから教わる事が出来るので、推奨はされていない。


 田舎暮らしのセイは、規約から弾き出されたマイノリティだ。何も明記もされてい。


「お前は誰か結婚してみたい人とかいるのか?」

「えっと、キユキお姉ちゃんみたいな人」

「そうか……、そうなるよな」


 セイはギーのために微笑んで同意した。好きな相手の名前を上げている弟を否定する気になれなかった。

『ロックのようになると辛いだろうな。キユキさんなら、その辺もうまくやるのか……』


 26歳が終わろうとしているキユキは、ギーの出兵までに寿命がつきるであろう事を、憂うだけだった。


「いつもニコニコしていて優しいし、アキット姉ちゃんみたいな上手な文字じゃなくても褒めてくれるし、お皿を割っても怒られなかった」

「はは、ギー、皿割ったのか?」

「わざとじゃなかったらいいんだよ?」

「そういうのは自分で言うもんじゃないんだよ」

「ねぇ、何でセイ兄ちゃんもキユキ姉ちゃんもいなくなるの? 何でみんな防衛線に行くの? みんなで孤児院で暮らせないの?」


 それはこの公国の民ならば、全員一度持つような感情だった。その感情を連帯感と庇護欲に変えて防衛線を死守しているのが公国だ。


『多分、ギーはもう聞きに来てるわけじゃない。でも、それに答えはない』


 国をあげても、答えにたどり着いていない。その国の少年がセイだった。この村においても180人。隣町まで足を伸ばせばもっと防衛線を生き残った者達がいる。彼ら前にして、自身がまとめてガルフをほるるなどとは、セイは想像さえもしない。


「それは……、知ってるだろ? 山脈調査でガルフと接触してしまって、それからはもう戦わないと、みんな死んでしまうだろう?」

「うん……」

「お前も戦ってやれ。セリアとクロエと、ラルフとメイとレオがいるだろ? あいつらの兄ちゃんはお前だ」


 だが、セイは孤児院の兄であり、ギーも兄だった。


「うん。セイ兄ちゃんみたいに?」

「俺もやれるだけやってみるよ」


 ミフィは夏の終わりからずっと尻尾を隠している。セイも同じだ。


――揉めるだけ揉めて、結局最後に行くってなると、馬鹿げた話だ――

と言ったセイに対して、ミフィも

――少しはふざけた話をして――

と言っていた。部分的に同調している二人は、事態を硬直させている。


『多分。今ミフィを説得する方法はない。俺は言うべきことすべて言った。その上でミフィが隠すって言うんなら、もう最後まで隠されると思っていい』


 セイはミフィとここ最近までふざけた話しかしていない。それはとある推理小説の犯人だったり、最近幼子達が歌っている歌についてだったり、三女のルネが柿と牛乳と混ぜて作ろうとしたオゥレの話だった。


『騒ぎを大きくする事ができないのはミフィも一緒だ』


――一人一緒に行けない子がいるね―


 セイはミフィが提案書を読んだ後に、呟いたセリフを覚えていた。ミフィは読了後すぐに問題点を洗い出していた。


 提案書の問題点はいくつかあるが、セイはここに、ミフィでも即座に解決できない部分があると確信している。


 それは、提案書の情報開示は年少組の幼子達が成長を待たなければならないという事だ。つまり、提案書の全面的な情報開示は、ミフィにも時間が必要なのだ。


『ここだけはミフィでもどうにもできないはずだ。だからミフィも問題視していた。年少組の奴らが提案書の事を知ったら、もう俺達は挽回はできない』


 セイにはグズグズと泣き始める幼子達の姿が頭に浮んだ。あるいは、もう少し年齢を重ね、ポツンと一人で立っている成長した彼らの姿が見えた。それから、セイの事を恨めしく見る彼らの姿が頭に浮んだ。


『いや。それはいい。怨恨があるなら、受けるべきだ』


 未来と今とヒトが交差した問題であったが、セイは一つの核心があった。


『多分。俺以上の答がないからミフィは隠している。だから俺はミフィを説得する。これだけは未来に持ち越していい問題じゃない』


 そしてセイにはまだ余裕があった。残された季節はあと二つ。時間は有限だが、やるべき事だけは明らかだった。


・ 今年度末にヒースに提案書の事を伝える事。

・ 〝ミフィの計画〟を止める事


『ヒースは結局カリナとはなんともなってない。よな。嘘をついてるって事はないはずだ。だからやっぱりミフィだけなんだよ。問題は……』

 

 ヒースは第二の相談役になりそうにない。結局ヒースには当初の予定通り、自由に振舞ってもらって、提案書の情報は出兵直前に開示するしかないとセイは感じている。


「あのね。ときどき年少組の子供達と人形劇やってるんだよ」

「らしいな。俺のときの学問じゃそんな事やらなかったな」

「セイ兄ちゃんも一緒にやる?」

「いや、俺は……」


『演技……からか?』


 セイの口角は上がった。ギーはセイを誘ったのではないのだ。デニスの話を覚えて、セイに勧めて来たのだ。それはギーの気使いであり、ギーの前にはアキットが、アキットの前にはロックが……。それは幼き者達が成長するに従い、自分に向けてくる優しさであった。


 幼き者達はいつまでも幼き者ではない。クォーサイドタウンの孤児院で幾度と無く見て来たものだ。自身を除く12人の弟妹は、時と場所を変えて、ときおりセイを支えてきていた。


『いつまでもカマキリいじってるわけじゃないんだな……』


 セイの顔を見上げる8歳のギーの顔には、横から西日がさして半分は近くは影になっていた。セイを見つめる瞳には、ヒトがヒトへと意志をつなごうとする意思があり、宝を発見したように、遊び相手を探す年少組の幼子達とは異なっていた。


『俺のやり方が過保護だって言うんなら、ミフィも大概だろ』


 そう思ったセイは、一度思考を中断して、ギーの言葉を受け取った。


「じゃあ雨の日は俺も参加するよ」

「うん。セイお兄ちゃんは一軒屋に住むカエルさんの役がいいと思うよ」

「何だ、それ。もっとかっこいい役ないのか?」

「ええ~、じゃあ美の腹太鼓のたぬきさんにする?」

「変な役が多いな。ギーは何が好きなんだ?」

「鳥の役かな」

「他は?」

「鍛冶屋のトナカイさんとか」

セイは、ふむ、といって一度、頭を唸りったが素直に答えた。

「なんかそれはかっこよさそうだな。それじゃあ、走るぞ」

「うん」


 二人は再び走り出した。セイはギーにここまで走って来たときのペースを守る様に伝えた。自身はギーより前に走りこんだり、戻ったりして、余分に走りながら孤児院まで汗を流した。


『キユキさんからある程度は聞きださないと話にはならない。正直、アキットの事を隠して、キユキさんから何か引き出せるとは思わなかったけど、ある程度話していればチャンスはある……』


 〝ミフィの計画〟が存在するならば、セイはそれを許す事はできない。〝ミフィの計画〟はミフィの視点から考えるならば、セイを特別扱いするものだ。


 ミフィは夏の終わりからずっと尻尾を隠している。セイも同じだ。


――揉めるだけ揉めて、結局最後に行くってなると、馬鹿げた話だ――

と言ったセイに対して、ミフィも

――少しはふざけた話をして――

と言っていた。部分的に同調している二人は、事態を硬直させている。つまりセイはミフィとここ最近までふざけた話しかしていない。


 尻尾を隠したミフィだが、セイはその尻尾だけを掴まなければならない。誰にも気付かれずに……。


『ギーには悪いけど、その人形劇は利用させてもらう。キユキさんへのアプローチはここからでいいだろう。悪いな……。俺にはもう、お前から何かもらえるような立場じゃないけど……』


――お兄ちゃんはアキットの事が好きなの?――

 セイの脳裏に去来する二年前の夏。


『俺は次ぎは本当に嘘つきになるのか……。嘘じゃないんだけどな。俺はミフィの事が一番好きだ。ギーが本当の事を知っていれば、俺はギーの誘いに気楽に乗れたのか?』


 セイは往復の足が止まったときに、雑念を振り切るように一度だけ首を振った。


『いや。止めよう。こんな事を考えるのが、一番馬鹿らしい。事態は動いているし、未来は変わるもので、それは俺が一番欲しかったもののはずだから』


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