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イグニション前の速度より  作者: 紀
【秋の章】
59/82

セイの修練 Bパート

 夏の終わりから、提案書を前にしてセイは孤独だった。


 セイの中で

――全員が犠牲になる必要はない――

と下した判断は、今だ揺らいで無い。


 だが提案書が抱えている欠陥にも冷静に目を向けている。その最たるものが、判断力の乏しい幼子達が、提案書の存在を理解したとき持ちうる心境だ。


 彼らの中に

〈君だけが将来ひとりぼっちになるんだよ〉

という暗澹あんたんを、セイは時期尚早に幼子達に埋め込みたくはないのだ。


 セイは適度に時期を遅らせて、幼子達の精神的成熟を待つべきだと感じていた。


 自分達にだけ都合がいいものを作った自覚がある。セイには、成長した幼子が自分達の心境を理解してくれるかもしれない……という淡い期待がちり一つもないと言えば嘘になる。


 崩しに掛れば、セイの誠実さ枯れ枝のように、どこまでもせ細る。セイ自身も、自分にとって都合のいい話が、今の判断に含まれていることを理解していた。ただ、真実を知る者の義務として、提案書の機密性は、今年度中は必ず保持するつもりだ。


 拡散を嫌うセイにとって、真実を明かせる相手は、前提としてミフィだけであった。


 そして今のセイが〝ミフィの計画〟を、ミフィ以外の誰かに相談しようものなら、次の問い立ち向かうことになる。


■ 新制度があるのに、ミフィが一人で出兵するならば、ミフィにも何か事情があるのだろう。 セイは何か心当たりがあるのではないか? ■


 セイは誰にも相談しようとは思わなかった。

 

 ミフィは、追及するべき対象と代わり果て、彼女の態度は夏の終わりで〝あの始末〟である。


 セイは誰にも気がつかれないように、一人で頭を悩ますしかなかった。


 自身が二度出兵するのは、セイがミフィとペアリングする言い訳であり、それは、すべての弟妹に対する罪滅ぼしであるからだ。アキット一人を鑑みての事ではない。


 自分のために、ミフィとペアリングして、孤児院の弟妹の誰かを犠牲する。


 セイはこのように生きて、孤児院を去りたかったのだ。セイは自分が自分のために、弟妹を犠牲にした上でミフィとペアリングする。――おそらく、犠牲は五女セリアと推測しているが――。


 綺麗事ではない事実を残して孤児院を去る事が、セイにとっての最も潔い罪滅ぼしであり、言語的なコミュニケーションが十分に取れない、ただただ可愛い年少組の幼子達へ送る、将来の友への謝罪であった。


 セイは、ミフィを選び、他は犠牲と見なしたかった。セイはミフィを特別とし、他の弟妹に対してできるかぎり平等でありたかった。洞察に長けたものが、この部分において邪推してくるのを何よりも嫌っていたのだ。セイはアキットのために提案書を是としたわけではないと、強く貫き通したかった。


 指導役のデニスとセイは気心は知れているが、デニスは提案書については知らない。そして今となっては、もう気軽に教えるわけにもいかなくなっている。


 セイは悩んでいる底を、見られる訳にはいかないのだ。


■ 提案書から新制度を作ったとして、それでミフィが一人で出兵するならば、ミフィに何か事情があるのだろう。 セイは何か心当たりがあるんじゃないのか? ■


 心あたりはある。悩みの最深部には、弟妹がそろっている。事実に則して四女のアキットの姿もある。慎重に考えるセイは、自身の悠長な気質が悪用されたと感じていた。


 〝ミフィの計画〟は、セイの愛情も人柄も逆手にとっていた。ミフィによるセイの封殺は、結晶化に成功した稀少石のように完成していた。


 優秀な妹が只一つ絶対に隠せない事実は、優秀であることだ。だからこそセイがミフィへ向けた疑は根強かった。結晶とて完璧ではない。光は透過し影は地に落ちている。ならば影を歩かせればいいだけだ。それはセイにとって容易たやすい事だった。


 見落としている物を探して、セイは慎重に事実の再確認を行なう。探している己の存在に気付かれないように。


 視線は二人分ふたりぶんほど間を空けて座っている、デニスのもとへと向いた。


「デニスさんは防衛線で同期に会ったりしましたか?」 

「ああ、会ったな。1ペアだけで、それも一度だけどな。中継基地じゃなくて強襲戦のときだ。周辺の中継基地から大勢集まったときだな。何だセイ? ミフィが恋しくなったか?」

「いや、違いますって。別に違うってわけでも無いんですけど」

「言うようになったな。はは」

「やっぱり中継基地じゃ会えなかったんですか?」

「そうだな。でも、多少配置転換はあるから可能性は0じゃない。運に恵まれると会えるぞ。お前がスティールにでもなれば、形勢不利な基地への移動なら転々とはできるが……」

「やっぱ、そうなりますよねぇ」


 卓越した女性のドロワーがライティングなどと呼ばれるように、比肩無き男性テイカーはスティール・テイカーと称される。


 だが肩書きを持っても、防衛線の圧力は、すべての公国民に対して均一であろうとする。有能にも無能にも与えられるリスクは均等だ。義務ならともかく、わざわざ自ら労力を払って、危険な場所に赴くヒトはいないという事だ。


 デニスは、セイが将来、見知らぬ誰かとペアを組むと思っている。だが、8年の間に、例えセイが覚醒し、目覚しい成長を遂げてスティール・テイカーになったとしても、激戦区域を転々と移動する事は、ペアの相方が拒否して叶わないだろうと、デニスはセイに告げていたのだった。


 いま一つ読み取りずらい表情で、四男のギーはセイに尋ねた。


「セイ兄ちゃんはテイカーのままなの?」

「できる奴はもう中央に呼ばれたりするんだよ」


 中央とは政治的な中心都市の事だ。さながら学園都市のような孤児院があり、優秀な者も多い。少なくとも、長女ミフィなどには、孤児院機関から移籍の打診が過去にあった。少年少女とはいえ、個人の意思が尊重されるので、一人ぼっちになる事を嫌ったミフィは村に残った過去がある。


 公国の歴史を紐解いたときに、たったり一人の英雄がガルフの戦局を動かした事例がみつかれば、ミフィの今の立場もなかったもかしれない。しかし過去を振り返っても、防衛線を数100キロ単位で押し上げた、たった一組のペアというものは存在しない。


 公国において、戦は才能ではなく数だった。一律の均衡が崩されずに、千年の時間が流れたのがこの国だ。対ガルフとの歴史上、戦の女神は、ヒトという種族の誰にも微笑まなかったのだ。ミフィ一人を野放しにした所で戦況は動かない。


 成績Aが境目なのか。C帯にいるセイに移籍の打診などはなかった。


「いや、悪い。それについてはな」

「すみません、そういう意味じゃないです。実際デニスさんにも勝ってないですし」

「まあ俺はこの村で一番戦果を上げているからな。15の若造に遅れを取る方が問題だ。まあ、男はまだまだこれからだ。気にするな」

「気にしてませんって」

「はは。そうか?」


 デニスに悪びれた様子などは無く、にこやかだった。


 デニスは、キユキと質を異にしているからだ。彼は希望ではなく、公国の孤児院機関から依頼されて就任した指導役だ。本来はセイ達が暮すクォーサイドタウンには、就農などを目当てで移住した者で、断る事も可能であった。やんわりとした依頼であったのだが、本職を引き受けたのは彼の善意だ。それは、今、次男のヒースと三男のロックの指導をしている男性も同様である。


 セイ達は素直に今の指導役には感謝している。昨今の指導役の中ではローモデルとしては十分に機能しているからだ。


「セイ兄ちゃん弱かったのか……」

わざとか本気か掴み辛い8歳のギーは、いつの間にか捕まえたカマキリをセイの頭に乗せた。


「こいつッ」

とセイは言って、ギーの肩を片腕で抱え込んで、銀髪をわしゃわしゃとした。


 戯れる兄弟をデニスは笑い飛ばす。

「はっはっはっ、まぁ気にするなセイ。強ければ生き残るってもんじゃないのが防衛線だ。俺だって生き残った」

「それで?」


 破顔したデニスに、次ぎの言葉を催促したのはギーだった。


「それでってのは何だ?」

「どうやって結婚したの?」

「何だ?、ギーは結婚に興味があるのか」

「うん」

「そうか。あまりいい話じゃないんだが……。ギー、俺の背中の術印は覚えているか?」


 天空に記憶領域があるかのように、ギーは上を見つめた。ギーの脳内には温泉に浸かっているデニスのいかつい背中と、そこに刻まれている術印が浮んだ。

「てんとう虫、サンゴ、お花と……、あと何か変なの」


「おい」

とセイは優しくギーを肘で小突いた。


 不思議そうな顔でセイを見たのがギーであり、

「気にするな」

と穏やかに首をふり、水に流したのがデニスであった。


 セイは

「すみません」

と小声で謝罪を付け足した。


 術印を刻めば生涯消えない跡が肌に残る。女性ならば、防衛線で生き残っている限り、自身が作った術印を使い続けるので、身体に刻んだ術印の数は生涯で1個だけだ。


 しかし、男性は光術の運用を女性に任せていることから、ペアの女性が死んだら、新たな術印を身体に刻まなければならない。


 光術の恩恵を受けるには、女性が個人個人で用意した、専用の術印でなければならないのだ。基本的に他人から拝借できるものではない。


 術印の一つ一つは、息をしてこの公国の大地に立っていた、一人一人の女性が残したものなのだ。そして、デニスに刻まれた術印が4つであるという事は、うち3つの術印を与えた女性は死んでいる事を意味する。


 ギーの口ぶりは幼くても、誰かが釘を刺すべき所まで立ち入っていた。ただセイはここで話をぶつ切りにするのもどうかと感じているので、デニスの内情に紛れ込んで行く。

 

「でも、実際あれは何なんですか?」

「あれはな、水溜りに雨が降ってる所だ。円が水溜りに見えたとか言ってたな。その女が最初に結婚した相手だ。五ヶ月で死んだ。斥候同士で衝突しちまったときだ。まぁ、そんな奴は防衛線にごろごろいる。だけど情けない話だな」


 激戦を潜り抜けた傷跡は、公国の大人なら誰でも抱えている。防衛線の圧力はどこまでも均質であるが、出兵前後の大人と子供の間には、大きな溝がやはりある。


 あるいは、この溝を底まで覗きこんでいるのがデニスで、その溝の一歩手前にいるのがセイで、遥か遠方にいるのが幼いギーだった。


 デニスは自身の表情が曇った事に気がつき、次いで、セイが言葉がつまらせている事にも気が付いた。


「いや、止めろって。俺も指導役としているわけだから、別に話すのが嫌なわけじゃない」


 聞かなければ永遠に話さないような事を、聞けばスルスルと話し始める。

 デニスのこの性分が、セイは好きだった。


「じゃあ、何で水溜りだったとか、聞いてもいいですか?」

「あれは水溜りというより雨の象徴だ。雨が降ると俺たち男も、外じゃなくて孤児院内の修練室とかで学問とか筋トレすることになるんだろ? で、その日は孤児院が少し騒がしくなる。ペアリングを約束した奴らはイチャつくわな? あいつは、その雰囲気は嫌いだったけど、でも俺が傍にいるのはって……。……。ああ、もういいだろ? こっ恥ずかしくなってくる」


「何で?」

 ギーは自分に分かるところを、おもむろに尋ねた。

 

 セイも四男に続いた。目と眉をいつもより少し開いてワザとらしく、ちゃらけた。

「嫌じゃないんですよね?。話すの?」


 徒党を組んで来た兄弟に、デニスは

「お前らぁ……」

とニヤニヤと睨みを効かせてから、声を上げて笑った。


「はっはっは。……まぁでも、セイ。最初の一年は注意しろ。知っての通り、死亡率は漸減ぜんげんだ。てんとう虫とサンゴの女も一年目でやもめ――ペアを失った男、または、女のこと――だった。適当に戦ってたんだろうな。二ヶ月と三ヶ月でまた死んだよ。俺も死んでもいいかと思って戦っていたんだが、そんなに簡単にはいかないだろ? 近くでヒトが死んで行くのも流石に目覚めが悪かった。だから次にペアを組んだ今の嫁に、言ったんだ。俺はお前にとっての何者でもねーけど、俺はお前と生き残るぞって。イの一番に忠告してやった。そしたら、あっちも乗り気になって、それからもう一回結婚したって感じだ」


「ふぅーん」

 ギーは姉譲りの相槌をうった。分かっているのか、分かっていないのか……。聞いて来たのはお前だろう、といいたくなるような雰囲気がある。


 デニスとセイは、話の内容が幼いギーの理解を飛び越えてしまったと感じたが、分かるように伝えた所で、興味が二転三転するという事を身をもって体験しているので、ほうっている。


 事実、ギーは再びカマキリを捕まえに動き出したので、セイはギーの小さな背中に向いていた視線を切って話し始めた。


「でも注意しろって、逃げる以外にあるんですか」

「お前、人の話しは良く聞いとけ。俺はわからんように逃げろって言っただろ? ガルフの奴も感情があるかどうか知らないが、逃げてる奴は弱い奴ってのは分かってるんだ。直ぐに逃げれば、直ぐに襲い掛かってくる。だから、じりじりじりじり時間をかけて戦うんだ。まあ、そうなるとある意味じりじり逃げるって事になる。そうすると、やる気が有る奴がどっかから来てガルフをぶっ叩いていく。防衛線の滞在期間は八年だ。一秒でも時間を掛けて戦うといい」

「そんなに上手くいくんですか?」

「知ってる奴は知ってるし、やってる奴はやってる。でも、こんな事は防衛線で口にはできないだろ?」

「まあ、そうですね」

「だから、自分より弱いガルフに苦戦しながら戦うんだ。囲まれたりはするなよ。適量を守れ。それにわざとらしくやるなよ。最悪ペアのドロワーごと騙す勢いでやるんだ」

「いや、演技しろってことですか?」

「そうだ」

「そんなに上手くできるんですか?」

「はは。そこだよ。お前の悪いところは」


 デニスは批判は、思いやりを混ぜたような声だった。


『どこだ……』

とセイは逡巡する。


 そこからデニスは落ち着いてセイを諭しにかかった。まだ見えてない星座の位置を伝えているように。


「出来るとか出来ないとか以前に、馬鹿らしいと思ってるだろ?」

「いえ、そこまでは思ってないですけど……」

「な。少し思ってるだろ?」

「いや、そこまで考えてないですけど」

「思って無くても、そこには本能があったりするんだよ」

「はあ……」

「まあやってみろ。〝まずいっ〟とか言ってると助太刀が来たりもするから。上手く行くとそれはそれで痛快だ。良くも悪くも、横から切りつける隙も作っている」

「何か、そう言われると、今までのどの修練よりも難しく感じますね」

「そう思ってるなら出来る様になるだろ。手段は一つでも多い方がいいだろう? まあいつも使うわけにはいかないけどな。ペアリングしたドロワーの調子とか、色々考えて、分からん様に逃げろってことだ。生き延びて頭数になれ。数はそれだけで力だ。数に紛れていると力も貰える」


 三人はデニスの家の玄関扉がカチャリと開く音を聞いた。姿を表したのはデニスの嫁のミーアだ。一つ、二つ、三つ……と数えたくなるような、大きな房をつくっている三編みが、肩口から体の手前に垂れている。


「見てー」

ギーが直ぐに反応して、カマキリと共にミーアに駆け寄った。


「ッとっと。ちょっとあの壁の上に置いといね? 後で見るから」


 ミーアは半歩下がって、突撃してきたギーをかわして苦笑いを浮かべた。ステップで宙に浮いた光編みが、パタッと鎖骨のあたりを叩いた。カマキリはお気に召さないようだ。


 なおキユキがクォーサイドタウンに来る直前に、代理で孤児院の指導役を務めていた女性でもある。


 ギーは素直に壁に向かって走り出し、カマキリを逃がしてやった。


 セイが第一声を奪うわけもないので、デニスがミーアに尋ねる。

「何だ? ミーア」

「あなた、そろそろ収穫祭の準備しなくてもいいの? 私に炭焼すみやきをさせる気?」

「あぁ、そうだな、セイが結婚だとかいうから少し話が長くなった」

「セイ君もそろそろ出兵だもんね。色々気になるわよね?」


 苦笑いの愛想笑い。セイは声だけはきちんと届くように、はきはきと答えた。

「はい。まあまあ、そうですね」

「どう? 私と一回〝夜の修練〟しておく?」


 ミーアは人差し指を立てて、ウィンクを一つ。ノリノリだった。若妻の胸が衣類の生地を大きく膨らませている。


 セイは話題を変えようと否定した。

「そういう話じゃないですよ」

まだ余裕を残した表情だ。


 事態を変えたのはギーだった。

「セイ兄ちゃん、キユキさんとは夜の修練したのに?」


「「っっ!!」」

 ギーの一声にデニスとミーアが驚愕した。


 口を両手で隠したミーアに、マジマジとセイの顔を見たのがデニスだった。


「まじか! お前やってんなぁ!」

「だから違いますって! 光術使って修練しただけですって!」

「おま! ちょっ! 光術まで使ってやったのか!? 命削って命作りにいったのか!?」

「剣と杖で殴りあっただけですって!」

「そういうのが好きな奴もいるよな」

「だから夜の庭で……」

「野外か!」


 一日も終わりに近づいていたが、本日一番の活気で、デニスは食い気味にセイの帳尻を制圧していった。

 

『ダメだ。これ以上、何を言っても紐付けられる』


 セイはデニスの悪乗りが始った事を確信し、頭を抱えた。


 デニスはあごをなでて、確信犯のような顔つきでセイを見下ろした。


 ここで手を緩めるほど、デニスという男は甘くないのだろう。おっ、と何かを閃いたような顔付きをしてから、こと悲しげに片手で顔を隠し、涙声を出した。


「セイ、仕方ない。このままお前が歪んで行くのはあまり不憫ふびんだ……。普通のやつを教えてもらえ」

「ふーん。私達のは普通のやつなんだ?」


 この悪乗りには、ミーアがストップをかけた。今度はデニスがビクリとする。


「……普通のやつでやってやれ。ミーア」


「普通って何?」


 ギーが疑問を持ち込むと、ミーアは太もものあたりで、ふわりとギーを抱きしめて、彼の銀髪を上から撫でた。ある意味、そういう都合のいい位置に立っているのが、ギーという少年だった。


「ギー君は直ぐダメにされるかな。かわいいもん」

「僕、ダメになるの?」

「ううん。そういう事じゃなくて、将来はお姫様みたいな女の子にも、好きになってもらえるかっこいい男の子になれるよって事ね」

「お姫様って?」

「大昔にいた可愛い女の子のことよ。ドレッシーで綺麗な女の人の事ね」

「ドレッシーって?」


 ギーとミーアは、二人の世界で学問を始めた。


 デニスのほうは巣穴を覗くヘビのように、じっとりとセイを見た。

「で、お前実際にどうするんだ?」

「いや、どうもしないですよ」

「そうじゃねーよ。ミフィちゃんとだよ」

「ないですよ。なにも」

「おまえら掃除してる家があるだろ?」

「ありますけど?」

「マットぐらい隣町から担いで帰れよ。いたぜ? 俺が育った孤児院には。空家借りて専用の部屋作った奴。あそこ1軒くらい、お前が好きに使っても誰も文句は言わねーだろ」

「あそこはそういう場所じゃないですよ」


 デニスは冗談のフィルターを通しているが、思いの内は真剣だ。デニスは提案書の事を知らない。セイが一人で出兵して下手をうてば、ミフィとは永遠に結ばれないと思っている。もっと下手を打てば、童貞のまま死ぬ事になると思っている。


 思い出のほうを大切にしているセイの態度も、デニスは理解はできるのだが、そこはもう一緒くたにしてもいい所ではないか、とも感じている。女性の何かしらを知らずに死ぬ事が不憫だ、という部分は本音だ。


 セイとミフィが両思いなのは村人にまで周知の事実だ。セイとミフィは田舎町では少しばかり目立つ。仲の良い若き二人が、村の大人からすれば微笑ましく、一歳の歳の差が痛ましくもあるのだ。

 

 ただ自身の意思は伝わったと感じたのか。デニスはため息を鼻で押し殺した。主義主張が異なるならば、これ以上は何も言うまい、とでもいった所か。


 ミーアのほうも、いつのまにか過去を懐かしむように、セイを見ていた。


「セイ君、明日か明後日にキユキさんとアキットちゃんにうちに来るように言ってくれない?。エプロンドレスの仕立て直しするから」


 エプロンドレス≒メイド服。内情はともかくセイは対外的に清純派を気取っているので、この程度の相互関係が頭に浮んでも、表情は崩さない。


「分かりました」

「うん、せっかくだからね」


 エプロンドレスはクォーサイドタウンの収穫祭の衣装のようなものだ。実質的にはブドウ酒を作るための作業着だ。村の先人が大量に破棄される予定の服を、手ごろな価格で仕入れた事が発端らしい。


 遠い昔の話だ。なぜ断絶を免れて生き続けているのか、セイは不思議であった。おそらく収穫祭の陽気が狂わしているのだ。大人達の文化的な悪ふざけが、歴史として根付いたのだろうとセイは予測している。村の歴史書は先の記事で筆を止めて、以降はクォーサイドタウンの謎である。


 セイは謎に感謝してから、毅然とした態度で心の牢屋の中に謎をぶち込んだ。自身の下らぬ好奇心が、バタフライ効果で歴史を閉ざす事態を招かないように、鍵をかけて扉を閉めた。


 ミフィが9歳のときに初めて袖を通したときに、10歳のセイはそのように誓った。


「という事だ。お前ら二人は適当に走ってこい。俺は今夜アランドの所に泊まるから」

「俺は今夜は孤児院に泊まりますよ」


 デニスの流し目を見つつ、セイは答えた。

 ミーアはセイの真意を拾い上げるために、聖母にような静かな笑みでセイに尋ねた。


「そうなの? 本当に大丈夫?」

「大丈夫です。本当に」


『村を出る頃には、伝えます。今は……』

 セイは提案書の事を二人に伝えないまま、ここまで来た事を申し訳なく感じた。


 今だミーアの腕の中。ギーは上を見て尋ねた。

「ミーアさん一人なら僕が行こうか?」


 ミーアはセイの方を見た。 

「だって。セイ君。いい?」

「はい。迷惑じゃなければ、お願いします」


 ミーアは膝を曲げて、再び二人の世界へ。 

「じゃあギー君、キユキさんにはきちんと伝えてから来るのよ?」

「うん!」


「ギーはペアに困りそうに無いな」

 デニスは湧き上がってくるような笑みを漏らした。


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