デフォルト・バインド Aパート
一本の剣に対して、もう一本の剣が向き合っている。柄を支えるのは壮年の男性と、若き少年だ。二人が握る剣の刃は鏡面のように仕上がっており、傾いた太陽や大地を写し返している。
「いよっし。最終ルーチンだ。気合入れてけよ」
片手持ちの剣を正眼の位置に構えて、壮年の男性はニンマリとした。名はデニスという。彼が浮かべた余裕のある笑みは、内にある自信をくっきりと浮かべているようだ。
「うぃっす」
息も絶えだえで答えた15歳の少年はセイだ。黒髪のもみ上げからは汗が玉のように流れている。セイは剣を刷くような下段に刃を構えた。
セイは大きく吸い込んだ大気を吐き出し、腹を据えてデニスを見据えた。まだ15歳らしい可愛さが僅かに残っているような青年で、彼自身はそれを嫌っているような面持ちだ。射抜くような視線でデニスが構える剣を睨んでいる。
セイは土の大地を蹴り進み、初手の一刀を切り上げる。狙いはデニスが構える両刃の剣だ。
セイの初手も、デニスの受けも、型に倣った動きだ。デニスは招来の刃を置いて、セイは襲撃の刃を重ねる。無論このあとデニスが半歩下がって水平に構える剣も型どおり。互いに予定された動きを再現している。
セイは初手で弾かれた剣を持ち直し、大上段にまで掲げた鉞の如く両の手で頭上から剣を振り下ろす。
二度目の威勢のいい衝撃音が村に響きわたった。
デニスは目前でぶつかる剣に瞼を伏せる事もなく、片手でセイの剣を軽くいなした。二人の身体全体をみればデニスはセイより一回り大きい。鑑みればこの事態は必然だった。
二人が行なっているのは、公国の制度上の修練だ。剣と剣の衝突は、セイにとっては公国の少年に義務付けられた修練である。デニスの立場はセイの〝指導役〟だ。義務とそれを見守る職業。それが二人の間柄であった。
型に倣っているといっても、二人の動きはおおむね機敏のようにみえる。だが繰り返す鋼の刃を支えているセイは、次第に疲労の色を強めいて行く。
光術なしで全力を尽くし続ける事などヒトには不可能なのだ。それでも軋む身体にその強さを縫い込むために、限りが近い刃にも、速度を乗せるのだ。
『悪くはないんだよ……』
ぶつかる剣を見ながらデニスはのん気に考えていた。
『特別いいって訳でもないんだけど……』
いつもの手ごたえにいつもの答え。
デニスは一応の仕事はこなしていた。セイの評価はC+。EからAにプラスとマイナスをつけた15段階のなかで上から7番目の評価。デニスは落ちこぼれを育てているわけではない。かといって優秀でもないのだが……。
デニスは次のセイの横一閃の刃を、少し強めに弾いた。セイが少しよろける。
『ここだよぁ。重さがないし、戻りが少し遅いんだ』
セイは僅かに眉を寄せて、細かくステップを刻み、間合いを整えて、次の型に従い袈裟懸けに刃を振るった。
『まあ、分かってんだろおな。こんなものか。何が悪いんだろうな……』
26歳のデニスは15歳のセイを余裕で捌いているが、セイに模範を見せてやる事はできても、適切なアドバイスを言語化して与える事ができなかった。
圧倒的な体格差が二人の間に如実な力量差を生んでいるのだが、修練において事の本質はそこにはない。セイの剣術の向上にこそ本分がある。だがデニスはそれを補いきれていない。
デニスは防衛線での滞在期間を生き残った男性で、セイと同じ歳の頃はBの評価を貰っていた。悪くはないのだが、〝指導役〟としては寸足らずだ。
それでも彼は最善だろう。クォーサイドタウンの村人の中で、デニスが最強なのだから。
3分間剣を振ってインターバルを挟む。二人は10回のルーチンのやり終えて、互いに剣を収めた。
「ありがとうごさいました」
「いやぁ、構わんよ。この前言った事もその内なおるだろ」
「はい。気をつけてはいるんですけど……」
「まあ、その内だな。だが筋肉はもっと付けとけよ。しっかり飯を食え」
デニスが剣を担ぐと、大胸筋まで躍動する。些細な動きでも全身が繋がっている事を知らしめてくる体だ。
「ミーアの飯は悪くないだろ?」
「はい。いつも美味しいです。でも、何かすみません。奥さんまでとっちゃって」
「いや。あれはあれで楽しんでる。ずっと同じ仕事してるより気分転換になっていいっつってたぞ」
「助かります」
「なに言ってんだ。俺とお前の中だろぉ? 固い事は言うなよ。いろんな意味でやわらかい方が健全だ。硬くするのは防衛線に行って、ペアリングしてからにしろ」
「一気に不健全になってるじゃないですか」
デニスはこっちが本業とばからにニマニマした。堀の深い顔は男女ともに受けが良さそうだが、屈託無くそれをくずして笑っている。人柄もいいのだろう。
セイは苦笑しつつもデニスに感謝していた。
公国の孤児院には、制度上、保護役と呼ばれる少年少女の世話係を勤める人が常勤している。セイが暮す孤児院もその例に漏れず保護役がいるのだが、先日、セイ達の保護役を努めていた女性が30の寿命で息を引き取ったのだ。
村長は直ちに村議会を開いて、村人の中から新たな保護役を募集したが、村人は誰も応じなかった。村長としても村人の反応は予想通りであったので、孤児院機関に次の保護役を送ってくるようにと手紙で連絡した。この一連の手続きは予定調和であり、滞りなく進んだ。
だが次の保護役が到着するまで空白期間が生まれる。
村長夫人しぶしぶ、――じゃあ私が――と言って空きを埋めようとしたとき、デニスの嫁のミーアが――期間限定なら――と、一時的な代理を申し出てくれたのだ。
デニスの嫁であるから、セイとミーアは面識もある。セイとしても信頼が置ける人が来てくれた方がいいに決まっている。ミーアは明るく小ざっぱりとした性格でセイは彼女にも信頼を置いていた。
セイはミーアが保護役になってくれればと思う事は何度かあったが、いかんせん、クォーサイドタウンの孤児院の保護役は、重労働に分類される。セイはミーアに無理強いまでは出来なかった。そもそも別にやりたい職業があるのだから、尚の事だ。
田舎特有の弊害の前にして、セイは素直に感謝するだけだった。
そんなセイのささやかな謝辞は耳に入らないが、二人が笑い出したところ目ざとく見抜く、もう一人の少年が大きな声で尋ねた。
「ふけんぜんって何?」
彼の名前はギーという。8歳で銀色の髪と目をもつ少年だ。幼い故に中性的であるが、すこし飛びぬけている感じがする。15歳のセイが、随分男臭くみえる。デニスと比べれば少女といってもよいだろう。
セイが暮す孤児院の仲では四男に相当する。木剣を脇に持つ彼は、セイと交互に修練を受けていたのだった。
「そりゃあ大人の男って事だよ。なあセイ」
デニスはたっぷりと意味を込めて、セイに委ねた。
「まあ間違ってはないんですけど……。これは嫌な予感しかしないですね」
「ははは。そうか。じゃあ次ぎはギーだ。かかって来い」
デニスは話しを切り上げて木剣を持って立ち上がった。次ぎはギーの修練の相手をするつもりだ。ギーの木剣が鋼に変わるのはもう少し未来の事だ。今は、過剰な負担を避けている。
デニスとギーが修練をしている間、セイは何かを確かめるように剣を振る。ふむ、と思案したりもするが、型を繰り返してみたりもする。
※
銘々(めいめい)剣を振り込んで、クォーサイドタウンの長男と四男の修練は終わった。
セイとギーの間にいる次男と三男は、また別の村人の所で修練を受けている。そして四男のギーより幼い男子は、まだ保育期間である年齢のため、修練を受けていない。
修練のための時間や、修練の開始時期は、都会と遜色ない公国の規則が、クォーサイドタウンという田舎の孤児院にも適用されている。




