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イグニション前の速度より  作者: 紀
【夏の章】
43/82

ブルー ビートダウン

 ミフィは道の真ん中で頬に手を当てて声を張る。

「みんなおきてー 出発の準備よー」

 年少組の幼子達は起きないからセットになっている年長組が起こす。

 皆は空になった弁当や水筒をリアカーの荷台に戻して隊列を組みなおす。


「水筒が増えたです」

 ルネは枕元で発生した異常をセイに伝えた。

「みんなが歩き始めてから飲めばいい」

「はあ?です」

「まあ、直ぐに分かるから」


 二人のやり取りはミフィの高らかな号令で終わる。 

「はい、それじゃあシュッパーツ!」

「おー!」

 うむ、といった具合にミフィは頷き、笑顔を咲かせてから前を向いて歩き出したので、セイもアキットの事を気にする止める。

 

 ルネはさっきの休憩中に予定した通りリアカーの荷台に乗り込んだ。

 水筒を開き一口飲むと、舌の上には酸味と甘みが広がった。

「おお」

 牛乳ひげをつけたルネは同じように荷台に乗り込んだセリアに水筒をわたすと、セリアも一口のんで目を輝かせた。

 セリアは水筒をルネに持たせてパンパンのリュックに右手を突っ込みごそごそと漁り出す。リュックから引っこ抜いた手に細長い缶ケースを握り、笑みを浮かべて蓋を開いた。中には麦わらで作られたストローがはいっており、セリアは水筒にストロー一本差し込んだ。

 アキットと共に荷台に座っている3歳のレオが水筒に手を伸ばす。

 アキットがレオを手を取り目を合わせる。

「さっき飲んだからルネお姉ちゃんとセリアにあげよ?」

 しぶしぶといった感じは滲んでいたが、レオはラズベリーオゥレが入った水筒から手を離す。

 セリアは二本目のストローを水筒に差し込み、ルネと二人でラズベリーオゥレを飲んだ。

  

 ルネは空になった水筒に蓋をして前方を注視し始める。

 10分ほどして、アキットと幼子のセリアとレオは眠りに落ちた。

 必死に耐えていたルネも、うつらうつらと頭が揺れ始める。

「セイお兄ちゃん……、リアカーは……、現代の魔道具です。適度な揺れが……眠気を誘うです。歩いていた方がましだったです」

「はは、悪い。無理せず寝ていい。ミフィの側にカリナを置いているのはそのためだと思う」

「残り時間で、起こしてください」

「わかった」

「すぅ……です」

 セイはビクッとして心の中で思う。

『嘘だろ……。寝息にも〝です″が付くのか?』

 ルネは程なくして入眠時のおとなしい呼吸を始め、セイは胸を撫で下ろした。


『曲がりなりにも7時間の移動……』

 セイは行程を思い浮かべて少し迷ったが、15分後に予定通りルネだけを起こした。

「思ったよりすっきりしたです。セリアはこのままでいいですよね」

「ああ……」

 セイはルネにカラ返事を返して後ろを軽く振り向く。

 ギーの瞳の輝きが荷台で仲良く寝ている三人を見ている。

 セイは少し格好をつけたような口ぶりでロックに問いかける。

「どうなんだ。ロック?」

「よゆーだな」

「あと何人いける?」

「全員」

「どこまで?」

「つくまで」

「ついてから倒れる、なんて事はないだろーな?」

「たりめーだろ」

「明日ダメになったりもしてないだろーな?」

「しつけーなぁ。ギーもいけるだろ?」

 ギーの銀色の瞳の輝きが二人の兄を行きする。

「うん」


 ルネは優しさと温もりを込めた声をギーに届ける。

「ギー、帰ったらスイカオゥレをごちそうするです」

 ギーの銀色の瞳から輝きが失せる。

「えー、スイカはそのままの方がおいしいよぉ」


 ロックが呆れたように一つ年上のルネを諭す。

「そだぞ。なんでも牛乳まぜればいいってもんじゃねーぞ」

「何度も飲んでいる内に癖になるです。そうなると自然と体が求めて、自分で作るようになるです」

「ルー姉が飲みてーだけじゃねーか……」

「作ってもらうと、またおいしーんです」


 隊列は進み、四人は列の中盤でセリアを乗せたまま進む。 

 残りの年少組も順次リアカーに乗り始める。序盤は海への期待が魔法をかわしていたが、休憩を挟んで緊張の糸が途切れたためか、しばらくすると悉く魔道具の餌食になり、すやすやと眠った。


 歩み続けるミフィ、カリナ、ヒース、ルネ。次ぎにセイがリアカーを引き、ロック、ギーが後ろから押す。最後尾からキユキが見守る。


 『ここから1時間は正念場だな』

セイは頂点に位置する太陽を右手の隙間からまぶしそうに見やる。


 『どこら辺で起こそっかな……』

ミフィは振り返りリアカーを見やる。


 十三時前。ラストスパートはミフィの指示で静かに始る。

「もうすぐのはずよ。みんなを起こして」

 ミフィは記憶と地図と時間を頼りに現在位置を皆に伝えた。

 リアカーは一度止まり、年少組の幼子はセットになっている年長組のそばで再び歩き始める。


 雑木林を切り裂くように進む一本道が続く。

 足取りはそのままに、ヒースは遠方に立ち上る陽炎の奥に空でもない土でもない何かを視認する。

「おい、ミフィ姉、あの青いのがそうか?」

「そうよ。でも今走り出したらぶっ飛ばす……。って言いたい所だけど許すわ。ラルフを離さないでね」

「行っていいのか?」

「そういう役。喜びなさい」

ヒースが決め顔でラルフをみる。

「行くぞ。ラルフ。海はすぐそこだ」

目を輝かせてうなずくラルフに対してヒースは息をめい一杯吸い込こむ。

「うおおおおおおぉぉぉぉ」

 叫び声とは対照的に、ヒースは五歳のラルフの駆け足に合わせてゆっくり走りだした。長い後ろ髪は強くなびくことは無く、背中でブランブランと揺れている。


 ルネがセリアを連れて先頭のミフィに追いつき尋ねる。

「私達も行っていいですか?」

「いいわよ。注意は同じ。靴を濡らすと面倒よ」

 ルネもセリアと走り出す。

「うぅぅみでぃぃぃぃす」

「disっちゃダメじゃない」

 ミフィはほがらかに微笑んだ。


 カリナは必要最小限で情報を伝える。

「姉さん?」

「お疲れ様。大丈夫。行ってあげて」

「クロエ。行こっか」

 カリナに強く握られた手が歯止めとなり、足と地面はズリズリこすれる。フルスロットルの空ぶかしで待ち構えるクロエは動き出してコケそうになるが、カリナがつないだ左手で引き上げる。


 ふふふ、と微笑みながらメイを連れたキユキがゆっくりミフィを追い越して行く。


 隊列が組み変わり最後尾、リアカーの先陣に位置するセイは後から押しているロックとギーのほうへ振り返り、爽やかに伝える。

「お前らももう行っていいぞ」

「ここまで来て行くかよ! 誘導下手糞かよ!」

 ロックの非難にギーの意地が続く。

「最後まで、押す!」

 セイが少し意地の悪い見下したような顔をする。

「は? なんだよ。お前ら。そんなに押してなかったんじゃないのか?」

「押してただろ! 昼飯の後から明らかに重かったぞ!」

 歴戦のレジスタンスのようにロックが抗議し、ギーが一味いちみのように続く。

「うん!」


 ヒースの叫び声で目を覚ましていたアキットがロックとギーをねぎらう。

「ロックお兄ちゃんもギーもありがとう」

「べ、べ、べ、別にお前のためじゃねーから。レオもいるし、他の奴も乗ってたから」

 ロックがそっぽを向いたので、アキットは年下のギーの銀髪を撫でた。

「えへへ」


 セイはレジスタンスが懐柔される様を見てニヤつく。

 アキットから放たれ脱走を試みているレオはミフィに捕まった。


 セイとミフィを含む最後尾に残る6人も海にたどり着く。

 ロックがミフィからレオを預かり受けて、ギーと3人で波打ち際を目指して駆け出す。

 少し遅れてアキットが荷台から降りて来る。

「ホントはミフィお姉ちゃんもセイお……」

 ミフィがアキットに優しく語りかける。

「いいから、アキットも行って来て」


「おーいアキット。行くぞー」

砂浜の中腹でロックが叫ぶ。


「ほら、今は余計なコト考えないで。最後まで集中よ。行って来て」

「うん。ありがとう」

アキットはコクリと頷き、リアカーから降りて砂浜を慎重に歩いた。


「いいのか。そんなにプレッシャーかけて」

「大丈夫。アキットはここに来るまでちゃんと寝てたから」

「嘘だろ。アキットは起きてたぞ?」

「どっちも本当の事ね。アキットは今、集中してって言って集中できるか出来ないかの境目にいる。私としては今日で深度の深い集中も掴んでほしいの」

「今日は海ガメの観察じゃなかったのか?」

「それは先の目的ね。先の先も見ておかないと」

「なるほど。優秀な妹で助かるよ」

「ふふん♪ まあね。お兄ちゃんは何か思い出した?」

「いや、まったく。ミフィ、過去に答はないんじゃないか?」

「うーん。なくは無いと思うんだけど……」


 車輪が通せる街道の終わり……、波打ち際へと下る砂浜の手前でセイとミフィはともに辺りを一望する。


「いける。此処に来て確信した。あのカメを見れば何か思い出すと思う。奴はそれくらい偉大だ」

「気持ちが違うね。アキットの事になると。言わないの。〝それは分からない事だ〟って」

「もう残り時間から考えてそれは使えないだろ」

「そっか。切り替えるってコトか」


 波の音の奥では孤児院の皆の声が響いているが、それは微かなものになり、白砂の大地と青き水の情景が二人を少しだけ過去に誘う。


「懐かしいな」

「うん」

 海から送られた風が陸に昇り、二人の頬の間を抜けていく。波間の波が引き波に飲まれて次ぎの波が押し込んでいく。今だ天高く輝く太陽の光が作る二つの影は小さく、大気の熱量は最大へと近づく。


 見も知らぬ三つ目の影が二人の目前で育ちゆき、バサリと空を切る翼の音を強く残す。

「おお!」

「あはは!」

 一羽のカモメが歓迎の挨拶に二人の眼前で宙返りを披露して上昇気流を吹き起こす。

 

 ミフィが一足早く過去を振り切る。

「前とは違うね!」

「そうみたいだな!」

 一歩送れてセイが追いつく。


 はは、と小さめの黄色い声をカモメに送り、上空の群れに帰るの見送ってから、ミフィはヘアピンを外して服の首元に付け直す。

「さて、それじゃあ、みんなを集めてこよっかな」

 それとなく様子をみていたセイの視線をミフィが反射する。

「気になる?」

「今のはほっとけよ。偶然だろ?」

「じゃあ一応あれやっとく? 〝残念、水着でしたー〟ってやつ」

「いいよ。やらなくて。しかもあれは残念じゃないやつだ」

「ふふ。じゃあお疲れ様」

 ミフィはセイの肩からよじ登り頬にキスしてから足取りも軽やかに波打ち際に向かって歩き始めた。 

 途中で振り向きとびきりの笑顔をセイに向ける。

「ああ、あとね。今日はカッコ良かった」

「なんだよ、今日ってのは、これからじゃないのか?」

「だからちょっとカッコ良かったってトコ」

「俺は三つくらいしくじった気がする」

「あと少しだったのにね」

 ミフィはその場をセイに任せて波打ち際に向かった。

 セイはリアカーの側で皆が戻ってくるのを待った。

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