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イグニション前の速度より  作者: 紀
【夏の章】
42/82

猫の尻があがるとき

 皆とまた少しだけ離れて、別の木陰でキユキとミフィが休んでいる。メイはキユキの膝で寝ているので二人はヒソヒソと話し始めた。

「見張り始めたね、セイ君」

「まあ、その辺は言わなくても分かってたと思う。趣味のポエムと相性もいいし」

「ポエム? セイ君は詩人なの?」

「んー人形劇かな? でも人形じゃないし」

 ミフィはセイの声を真似て喋り倒す。

「俺に眠気はない。何故かって?。理由は簡単だ。俺はかつてミフィとアキットと来たこの道にノスタルジーを感じているからだ。だが気をつけろ。このノスタルジーが直接エナジーになっているわけじゃない。いいか?。ノスタルジーがそれだけでエナジーを生んでいるんじゃない。ノスタルジーは今というファンタジーと混ざることで俺のエナジーになっているんだ。ふっ。俺が疲れないわけだ。過去と現在、それを合わせ持つことで生まれたエナジーを持ってるんだからな。今のお前らは、弱く、眠っている。だが、未来のお前らは力強く羽ばたく。現在いましか持っていないお前らにも、次ぎは過去があるからな。怖れるな。お前らも持てるはずだ。お前らの冒険はこれからだ……」

 ミフィは表情も声も普段のものに戻した。

「とか考えてるの」

 キユキは真顔でミフィに尋ねる。

「セイ君そんなこと考えてるの?」

「考えてるわけないでしょ。これは私が昔やってた遊び。あっ、ほら、見えてこない?。言ってるみたいに?」


 少し離れた木陰でセイは岩に腰かけて空を見上げる。


「ふふ、やめてミフィちゃん、聞こえてくるから」


 セイは左の膝を立て、その上に左肘をのせ辺りを見回した。


「ほら。それっぽくなってきた」

「だから、止めてって。ふふふ」

 ミフィは再びセイの声を真似る。

「ノスタルジーとファンタジーが混ざる」

「ふふ、だから、セイ君そんなこと言わないでしょ、ふふふ」

 楽しそうに笑うキユキを見て、ミフィは少し一緒になって笑うが、それから憂いを帯びた瞳でセイを見つめていた。

「最初はね……、もうちょっとまともな事喋らせてた。でもだんだんこうなって来て、止めちゃった」

 キユキはミフィの様子が変わったことに気がつき、いちど口を閉じる。

 かわりにミフィはポツリポツリと口を開いた。

「お兄ちゃんは、本当に私が行くまで生き残るのかな……」

「信じてあげて」

「勝手よね。前までは8年間生きて此処に帰ってくるかで心配して、今は1年間を心配して」

「いいんじゃない。お兄ちゃんで大切な人なんでしょ」

「キユキさん……。お兄ちゃんと戦ったとき、お兄ちゃんは強かった。スティール・テイカーになれるくらい強くなりそう?」

「普通、かな。未来の事まで私には分からないけど普通くらいは強いと思う。ミフィちゃんはセイ君の報告書見たこと無いの?」

「あるけど、キユキさんからみたら、少しは違うかなって」

「そっか。ねえ、セイ君は本当にもう一回出兵する気なの?」

「その話か……」

「やっぱりミフィちゃんでもダメなの?」

「私が言うの? 8年生き残ったら十分だって。孤児院を守った事になるって」

「ええ……」

「残念だけど、私もお兄ちゃんと同じ考えよ。前も言ったでしょ? お兄ちゃんは私っていうチートを使って生き残って、もう一回出兵するの。それでセリア達が抱えるかもしれない問題とパイを合せる。以上ね」


 少し離れた木陰からセイがミフィの方を見て二人の視線は交わる。

 ミフィはニコリと微笑みを返して、その笑みを崩さぬように口だけそっと動かし、キユキにだけ伝える。

「ねっ、すごくない? ヒースのカラの矢には気付いてないのに私の〝パイ〟には反応してるよ? この距離だとぜっったい聞こえてないのに」

 二人の視線の交差を見て、キユキが少し怒ったような口ぶりで咎める。

「ちょっとミフィちゃん、ふざけないで」


「ふざけてないって。でも答は変わらないよ」

「私もきちんと何か方法をかんがえるから」

「だから、それもいいって言ってるでしょ? キユキさんは十分やってくれてる……。……。って言っても、もうダメか。……。じゃあ、これだけははっきり言っておくね。キユキさんには感謝している。私から見たら此処に孤児院のみんながいることが奇跡のようなものなの。でもその奇跡は奇跡でしかない。細い糸の上を歩いて歩ききったものでしかない。勘違いしないでね。ここのみんなは強い子よ。細い糸でもバランスをとって歩ききる。だから多分、お兄ちゃんが8年で帰ってきても誰も責めたりはしない」

「だったら……」

「でもお兄ちゃんは違う。お兄ちゃんは絶対みんが渡りきるまで渡らない。ただ一人、後ろで誰かバランスを崩したときに一緒に落ちる気持ちだけをもって後で構えているの。だから、提案書でもう一度出兵するっていうのはお兄ちゃんにとって特別な決断じゃないの。出兵に関しては自分が先に糸を渡るから、まあ糸くらい太くして行こっかっていう、それくらいの事ね」

「うん。セイ君にも似たような事を言われたわ」

「キユキさんの気持ちも分かるけどね。ううん。分からないから分かるっていうか、私達は防衛線での戦いなんて見たこと無いから、今の気持ちだけで決めてるようには見えるかもしれない。でもね、それでいいの。だから今日がこんなに楽しくて、私達がここにいたっていう事が残って、それから明日も楽しい気がするの」


 ミフィは両目をいっぱいに閉じて

「んー」

と言って両手を組み合わせて空に向けて伸ばして背筋を真っすぐにした。

 キユキは少し俯き

「はぁー」

とため息を付く。

 ミフィはパチクリと数回瞬きをしてから


「それにね、セイはとっくの昔にこの孤児院を選んでるんだから」

「昔っていうと……」

「孤児院の記録はどこまで見た?」

「15年前まで見たけど……」

「そう。じゃあ分かるわね。お兄ちゃんは7歳でこの孤児院の最年長だって事は」

「ええ。でも、そのときには13歳の男の子がいたはずなんだけど、途中で記録が止まっているから……」

「病気とかで死んだわけじゃなくて、その人は剣の腕が凄くて都会の孤児院に移動する事を希望して出てったの。その人はお兄ちゃんも連れて行こうとてた。私の記憶が正しかったらその人にお兄ちゃんも懐いていたと思う。それで、その人の希望通り許可は出たんだけど、お兄ちゃんは一緒に行かなかった。お兄ちゃんはとっくの昔にこの孤児院を選んでるの」


 ミフィは明るい声に切り替えて続けた。

「と見せかけて、お兄ちゃんが選んだの私ね。私の方が大切だった。お兄ちゃんの孤児院愛は私から始まった」


 『今、話すような事じゃないか……』

 ミフィの調子に合わせて、キユキは楽しそうに尋ねた。

「ふふ。そうなの」


「嘘だと思う?」

「ううん。思わない。でも理由は気になるかな」

「それは実は分からない事だったの。お兄ちゃんも最初は何で残ったのか分からないって。私もお兄ちゃんもちっちゃかったから、当時は、まあ、そんなものなのかなって思ってた。何となく私達を残して行くのが嫌だったっていうのは、すぐに聞いた事なんだけどね」

「理由ひとつで片付く事はない、か。セイ君にも言われたわね」

「うん。後になってお兄ちゃんに言われたのは、クォーサイドで収穫祭をしたかったからって理由もあるの」

「ああ、秋にある。確かブドウ酒作りと一緒になっているお祭りよね? そっか。セイ君お料理もすきだから」

「好きっていうか、必要に迫らせた部分もあるんだけどね。でも都会に行くとそれができないから、お兄ちゃんは此処に残ったの。なんていえばいいのかな。だからキユキさんが気にするような事はないの。お兄ちゃんはああ見えてちゃんと自分で決めて来たの。流れの中で決めてるから、流されているように見えるし、本人も〝気付き〟が遅いから、理論的に説明するのに時間がかかるんだけどね」

「そっか。ヒース君に提案書の話を聞いてから、随分時間が空いていたから、私、セイ君をすごい悩ませたのかなって思ってたんだけど」

「ううん。多分、お兄ちゃんの中で答は直ぐに出てた。後はそれを調整しただけね」


「う~ん、それでも私、セイ君も怒らせたちゃったから」

 小声で語気を乱してミフィがキユキに詰め寄る。

「お兄ちゃんが怒ったの!?」

「え、ええ」

「いつ!?」

「夏にはいってすぐ」

「どこで!?」

「倉庫で」

「何月何日何曜日!?」

「そ、それはすぐには分からないけど、確か海に行く事をみんなに教えた日で、私がセイ君と修練した日の朝よ」

「キユキさん、何したの!?」

「だから、今みたいな提案書の話をして」

「それでお兄ちゃんが怒るわけないじゃない。他に何かあるでしょ?」

「ええっと……。テントの数を確認して、懸垂して」


 ミフィはいぶかしむ。

「懸垂? 二人は何をしてたの?」

「懸垂は多分、セイ君は大人の女性がどの程度強いかも知らないって言うのもあったんだと思うけど、それで力比べとして十分だろうって事でやったと思うんだけど……」

「大人の女性と力比べ? お兄ちゃんはまた変な趣味に目覚めたの?」

『〝また?〟』

 キユキは思考の代わりに誤解を解くほうに注力する。

「だから、えと、ちょっと今のなしにして、最初から説明させて」

 キユキはミフィに夏の倉庫での出来事を順を追って伝えた。


 ……。……。……。


「それで、最後に自術印を〝点灯〟してから、私は光術を使うから、それで修練しないかって……」

「ああ……」

 ミフィは腑に落ちる何かの物体のように低い声で納得した。

「何か知ってるの? ミフィちゃんは」

「うん。まあ、多分ってくらいだけど……。でもそれは100%提案書と関係はないわね」

「多分なのに100%って」

「うん。それは私も直接は聞いた事がないから、多分って話ね。何ていうかなー。これは難しい話しになるんだけど、私とお兄ちゃんには、ちょっとだけ余分な空間があるの。その空間を私は全部コントロールしたくないの。ちょっとした遊びを残してるの。その空間は無なっちゃってもいいのなの。また別に探せば済む話だからね。でもわざわざ自分で壊したくないというか、残ってるなら別にそれでいっか見たいな部分もあったり、満たされてまた別の空間ができるときを待ってるっていうか……」

「現状への安息と推移への期待、こんな所かしら? ん……空間が抜けているわね」

「そうね。その空間は抜けないわね。で、お兄ちゃんが怒ったのは多分、その空間の中の話。提案書はその空間の外のお話。お兄ちゃんは提案書については何も怒ってないと思うけど、お兄ちゃんなにか言った?」

「ううん。セイ君の口からは提案書についてはずっとポジティブな意見しか聞いてないけど」

「でしょ? じゃあこの話はこれでお終い」


「でも、そうなるとセイ君が怒った理由が気になるんだけど……」

「ああ……でも私の口から言う? せっかくだからお兄ちゃんに聞いてみれば」

「私から聞くの? 私が怒らせた張本人よ?」

「あはは。だから面白かったりするんだけどね」

「もう……。気にしてはいるんだから」

「気にする事ないって。送霊光矢のとき見つめ合ってたじゃない」

「あっ、あれは……」

「あれはお兄ちゃんなりの感謝だと思うよ。多分。〝14秒は長すぎだろ〟とかも考えてたと思うけど」

「確かに私もちょっと長いなって思ったけど……」

「ふふ。二人ともぐずぐすしてるからカリナにしてやられたわね。でもちゃんと14人目として見てますよって事。キユキさんが一人で悩む必要はないわ」

「うーん。結局答は教えてくれないって事?」

「そうね。それは空間での話しで、私の楽しみが減っちゃうから」

「そっか……」

「ん~、でも一回こじらせてるからちょっとだけお兄ちゃんと仲良くなるヒントをあげる。私はお兄ちゃんの事を好きだし、お兄ちゃんも私以外ありえないし考えられないって思ってる。だけどお兄ちゃんは何か大切な事を忘れてる気がするって言ったの。キーパーツが足りてないんだって」

「はっきりした疑問ね。心の中の事なのに」

「お兄ちゃんは違和感先行型だから。〝気付き〟が遅いっていうのはそういう事」

「ミフィちゃんはそれで納得してるの? えっと……だから、大切な事を忘れてるかもしれないんでしょ?」

「うん。これは私もお兄ちゃんも気にしてない事。お兄ちゃんはちゃんと私が好きな理由は持ってて、でも勝手に自分で納得行かないからって、何かもう一つくらい理由があるんじゃないかって探し始めたの」

「勝手に……なの?」

「う~ん、厳密な話をすると、そこは私達も長いから、色々とありはするけどね」

「じゃあ……セイ君はロマンチストなの?」

「違うでしょ?。探しさがしびとではあるかもしれないけど」

「ふふ。訳としては遠くないんじゃない?」

「そうでもなくない?」

「やっぱり二人にしか分からない事なのかしら」

「どうなんだろ。でも少しお兄ちゃんをさせすぎたのかなって。今回みたいな事になるとやっぱりお兄ちゃんの力は必要になるから」

「今回はアキットちゃんからも呼ばれたからね」

「まあね。だから気が向いたら一緒に探してあげて。見つけたら〝なになにです〟みたいな所も少しは無くなってると思うから」


 それからミフィはゆっくり首を右に傾けて、ついでに上半身をいくらか傾かせる。

 キユキは不自然なまでに傾くミフィの体を黙って見つめる。

 ミフィは更に左に傾けてゆっくり傾ける。さらに

『うぅぅん』

心の中でためらってから、キユキの膝の上で寝ているメイを抱き上げて立ち上がり、セイの方へ向かった。

 ミフィは黙ったままセイにメイを預け、セイはトイレかと思い必要以上にも喋らなかった。

 

 ミフィはキユキの元へ戻りキユキに手を差し出した。

「キユキさん、ちょっといい?」

「なに?」

 キユキは不思議そうにキユキはその手を取り立ち上がった。

 

 二人は街道から林の奥へと進んで行く。

 

 途中で止まりミフィはキユキの方へ振り返り、ボソボソと伝える。

「あのー、術印……だけど……」

 聞き取れないキユキは聞き返す。

「えっ、術印がどうかしたの?」

「いや、そうじゃなくて。やっぱり、私がお兄ちゃんと同時に出兵するのは無理なのかな?」

「うん。ミフィちゃんは無理ね。制度とか申請とかが間に合わないって事情があるけど、それができない本当の理由くらいわかってるわよね?」

「うん。分かってるんだけど……ね?」

「私はあと一年、確実に生きられる子を防衛線に送るつもりは無いし、それがあったらセイ君は絶対制度を止めてたと思うけど?」

「だったら、術印インクを、生成したいんだけど……」

「もう無くなったの?」

「ああ、うん。嘘。まだある」

「ん? じゃあ何なの?」

「だから、そうじゃなくて……。あの……。私、お兄ちゃんに術印を刻みたいの。私とペアリングする事になるなら、もう刻んでもいいんじゃないかなって……」

「うーん。それは少し良くないんじゃないかな」

「〝点火〟とか〝増加〟とか寿命を使う操作はしないから……ダメかな……」

「ええ、それは信じるけど……。だとしたらなおさら、いま刻む必要は無いんじゃない?」

「でもそっちの方が、光術ももっと上手くやれそうな気がするし……」

「でも、ミフィちゃんの光術は防衛線のレベルでもトップ層にいるし、あと1年と半年でさらに伸び代もあるから、今からそんなにあせらなくてもいいんじゃない?」

「でも、考えいないようにしてるけど一年の間に死んだらとか、ときどき頭に浮かんでくるし……」

 

 キユキは反射的に沸いた疑問が言葉にならない高い音となって口から漏れる。

「んん?」

 ミフィはそっぽを向いた。

 キユキはミフィの口から何か続きがあるのかと思い、しばらくの間、ミフィをみつめた。

 ミフィが視線だけをキユキに戻して、すぐに俯くようにそっぽを向く。

 キユキの顔が曇り、しばらく、怪訝な顔でミフィを見つめる。

「ああ」

 キユキはひらめき、表情を普段のものに戻して、そっぽを向くミフィを救い上げる用に除きこむと、ミフィは少し嫌そうそっぽを向いた。

 もう一度キユキがパッと覗くとミフィはフッと目をそらす。パッと覗くとフッとそらす。パッと覗くとフッとそらす。……。パッ、フッ。パッ、フッ。……。パフパフパフパフ。……。ババババババババ。……。バ。

 

「んーー」

 キユキは首を傾げた。

「……」

 ミフィは右手て左肘を持ちプルプルしていた。

「えっとね……」

「なによ……」

「もしかしてだけど……」

「だからなに?……」

「多分、勘のいいミフィちゃんは私がこれから何を言うか分かってると思うんだけど……」

「知らない……」

「じゃあ、もし違ってたら悪い気がするから、止めるなら、今、止めてほしいんだけど……」

「何の事……」

「それじゃあ、このお話を続けてもいいわね?」

「好きにしたら……」

「多分だけどね……」

「ぅぅ……」

「ミフィちゃんは多分だけど……」

「ぅ……ぅ……ぅぅぅ」

「術印に貞操観念を持ってるの?」


 貯めから入りミフィが吼える。

「んんぅぅ……持ってない!」

「えっ!? 違うの?」

「合ってるぅっ!」

「わよね」

 キユキは優しく、ふふふ、と微笑みミフィを見つめる。

 同時にミフィは息を思いっきり吸い込み二度目の咆哮を上げる。

「んもうぅぅ、なにかわるい!?」

「ううん。術印は光術の根源要素。大切な思い入れと共に……」

 喋り終わる前に、ミフィは少し背の高いキユキに向けて顎を上げて瞳を輝かせる。

「じゃあいいの?。お兄ちゃんに術印、刻んでも?」

「え、ええ。色々、許可はいるけど、多分それは近々届くと思うから、刑罰の方は問題ないんだけど…。だけど、本当にそれでいいのかなって……」

 キユキの言葉が進むにつれて、ミフィの両手は握り締められ、それは頭上に持ち上げられる。

「なんなの! さきから!」

 下に振りぬく両手の反動、その勢いで回れ右。


「え、ええ。だから、もし、ミフィちゃんの術印なんて刻まれていたらぁ、とか考えると……」

 追加で素早く回れ右。ミフィの近くに御旗は無くても握った両手を離さない。

「答えて。はやく。いいの? いいよね? いいんでしょ!?」

 三段構えでグイグイ詰め寄るミフィにキユキは冷や汗を流したが、なんとか視線だけは残す。

「ほ、ほら、そうなると、ほっとかない人もいるから」

「もう! 何のはなし! そんな人どーでもいーでしょ! 私とお兄ちゃんはペア組むんだから!」

 キユキは深く息を吸い、迫り来るミフィをせき止めるために芯を込めて疑問をぶつける。

「ミフィちゃん! 本当にいいの! 本当に考えた?」

「考えた! ずっとずっと考えた! ずぅーっと考えた……」

 ゆるがぬキユキの青い瞳がミフィの金色の瞳と衝突する。

 ミフィは緩やかに勢いを落として、キユキに背を向けた。

「考えてたもん……」

 ミフィはしゃがんみ込んで大地にまで肯定を求めたが、その両目の端からは涙が少しこぼれていた。

「ふぅぅ」

 キユキは小さくなっているミフィに哀れみの視線を落とす。しかし、今一度、気を張りなおし、ミフィの正面にまわりこんで、一緒になってしゃがみ、両肩を握りしめてミフィと視線を合わせた。

「うぅ……」

 視線が合うと右手を離して人差し指を立てる。

「いい?。これはセイ君が出兵して、招集所に行ったときの話。それからペアを決める前に、術印が刻まれている事が男湯で知れわたって、そのうえ噂が広まって、女の子にも周知されたときの話。ミフィちゃんがセイ君の役ね?」

「何が……言いたいの……」

 キユキはミフィから左手を離し口に当て一度コホンと咳払いして、ミフィのわきに両手を差し込み持ち上げるようにして一緒に立ち上がった。

「分からないなら続ける価値があるわね」

「ぅぅ……」

 ミフィの肩は少し下がり大人しくなる。

 

 キユキは瞼を半分おろして、少し色気のある声を出しながらミフィの顔を見たまま周りをゆっくり歩き始めた。

「あなたがセイ君?。本当に先に術印を刻んだの?。妹さんのために?。……。うん。有名だよ。でも、ふふ、優しんだ。うん、なんかほっとけないかも。妹さんが来るまで私と一緒に戦う?。うん。大丈夫。私に任せて。一緒にがんばろ?」

 ミフィはキユキが小芝居を始めた事を理解し反論する。

「い、いいじゃない。張れば……」


 キユキはミフィの右手を取り、近くに立っている木を小走りで一週連れまわし、再びミフィの前に立つ。

「今まで、一緒に戦ってきたよね。セイ君いつも一生懸命守ってくれる。ありがとう」

 フニゅっ。ミフィの右手がキユキの胸に沈む。

「い、色仕掛けなんてしても、無駄よ。お兄ちゃんが私の次に好きなのは、もうちょっと平面的な女の子なんだから……」


 『平面的な女の子?』

キユキは浮かんだ疑問を即座に掻き消し、瞳を潤ませ演技を続ける。


「ごめんなさい。こんな事言うとセイ君、私の事嫌いになるかもだけど、本当は私、寂しかったの。セイ君のこと助けるなんて嘘で、少しだけ、妹さんがうらやましかったの。妹さんが来たら、私……いなくなるから……」

 フニゅっ。ミフィの左手もキユキの胸に沈む。

「な、泣き落としも効かないわよ。お兄ちゃんは、ああ見えて色んな女の子の涙をみてるんだから」


 『色んな? この孤児院の女の子は7人……。多い方なのかしら?』

キユキは言語と認識の差に生まれる疑問も即座に掻き消し演技を続ける。



 「そんな事言うなって、うん。ふふ。ありがとう。じゃあ、あのね……。今だけでいいから……、優しくしてくれない?……」

 ポスっ。キユキの額はミフィの胸で止まる。

「や、やさしくなんて……するわけ……」

 ミフィの体は固まっている。


「セイ君、少しだけでいいから抱きしめて。今だけで……いいから……」

 キユキはミフィの腰に手を回す。

「ぅ……ぅ……ぅぅ」

 

 キユキは体を伸ばしてミフィの耳に甘く切なく声を響かせる。

「今だけでいいから、優しく……して?」

 カプ。ついでに耳たぶを甘噛み。

 

 ワシッ、ワシッ、とミフィの右手と左手がキユキの肩を掴む。

「やぁ・めぇ・なぁ・さぁ・いぃ・よぉ」

「ちょ。おぉ・ちぃ・つぅ・いぃ・てぇ」

 キユキの肩を掴んで揺らすミフィと揺さぶられるキユキはジィジィジィジィと歪められたアブラゼミの声を聞いた。


「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」

 キユキとミフィは二人して膝を曲げ、その上に手をつき、しばらく呼吸を整えた。

 ふぅ、と最後に一息いれて、少し早く復帰したキユキがミフィのつむじを見ながら優しく声をかける。

「ね?。本当に止めるつもりはないけど、防衛線の直前で、そんなに分かりやすく義理堅い人は、ペアとして利用できる相手を探している子が絶対ほっとかない。セイ君が流されるとは思わないけど、やっかい事は絶対増える。この辺の事も考えてみた?」

「うぅぅぅぅ」

 キユキはミフィの頭をそっと撫でる。

「泣かないの」

「泣いてない!」

「またゆっくり考えましょ?」

「もういい! 戻るわよ!」

 ミフィはなでられる頭を押し上げるように背筋を伸ばしてブンブンとクの字に曲げた両腕を振って歩き始めた。

 キユキはミフィの背中を見て思い起こす。

『みんなが分散する木陰の選択。カリナちゃんは協力者で、セイ君の動きは予測かしら。ルネちゃんは判断できないわね。術印の事はそろそろ許可が届くから本当にどっちでもいいんだけど……、いいのかな?。うーん』

 ミフィは眉と眉がぶつかりそうなほど眉間を寄せていたが、キユキの十数歩先で手招きをする。

 それに気がついたキユキは考えるのを止めて早歩きでミフィのそばまで行き、二人は皆の元へ戻った。


 ミフィは皆の元へもどると直ぐにセイの側に行き、わたした水筒を取り戻して蓋をはずし軽くあおる。

「さっさとの飲んで、出発よ。はい!」

 ミフィは再びセイに水筒を差し出す。

「あ、ああ」

 セイは水筒に入っている桃の果汁を垂らした天然水を飲み、ミフィは飲み口を睨んだ。

「返して!」

 ミフィはセイの水筒を取り上げて、残りをアキットに差しだす。

「はい! アキットも!」

 アキットの瞳がパチリと開き、直ぐに体を起こして水筒を受け取るために両手を上空に投げ出す。

 セイが横取りする用にミフィが差し出している水筒を奪う。

「やめろ。間接的なのは」

「お兄ちゃんは気にしすぎよ」

 ミフィはセイから水筒を取り返して一口飲んでからアキットにわたす。

「はいアキット。これでいいでしょ」

 アキットは水筒をうけとるだけで、黙って二人の兄と姉を見る。


 セイは冷静に穏やかな声で尋ねる。

「何かあったのか?」

「なにもない!」

「じゃあなんだよ、その勢いは。急ぐのか?」

「普通でいい! 良くないけど!」

 ミフィはトコトコと歩き出しその場をあとにする。

「なんだよ……」

 セイは不思議そうにミフィの背を見送った。


 アキットは手元の水筒に入っている桃と天然水をコクンと一口飲む。

「いいにおい」

 アキットは喉から鼻へと抜ける桃の香りを瞳を閉じて堪能してから、残りをそばでチョコンと座っているレオと分け合った。

 そして次ぎの瞬間セイと目が合いアキットの口から声が漏れる。

「あっ、セイお兄ちゃん飲みたかった?」

「へ? は?」

 セイは、俺が?、と言わんばかり自分に一指し指を向ける。 

「ミフィお姉ちゃんが作ったんじゃないの? このお水」

『そっちの意味か……』

 セイはいちど目を閉じて片手で側頭部を掴み軽く頭を振る。目を開けて表情を切り替えアキットに軽く微笑み答える。

「いや、ちゃんと飲んだし十分だよ」

 アキットは脇に置いていた水筒を両手にとり再びセイに勧める。

「普通のお水ならあるけど」

「大丈夫って言ったろ。気にしなくていい」

 セイはアキットのキャラメルブラウンの髪をふんわりと撫でた。

 『目は瞑ってるけど寝ては無いって事か?……』


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