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イグニション前の速度より  作者: 紀
【夏の章】
41/82

夜を拾う知者の水

 11時すぎ。ミフィが街道沿いに手ごろな木陰を見つけて後ろを振り向き、両手を上げて左右に振る。

「きゅー! けー! お昼よー!」

 木陰の数は十分だが、皆が一堂に会して入れる広い陰を作る巨木はない。

 セイは一番大きな木陰にリアカーを止めて、皆は荷台の昼食が入っているバケットを取り出す。

 それぞれが自然とセットとなっている幼子を連れて思い思いに収まりそうな木陰へと散って行き弁当を食べて休憩に入る。


 キユキ、セイ、ミフィ、カリナ、ヒース、ロック、ギーはまだ平気そうだが、四時間の徒歩移動に三女で11歳のルネがばてている。

 年少組はときどきリアカーに乗せて疲労を誤魔化していた分、元気なのだが適度な運動と本能的な活動時間の短さ、そして何より昼食の満腹感が眠気を誘っていた。

 


 カリナとヒースが、それぞれクロエとラフルを膝で眠らせながら、一つの木陰で暇を潰すように雑談を始めた。

「海、来年はどうなると思う?」

「とりあえず、帰りのリアカーを俺が押してからだろ」

「自分次第ってこと?」

「キユキ姉までは頭数に入れさせてもらうけどな。でも毎年海へってわけにもいかないんじゃないか? アキットの事をほっとくわけじゃないけど、来年はセリアのモチーフ探しもあるんだろ?」

「そう。じゃあ再来年は?」

「兄貴達もアキット連れて一回抜け出してるんだ。それくらいの事情があればどこどこか行けるだろ」


 カリナの表情に特に変化は無く、その口からは淡々と言葉が綴られていく。 

「あの時は寂しかった。ヒースは来てもくれなかった」

 ヒースは顎から横を向くようにカリナの方を見る。

「あの時はちゃんとロックを送り込んだだろ?」

 カリナが少し下から睨みあげるように横のヒースを見る。

「ロックはルネのだった。知ってるでしょ?」

 二人は視線より強く顎で向き合っている。


◆ ◆ ◆


 二年前、セイとミフィとアキットが海行っている間、年少組が眠った後に女子部屋に送り込まれたロックは何をしていいのか分からず、焼き菓子などをつつくだけで少し暇をもてあましていた。

 何を思いついたかルネはその手にハサミを取り、当時ミディアムヘアーだったロックに散髪を申し出た。

 これ見よがしにシャキシャキと空中で動かしている。

「レッツ・カティング・ナイトです」

「別にいーけど……」

 安受け合いしたロックはルネのざっくりとしたヘアカットを受けて見事な棘々の髪型に生まれ変わった。

 ルネは満足げでロックも背中に入った髪の毛ために再び温泉に行くはめになった事以外は文句を言わなかった。むしろ

「体が軽くなった気がする」

といい、それ以来ずっと短髪を好んだ。

 今ではルネの腕も上がり、ロックの頭は棘の高さが整った短髪になっている。 


◆ ◆ ◆


 記憶を頼りに、くくっとヒースは少し噴出し、カリナも静かにクスリと笑う。

「で、自分は何をしてたの? 何かコソコソ読んではずだけど」

「そこまで知ってるならもうほっといてくれよ」

「ほっといたと思うけど?」

「あれでか? 酷い話だ」


 ヒースは二年前の当時、孤児院に取り残された皆が寝静まった真夜中の図書室のソファーで、分厚い哲学書を開きその中ほどに〝薄い恋愛小説〟を挟み込むように開いて読んでいたのだが、近づく足音に気がつき、即座に哲学書のページを変えて隠した事を思い出した。

 カリナは二年前、一人で図書室に篭っていたヒースが何か隠した事に感づいたが、それを知らないふりをして、ヒースが座るソファーの後ろに立ち、夜明け近くまでヒースが読んでいる哲学の書を一緒に読みつつ、ときどき耳元で小難しい概念を質問した事を思い出した。


「兄さんは見えてたと思う?」

「兄貴は兄貴で少し言い方が悪いがイカレてるよ。多分、近いところまで予想してたと思う」

「私ね。薄い小説の冊数管理担当になったの」

「お、おう。ミフィ姉は見事に逃げたな」

「兄さんは最後に嬉しそうに3冊持ってどこかに行ったの。メイド物をね。顔には出てなかったけど」

「1000年前に失われ、記憶を頼りに引きついだ太古の文化・メイドだろ。いいんじゃないか。別に。歪み無き兄貴に安心感さえ出てくる」

「みんなの事を考えて偏りなく集めているつもりでも、残ったものから考えられる事もあるの。メイド物が兄さんの趣味でいいとして、ヒース、若干多いあれは何?」

「止めろ、それ以上は口にするな」

「今更隠すこと」

「兄貴だってしばらくソッとしておいてくれたんだぞ」

「静かな所でまた何をするつもり?」

「自分の趣向を隠して議論の場に上がるつもりか?」

「手がかりは残してきたつもりだけど?」

「多彩なジャンルを手に取ってるけど一部に偏りがある。だけどあれは誰がみてもブラフだ。カリナ姉、多少傷を負わないと欲しいものは手に入らねーぞ。来年の仕入れ担当は俺だ」


 胡坐をかいていたヒースの赤い真剣な瞳が、隣で膝を流すようなお姉さん座りをしているカリナの黒い瞳と交差する。

 互いに表情と言葉を消して、辺りはしばらくアブラゼミのジーっという鳴き声が響く。

 カリナの方が先に深く瞼を閉じて

「そっか……」

と呟いてから皆の方へ視線をそらす。

 ヒースはふーと鼻から息を出して正面を向く。


 カリナが再び無表情でヒースに問う。

「じゃあ、メイド物のどこがいいの?」

「は?」

 ヒースは少し送れてカリナの声の穏やかさを感じ取り、同じように穏やかな声で返す。「なんだよ。カリナ姉はメイドを奉仕の象徴としてしか捉えてないのか?」

「象徴としてはそれが正解。違う?」

「いや、違いはしないけど、それだけだと紅茶は冷めて捨てられている。茶葉さえ腐って土になるだけだ。時代を超える熱がおかわりされてない」

「どういうこと?」

「まず、年上、年下、同い年、どれも成立する前提がある。一人でも複数人でも成立する。そして恋愛年数、これも、すべて成立する。幼き頃から共に歩んで育む愛、ある日突然勤務することで生じる一目ぼれ。幼馴染のメイド、これは矛盾しがちだが、連れ子設定が往々にして克服する」

「初期設定から判明している母、姉、妹のメイドは理が通らないと思うけど?」

「まだ未開なんだよ。いつか納得する答えを誰かが用意するじゃないか?」

「あの薄さで?」

「あの薄さでもだ」

「わかった。続けて」

「じゃあ、その最たる例のメイド服についてだ。その根底に流れるのは美しさでもかわいさでもなく、愛別離苦の悲しみだ。一度袖を通せば、縫い付けられたその糸は感情さえも絡めとり、肌を包むその生地は広がる世界の限界を示している。与えられる色も地味で本来は粗末の極みだ」

「今じゃ随分かわいらしい挿絵になっているけど?」

「だからだよ。だからメイド服は探したくなった。変えたくなってきた。一点に集約された悲しみが矢となり闇を貫いた。貫いた先にも恐らくまだ闇はあった。だけど一本目の矢は教えてくれた。闇ってのは光を閉ざす分厚い壁なんだって。あとは一の矢の気流を頼りに二の矢、三の矢を放ち壁を崩す。メイド服の悲しみが探した、〝変えたくなってきた〟っていうのはこういうこだ。分かるか?」


 ヒースは薄く瞳を開け、過去を振り返るような遠い眼差しで空をみた。

 『他はいいとしても、ときどき出てくるその手の表情はなにかの病気?』

横目でチラリと表情を盗み見たカリナは無表情のまま思ったことは口にしなかった。


「メイド服は俺達も変えてきた。薄い小説のあとがきにもよく書いてある。〝今回はこんなメイド服を描きたかった〟って」

「じゃあ、中身のメイドは誰が変えてきたの?」

「それは色々議論の余地が残る。まず、メイドとメイド服を統一して考える立場、まあ、これは兄貴の立場なんだけど、それと、メイドとメイド服の二つを尊重する立場、まあ、これは俺の立場なんだけど……」

「どっちが勝ったの?」

「議論は勝ち負けのためだけじゃない。互いが互いの良さを探す旅路だ。兄貴はメイド服は回る世界のパノラマだって言ってたよ」

「パラノイア?」

「パ・ノ・ラ・マ」

「もっと意味が分からないんだけど」

「残念だけど俺も答を貰ってない。でもあれからだんだんと〝兄貴〟の底を感じてきたよ」

「ふーん。じゃあそれを聞かせて」

 ヒースは過去にセイと議論した事を思い出し、カリナに語る。


◆ ◆ ◆


 セイとヒースの二人は倉庫のロフトの本棚の前で横並びに座っている。

「じゃあ、話を少しずらそう。ヒース、いい服の条件は何か分かるか?」

「それはメイド服って事か?」


 セイは飽きれたようにヒースを見る。

「ヒース……、メイド服以外に服と呼べるものがあると思ってるのか?」

「お、おう。横暴だな。それは取り下げたほうがいいんじゃないか」

「……。悪い。取り下げる。冷静さを失っていた」

「いや気にしないでくれ。気持ちは分かる。でも、やっぱりメイド服の魅力は配色じゃないか?。色々好みがあると思うけど、モノトーンとか、うーん、でも基本は2色、あるいは極端に制限された色使いじゃないか」

「それも間違いじゃない。地味で粗末な色。そこから発展したモノトーン、2色に絞った配色センス。配置とバランスに気を配ったものがメイド服だ。見ただけで分かる何から何まで新しいスタイル。その上、奥に歴史を隠し持つ。だけど、本当はそれだけじゃない。色だけじゃない何かがメイド服にはある」

「なんだよ?」

「いいメイド服は服の上で視線がすべる。踊るとも言っていい」

「言ってる事は何となくわかるけど、その言い方だと分りにくい。兄貴、それはセコいだろ?」

「分かってる。だから俺はここでクラシックスタイルから生み出された石像について言及する」

「何だよ。石像って」

「動かせない役割を持ってしまったものだ」

「つまり……ロングスカート派が悪さしたって事か?」

「そうなる。ロングスカートに流れる思想は伝統に基づくものではない。本来の姿を追いかけようとするものでもない。そこにあるのは限定的に閉じ込められる視線の暗殺。つまりロングスカート派の根底にあるのは全体を味わいたいという贅沢な悩みだと俺は推測する」


 セイは淡々と喋っていたが、兄の口から出てきた不穏な言葉がヒースに影をもたらす。


「暗殺……。ロングは何を殺したんだ。俺達は犯人に気がついてないのか?」

「そうだ」

「その上に石像が立っている。……つまり時代は否定しているのか?。ミニとかセミロング派を?」

「セミロングについては諸説あるから今は省くけど、ミニについてはその通りだ」

「認める。隣町の裏道書籍配布店でも取り揃えている部数は圧倒的にロングだ。時代は明らかにミニを否定している。いや……、でも、……じゃあ……」


 ヒースは瞳を震わせ視線を床の方で泳がせて、手を顎の下に置いている。

 せっかくだから、とうい感じでセイはヒースの思考を少し遊ばせてやってから、穏やかに続きを話し始めた。 


「確かなのは、ミニは一度ニーソックスと合わさり、その絶対領域の力をもって数多あまたの人を惹きつけたって事だ。そのムーブを否定する奴はいないだろ? だけど同時にミニは俺達を否定した。色欲だけがすべてじゃないと俺達の中に何かを植えつけた」

「そこで起ったのか? 暗殺が」

「そうだ。ロングの暗殺はミニに対する否定と一致する。だけどこれだけで暗殺は暗殺として成立しない。ロングはロングが抱えている贅沢な悩みを原点回帰の軌跡とすりかえた」

「兄貴、すまん。また分からなくなってきた」

「ロングが本当に原点回帰を目指しているなら、メイド服は茶色やカーキ色のスカートになっているだろ?」

「ああ」

「頭にカチューシャとか乗っかる訳もない。そこは三角巾だ」

「まあ、王族付きくらいのメイドなら、そうとは言えないかもしれないけど、大多数はそうだわな」

「ブーツでもパンプスでもいいけど、光沢を返すような革靴とか、汚れていない白い靴下なんてのもおかしな話になる」

「いや、わかった。つまり、ロングは表立ってミニを封殺したのは確かな事で、そして、その理由を原点回帰のように俺達に説明している。だけど、それは本当の意味での原点回帰じゃない。ロングはメイド服の全体を味わいたいという贅沢な悩みを隠してミニを封じた。これで合ってるだろ?」

 セイは虚空を見て頷く。

「メイド物とロングスカートから来る正統派のような図式は悪くはないんだけどな……」

「そこに原点回帰のようなルートが生まれて、くっついて、石像となったと……」

「そうなる」

「メイド物の〝薄い恋愛小説〟は動けなくなっちまったのか……」

「メイド服は……本当はもっと自由でいいんだけどな……」

「じゃあ兄貴、メイド物の〝薄い恋愛小説〟はどうなるんだよ。メイド物に未来はあるのか?」

「今は下火だ。このままじゃ隆盛を極めたあの時代まで帰れない」

「一つのジャンルとして終わっていくんだな……」

「いや。ここにはまだ違和感が残っている。ミニの方にもまだ可能性が残っているんじゃないのかって? じゃなきゃ原点回帰を作るような斥力は発生しない」


 セイの射抜くような視線に

「なるほど……」

とヒースは唸った。

『でも多分、その斥力の使い方は違うんじゃないか……』

ヒースは心の叫びを内に留め、セイから視線を外してロフトから階下をみた。


「俺達はメイド服の全体を取り込もうとして、細部を見る。見ようとしても俺達の視界は制限がある。細部と全体を行き来する歯がゆい視線の往復。ロングで達成されたそれはミニではまだ達成されていない。強すぎたんだ。絶対領域がな。でも、ロングで達成した視線の奪取はある種の偏狭。色欲を排除し服が見たいという体裁はミニによって与えられたものだ」

「じゃあメイド服はパノラマっていうのはどういう事だよ」

「いや、ここから先は自分で考えてみてくれ……。俺も今はそう感じるとしか言えない。結論が先に出てきて少し困ってるんだよ。でもミニから作るメイド物の未来はそこにある気がする」

 セイは本棚から〝ラディカル・メイド・ティーカップ〟という薄い恋愛小説を一冊取り出してヒースに手渡した。表紙に描かれているミニスカートのメイド服を着た美少女は横向きで走っており、手に乗せている丸いトレイの上では不自然なまでにカップやポットが跳ね回っている。


 ヒースはない物ねだりのように、あるはずのない皿を片手に持つような手のひらを作り、セイに問う。

「あ、兄貴はミニスカート派なのか?」

「俺はストーリー派だ」

 セイは満足気に眉間を開いて微笑んだ。

 ヒースは

「マジかよ……」

と呟き開いていた手を閉じて逃げるようにセイから視線を外した。

『それなのに、挿絵に対してこの考察……。嘘だろ……。でもその自信に満ちた目はが……。くっ。今の俺で兄貴と議論できるのか……。それに……それより……』


 ヒースが考えている中、セイは黙って、梯子を使いロフトから降りて行った。セイが倉庫の扉をくぐり抜ける。

 ヒースはセイから託された一冊と、新たに本棚から取り出した自分用の一冊を手元に加えて、二重本棚を元に戻した。


◆ ◆ ◆


 カリナはヒースから聞いたセイの考察を聞いてクスリと笑う。

「それはいつの話?」

「おとどしの秋くらいかなぁ」

「ふーん」

「俺はさぁ、兄貴はなぁーんにも無いようなこの田舎に一つ娯楽を持ち込んだだけだと思ってたんだよ」

 

 ヒースは頭の後ろで組んでいた腕をはずして、カラの両手で弓を引く真似をして少し離れているセイに狙いをつける。

  

「ふふ。兄さんを甘く見すぎじゃない? 兄さんは姉さんの兄さんよ」

「いや、甘くは見てねーよ。だけど実際は甘いだろっと」


 ヒースがカラの弓からカラの矢をセイに向けて放つ。

 死角に近い角度のためか、少し話しこんでいるためか、セイは何も気がついていない。 


「兄貴はC+でこの孤児院じゃ最低評価だ。一応年相応の評価って事だから、俺達が将来どう転ぶかも含めて考えないといけないんだけど」

「だけど?」

「ここから先はもう言わなくても分かるだろ? 普通、評価が低くなればなるほど防衛線での〝滞在期間〟におびえて過ごす。場合によったらそれを理由に修練が鈍って更に評価を落とす奴もいる。少なくともぶれる」

「なにその普通? キユキさんにでも聞いたの?」

「ああ、都会の孤児院はそんな感じだったらしい」

「そっか。それが兄さんがイカれてるところって話しね」

「そういう事だ。兄貴はそんな事考えながら、評価を落とさずに、俺達の兄貴をしている」

「兄さんはそれだけじゃない……」

「それは分かり切ってる事だろ? そっとしとこうってのが俺のスタンスだ。……。スタンスだったんだけどなー」

「思うところね。最後の年ともなると。生きて帰ってくるとしても」

「だろ? 兄貴は最後の一年を満足行くように過ごせているのか?」

「姉さんの様子からだと過ごせてると思うけど?」

「ならいーんだけどな」

 ヒースは頭の後ろで手を組んで樹木に体重を預ける。

 カリナは少し視線を上げて真夏の緑が沸き立つ山々を見る。



 カリナとヒースの二人から少し離れて、セイは麻のラグを木陰にひきルネとロックとギーとセリアを休ませる。

「ルネ、ロック、ギー、ここからはお前らも交代で乗れ」

 ロックが平気な面でいう。

「ルー姉だけでいいだろ?」

「私もまだ歩けるです」

 セイは肩を丸めてL字に座り込んでいるルネの正面にしゃがむ。

「ルネにはミフィがやっている事をやって欲しい。またこの道をアキットと来ることになるかもしれなから、その時のために、道の勾配とか、危ない所とか、休めそうな所とか、みんながどれくらいで疲れるかとかを覚えて帰って欲しい。むきになって歩くんじゃなくて、覚えて帰る役割をやって欲しい。ロックが言いたい事はこういうことだよ」

 ルネは近くで姿勢よく座ってるロック見て素直に答える。

「分かったです。でも直ぐに歩くです」


 セイとルネの話しが終わると、こんどはギーが勢いよく手を上げてセイに尋ねる。

「僕は?」

『テンションが上がって疲労が見えてないのか、それともリアカーは実質俺とロックで動かしていたのか……。ルー姉だけでいい……』

 セイは少し考えてからギーに答えた。

「今までどおりに頼むよ。だけど自分が最後までみんなのペースを乱すことがないような状態にあるかどうか、自分で自分に聞いて自分で答えを出してくれ」

「分かった!」


 ぶっきらぼうにロックは言葉を放つ。

「俺、そんなこと言ってねーけど?」

 セイはガクッと首を落とす。

「ロック、頼むからそういうことにしといてくれ」


 ルネは立ち上がり、少し離れた所で水筒の水をタオルのような布にかけてオシボリを作り、自らの顔を拭いた。数本のモカブラウンの髪の毛が額に張り付く。

 ルネはオシボリをたたみ直してロックに差し出す。

「ロック、次の30分だけお願いするです」

 わしゃわしゃと顔を拭いてロックはルネに答える。

「俺に頼んでもリアカーを引いてるのはほとんどセイ兄だぞ?。俺とギーは坂道くらいしか押してねーよ」

 ロックはお絞り広げて角と角を合わせてたたみ直してセイにわたした。

「だったら増えた分は頼むぞ」

「水が減って昼飯がなくなってんだから、そんなに増えねーだろ?」

『くっ。こいつ、頭もよくなってきてる』

 セイは少しは離れた所に座っているキユキを一瞥した。


 ルネがロックを見たあとに、声のトーンを上げてセイに尋ねる。

「そうなのですか?」

「あ、ああ。ロックとギーは帰りにも押してもらうからな。少し手加減している」

 平然とロックが締めくくる。

「って事だ。セリアも寝てるし、よゆーだろ?」

 セイは視線を落として心中を整える。

『テンションが上がってたのは俺も同じか……』


 ギーが暇をもてあまして口を挟む。

「お水は海の近くの川で汲むんだよね?」

「そうだな。晩飯前と帰りの出発前だ」

 セイはオシボリをギーに渡して、ギーはオシボリに顔を埋めてプルプルと首を振った。

 ルネはスヤスヤと眠り力を蓄えているセリアを見る。

「私も出発まで寝るです」

 ギーが真似をするように続く。

「僕も眠るー」

 セイはお絞りをギーから取り返し、広げてリアカーの引き手に干した。

「ロック、ちょっとここを頼む」

「ああ」



 セイは立ち上がって、また別の木陰で休んでいるミフィとキユキの元へ向かった。

 メイがキユキの膝の上で寝ているので、セイを迎えるキユキの声は静かだった。

「ルネちゃんはいけそう?」

「多分、大丈夫です。最悪ここから海までずっとリアカーの上にいても問題ないくらい俺達に余力はあります」


 ミフィが一言はさみ、セイと二人で語らう。

「ルネの消耗は海の前からね。アキットのこと心配してたから。疲労の原因は体より心の方よ」

「それは持ち直したと思う」

「なら大丈夫ね」

「ああ。問題ない」


 キユキは二人の即決に疑問を呈す。

「何かあったの?」

「ロックが上手いこと捌いてくれました」

「っていうと?」

「自分は全然疲れてないから、あと一人とか二人とかリアカーに乗っても大丈夫って」

「ああ、ロック君もギー君もときどき手を離してから」

「……」

 セイが少し眉間に皺を寄せて瞳を閉じて口を結んでいたので、キユキがフォローする。

「あっ、一応私には聞いてきたのよ?」

「そんな事話してましたか?」

「ううん。話しては無い。身振りだけだったから」 

「そうですか……」

「手伝うように言おうか迷ったんだけど、セイ君一人でもどんどん進んで行くし、振り返ったミフィちゃんも特に何も言わなかったから……」


 ミフィがニヤリとしてセイに絡む。

「そういう事。真剣に前みて押してたのはお兄ちゃんだけよ」

「後ろも見たぞ」

「坂道の前ね。そのときはロックとギーも押してから」

「なんだよ。見えてなかったのは俺だけか?」

「そうね。前を見すぎ。私を見すぎ」

「前にいるから見えるだろ?」

「どこを見てたのよ」

「それとなく、全体的にだよ」

 ミフィが首を傾げて下からセイを除きこむ。

「暑さ対策にスカートを短くしたのは良くなかった?」

 セイは斜め上へ視線を逃がす。

「俺に聞くなよ。それに全体的にって言っただろ? パノラマだ。カリナとクロエとヒースとラルフとルネとセリアも見ていたし、路面もみて小石とかかわしてた」

「ふふん。よろしい。そこまでで十分。ありがと」

「ったく、ためすなよ」

「聞きたかっただけだよ?」


 キユキが軽く閉じた手を口の前に置き、ふふ、と軽く微笑む。


 セイは肩の力を抜いてミフィを見る。

「はあ。で、どうするんだ? 今日の指揮はミフィだろ?」

 ミフィは笑みを携えキユキを見る。

「継続、で、いいよね?」

 キユキは視線を動かして皆を見てから口を開く。

「そうね。ギー君とルネちゃんの立場が変わっただけで、まだ余力もあるなら帰る意味はないかな」


「わかっ……分かりました。それじゃあ俺は戻ります」

 ミフィは少し上ずった声でセイを呼び止める。

「あっ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

 ミフィは片手をバッグに突っ込み、細長い水筒を取り出してセイに投げわたした。

「私の秘密兵器。ラズベリーオゥレ。一人分しかないから、起きたらルネに黙って渡して」

「俺達より早く起きてたのか?」

「まあね。あとこれ」

 ミフィは再び片手をバッグに突っ込み、細長い水筒を取り出してセイに投げわたした。

「まだあるのか?」

 キャッチしたセイの両手が水筒で埋まる。

「桃と天然水。甘さ控えめ。お兄ちゃんが飲んで」

「いいのか? 俺で」

「いいの。帰る事になったらお兄ちゃんが要よ。今はリラックスして」

「わかった」


 セイはルネが寝ている横に水筒を一つそっと置いた。すると近くのリアカーで上半身を起こしていたアキットと目が合う。

「セイお兄ちゃんも疲れてる?」

「いや、大丈夫」

「歩こうって思ってた……」

「乗ってればいいよ」

「うん」

「……。平気か?」

「うん。ミフィお姉ちゃんと準備して来たから」

「そうか」

 アキットは両手に抱えていた水筒を少し持ち上げる。

「お水飲む?」

「いや、大丈夫」

 セイは少しアキットに微笑んで継ぎ足した。

「まだ眠れそうか?」

「うん、もう少し寝るね」

 アキットがそう言うとリアカーの荷台に寝転び瞳を閉じる。


 今だ麻のラグの上にちょこんと座っていたロックがセイに尋ねる。

「俺も寝ていい?」

「ああ、助かったよ」

 ロックはバタリとラグの上に倒れた。

「すぅぅ……」

『寝るの早すぎだろ。どこまで器用なんだよ……』

 セイは最速の入眠を決めるロックに対して疑うよに目を細めた。

 それからセイは皆が視界に入るように、木陰のなかで少し冷たくなっている岩の上に一人で座った。


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