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イグニション前の速度より  作者: 紀
【夏の章】
40/82

テープカットパレード

 モートポレスト公国は夏の盛りであり、セイ達が暮らすクォーサイドタウンにも同様に夏の日差しが降り注ぐ。

 この時期公国全土は休暇に入り、孤児院の皆はかねての計画通りに海に行く日を迎えた。

 計画の主柱は四女のアキットの海ガメの観察だが、キユキの提案により孤児院の皆を連れて海へ行く事自体が目的に含まれた。


 計画は〝保護役〟のキユキと長女ミフィ、そして、海への遠征の最大の目的であるアキット加えて進められた。

 特にミフィとアキットは三年前と異なり、事前の情報収集にも足を動かした。

 釣りのために海まで行く村人から経路として使う道に障害物がない事や、リアカーの車輪を通せる程度に凹凸がすくない事を確認した。林業に従事している村人から熊などの危険な鳥獣の出没報告がない事も確認した。

 体調不慮が一人以上出たらキユキが光術で担いで帰り、その時は直ちに全員で孤児院へ帰る事。このあたりも事前に打ち合わせた。


 そして当日の朝。

 ギシ。バサ。パタ。

 四男のギーがベットで体を起こして、静かに時計を確認し横になる。

 ギシ。バサ。パタ。

 三男のロックが続く。


 小声で次男のヒースが三男のロックと四男のギーを咎める。

「おい、兄貴がまだ寝てんだから静かにしろよ」

「はーい」

「へーい」


『我慢か……』

 長男のセイは寝たふりを続けた。


 5時。男子年長組は一斉に起床。タオルケットのような布団はバタ足でベットの端へと追いやられてから、習慣の元に即座に整えられる。


 ロックとギーは即座に廊下に飛び出して窓を開け、朝焼けのオレンジ色と水色がせめぎあう空をを見上げる。

「これ、晴れすぎじゃね?」

「うん。凄いね」


 ヒースは壁にかけてある自身のロングボウの方へ向かい、装備の状態を確認する。


『いつもと同じだし、多分それは使わない』

 セイは少し笑い、ヒースに一言伝える。


セイは普段と変わらず着替えを済ましてヒースに一言伝える。

「じゃあ、後は頼む」

「ああ」

 ロックの耳が二人の兄の短い会話を聞き逃さず、正気を取り戻して部屋に戻り支度を始めギーも見習う。


 セイは孤児院の食堂を通り抜け、厨房まで進む。

 〝保護役〟のキユキの朝は更に早く、既に弁当を仕上げて朝食を準備していた。

「おはよう、セイ君、もうちょっと待ってね」

「いえ、手伝います」

「そう? ありがとう。じゃあサラダをお願いね」

「わかりました」

 

 セイはまるっと一つあるレタスを竹のザルに載せて、流水を浴びせながらレタスをちぎりながら洗う。

『これもか』

 セイはキユキが作る一般的なサラダを思い、レタスの側にあるニンジンにも流水を浴びせてから包丁を手に取る。円錐のような形のニンジンは横に三等分され、包丁で薄く桂むき。ニンジンは巻物をのばしたような薄く伸びた状態に形を変えて行く。

 ニンジンを剥くように動くセイの包丁捌きは太いニンジンに対しては冴えていた。しかし、ニンジンが細く小さくなっていくについれてセイの包丁捌きは鈍くなっていく。

 セイは頃合ころあいをみて細く小さくなったニンジンに包丁を通すの止め生で食べた。

 そして、薄く桂剥きされたニンジンはまな板の上で千切りされ、糸のように細いサラダ用のニンジンの千切りを完成させる。

 

 キユキは、海への遠征用の食材を作業台で点検しつつ、包丁を動かすセイを見て少し早口で伝える。

「あれ? セイ君、器用ね。私より上手いんじゃない?」

 セイもハキハキと短く答える。

「単純に慣れですね。俺達は刃物も使いますから」

「ふふ。じゃあ、いいお兄ちゃんだったのね」


 キユキは、直ぐに食材の点検に戻り、セイはちぎりレタスと千切りのニンジンの小皿に分けてから、ハムを少しみじん切りにした。


 セイは墨火で温められているスープを横の火のないコンロにかわして、フライパンを載せてから先ほどのハムを炒めサラダの上に掛けた。

 サラダ一皿を一度フライパンにかけて野菜炒めにした。これはレオの分となる。

 

 キユキは海へと持って行く食料の数に間違いがない事を把握してから、食堂の天井に貼り付けられた紙の術印を見る。

「ここは不思議な所ね。もしかしてセイ君が……なのかしら?」

「何ですかそれ? ミフィの方がよっぽどイカれてるでしょ?」

「でも、アキットちゃんが呼んだのはセイ君でしょう?」

「ミフィが側にいる事がから、気を使って呼んだだけだと思いますけど……」

「そういう所も少し不思議な所なんだけど……。ああ、ついでにフレンチトーストもお願いしていい?」

「はい。大丈夫ですよ」

 キユキはセイにそう言って厨房をあとにし年少組の部屋へと向かった。


 セイは下ごしらえが済んでいる人数分のフレンチトーストを焼き上げて、スープをカップに注ぐ。

 キユキが年少組を引き連れて帰ってきて、それに続くように全員が食堂に集まり朝食を手早く済ませた。


 セイはいったん年長組の部屋へ戻り、背中に剣を一本背負い、一日分の着替えやコンパスや地図や水着などを放りこんだ肩掛けのリュックを持って、孤児院の玄関から庭に出て、別棟となっている倉庫に向かう。

 セイが倉庫の扉を開き、三台並んでいるリアカーに明け方の薄明かりが当たる。

 その内の一台はセミダブルベット程度の大きさがある孤児院の最大積載量を誇るリアカーであり、荷台には既に昨日の内に積んでおいたキャンプ用品なども乗っている。

 セイはリュックを荷台に積み、そしてリアカーを引いて孤児院の玄関の近くに横付けした。


 長女のミフィも朝食後に年長女組の女子部屋にいちど戻ると、直ぐに庭先に出てきてバックをリアカーに積んだ。バックから地図とコンパスと時計を出して必要な地形が見えるように地図を畳み直す。

「表情硬いね。緊張してるの」

「少しな。相手が相手だ」

「まだ怖いの?。あのカメ」

「ミフィの適応力の方がおかしいんだよ。あのデカさは何かの間違いだろ」

「慣れればかわいいものでしょ?」

「いつ慣れたんだよ?」

「頭の中で」

 セイは息を吸い込むだけ吸い込んで、静かに吐いた。

 ミフィが微笑みグーを作ってセイの前に差し出す。

「大丈夫。帰りのリアカーはヒースが引くから」

 セイがミフィのグーに拳を合わせる。

「体の方は大丈夫なんだけどな」


 キユキが年少組の幼子達全員にリュックを背負わせて庭先に出てくる。セイとミフィがリュックをはずしてリアカーの荷台に載せる。

 キユキは海への遠征の計画に参加していなかったセイに告げる。

「みんなの膨らむ思いが形になったというか……。これでも結構へらしたんだけど」

 キユキの眉尻は少し斜めに下がっていたが、苦笑というよりかは笑顔が勝っていた。

 年少組のリュックはどれもパンパンで、端からぬいぐるみの手、らしくない洋服の裾、木剣の柄やスコップが見え隠れしている。

 セイが穏やかにキユキに答える。

「いえ、大丈夫です」


 ミフィがパチリと両目で瞬きをしつつ無言でセイの顔を見るが、セイの視線はキユキに送られたままであった。


「それじゃあ、二人ともここはお願いね」

 キユキは再びセイの答えを聞かずに孤児院の中に戻って行った。


 次女のカリナが四女のアキットと共に玄関から庭先に出てきた。

 二人ともセイとミフィに目もくれず、リアカーの荷台へ向かう。

 カリナの両手にはそれぞれ革製のバックと紙の束を包んだ風呂敷のような布がぶら下がっていた。

 アキットの両手もふさがっており、自身の着替えなど入れたカバンと、四角いカバンを持っていた。

 二人はリアカーに荷物を詰め込み、アキットは四角い茶色の革のカバンを開く。

 カバンの中にはコンテ――デッサンの用の鉛筆のようなもの――とナイフと万年筆とクリップボードの役割の板などが入っており、位置はケースやバンドで固定されている。数も必要以上に用意されている。

 カリナがアキットを見下ろして尋ねる。

「大丈夫ね?」

「うん」

 カリナとアキットは二人で中身の最終確認をしてカバンを閉じる。

 カリナが無表情に尋ねる。

「バインダーはいいの? 海洋生物図録の?」

「大丈夫。全部覚えてるから」 

「そう」

 カリナはアキットに微笑んだが、アキットから笑みはこぼえれず、カリナに視線を返して、そして自身が使い込んでいるスケッチセットが収まっているカバンを見た。


 残りの年長組であるヒース、ルネ、ロック、ギーは朝食の片付けをして、次にキユキが用意した野菜などの食材と弁当、水筒、小さめの貯水タンクを厨房からリアカーの荷台へと移動させて、自分の荷物を積んだ。


 ヒースは弓と矢筒も持ってきており、今一度、弓を胸の前に持ち上げてセイに尋ねる。

「兄貴、これで熊に勝てると思うか?」

「いや、無理だろ。知らないけど。会った事ないし……」

 セイはロックにも剣を持たせるか悩んだが、戦力や責任感の育成より帯剣の負担の方が多いと判断して事前に止めた。そもそも剣は必要無いと推測もしている。


 最後にキユキが孤児院の玄関から庭先に出てきて、自身の荷物と杖をそっと荷台に乗せた。

 それとなくロックが孤児院の玄関の扉を閉める。


 孤児院の皆が庭先にそろい、セイがアキットを抱き上げる。

「え?」

「アキットはここな」

 セイはアキットをリアカーにちょこんと乗せて、自身はリアカーの荷台と引き手の間に納まった。

 ミフィが三歳のレオを抱き上げて、リアカー座るアキットの側に下ろした。

「レオを頼むわよ」

 ミフィは微笑んでレオを抱き上げてアキットの側に座らせ、アキットは即座に頷いた。

「うん。分かった」



 ヒースの側にラルフがいて、同じようにルネの側にセリア、カリナの側にクロエがいる。セイが引くリアカーの後ろにはロックとギーが控えており、その後ろにキユキとメイがいる。


 隊列の完成を見てミフィが皆の前に数歩進み出て振り返り、声を高らかに伝える。

「いい? みんな。歩きやすいように手は離してもいいけど目は離さないでね。人の目は思ったより見えないわよ」

 三女のルネが尋ねる。

「なんでそんな事わかるですか?」

 三男のロックが不思議そうに答える。

「なんでそんな事がわからないんだ?」

 ルネはロックとミフィを見た後に、頭上にイガイガがあるかのような表情で空を見る。


 セイは軽く二度頷きルネに穏やかに告げる。

「ルネ、気持ちは分かるけど、考えるのは帰ってからな」

 ルネがハッとして

「分かったです」

頷きセイに答える。


 ミフィは、ふふん、と微笑んでから、号令をかける。

「みんな注意してねって事ね。それじゃあ改めて、シュッパーツ」

「おー!」

 孤児院の皆も答えたが、走り出す者はいない。

 ミフィがいつもより半歩短い歩幅で歩き出し、首筋までの金色のうしろ髪を右と左にリズムよく揺らし、隊列は先頭のほうから動き出す。



 年少組の幼子達は海について遊ぶ元気を残しておく事ようにキユキから言い聞かされている。 

 ミフィに続くヒースやカリナ達は年長組として、セットになっている幼子達の具合を良く見て、疲れ果てる前にリアカーに乗るように誘導する事をミフィから伝えられている。

 年長組とキユキは最後まで歩く計算だが、年長組の最年少となる8歳のギーはリアカーに乗せる事も考慮する。

 年長組の誰かが疲れたら無理せず休む。

 このような算段もミフィ達が事前に打ち合わせた計画で決定している。


 まだ動いていない後方のキユキが、緑の山際からの朝日を浴びている孤児院を仰いで、そして足元に控えるメイと視線をあわせるためにしゃがみ、長い金髪をひざの上に落とす。

「一緒に〝行ってきます〟っていおっか?」

「うん」

 キユキとメイは二人とも孤児院へ

「行ってきまーす」

といい微笑み合う。


 隊列の先頭の方には聞こえなかったが、近くにいたロックが不思議そうキユキに問う。

「誰もいねーよ?」

「孤児院があるでしょ? 無事に帰ってくるためのおまじない」

ロックは、ふーん、と答えてぶっきらぼうに孤児院に向けて声をかける。

「じゃあ行って来まーす」


 このやり取りを聞いていたギーも孤児院を見て

「行って来るね」

と孤児院へ言葉を投げかける。

 アキットはレオの手を取り

「バイバーイ」

と一緒に孤児院へ手を振り笑顔を送った。

 セイは少しニヤつくように口を結んでから

「行くか」

と芯を込めて言い、前方を見てリアカーを押し出した。


 時刻は6時、海へは13時の到着予定である。休憩は1時間ごとに。ミフィが時を刻む。


 上り行く夏の太陽に雲が掛かることは無かったが、大地の植生は豊かで光を吸収し、地面からの照り返しを防いでいる。日のもとで動くと存分に汗が出でるが、樹木の日陰に留まり休むとそれは引く。緑に守られた大地に夏の厳しさと優しさが介在する。


 皆の足は動きリアカーの車輪もクルクル回る。その足音と車輪と大地が作るジャリジャリという音にミンミンゼミの鳴き声がかぶさる。

 休憩に入ると皆は水でゴクゴク喉を潤し、アリより小さな岩塩の粒を舐めた。


 ミフィは振り返るたびに皆の顔に浮かぶ笑みの深さを注視した。

 アキットはリアカーを揺りかごにしレオと時折、眠りに落ちた。

 セイはリアカーを後ろから押しているロックとギーの静けさの理由を知り、ニンマリとしてから手の甲で目に入る汗をはじいた。


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