送霊光矢
今、セイ達が暮すクォーサイドタウンでは陽が沈み、空には闇が訪れている。キユキと孤児院で暮らす13人の少年少女達は、孤児院の外へと足を踏み出し、続けざまに村の南門へと向かっている。彼らだけではなく村人全員も同様だ。
路地の暗闇を避けるために、幾人かの女性〝ドロワー〟は自身の太ももに身体に刻んだ術印や、旦那の背中に刻んだ術印を、衣類越しではあるが点灯して、夜道にポツリポツリと明りを灯して歩いている。空に消え入る光に行き場所はない。地面や家屋の壁面に光が反射している。遠くには点のように小さく、近くになるにつれて円形の光だ。
公国の夏の暦に訪れる冥霊送月は、死者の冥福を祈る日だ。日中は国内の墓前に赴き、日没後には公国の南に位置する防衛線の方角に矢を放つことで、戦いの最中に命を落とした者達の魂を鎮める。
クウォーサイドタウンの村人、183人は思い思いに弓と矢を携えて村の南門付近に集まっている。おのおの祈りを捧げる死者の数だけ夜空に矢を放つのだ。矢じりには紙が巻きついており、紙の端には術印が描かれている。〝光矢〟と呼ばれ、霊界に祈りを送る光の矢だ。
セイ達の孤児院は、記憶にある亡き〝保護役〟兼〝指導役〟の数と等しい十一本の矢を放つ事となっている。
ミフィは自分の点灯は夜に映えないとの事を理由に、今年から次女のカリナに点灯を任せることにした。射手も今年からセイではなく次男のヒースが担う。二人にとって世代交代のつもりだったが、今年はロックが一本射たせてくれと頼んでいたので、ヒースは射ち始めをロックに譲る。
孤児院の皆も村人も全員が南門に着き、セイとヒースは脇に抱えて運んできた毛皮のラグを大地に二枚広げた。
ロックがその毛皮ラグの一方に、矢じりに紙の術印が括られた矢を十一本並べ、カリナが残りのラグの前に立ったまま備える。
二十時になり、村長の夫人が、大地に広げた1メートル四方の布に描かれた術印を点灯させ、光りを立ち上げる。
広大な夜の空間の中では、直径1メートルの術印を用意しても、昼間のように明るい点灯には遠く及ばず、夜の闇が覆いかぶさっている。
しかし灯して照らす光の波長は、開始の合図には十分であり、それを見た村人の女性達は矢じり術印を次々に点灯させ、男性がその矢を拾い上げて夜空に放ち始めた。
カリナも村長夫人が灯した光を見て、両膝をラグの上について、胸の前で手を組んだ。
瞳を閉じて9秒。カリナの心の中には自身の月夜の風景画の術印が描かれ、想起を完了する。瞳を開けて9秒。カリナの頭から、矢じりの紙の術印へと光の線が伸びて繋がり、接合を完了する。
矢じりに括られた紙の術印は、結び目が作るしわで歪んでいるが、カリナは組み上げた手を離さず精神操作を続けて、光の線と術印が接地した所から小さな光点を生み出し、その光点で紙の術印の上をなぞるように動かす。
〝点灯〟の精神操作に入ったカリナの黒き瞳が術印を見つめて9秒過ぎる。その間に光点は術印をなぞりきり、術印は明度を上げて白く光を灯し、点灯を完了させる。
ロックはカリナが作った白色の光矢を拾い上げ、力の限り六十度の角度で夏の夜空に向けて矢を射ち放った。
カリナは上空へと放たれ行く光の矢の軌道をつぶさに追いかけ、矢が頂点で失速すると達すると同時に消灯し、矢からは光を奪った。
孤児院の少年少女達は夜空へと伸び行く光の矢を見送った。
瞳を閉じ、瞳を開け、光の線を矢じりの術印につなぎ、そして点灯する。カリナが一本、また一本と矢じりの術印に光りを灯しては、今度はヒースが光の矢を拾い上げ、七十度に射ち上げる。
しかし、最後の一本を拾い上げたのはセイだった。
孤児院の皆はセイの様子に気がつき視線を送ったが、キユキの瞳だけは夜空を見上げたまま動く事が無かった。セイはヒースから弓を貰い矢を番え、両腕を下げ矢先を地面に向ける。
カリナが少し微笑み、9秒の〝想起〟で心の中に術印を描く。
南の夜空を見上げたままのキユキの輪郭が、他の村人が打ち上げた光の矢で僅かに浮かび上がり、闇に消えていく。遥か南方のアウストラル山脈を見たまま動かない。セイは南へ数歩み出てからキユキを振り返った。
カリナの9秒の〝接合〟が、セイの右手の矢じりに光の線を伸ばす。
セイの背中には、村人達が打ち上げる矢の光が降り注ぎ、表情が途切れるように正面に色濃い影を作る。キユキはセイの姿に気がつき、影の中にあるセイへと視線を送る。
カリナの14秒の〝点灯〟が矢じりの術印に光を灯す。
セイの番える矢の術印から白い光が溢れ、キユキとの間に光りが灯り、二人の視線は憂いのもとで静かに交差する。
セイはさらに数秒キユキを見つめてから、右下から流れるように視線を切って南の方角へ振り返り、弓を頭上から引き下ろし空に体を傾け七十度の角度で矢を放つ。




