クロック・ロック Dバート
1051年前という古の時代。ヒトとヒトとの争いの時代を終結に導いた背景には当然、光術という兵器があり、それに伴い、光術を扱う〝光術師″と呼ばれる人口の規模も膨れ上がっていたのだ。
モートポレストは国内平定後、大規模な光術師達の職務の喪失という問題が浮上していた。
光術の力は農林業や土木、建築業など意図も容易く終わらせる。そうであり、そうであるかぎり、豊かに静かにヒトとヒトが手を取り合って生きていければ、モートポレストは当初の目的は達成できたのかもしれない。
だが光術に関わったヒトのあらゆる志向性がそれを許さなかった。修練にかけた時間。強大な力を手にした過信。余暇をもてあました空想。時間とともに練りこまれた力が矛先を求めるのは、ある意味においてヒトとして当然の結果であった。
公国の力の矛先が向いたのは、南方の未開の地、〝アウストラル山脈〟である。
アルストラル山脈は、モートポレスト公国の南に位置する広大な山脈地帯だ。全長は東西において1000キロメートルを越え、南北においても3000キロメートルを越える過酷な大地である。
この山脈地帯、北側には無論モートポレスト公国の領地が広がっているのだが、南へ行くほど霊峰と称すべき山々が、積雪も垣間見せつつ、高高度の未開の地を築き上げている。
モートポレスト公国によるヒトという種族の平定というのは、地形に準じて考えれば、この南の大地を除いて、政府機関を一つにまとめたといえる。
モートポレストは南に位置するアウストラル山脈という未開の地を除いて、北と東と西を、海という大地の終わりまで制圧し、ヒトという種族間の争いの終結したのだった。
1051年前の当時においても〝アウストラル山脈は不毛の大地である〟というのは公国の公式な見解であった。しかしその実、アウストラル山脈は3000キロ南北のラインに対して、せいぜい北側100キロメートル程度までしか到達していなかった。
未開の地の解明は、平和な公国の大義名分となったのだ。あるいは、モートポレストは第二の夢を見たと言うべきかもかもしれない。山脈を超えた先の大地に、ヒトという種族を今以上に飛躍させる〝何か〟に焦がれて……。あるいは悪夢だったとしても……。
いずれにせよモートポレスト公国は公国は光術師による大規模な調査隊を結成して、残された未開の地であるアウスルラル山脈の調査――通称:南方山脈調査――に乗り出したのだ。
しかし、アウストラル山脈は、標高、天候、昼夜の寒暖差、尾根や谷の地形変化、紫外線、低気圧、低酸素、数えれば切りが無い過酷なストレス環境から、光術を使用しても調査の進捗は遅かった。
過酷かつ広大な山脈に対して、雪崩、噴火、食料、外界との隔絶。環境に加えて山脈特有の暴威も彼らに容赦がなかった。光術に慢心した心が測量技術を放棄していた由縁もある。
だが、光術師だけで結成された調査隊は広大な山脈の中腹に中継基地をいくつも築いて、ついには山頂を越え、そして山脈を越えた先の南の大地へ到達した。彼らはやりきったのだ。光術の力を頼りにアウストラル山脈を踏破した。
公国の南方山脈調査は調査は成功に終わったと思われた。悲願を達成し新たな平地を前に、彼らは安堵すると共に更なる躍進へと心を躍らせた。
しかし、事態は急変する。これからまた、別の血が流れることになるのだ。
モートポレスト公国はヒトとヒトの争いの終結から数年の内に、また騒乱の時代へと突入する。
山脈を超えた先の大地は〝ガルフ〟と呼ばれる種族の広大な縄張りであった。公国は即座にガルフとの交戦状態へと突入した。ヒトとガルフの間にある容姿と言語体系の著しい相違が、彼らに武力を選ばせた。ヒトには光術という圧倒的な兵器への過信があったし、ガルフもまた交戦的であった。2種族の衝突は避ける事ができなかった。
ガルフは間接の可動域が広く、4速歩行と2速歩行を自在に操り、通常の人間よりはるかに優れた身体能力をもち、群れで襲い掛かってくる。熊やゴリラを連想させる相貌で、2メートル50センチを超える体躯には緩慢な動作など微塵も無い。天恵を拝した四足は俊足と怪力を極めており、列を成してヒトに純粋な力を叩きつけてくる。
ガルフの攻勢は光術に引けをとらず凄まじく、血の気の多い光術師が声高に徹底抗戦を叫ぼうとも、衝突の結果はヒトにとって芳しくは無かった。
光術師の部隊は、アウストラル山脈という劣悪な補給経路もあいまり、徐々にもと来た山脈へと押し返されていった。
結果的に公国とガルフはアルストラル山脈の中央付近で均衡をとる事となる。
奇しくも両者は互いを滅するまで攻め切れなかったのだ。だが沈静化もしていない。この均衡は静的なものではなく、動的な均衡で、文字通り血で血を洗う戦いの継続で保たれている。降りかかる災禍は払わざる負えない。ヒトは再び〝光術〟という兵器をもって戦いの時代へと進んだのだ。
当初の目的であるアウストラル山脈の調査やその先に広がる大地の調査などは、当然、霞と消える。能天気に夢を見ている暇などもうない。公国は南から来るガルフの脅威をただただ〝押し留め続ける″という無益な戦いを続ける次第になった。
以降、公国はアウストラル山脈という東西に長く連なるこの均衡地域を防衛線と呼び、過酷な自然環境下で中継基地を奪い合いつつ、現在に至るまでガルフと戦闘を続けている。山脈から引けば、引いた分だけガルフは侵攻してくることから、この戦いは終りなき戦いの様相を呈している。
歴史を俯瞰すれば、モートポレストはヒトとヒトとの争いは終わらせた矢先に、ヒトという種族とガルフという種族の戦闘を始めたのだ。1051年前を境にヒトという種族は〝ガルフ〟と戦闘を続けるはめになり、今なおその時流に飲まれている。
ヒトとガルフの双方が、この戦闘で絶滅しない事に対して、公国の見解は多岐にわたる。
その中でも主流として受け入れられているのが、――ガルフは南方の更なる奥地で別の種族と対峙しているためヒトに十分な攻勢を仕掛けることができない――といったものだ。
――ガフル側の口減らしにヒトとの戦闘が利用されているのではないか?――などといった推測もある。が、事の真相を知るヒトはいない。




