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イグニション前の速度より  作者: 紀
【夏の章】
36/82

羅針盤に落ちた夜 Aパート

 セイの剣は、修練の名の下にキユキの杖とぶつかった。それは夏、海への遠征の計画の初期の段階に起った出来事だった。


 ミフィは計画の中心にいるため、ここ数日、セイは一人で夜の庭で修練をしている。次男のヒースは朝型であるし、次女のカリナはそれに付き合っている。それ以下の年齢の子供達は睡眠が優先される年齢だ。


 今日もセイが一人で剣を振っていると、ミフィが麻のラグと一枚の紙切れを片手に孤児院の玄関から出てくる。

「はい、おにいちゃん、とりあえずこれに目をとおして」


 セイは差し出された一枚の紙切れを受け取った。海の計画表だ。

 ミフィは石のベンチに麻のラグを広げて、中に包まれているマントを取り出した。マントを広げ、自ら首にスポットかぶり、それから首元の生地をクルクルと調節して、よだれかけの向きで身に付ける。

 ミフィの首から下はすっぽりマントの中に隠れ、正面から見たらミノムシのような形態になっている。

 

 セイはラグが敷かれた石のベンチに腰掛けると、ミフィはマントの術印を〝点灯〟して、計画表に目を通すセイのために術印を点灯する。闇夜の黒色点灯は光源としては今一だが、無いよりました。


 セイは当日の時刻などのスケジュールや必要とされる装備などに一通り目を通して口を開く。

「うん。分かった」

「あと、お兄ちゃん、相談なんだけど」

「何だ?。海の計画に俺は仲間はずれじゃなかったのか?」

「まあね。お兄ちゃんは今年で出兵だし、計画くらいはこっちでやろっかなって思ってたんだけど……」

「だけど?」

「アキットがね。来てほしいって」

「行くぞ。何処に行くんだ? 何処でも行くぞ。すぐ行くぞ」

「置き去りじゃない。それじゃあ。どこまで行く気よ」

「これは意気込みたいな、それだ」


「まあ、いいけど。取り合えず最後まで話しを聞いて」

「分かった。何だ?」

「夜の海。海ガメの観察に付き合ってほしいって」

「アキットから聞いてないな? 俺は嫌われてるのか?」

「そうね」

「マジか……」

「違うでしょ。だったら呼ぶわけないじゃない」

「だよな」


 恭悦至極。最愛の弟妹の一人に嫌われていない事を確認してセイは頬を持ち上げる。恵比須顔とまではいかないが地蔵顔。丸みをおびたにこやかな表情を浮かべる。


「すてきな笑顔。アキットも直接言えばいいのにね」

「アキットもヒースと同じ口か?」

「うん。わかりやすく気は使われてる」


 ミフィはマントを脱いだ。肘が上にあがり服の裾も少し持ち上がる。へそなどは見えない。下にも薄手の服をもう一枚着ている。セイがミフィにお辞儀をするように頭を下げて、ミフィはセイの首にマントを通した。


 ミフィが目に力を込めて話し始める。

「そろそろ真面目にしてね。話を進めるから。大事な所」

 セイも直に真剣な表情になる。

「わかった。俺が呼ばれた理由……。いや、違うか。俺が呼ばれるって事は、呼ばれない奴がいるって事だろ?」

「そう。大勢でいると海ガメが警戒して出てこないかもしれないんだって」

「前回、3人で行ったのは運がよかったのか……」

「続けるわよ。次ぎは、テントの位置は砂浜じゃなくて、少し奥まで行った雑木林にして」

「一応、聞くけど何でだ? 波の音聞いて寝るのが普段と違って、なんていうか、色々と大自然との調和とか恩恵とか、何かを引き込めるじゃないのか?」

「アキットの指示よ。海ガメが警戒して海にあがって来ないかもしれないんだって」

「警戒? やっぱり奴はそこまでつわものじゃなかったのか?」

「そうみたいよ。まあ、頭に入れといてって事。他にもその他諸々、計画表には書いてないけど、だいたい海ガメへ気配りしたアキットの指示って思ってくれればいいわ」

「やけに詳しいな」

「ええ。先月、隣町に行ったときに手に入れた海洋生物図録を肌身離さず持ち歩いて調べてる。付録のバインダー付きのやつ」

「あの、やたらと重たかったやつか」

「海ガメの事となるとあれくらい大きい奴じゃないと載ってないの。それでも紙面は少ししか割かれてないみたいだし」

「そうか。ただ、あの大きさでどんどん仕入れて行くなら、次回から牛舎を借りるかリアカーで行ったほうがいいんじゃないか?」

「アキットが一人で見つけてきたの。私の予定にあったちゃんと教えてた。次から気をつけるけど……いいでしょ? アキットのお願いなんだから」

「それはいいし、かまわない。ただ、もし欲しい二冊目があるなら、アキットは遠慮したかもしれないだろ?」

「うん。それは私の落ち度ね。気をつけるわ。どーこー言ってキユキさんの影響は大きいの。目を離してるわけじゃないんだけど、修練の習熟速度が変わって、零れて行く所もできてって所ね」

「いい意味でだろ?」

「うん」

「そうか……」

「それに、お兄ちゃんとヒースが馬鹿みたい〝薄い恋愛小説〟仕入れなければいいんでしょ。1分くらいでお昼ご飯食べて。ちょっと言ってくるって。バレバレよ」

「仕方ないだろ。あのタイミングでしか別行動取れないんだから。そにれ、あの日は年に2回の大型流通の月なんだよ。俺達はただでさえ田舎の出遅れ組みだ。多少は急ぐ」

「仕入れは任せたんじゃないの?」

「来年からって言っただろ。まあいい。話を進めよう」

「話を戻す気くらいはあるのね」

「ミフィがずらしたんだろ?」

 

少し眉をゆがめているセイにミフィは、ふふん♪、と笑みをこぼす。


「うん。お兄ちゃんの愛情調査。ちゃんと帰ってきてくれるかなって」

「あまり罠をはるなよ……」

「聞きたかっただけだよ?」

「……。まあいい。続きを頼む」


「うん。だから、前回みたい砂浜にテントを張って優雅に寝るっていうのはダメみたい。あと、私達は夜の暗闇で〝点灯〟も使わない」

「満月だから大丈夫だろ?」

「多分ね。でもこの辺の判断で光が必要なときにアキットとかルネは迷うかもしれないから」

「分かった。観察どころじゃない最悪のときは、自分で火をつける用意はしておくよ」


「で、海ガメを見るのはキユキさんとお兄ちゃんと私とアキット。これは他の子には秘密ね。女子の年長組は全員知ってるけど」

「好奇心でダダを捏ねられても困るって話だろ?」

「そう」

「それが、この計画表に海ガメ関連の事が割愛されている理由か」

「うん。いい調子ね。それで、男の子の方はどうする?」

「ヒースとロックは大丈夫だけど、ギーが怪しいな。悪意じゃなくて、ついって感じで口を滑らしそうな感じはある」

「そこは任せるわ」

「じゃあ、ロックまでだな。ギーを上手い事誘導するだろう」

「需要な注意事項は以上よ。何か増えたらそのとき伝えるし、最終的に事情を知ってるみんなで確認はとるわ」


ミフィは一息ついた。それから耳に響くミフィの声がセイに届く。

「最重要事項を最後に伝えるわね。海ガメの話は以降禁止」

「何が理由だ?」

「アキットは私にも分からないように振舞っている」

「ふむ……、つまり?」

「隠してるの。そう感じる。私が気がついた時には手遅れだった。多分、そんな感じ」

「理由は言わないって事か」

「そう。2回くらい聞いたの。何があったのって。でも、その度に点灯速度が落ちてる」

「何秒くらい?」

「秒におさまらないわね。1分と2分の間くらい。このままだと〝修練〟にも支障がでてる。点灯さえ失って自身を失わせたくは無いわ」

「聞いたこと無いけど、今まであったりはしたのか? カリナとかルネとか」

「無いわね」


「そうか、他は?」

「それでも、アキットは海に行こうとしているって事ね。一度も文句は言わない。だから、私はここに焦点をあててるの」

「なるほど。悪くない判断だと思う。あとは?」

「二年前くらいしかないわね」

「マジか……思い出しておくけど……」

「思い出せそう?」

「正直、色々インパクトがありすぎてアキットの事まで正確にっていうと……」

「素直でよろしいって話にはならないわね」

「悪い。できるだけやってみるよ」


 セイの語気はそこまで弱くなかったが、ミフィの語気がワントーン下がる。  

「ううん。いいの。ごめんなさい。またお兄ちゃんに頼ることになる。私も分かる範囲では思い出したんだけど……」

「分からない事は仕方ない。俺は今回もリアカーを引けばいいって事だろ?」

「うん。牛車も禁止。夜は静かに寝てくれると思うんだけど、牛の方にちょっかいかける生き物が出てくるかもしれないから。だからお兄ちゃんには一日中がんばってもらう事になると思う。私も手伝ったほうがいいと思うんだけど……」

「分かってるならそれでいい。ミフィがその手の負担を受ける必要は無い」

「うん。お願い。……。で、どう? 思い出した?」

「そこは待てよ。俺には喋りながら思い出すとか無理だから」


 セイとミフィは石造りのベンチに座る。そしてセイは少しづつ二年前を思い出す。


◆ ◆ ◆


 〝術印〟は〝光術〟の根源要素の一つで、構成要素は円と発動者の好きなモチーフだ。15センチ程度の円の中にモチーフが線画で描かれている。発動者の思い入れがあるモチーフを使わなければ、光術の発動は厳しいと考えられている。

・ミフィは猫

・カリナは月夜とジャスミンの風景画

・ルネはリボン


 女子は年長組に上がると、光術の修練のためにそれぞれモチーフを選んでいた。


 そして、二年前の春。7歳のアキットの光術の修練が始る。その最初の修練は無論、自身が使う術印のモチーフ探しだった。


 12歳のミフィは7歳のアキットの導き手として共にモチーフを探し始めた。

 ミフィはまずアキットに直観的に好きな物を尋ねた。アキットの好きなものは広く浅く、特別な一点物が特にないと理解した。


 そこでミフィとアキットの二人は少しの間、孤児院の図書室に篭った。二人はそこにある画集や図鑑など挿絵が入っている本を見てモチーフを探した。ミフィが自身の経験からモチーフ選定のために集めたものだ。と言っても個人の差配には限界がある。クォーサイドタウンの孤児院の図書室は都会の大型の孤児院と比べると、蔵書数にどうしても見劣る。二人は結局の所、本からモチーフを選ぶ事ができなかった。


 二人は村のありきたりな場所も、少しありきたりじゃない場所も散策した。広場、空き家、田畑、牧草地、牛舎、川、山、池……。時間を変え、場所を変え、時に留まり、ミフィとアキットの二人は無理がたたらない程度に根気強く歩き回った。


 時に二人は隣町までセイを引き連れて日帰りで足を伸ばすこともあった。

 書籍の流通所から何冊も新書を引き取りに行ったりもしたし、隣町の一般図書館にこもったりもした。書物の中には生物学上、カメ目に分類されていそうな絵は載っていたが、そのときのアキットは何ら反応はしなかった。


 隣町から村に帰る頃には夜は更けていたが、ミフィの紙の術印を点灯して21時くらいには帰って来た。セイはアキットをおぶって帰る事も多々あった。


 それでもアキットの〝術印〟のモチーフは決まらなかった。


 協力していたセイがミフィに尋ねる。

「そこそこ好きなモチーフじゃダメなのか」

 ミフィは激を飛ばずように声を荒げる。

「あたりまえでしょ! ふざけてるの!」

「落ち着けよ。ミフィが必死になって探しているのは分かってる。ただ、ムキになってないかって事と、最悪の可能性とか、その辺が気になっただけだ」

「うん。ごめん。修練の開始が遅れるのは分かってるんだけど、多分、ここは譲らないほうがいいって感じるの」


 ミフィと四女のアキットのモチーフ探しは春が過ぎ、夏の中盤に差しかかる。

 ここでミフィは一つの賭けに出る。

「お兄ちゃん、海に行けない?」

「行こう」

「大丈夫かな」

「今、大丈夫じゃない事が起ってるんだろ」

「うん」

「任せろ」


 当時の孤児院の子供達の顔ぶれは

 セイ  13歳

 ミフィ 12歳

 カリナ 11歳

 ヒース 10歳

 ルネ   9歳

 ロック  8歳

 アキット 7歳

 ギー   6歳

 セリア  4歳

 クロエとラルフ 3歳

であった。


 セイとミフィが懸念していたのは自身より幼い者達を孤児院に残して、一晩留守にする事、そして、泊りがけで行く未知の土地に向かう事であった。クォーサイドタウンから海は日帰りで行くに物理的にも遠いのだ。隣町と違ってテントや水、食料の携帯も視野に入れなければならない。全員で行かないのは、自分達を含んで面倒を見きれない可能性があるからだ。


 セイは当時の〝保護役〟に相談すると許可は降りた。嫌味な拒否もなければ、快い快諾もない。

「行きなさい」

という単調な答えが帰って来て、彼女はそれ以上は何も言わなかった。


 光術の影響で寿命が30年に縮まる公国において、キユキのように前向きに生きている者ばかりではない。防衛線でペアを失い、あるいは寿命で旦那を失い、またそれを幾度と無く経験した者の中には生きる気力を失っている者もいる。


 セイがキユキに伝えたとおり、クォーサイドタウンの孤児院において、保護役による少年少女の虐待といった非道な行いは何一つなかった。しかし、保護役の無関心に元付く振る舞いは、程度の違いがあれど、セイとミフィは十分に経験してきた。最低限、あるいは、咎められない程度に姑息にサボる保護役がクォーサイドタウンの保護役に就任した事は何度もあった。そのいずれにおいても、すぐに寿命を迎える事を知り、セイとミフィは特に恨みをもつような事も、その手の感情を育てる事もなかった。


 セイ13歳、ミフィ12歳。当時の二人は許可が下りただけましだと思っていた。


 それからセイは自身の指導役や、農業などで孤児院とかかわりの深い村人に頭を下げて、自分達の不在の報告と、万が一の時は弟妹達を助けて欲しい事を伝えた。そして、保護役を責めないでほしい事などを遠まわしに伝えた。

 つまり、穏便に、しかしながら、最悪の場合は孤児院の皆を助けてほしいと村人に頼んで、外堀を埋めた。村人は着かず離れず。特別な庇護を与えるわけではないが、セイが頭を下げれば無碍にはしない。数人の村人は事態を把握して承諾した。


 ミフィはカリナなどの年長組に一晩いなくなる事を告げて、ギーなどの年少組にその一晩を可能な限り誤魔化すように指示を出した。


 そして二人は地図を広げ、水の確保も目処に入れて目的地を河口付近の海とした。その他もろもろ計画を一通り練り上げた。



 そしてセイは海に出発する前の日にヒースを呼んだ。

「ヒース、ちょっと来い」

「なんだ、兄貴」


 セイはヒースをつれて倉庫に向かう。セイは倉庫に入ると、ロフトの部分に梯子をかける。二人はそこに登った。セイはロフトの隅にある、何一つものが入っていない空の本棚を指差した。


「お前、これずらせるか?」

「は?」


 セイは試しに、自分でその空の本棚を引っ張って横にずらした。本棚をずらすと、奥からもう一つ本棚が姿を現す。しかし、中身の本は背表紙しか見えない。背表紙がミリ単位であまりに薄く、少なくともヒースの目には冊子のようなものが大量に並んでいるようにしか見えなかった。


 それゆえ、ヒースの感心は、本棚のギミックに注がれた。

「ほーん、二重本棚か?」

「そうだ。重さは材質で調整した」

 セイは軽く空の本棚をポンポンと叩いた。本棚の一番下の段には不自然な木片が釘で打ち付けられている。


 セイは少しとぼけたような面で、さらにヒースに指示を出す。

「ヒース。とりあえず、ちょっと押して戻してみろ」


 ヒースは言われるがままに全体重を乗せて力を込めて本棚を押した。本棚は少しづつ動いて元の位置に戻った。それからヒースはセイの指示に従い、もう一度本棚をずらして二重本棚の奥にある本棚の姿をあらわにし。


 セイは本棚の前に立ち、一冊のメイドものの〝薄い恋愛小説〟を取り出し、ヒースに渡した。


「まあ、一日あけたくらいじゃ何もおきないと思うけど、暇ならこれでも読んどけよ」

「こ、これは……」


 ヒースが受けとったのは〝ホワイト・バニラ・オン・クッキー〟とタイトルがついた〝薄い恋愛小説〟だ。タイトルの下のイラストにはチュチュのような短いスカートのメイド服に身をつつんだ美少女が描かれている。うしろ姿から精一杯腰を捻って振り向き、ピースに親指を足した手のひらを顔の横に置き、ウィンクで星を飛ばしている。


「勇気があるならカリナにも薦めて見てくれ」

 ヒースは呆然としていたが、そこは働かない頭でもはっきりと理解する。

「いや、無理だろ……。どう考えても……」

「まあ、そうなるよな……」


 そして、ヒースは手元の〝薄い恋愛小説〟の表紙と本棚に整然と並ぶ背表紙を見比べる。瞳には困惑の色が交じり、声も震えていたが、ヒースはセイの方を見て再び口を開く。


「でも、兄貴……。この量は」

「何か問題があるか?」


 当時にして300冊強。それが立ち並ぶ本棚を横目に、セイはキリリとした声でヒースに伝えた。

 ヒースはゴクリと息を飲み込み、黙って首を横に振った。

「まあ、若年層には見つからないように注意してくれ。お前までだ」


 セイは真面目な顔で伝えて、それ以上何も口にする事無く、ヒースの肩に軽く手を乗せる。そしてすれ違うように離れていき梯子をサッサと降りて、振り返らずに倉庫を出て行った。


 ヒースは一旦メイドもの本棚に戻して、別の〝薄い恋愛小説〟を、あれやこれや表紙を見比べ吟味してから、別の一冊を手に取って安堵の息をもらし、本棚を閉じようと移動する。

 しかし、何か閃光のようなものが脳裏に去来し、今一度本棚を見る。

「……」

ヒースはセイが渡した〝薄い恋愛小説〟も手にして、二重本棚に蓋をした。



 翌日。


 酷暑ではないごくごく普通の夏の日、3人は海を目指して孤児院をあとにした。セイ13歳、ミフィ12歳、アキット7歳。三人は小型のリアカーに装備を詰め込み出発した。


 村を背に、少しづつ孤児院から離れていく。街道を進み振り返っても村が見えなくなる。 

 ミフィはセイが引くリアカーを後ろから押し始めた。

「いいぞ、押さなくて」

「うん」

 ミフィは離れない。

「いいぞ」

 二度の提言でミフィはセイの言わんとする事を理解し、自身の役割に身を投じた。


 ミフィは地図とコンパスと時計を見比べてペース配分をし、アキットに地図の見方などを教える。アキットは自然とミフィの後を追い、真似をして押していたリアカーから離れた。


 3人は、7歳のアキットのペースに合わせて進んだ。アキットはときどきリアカーに乗り込み笑みを零した。ときに木陰で休む。ミフィとアキットは汗を流したセイをタオルのような布で扇いだ。それは真剣なものというより、遊び相手を見つけてじゃれ付く猫のようなものだった。終止リアカーを引いていたがセイに疲れはそれほど無かった。


 二人はそれを確認し、余裕が残された状態で計画が進んでいる事に安堵していた。


 正午が近づくと昼食のための休憩をとったが、食事の内容はスイカだけだった。昼食はおろか、この遠征において3人の食事の中心はスイカにあった。火が無くても良い。調理の必要がない。保存が利く。この3点を満たして数が確保できたのがスイカだけだったのだ。


 簡素な食料であったが三人に笑みは絶えなかった。セイの疲労に厳しいものは無く、ミフィの位置情報に狂いは無かった。アキットも歩いたりリアカーの荷台に乗ったりして機嫌や体調を崩す事は無かった。


 三人は無事に海へと到着した。ブーツを脱いで駆け出そうとするが、砂の熱がそれを阻んだ。急いでブーツの上に乗り、軽く履き直して、できる限り海に近づいて、もう一度ブーツを脱いで渚に駆け出した。サンダルを忘れたわけではない。持って来る必要がある事を知らなかったのだ。夏の太陽光が照射された砂浜が熱いという事を知らなかったのだ。



◆ ◆ ◆


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