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イグニション前の速度より  作者: 紀
【夏の章】
34/82

対決。その前のロスト Bパート

次ぎの日の朝食時にロックがセイに尋ねた。

「セイ兄、今年は休みはどうするんだ?」

「修練くらいしかないだろ。隣町か……、いや、川にでも行くか?。泳ぐのも修練にいい……」

セイが答える途中でキユキが口を開く

「その日なんだけど、みんなで海に行こうと思っているの」

ミフィが次いで皆に指令を出す。

「そういう事。みんなで行きましょ」


 「うみ……」

と少し暗くなったのはアキットである。


 年少組はイメージが沸かず、うみ?、と静かである。


 しかし、かつて置いてきぼりを食らった記憶が強いロックとギーの歓声が上がる。

「キユキ姉、最高かぁ!」

「僕も行く!」


 ルネが一つ年上のヒースに訴える。

「海です。青らしいです」

「らしいな」


 ヒースが更に一つ年上のカリナに尋ねる。

「アキットのためか?」

「多分ね」


 ミフィは歓声の中でセイに伝える。

「セイも来てよ?」

「ああ。そりゃあな……」

 セイはガヤガヤと歓声を上げる皆の方をみた。


 

 朝食を終えて立ち去る前にキユキはセイに尋ねた。

「セイ君ちょっとキャンプ用具見ておきたいから、この後一緒に倉庫に行ってくれる?」

「あぁ、はい、わかりました」


 孤児院には年少組しか残っておらず、セイを除く年長組は夏野菜の収穫の手伝いに向かった。

 セイとキユキは朝食後、二人きりで孤児院の倉庫へ来た。


 倉庫は小さな物置とは違い、こじんまりとした一軒屋にも等しい敷地面積だ。一部屋かぎりだが、中二階のようなロフトの部分もあり、隅にある梯子で登れる仕組みなっているが、そのロフトの部分には空の棚があるだけだ。


 地面のほうには、まず大きさの異なるリアカーが3台ならんでいる。セイが孤児院で暮し始めた当初からあったものだ。


 壁に設けられた突起にはクワや、三つ葉、熊手といった柄の長い農具が掛けられており、それらは武器屋に飾られる剣のように収まっていた。これらもセイが暮し始めてから数に変わりはない。2メートル四方のテーブルには皿に小型のスコップや草刈窯などが、同一品を多く含み、並べられている。


 どの一つをとっても新品とはいい難いが、雑に扱われている印象はない。金属部分の土気は殆ど落ちているし、草木や作物の汁で錆びさせた形跡は感じない。この手の整備は、セイがかつて村人に注意されて以来、普段から目を光らせている所だ。


 窓はロフト付近にあるだけなので、屋内の光は、開け放たれた出入り口の扉からのものが強かった。


 セイが先に倉庫の中へと入っていった。

「えっと、これがテントで……」


 奥まった位置にあるテントに対して、腰をおってその一つを取り上げようとしたセイは、出入り口付近に立つキユキから声がかかる。


「ねぇ、セイ君、ミフィちゃんから提案書の話しを聞いたんだけど……」


 セイが背筋を伸ばして出入り口のほうをふりかえると、逆光の中に佇むきゆきの姿があった。せい


「そうですか。ヒースにはもう少し黙っててください」

「それは分かってるけど。ねえ、セイ君。私、余計な事をしたかしら」

「どうしてですか。俺は感謝してますよ」

「うん。でも、セイ君がもう一回出兵する必要はないと思う。防衛線で8年生き残れば、十分この孤児院やセリアちゃんを守った事になるんじゃない?」

「ああ。どうなんでしょう。うん。それは確かに説得力ありますね。でも、多分それじゃあ納得できないんで」

「私、セリアちゃんと同い年くらいの子で転居希望を探し始めたんだけど」

「それは無理があるはずです。6歳に決める事ができるわけないし、親が生きていたら許さない。死んでいたとしても生前の意思を無視するような事も、無視するような誘導も許されない。刑罰級の扱いです。だからこの孤児院には子供が集まらない」

「セイ君は知っているの? この孤児院の事?」

 

 セイはかつて隣町で一般の人に開放されている町立の図書館行き、そこで調べたり、取り寄せたりした論文や国土開拓の資料を思い出しながらキユキに伝えた。


「はい。この孤児院は人口が増加したときのための予備施設です。今は設備維持を名目に幾人かの子供達が送られてくる所で、それと、過疎地教育における成果と弊害を調査するために残っているものです。調査事態は研究者が不足して放置されている状態のはずです。その辺の事情があるから、親が行き先を決めずに防衛線で死んで、どの孤児院に送っても問題ない子供が集まっている所です。だから、無理はしないで下さい。俺は現状に満足してますから」


「でも、私はセイ君を行かせたくない。防衛線で生き残るのは大変な事なの。分かってる?」

「分かってるか分かって無いかって言ったら、それは知りません。俺達は防衛線に行くまで〝ガルフ〟と会う事はないですから。だから気にしないで下さいって言ったんです。それにもう決めた事です。セリアが一人で出兵する可能性が高いって事を含んで俺は決めましたから、その辺の事情は変わらないです」

「ミフィちゃんは納得してるの?」

「はい、してますよ」


 正面に影がおちているので、セイはキユキの細かな表情がわからないかった。おそらく普段の人柄は消えて、いや、残っているのかもしれない。眉をさげて厳しくも優しい、そんなキユキの張り詰めた表情がある。セイはその気配を感じた。


「ヒース君にしばらく黙ってて、ていうのはこれが本当の理由ね?」

「全部本当の理由です。一つ二つの理由で片付く事なんてほとんどないですから。それにヒースにも、いつかちゃんと話します」

「誰も責めないんじゃない? 帰ってきて此処に留まっても」

「そうかもしれないです。でも、未来の事は分からない。セリアの自意識が強くなって、自分の出兵が近づいてきたときに、対処するのはヒースとカリナくらいになると思うんです。俺はその問題を残して出兵したくはないんです。それがあるからミフィも納得してるんです」


「ヒース君はセイ君とミフィちゃんが一緒にいられるようにって最初に聞いてきたと思うの」

「一緒にいられるじゃないですか。防衛線で」

「でも、二人が最短で生きて帰ってきたら、7年近くここ一緒に暮らせる。一人きりじゃなくて……」

「ミフィで俺を釣るのは良くないんじゃないですか?」

「そういう意味で言ったんじゃないのに……」


 瞳が慣れてきたせいで、キユキが俯いたのが、影の動きからだけでなく、その表情からもセイはよく分かった。セイはキユキの姿を、あるいは姿から浮かんでくる感情を意識から消して、淡々と伝えた。


「すみません。俺はそこまで強くないから、そもそも防衛線で生き残れるかどうか自分で疑っていたくらいです。何か思うことがあるならミフィを強くして下さい。俺の生存率を上げるには、一年後に来るミフィの光術が必要ですから」


 キユキの影が動いたのは、彼女がまた顔をあげたからだ。セイは時に視線をキユキに投げかけて、ときに床へと外し、それが自然であることのように振舞った。


「そう。分かった。私は私で何か解決策を探すわ」

「それは止めて下さい。この孤児院には俺以外にも子供はいるんですから、その世話をして下さい。それは俺が最初に頼んだ事ですよ」


 キユキの語気に僅かに怒りが交じる。

「私からみればセイ君も子供よ」


 考えるまでもなく、セイはため息を一つついて伝えた。

「ロックからも姉さんって呼ばれてるみたいですけど」


 キユキの顔付きが変わったのを、採光環境になれたセイの瞳が、始終捉えた。無表情に近いが、険しさがキユキの表情から滲んでいた。眉間に皺などはないが両目の奥からキッと射抜くようにセイを見ていた。


 波風がない強固な心中を維持できているわけではないが、セイにとってキユキの反応は、おおよそ予想通りであったから、予定通りの本心を伝える。


「からかうつもりはないんです。年少組の奴らとも、他の奴らとも、それにあのロックとも上手くやってるみたいじゃないですか。俺が頼みたいのはそういう事です」

「今話してるのはセイ君の事よ」

「じゃあ、これが俺からの質問で説得です。カリナとヒースが特別な理由は分かりますか?」


 キユキは右下を見て考え始めた。俯き加減で床をみつめ、今度は眉間に皺がよる。しばらくして、思慮の時間が自身の無能を露呈していると感じ、諦めたように口に開く。


「それは、二人がセイ君達に一番歳が近い妹と弟で……」

 セイの吸い込むような瞳がキユキを捉え続ける。

「違うのね」

 キユキの険しい表情には陰りがさす。しかし、キユキは視線をセイから外すことはなかった。


 セイはやはり感情を捨ててきたように、淡々とキユキに告げた。


「いえ、それも無いと言えば嘘になります。でもあの二人が俺達にとっては、別の意味で少し特別なんです。あの二人からなんです。兄も、姉も、弟も、妹もいるのは。この言葉をつけるのは嫌なんですけど……、この孤児院の〝義理〟の兄弟を始めたのは俺とミフィだけど、俺には兄と姉が、ミフィには姉がいません。俺とミフィはこの孤児院の全部の姿を知らないんです。でもあの二人は知っている。だから、俺は心の底から、あの二人には生きて此処に帰ってきて欲しいって思ってます。あの提案書の制度は二人に生存率の高い希望ペアリングまで出来るようにしてくれるものです。俺は二人が提案書の制度を使うときに問題を残しておきたくないんです。俺は今のこの孤児院が好きで、出来れば今の感じが残って欲しいっていうのが俺の希望で、その代表がヒースとカリナなんです。そのために、もう一回出兵するっていうのが俺の結論で、俺の思うと所は、大体こんな感じです」

「セイ君が考えてる事は分かった。でも……」


 俯くキユキ対して、セイは語気を和らげた。


「もう止めませんか? いつまでたっても平行線です。俺は納得してますから」


 キユキ一旦止まったが無表情に淡々と口を回す。


「セイ君が生き残らないとセリアちゃんとのペアリングは無かった事になるわよね」

「まあ、そうですけど」

「だったら、今から私が修練つけてあげる」

「は?」

「だから、私が修練つけてあげるって言ってるの」

「キユキさんがライティング・ドロワーだってのは分かってますけど、流石に……」


 セイは語気を平坦なモノに戻して伝えて、テントを倉庫の奥まった所から、手前の広いところに動かし始めた。


「疑ってるのね。私、テイカーの真似事もしていたから、少しは相手になると思うけど?」

「じゃあ、そこで懸垂してみてください」


 セイは倉庫のはりを指差した。

 梁はむき出しで倉庫の屋根などの建築構造の上部を支えている。

 セイはそれを懸垂をする鉄棒のように見立てて指差したのだった。


「ええ。いくわよ」

 キユキは梁に飛びついた。キユキは、うーん、と言いながら何とか二回懸垂をしてポトリと落ちて、ペタンと膝を崩してお姉さん座りになった。二回だけの動作といっても、ずいぶん長い間ぶらさがっていたためか、息も上がっている。


 セイが続いて梁に飛びつき、黙ってスイスイと三回だけ懸垂をしてそっと降りた。

「もういいですね?」

 セイは何事も無かったかのようにテントの移動を再開した。


 『くっ。……。でも』

 キユキは誘導されてしまったことに気が付いたが、それでも表を上げて立ち上がった。


 キユキがスカート越しに右太ももに刻んだ自術印を赤く光らせた。

「それじゃあこれでどう?」

 倉庫が少し赤く明るくなる。


 セイはキユキの方を見たが、二人の視線は交わらない。


「止めてください。寿命縮みますよ」

「少しくらいなら平気よ。今は点灯だけだし」

「そこまでしてする事ですか?」

「じゃあ一分くらいでどうかしら」

「一分で何が変わるんですか?」

「貴重な光術戦よ。使うのは私だけだけど」

「なら意味ないんじゃないですか」

「私の動きは見れるわよ」

「もうこの話は決着がついてるはずです。キユキさんが寿命を使う理由はないはずです」

「セイ君にも色々事情があるのは分かったつもり」

「ならやらないって言っている俺の言葉も察してください」

「でも私はセイ君とそこまで仲良しじゃないと思うんだけど?」

「つかず離れずでやってきたじゃないですか。俺は今年で出兵ですから、それくらいでいいんですよ」

「じゃあ、手合わせしない理由は何?」


「だから!!!」

とセイは怒声を響かせ、

「寿命が縮むって言ってるじゃないですか……」

と静かに伝えた。

 

 セイの視線は、ずっとキユキから外れていたが、キユキはセイを真っすぐ見つめたままだった。


「しつこかったわね。それについては謝るわ」

「いえ、そんなことは……ないです。すみません。声を上げて」


 それから直ぐにセイはキユキの横を通り過ぎて倉庫を後にした。


 『しくじったな。はぁ……あーあ……』

 セイはしばらく、ぼんやり地面をみつめて歩いて、意識的に冷静になろうとした。しかし、再び睨むような目つきになり、沸き上がる怒りの声を心の中で静かに呟いた。


『黙ってろよ』


 そして空を見上げて再び冷静になろうと勤めた。

『……。……。って話でもないよな……』


 セイは怒鳴り声を上げた場所に弟妹が居合わせていなかった事に胸を撫で下ろしていた。多分、キユキの性格からして今日の事を他の弟妹に伝えるような人柄ではないであろうとも感じていた。無様な姿をみせずにすんだのは幸いであったと、セイは前向きに考えなおして、先に農業に出ている年長組の元へ走って向かった。


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