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イグニション前の速度より  作者: 紀
【夏の章】
33/82

対決、その前の絶対防衛線 Aパート

 季節は流れて初夏である。山の木々は春に揃えた葉にメキメキと厚み加えて、色も薄い緑色から深いものへと変化し、ひときわ近い太陽光の恩恵を存分に浴びるに相応しい組織を形成している。

 

 修練部屋の窓はすべて開け放たれている。田舎であるため、室内の日陰にいやらしい熱気はなく十分に涼しい。ときおり通り抜ける風は半そでの下からわきをとおり体中を駈け抜けていく。寒さなど無く、いつまでも風を身にまといたくなるような心地よさがある。

 

 机の上に並べた紙の術印は、風で飛ばされない用に文鎮で押さえられている。

 ミフィは猫、カリナは満月、ルネはリボン、アキットはカメに良く似た木彫りの文鎮を使用している。それらは、それぞれの術印に描かれた線画のモチーフに良く似ていた。


 長女のミフィは立ったまま、机上の術印を前にして、光術の精神操作である〝想起そうき〟を終わらせて瞳を開ける。


 指導役のキユキがミフィに次ぎの光術の操作を指示する。 


「それじゃあ、リール式の〝接合せつごう〟、始めてくれる?」

「ええ」


 ミフィは胸から光の線を伸ばして机上の術印の一点と繋がり、歩き始めた。


 橋渡しされた光の線は黒い微光を携えている。


 ミフィが正面から術印と対峙していたとき、胸元から延びている黒い光の線は、まっすぐに術印と結びついていたが、ミフィが横を向くと、胸の数センチ先で、光の線は窮屈に曲がって術印との接続を維持していた。


 修練部屋の隅から隅までトコトコと歩くミフィに連れ添い、胸と術印をつないでいる光の線は、ミフィの胸からスルスルと伸びていく。ミフィの歩く向きによらず、まず胸の先からは真直ぐに光の線が伸びているが、ミフィが術印に対して背中をみせたり、相応に後ろ向きの立ち位置へと移動すると、光の線ははやり真直ぐ伸びた数センチ先で急に方向転換し、さらには再び胸を貫通して、背中の肩甲骨や背骨の中心あたりから伸びている光の線となった。


 障害物や遮蔽物を何ら破壊していないし、変形なども生じさせていない。

 それはある意味、接触する光の線自身にもいえることで、それは術印とつながるために、どこか次元を超越したようなものだった。


 ミフィは最後に修練部屋の壁の近くまで行くと立ち止まり、後ろ歩きで術印に近づいた。目視による確認がなくても光の線はミフィの移動に従って、スルスル胸の中に納まっていく。


 つづいてミフィはキユキの先を読んで、口を開く。

「これが、もうちょっと簡単な、お手本用のやつね」


 ミフィは一度消した光の線を、再び自身の胸から伸ばして術印へと接地させる。今度は術印から目を離さずに、最初から後ろ歩きでゆっくりゆっくり下がっていく。机上の術印を視界に納めて目を離さずに、ゆっくりとした後ろ歩きに合わせて光の線は伸ばしていく。

 やがて、ミフィは修練部屋の壁際にまでたどり着き、ゆっくり前向きで歩き始めて、机上の術印に近づき、光の線を胸にスルスルと胸にしまい込んでいく。机上の術印の目の前にまで来てミフィは光の線を消した。


 一部始終を見届けてキユキが微笑む。

「はい。ありがとう。それじゃあみんなもやってみて」


 キユキの指示で次女のカリナは想起を行い、続いて接合を始める。机のそばで頭から三本の白い光の線を伸ばして術印につなぎ、振りむいて歩き始める。壁際にくると、そこからは後ろ歩きで、再び術印に近づき、頭に光の線を収めていく。ミフィが行なった前者の実演と同じように、目視を捨て去り、想像上で術印と接合しつづけている。


 三女のルネは、少し遅れて想起と接合を完了し、リール式の初期段階の接合の操作に入る。目下の術印と自身の胸から伸びる光の線をつないで、そして、後ろ歩きで術印を視界に入れたまま距離をとりつつ、光の線を伸ばす。

 これはミフィがお手本と呼び実演した後者の接合の方法と同じだ。


 四女のアキットもミフィの実演の後者と同じ接合をしたが、歩いて下がる速度はルネより遅く、すり足に近いものだった。


 キユキはルネとアキットに歩行速度を上げるように指示して、光の線が途切れないギリギリの歩行速度を見出し、それぞれに合わせた歩行速度で横を歩く。

 キユキは、

「もうちょっと早くできるわね」

などとルネとアキットに指示し、

「それだと早すぎるわね」

などと口にする。

 そして、ルネの横を共に歩いたり、アキットの横で共にすり足をして、それぞれの修練に適した歩行速度を体に覚えこませる。


 カリナは一人、再び同じ修練をするために、壁際に立った。机上の術印とは十分に距離をとっている。彼女は想起を完了し、接合の白の光の線を伸ばして術印に着地させた。


 すると、ミフィが横から黒の光の線を伸ばして、その先端を使って、カリナの光の線を引っ掻き回した。


 ここでミフィやカリナが行なっている接合はリール式とはまた異なるエクステ式と呼ばれる接合で、自身をその場に留めて、光の線を自在に伸ばす接合だ。


 どちらの接合も精神との兼ね合いで集中力が途切れると光の線は消える。


 ミフィの黒い光の線の先端が、カリナの白い光の線を横切るように通り抜けたり、ペチペチといたぶるよに動かしても、カリナの光の線は途切れる事無く術印と結びついている。


 全く動じないカリナの白い光の線であるが、ミフィはまだ食ってかかるように動くから、カリナは三本の光の線の中ほどをクイっと横に曲げて、ミフィの光の線を空振りさせた。


 ミフィが得意げに口を開く。

「なかなかできるようになってきたわね」

 ミフィは光の線の先端をカリナの頭の上にまで持って行って撫でてやった。カリナの髪の毛は全く動いていない。光の線は術印を除くあらゆる実体と衝突しないのだろう。


 カリナが無表情にミフィに提言する。

「暇ならハエの観察でもしたら」


 ミフィは額に手をかざして窓の外の青い空をまぶしそうな笑顔で見た。

「うん。ハエもさがしやすい季節になったよね」

 ねっ、ともう一つビビッドに声を響かせミフィは修練部屋に留まったままだった。捕りに行こうとはしない。

 

 牛舎の近くで牛糞から堆肥を精製してるあばら家などに行けば、ハエなどは一発で見つかるのだが、嫌なものは嫌なのだろう。休日にセイと共に向かうときもあるが、ミフィの足取りは基本的に重い。


 10秒の点灯時間からは本人の自覚さえ厳しいコンマレベルの速度の上昇が求められる。ハエの観察も行なっているが、水平に近い成長曲線は時に目を背けたくなる現実でもある。

 

 ミフィはミフィなりに、意識的に精神的なバランスを取っているのだ。


 ミフィの光術は同年齢と比較するまでもなく、実戦で戦う最上位の〝ドロワー〟並みの習熟度である。修練での模範や指導のサポートが終わると、そこから先は自主的な修練以外、特にやる事がないのだが、キユキが真剣にルネとアキットを指導している上、カリナに撥ねられては行き場も失う。


 真面目に修練したり、光術の書物や論文を読み漁る事が多いのだが、継続のための心のゆとりを持つ事の大切さをミフィは自覚しており、そして、それを持つ事が許されている事も自覚している。


 しかしながら、ごく一握りの〝ドロワー〟のみが到達する光術の到達点、術印を即事に点灯に持ち込むという即事点灯は、ミフィの目下の目標である。


 キユキの指導が落ち着いたところで、ミフィはキユキに尋ねる。 

「ねぇキユキさんの点灯が早いのは描くんじゃなくて、一度に、こう、パッと存在させてるってことなの?」

「精神操作を早くやってるだけだから、パッっていうのとは違うかな。カリナちゃんが言ってた用に、流れが大切だと思うの。だから、きちんと想起そうきから考え直すこともした方がいいかな」

「ふ~ん、じゃ、想起そうきはどうするの?」


 ワントーン高いにしてルネが遮る。

「よく考えるです。ズルです。ダメです。ニシシ」

「ニシシじゃないの。いま大事な所よ。多分」

「どこがですか? ミフィお姉ちゃんは1秒以下で想起できてるですよ?」


 キユキは二人をみて、ふふふ、と小さく声を出して微笑む。

「じゃあ、ヒントだけ。想起は心に描く事なんだけど、これは心に術印を、さらに、術印の奥にある本当の姿を心に存在させるという事だっていうのは前に話しよね。ミフィちゃんくらい想起が早いと、もう、どちらでも同じなんだけど。でもいきなり存在させろっていうと難しいでしょ? だから描くという操作で、地道に少しづつ順を追って存在させているわけね」

 ミフィが続いて質問を投げる。

「だから何なの?」

「その時の気持ちが大切ってこと」

「気持ち、気持ち。……。ねえ、それって……、んー、そっか」


 ミフィの感触にルネが素直に疑問を持ち込む。

「なんですか?」

「よく考えてね、ルネ。前に教えたでしょ。人の話はそのまま聞いたらダメって。そうね。これは否定をつかって整理してみなさい」

 ルネはコクリと頷き表情を真剣なものに変えた。

「分かったです。ええっと、多分、ミフィお姉ちゃんの想起そうきが早いってのは否定できないです。描くという操作で存在に近づくも説得力があるです。これは否定できないです。……この辺がヒントだから……。想起って何ですか?」


 ミフィは三つの年下の妹の検討を拾い上げる。

「惜しいわね。〝気付き〟はいいわ。ま、今その話をしてるだけどね」

「でも、私は想起で出来てるです。でも、見直すようにとも言われました。想起は術印を心に描く事です」

「そうね。それが想起の精神操作ね」

「心に描くのに、気持ちはくっついてるんじゃないですか?。改めてその時の気持ちと言う事がおかしいです。否定するべきです」

「ほら、でてきたじゃない。疑惑が。あからさまにおかしいやつが。否定の中にも真実を探しなさいって言ったでしょ。折角作った疑惑まで否定したらダメなの」

「じゃあ、どういう事ですか? 私は想起は出来てるですよ? 想起の精神操作に気持ちはくっついてないですか?」

「どう思う。ここの判断はセンスよ」

「くっついているです。でも、意味がわからないです」


 ふふ、と短く軽やかに笑ってキユキがルネに補足する。

「いい? ルネちゃん。術印は光術の根源要素。大切な思い入れと共に使われるものよ」

「想起するのは術印ですから、思い入れは勝手にくっついているです」

「そうね。自動的に、とか、自然に、なんて言ってもいいかもしれないわね」

「それを考え直すですか?」

「どう? ミフィちゃん? 最終補足できそう?」


 うぅぅ、と顔を歪ませてミフィがキユキと議論する。

「だから、勝手にくっついてるものを見直すって事は、要するに自覚するって事でしょ。で、そうすると、結局二つの心の作用を使わないといけない。心に描くって精神操作と、心の中の気持ち。私達は術印があるから、この二つが一緒になって普段は意識しなくてもいい様には成っている。でも、〝想起〟や〝接合〟や〝点灯〟、それに、多分だけど、次ぎの〝点火〟と〝増減〟にも、いるんでしょ? 速度を上げるために心の中の気持っていうのが?」

「うん。で、想起の気持ちは?」

「ああ、もう、ねえ、こういう恥ずかしいやつはキユキさんが担当してよ!」


 最後にアキットが床を見て小さく呟いた。

「多分、好きってこと……」

 キユキがアキットに応じるように補足する。

「そうね。気に入ってるとか、愛してるなんかも、想起の気持ちとしては良くあるものかな。たまに違う人もいるんだけど、ひとそれぞれ、術印に応じた気持ちで想起の精神操作に入るの」


 キユキはミフィ達、全員に伝える。

「じゃあ私は年少組の子に文字を教えるから、点灯までの操作を繰り返してね。疲れたら術印の模写でもいいし、何か考えてみたりしてもいいから」

 そういうとキユキは年少組みのセリア、クロエ、ラルフと一緒に本を読んだり、レオとメイと一緒に輪になりそうで輪にならない輪唱を始めた。


 数刻して次男のヒースと三男のロックと四男ギーが入ってくると、キユキは女子年長組を交えて地理を教え始めた。

 長男のセイは学問を修了しているので、夕食の時刻が近づかないと帰ってこない。昼間は農業や林業や剣の修練を通して〝テイカー〟の資質に磨きをかけている。


 そうこうしていると夕食の時間が近づきキユキは修練部屋を出ようとする。

「ミフィちゃん、ちょっと夕食の仕込み、手伝ってもらっていい?」

「うん」

キユキとミフィは共に部屋を出て、食堂に向かう。


 食堂でまず口を開いたのはミフィである。

「アキットの事ね?」

 ここ数日、アキットの点灯までにかかる速度が目に見えて遅くなっているのだ。

「そうなんだけど……」

「キユキさん、なにかしたの?」

ミフィは淡々と語っている。怒りはなく、あくまで原因を探している。

「それが、少し分からないんだけど。普段の生活で何か気になる所なかった」

「ちょっとわからないわね。聞いてもみても分からないって。他はいつも通りよ。部屋に帰って、図鑑を見てカメの絵を描いて、術印を描いてって、アキットなりのルーティンは守ってる」

「一時的なものかしら?」

「少し長いと思う。私もカリナも三日過ぎたあたりから注意してはいるんだけど。あの子、裁縫とか編み物はしないから、一緒に絵を描いたり、一緒に寝たりはしてるんだけど」

「ねえ、今年の冥霊送月の後のお休みに予定はないわよね」

 

 冥霊送月めいれいそうげつとは公国が定めている死者の供養の日である。


「そうね。皆、思い思い自由にやってるわ」

「海に行ってみない?」

「このままだとキユキさんに聞いてみようと思ってたところ。私とセイとアキットの三人で行っていいかなって」


 えっとぉ、と一瞬だけ考えてキユキは問う。

「他の子は?」

「そうもいかないでしょ?。まあ、今ならもう少し連れて行けると思うけど」

「そっか……。私も行きたいんだけど、みんなでは行けない?」

「みんなで行く気? 子供なめすぎじゃない? 遊びに行くわけじゃないの。水辺で注意を払うとか、波が来る事とか。それ以前に海に行くまでに目を離して行方不明とか、分かってる?」

「うん。それでも、見せてあげたくならない?」

 

 ミフィはキユキから視線を床をに移して、少し低い声で言った。

「そんなの決まってるでしょ」

キユキは冷静に質問を続けた。

「前に行ったのはいつ?」

「2年前よ。さっきの3人で」

「じゃあカリナちゃんはそのときのミフィちゃんより大きくて、ユーリ君とは同じ歳……。なんとかならない?」


 ミフィは左下をみて少しのあいだ考えた。

「……。まあ一ヶ月もあるから、しっかり計画して、年少組の子だけじゃなくて、全員によく言い聞かせておけば行けると思う。でも、キユキさんの負担も半端ないわよ」

「それは大丈夫」


 キユキの穏やかな笑みに対して、ミフィは軽く深呼吸して、食堂の入り口に近いテーブルの端に腰を掛けてた。

「じゃあ少しずつ予定を組んでいきましょ。私も協力するしアキットもね。ゆくゆくは自分の事になるから」

「ええ。気分転換にはいいかもしれないわね」

「それに、ルネとロックまでね。子供達の面倒が見れるのは。アキットも大丈夫だけど今回は別枠にしましょ。あと、お兄ちゃんは頭数にいれないでね」

「一人くらい遊ばしておいた方がいいってこと?」

「それもあるけど、実際、一番動けるのがお兄ちゃんだから、多分、それ用に動いてもらう事になると思う。だから計画くらいはこっちでしないとって所ね」


 キユキは庭で修練しているミフィとセイを思い出して微笑ましくなりつい口が滑る。

「頼れる〝お兄ちゃん〟ね」

 ミフィは淡々と言った。

「セイはお兄ちゃんで大切よ。隠す気も無いわ」

「ふふ。セイ君より大胆ね」

 淡々と言った側から、少し両目が開き興味を示す。

「お兄ちゃんは何て言ってたの?」

「妹として大切なだけ、かな」

「いつの話?」

「来て割と直ぐ」

「納得」

「そうなの?」

「もう一回聞いてみたら? 今は違うかもしれないよ」

「それが簡単に出来たら苦労しないんだけど……」

「そうなの? お兄ちゃん、晩御飯のときくらいしかいないからね。仕方ないかも。 手伝おっか?」

「ううん。もう少し自分でやってみる」

 後日からキユキ、ミフィ、アキットの三人を中心として海の予定が組み立てられて行く。


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