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イグニション前の速度より  作者: 紀
【春の章】
32/82

終春の節 Bパート

 数日後……。


「ミフィ、ちょっとそこに居てくれ。見てもらいたいものがあるんだ」


 セイは夜の修練の時にミフィに提案書の事を切り出した。二人を除く全員は温泉に出払ってる。


 セイは駆け足で孤児院の中に入り、図書室の隅の本棚の一番上に手を伸ばし、本を一冊引き抜いて、間に挟まっている封筒を取り出しミフィの元に戻って来た。


「ミフィ、あまり期待せずにこれを見て欲しいんだけど」

「何?。言わないの?。良いニュースと悪いニュースがあるって?」

「あまり昔の話をするなよ。今は言ってないだろ?」

「ふふん♪ でもそんな顔してた」

「どんな顔だよ。いいから見てくれ。俺の口から説明するより読んだ方が早いだろ。キユキさんが書いたもので、実現は可能なのもらしい」

「うん。わかった。ちょっとうしろ向いてて」


 セイはミフィの前で背を向けて膝をついた。


 ミフィはセイが身にまとうマントの術印を点灯して、照明代わり利用する。黒色であるから重宝する光ではないのだが無いよりはましだとミフィは思っている。


 しばらくして、セイがなるべく首だけで済むように振り向く。

「どうだ? 読めたか?」

「いま読んでるでしょー」

 ミフィは視線を文面に落としたまま、視界の隅にあるセイの頬をつついて前を向かせて、黒い光を放つマントの術印の位置を元に戻した。


「なるほどねー。で、どうするの? これからの私達の孤児院はこんな感じで行くの? 〝再会を誓った私達〟じゃなくて」


 セイは立ち上がって、ミフィの方を振り返った。


「そう。これからの俺達は〝共に戦う俺達〟、に、なる。で、いいだろ?」

「一緒に行けない子がいるね」

「話が早くて助かるよ。俺が話したいのはセリアの事だ。先の事だから今から考えても仕方ない。でも、考えないわけにもいかない」

 

 ミフィの表情は真剣なものに変わり、瞼を少し伏せて、思考を走らせる。

「セリアだけは無視できないわね。ラルフとクロエあたりがどうなるかも考える余地はあるかもしれないけど、でも、セリアが一つの境目になっているは間違いないと思う。でも、一人のために全員犠牲になることはない。とりあえずこの提案書は通してもらう。ここまでは合ってる?」

「合ってる。あと提案はもう出してもらうようにキユキさんに頼んだ」

「そっか、じゃあ問題は私達が一緒に行く上でこの制度を利用したら、わりと最悪の兄と姉になるって所ね」


 ミフィはいちど浅く深呼吸してセイに伝える。

「もう一回振り向いて」

 瞳を閉じて、セイのマントの術印に明かり灯そうとする。


 セイは振りむく事無く、石造りのベンチに座るミフィを見下ろしたまま口を挟んだ。

「一応、解決策を用意してきた」


 ベンチの前に立つセイの瞳を見るために、ミフィの視線は上がる。

「何?」

「防衛線での滞在期間は8年が義務だけど、8年以上の滞在は許される」


 セイを見上げるミフィの表情は何も変わらなかったが、その反射する金色の瞳から光が失せた。


 セイは流れ出すように言葉をつないで、ミフィに喋る隙間を与えない。


「俺が最短で防衛線での滞在期間を終わらせると24歳。このときセリアは15歳。俺は生き残ればセリアの16の出兵に間に合う。俺の本当の寿命が運よく87歳くらいだと、セリアと2年くらいは同じ防衛線に滞在できる。防衛線での死亡率は初年度が21%、次ぎが12%で、そこから先は徐々に減るから死亡率の高い初年度付近をカバー出きる。悪くない話にはなってないか?」


 ミフィの表情は普段のものと変わらず、いつもの調子でセイの答えをまとめる。

「そっか。もしお兄ちゃんが生き残ったらセリアは8年の滞在経験があるベテランと同時出兵してペアを組む事が出来る。そういうことか」


 ミフィは石造りのベンチに座り視線を左下にずらすし、時にセイを見る。

 セイは庭のベンチの前から立ったまま孤児院の方を見て、時にミフィを見る。

 

「でも、お兄ちゃんが生き残る前提ね。それは」

「まあ、そうなんだけど。一年後にミフィが来たら何とかならないか?」

「習熟度Cのお兄ちゃんがどこかの誰かと組むよりは、私とペアを組んだ方がいい事は確かね」

「俺の初年度21%を乗り切れば、この話は進むだろ?」

「うん。それは何とかなると思う。私も何とかする。でも、ベテランでおっさんになったお兄ちゃんより、知らない人でも自分が新しくペアを見つけたいって気持ちをセリアが持たなければって話でもあるけど」

「それも考えたけど、そうなっても俺はもう一回行こうと思う。結局一人で出兵するって事か、セリアのフォローにまわるかしないと何も平等じゃない。いや、一回出兵した後じゃ平等じゃないんだけど、でも、これで許してもらうしかない」


「じゃあ、お兄ちゃんが無理だったら私が行こっか」

「それが許されない事くらい分かるだろ?」

「わかるけど……」

「将来、この孤児院の保護役と指導役はミフィだ。 クロエとメイなら、防衛線から帰ってきて、ミフィが光術の修練を見てやれるだろ?」

「カリナなら任せられるよ」

「そんな事言ったらきりが無くなるだろ。ミフィが死んだらカリナが行く事にするのか? それを許せるのか?」

「私は死なないし、私まででいいじゃない」

「俺とカリナが死んだらどうするんだよ?」

「何? 犠牲者きどりのお兄ちゃんなの?」

「いや。そんなつもりはない。最期までこの孤児院の妹といられたら、俺の希望どおりだ」

「そう。ペアリングしてくれたらいいね。おっきくなって恨み始めるかもしれないよ?」

「まあ、それも仕方ないって思ってるよ」


「後ろ向き。こんな事思いついたわりに」

「これ言い出したのヒースなんだよ。俺達のためだ」

「そっか。制度にアプローチするなんてよく思いついたね」


 セイは春の山でランニング中にヒースと話した事と、提案書についてキユキと話した事の一部始終をミフィに告げた。


「発想力は悪くないんだよ。あいつは。いや、おかしいのは、それが出来るキユキさんの方かもしれないけど。まあ、だから、この話は少し黙ってて欲しいんだ。俺から話すから」

「うん。分かった」

「他はどうなると思う? ヒースとカリナはいいとして」

「ヒースとカリナまでかなぁ。ルネもロックもアキットもギーも仲良しなだけ。でもある意味今が一番楽しい時。私から見た感じはこんなところね。でも……」

「仲が良かったら一緒に行かない理由もない、って所か……」


 先の四人が談笑しながら風呂から帰ってくる。

 四人の服装は異なるが、着替えなどを入れたおそろいのバケットを手に下げている。

 ルネとアキットのバケットには紙の術印が貼り付けられており、光術を習わないロックとギーの足元を自身らともども照している。


 ルネがいつものようにセイとミフィに駆け寄り家族湯の時間が迫っている事を告げた。まだ家族湯に行くには早すぎる時間帯で、ミフィはルネの時間感覚を問題視した。


 後日。


 ミフィは陽が上っている明るい時間帯に、それとなく周囲を確認し一人で図書室に入った。ミフィがすぐに目を向けたのは、ちびたロウソクの焦げた芯だ。ミフィは歩いてロウソクに近づきつつ手をミディ丈のスカートの中に入れた。


 スカートの中にはミフィの太ももを深くまで覆うニーハイソックスの縁があり、そこには新しいロウソクが挟まっている。


 ミフィは新しいロウソクを手に取り、古いロウソクと取り替えた。そして反射する瞳で、図書室の天井に張られた四枚の紙の術印のほうを縋るように見上げた。



 新任の保護役の到着と同時に始まった新年度は、平穏無事にすぎさり、季節は春から夏に移ろうとしていた。15歳のセイが孤児院に籍を置く季節は残り三つだ。それが13人の少年少女達の長男である彼の当然の運命であった。


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