紙切れ Bパート
翌日。
セイは当番である夕食後の皿洗いに向かい、取りとめのない会話をやり過ごしてからキユキに尋ねた。
「あの、教えてもらいたい事があるんですけど」
「? なに?」
「俺とミフィが同じ場所に出兵する事ができるかもしれないって話なんですけど」
「セイ君はヒース君から聞いたの?」
「はい。だから幾つか聞きたい事があるんですけど……」
「それは大切な話になるわね。一応もう草稿は作ってあるから、ちょっと待っててくれる? すぐに取ってくるら」
『そうこう? 草稿か?』
セイはキユキがその場を離れてから少し怪訝な顔付きになった。
キユキは保護部屋に行き、封筒手にして厨房に戻ってきて、それをセイに手渡した。
「さらっとでいいから一通り目を通してくれる?。後で大事な事は補足するから」
「わかりました。とりあえず読んでみます」
『事態は進んでいるのか?』
セイは封筒から紙を取り出し文面を確認する。一目みてキユキの言う通り表面をなぞるだけにした。キユキの話を聞いてから見直した方が早いと感じたからだ。
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● 提案書
[製作者]
キユキ・エシュリスタ
[提案内容]
遠隔地出兵者のためのペアリング法の一部改正
[提案の目的]
遠隔地孤児院からの出兵者にも、都会の孤児院の者と同様に、一回の希望ペアリングの機会を設けること。
[注記]
遠隔地孤児院の年齢を異にする男女のうち、先に出兵した者を甲とする。後に出兵する者を乙とする。
[制度改正の内容]
甲と乙は異性とする。
甲と乙はそれぞれで孤児院の同期が6名以下の者とする。
乙による当制度の利用申請の提出により、甲と乙は以下のようなペアリングの為の優遇措置を受ける。
甲は現行のペアリング法に従い、ペアリングを行なう〝招集所〟に向かい、ペアを組み、乙の到着を待つ。
甲は乙の出兵に時期を合わせてその時に成立しているペアリング(甲の先行ペアリング)を相方の同意なしに解消する権利を持ち、さらに乙とペアを作るために乙が向かう〝招集所〟に移動する権利も持つ。
上記により、甲と乙は既存のペアリング法に基づきペアリング義務を果たす。
乙の申請中、および、招集中などに生じる空白期間において、甲が死亡した場合、乙は既存のペアリング法に基づきペアリング義務を果たす。
その他、あらゆる理由において、甲が乙に合流しないときも、乙は既存のペアリング法に基づき直ちにペアリング義務を果たす。
本制度はX期の訃報において甲が死亡していないことを確認してからYケ月以内に乙が申請することで利用できる事とする。(XとYは手続き上で無理のない月を選択して下されば幸いです)
甲、乙としてのこの制度の利用回数は、乙の出兵時の一回までとする。
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セイは一読してからキユキに向き直った。
「すみません。ここまでやって貰ってたんですね」
「ええ。ヒース君に聞いてから少しくらい役に立ちたいと思って、とり合えず作っておいたの。ええっと聞きたい事があるっていってたけど、先に私のほうから補足するわね」
「お願いします」
「ペアリング義務とか、その辺の専門用語は大丈夫かしら」
「はい、大丈夫です。公国民は全員ペアリングして最低8年間は防衛線の維持に努めるって事ですよね? 細かい話はありますけど」
「そうね。大枠はそれでいいわ。じゃあ、まず、この提案書の立場について話すね。この提案書の立場は田舎の孤児院のペアリング事情を都会の孤児院と同程度までもって行く事。公国側の立場は、その見返りとして、クジ引きで作ったペアじゃなくて、生存率の高い〝希望ペアリング″を作ってもらう事ね。裏の事情としては当然、次世代の子供を作ってもらうって事も含まれるわ」
「一石二鳥ってやつですか?」
「うん。そういう事。WIN―WINの関係ね。希望者同士のペアリングが、継戦意欲とか次世代の子供のためとか、何かと一番効率がいいのは統計で明らかだから」
「はい。見たことはあります」
二人は目を合わせて互いに理解が及んでいる事を冷静に認識した。
キユキの細くが続く。
「次ぎは、後から出兵する人の申請が一方的に通るの。これは手続きを単純にするためね。メンドくさい事は嫌われると思うから。だから申請についてはセイ君は特に何もする事がないの。あと実はセイ君の出兵に制度を間に合わせるのが難しいかもしれないから、確実に整備して間に合わせるならこの形がいいんだけど……それはいい?」
「はい。大丈夫です。俺とミフィ以外にも、防衛線での〝滞在期間〟を一緒にすごしたい奴は、どっちかが孤児院を修了するまでに相談しておけって事ですよね?」
「ええ、その通りね」
「これを読むと、この孤児院の子供達が全員同じ中継基地にいけないように思うんですけど……」
「その通りね。防衛線の同じ中継基地で滞在期間を過ごす事を保証しているのはペアリングした二人まで。これは都会の孤児院の子達も同じだから無視するのは良くないの。だから、例えば、セイ君が作っているペアとヒース君が作っているペアが友達感覚で同じ中継基地に行く事までは配慮はできないって事なんだけど……」
「分かりました」
『それは当然の事なんだけど……そこまでとなると……』
とキユキは思った。しかし、キユキのほうもセイの愛情が何もミフィに限定されているわけではない事は分かっている。孤児院の皆と会う事ができるならば叶えてやりたいとは思っているが、それは出来ない。
キユキは丁寧に説明をする事で理解を求めた。
「一応都会の子を含んで補足すると、都会でも田舎でも16歳のヒトはまず、公国内に点在する〝招集所〟へ向かう。都会の孤児院であっても保証されているのはペアリングの申請をする招集所を一致させる事まで。そこから先はもうペアを単位としてヒトは扱われる。学問のときは〝兵はペアを最小単位とする〟なんて言い方になってるけど、この辺は大丈夫かしら?」
「ええ、大丈夫です。要するに、同伴を一人の異性において保証する。でも、それ以外の人と中継基地とか対面できるかは保証しないって事ですよね?」
「ええ。その通りね。要するに恋人同士とか夫婦の仲を引き裂くような事はしない。だけど、男の子同士の友達とか女の子同士の友達が〝一緒にいる〟という事には配慮はないの。ここで言う配慮がないって言う事は〝絶対一緒に居させない!〟みたいな事はしないって事で、〝あなた達、男の子同士の友達かどうかなんて、ペアの配置を考えるときには、まったく気にしてませんよ〟って事ね」
「はい。それは大丈夫です」
確信を得ているようなセイの声色だった。
『ん?』
ではなぜ、当然の事を聞いてきたのか……。食い違ったような認識を覚えてキユキは、念のために周辺事情を余分に話す。
「一応、制度に組み込めない理由を補足するわね。招集所で作られたペアは、防衛線の中継基地のペアの不足状況に応じて割り振られる。ペアの不足は戦死者と大規模戦闘の予測とかから来る。つまり人間だけじゃなくてガルフの都合からも引き起こされるから予測が立ちにくくて柔軟に対応する必要がある。だから防衛線の同じ中継基地に行く事は、都会の孤児院の子供達でもペアを越えては認められていないし、制度に組み込む事ができないって事ね」
「会えないって事は聞いてましたけど、そんなにバラバラになるものなんですか?」
「防衛線の中継基地の数は2600くらいで数の問題があるし、戦闘によるペアの消耗もあるし、移動もあるしで、どうしてもバラバラになっていくと思う。私も本当の意味で全員がそうだとかは分からないけど、私達の同期の20ペアは前線に近づくにつれて全員分かれたわ。1ヶ月以内にね。それから〝滞在期間〟が終わるまでは誰とも会ってないわね」
「制度の再利用ができない理由を聞いてもいいですか?」
「それを認めるとペアを失った事があるヒトの心象が悪くなるからね。原則はペアを失ったら直ちにペアを失った者同士とかで、ただちにペアを立て直して防衛線の維持に努めることだから」
「……」
「……」
『どうやって聞くべきか……』
セイは視線を書面に落として少しの間考えていた。
「じゃあ、ありえない事なんですけど、下手すると俺達は2回、希望ペアリングできる気がするんですけど、やっぱりそれは無いですか?」
「ええっと……」
「だから、一目ぼれみたいに、俺が誰かを招集所で好きになって運よくペアリングできて。その後で、ミフィがこの制度を利用して、俺にペアリングを申し込むと、可能性として二回、希望ペアリングを作る機会は有るように思うんですけど」
「そうねぇ。……。セイ君はそんな事するの?」
「いえ。しませんけど。招集所ってどういう感じなのかなって」
「そうねぇ。都会の孤児院の子も将来をしっかりと見据えているような子だと、孤児院でもうペアの相方は作ってるかな。招集所まで追い込まれてから希望ペアリングする子もいると言えばいるけど、それはもう、元から希望ペアリングだったってようなヒト達ばかりね。セイ君が言う、一回目の機会は在らざる物というか、都会の子にとっては、もう希望ペアリングとは呼べないような物で……」
『要するにペアがいなくて、招集所で絶望している中で、一目ぼれとかのん気な奴はいないって事か』
言葉を濁したキユキの言いたいことをセイは理解した。
「わかりました。思ったより考える事が多いんですね」
「私が書いたものも、まだ中途半端なものかもしれないから、もう少し書き直してから、一度、同期の子に見てもらおうと思ってるの。写しを封筒の中に入れて隠しておくから、そうね……もう少し直したいし……、隠し場所はまた今度でいい?」
「はい。大丈夫です。一応、ミフィに相談はしますけど、この提案書、出すものと思って準備を進めてくれませんか?」
「え?」
「お願いします」
「ええ、それはいいけど……」
淡淡と伝え喜んでないセイの様子からキユキは声色と共に戸惑いを滲ませた。
「セイ君はミフィちゃんとペアリングするのは嫌なの?」
「そうですね。ミフィの技量を考えれば、本当は俺より頼れるA判定の奴と組むか、スティール・テイカーと組んだ方が生存率が高いかもしれないな、とかは可能性としては考えますね」
「でも、ミフィちゃんがセイ君を守れるくらい強かったら、それでいいんじゃない?。ペアってそういうものよ」
「はい。それならそれでいいと思ってるし、多分、ミフィもそう思います」
「ええ、でも、そうだとしたら、なおさら、話が見えてこないんだけど……」
「ミフィの事は俺にとっては少しどうでもいい事なんです」
「どうしてそういう事言うの。ミフィちゃん、セイ君の事、大切に思ってるんじゃない?」
「そうだとは思います。それに俺もミフィが大切です。でも、この提案書でまず考えないといけないのはヒースとカリナです」
「ヒース君とカリナちゃんは仲よさそうだけど、何か問題があるの?」
「何も問題ないから、もう少しそっとしておいてもいいんじゃないかって思ってるんです。今のヒースはまだ少し迷っていますけど、このまま行けば、この提案書を使ってカリナと一緒に出兵すると思っています。だけど、この提案書は、何ていうか、少し表向きが強すぎるというか、生々しいというか、一気に次元が変るって言う感じで、何か、いきなり好きだって事を告白しているみたいなのもで、それの邪魔をするのは、良くないんじゃないのか、とか考えますね」
「そっか。だとしたら私、セイ君とミフィちゃんの邪魔をした事になるのかな」
「いえ、俺はこの提案書は無くしていいものだと思ってません。ミフィも多分同じ事を言うと思います。結局誰かがキユキさんに頼む事になりますから……、すみません、言い方が悪くなります。キユキさんの寿命が平均より早く来たらって考えると、俺としてはなるべく早くその提案書の話を進めてもらいたいんです。俺じゃ話しにならないし、俺の周りにもキユキさん以外でその話しを進める事が出来る人がいない気がしています」
『ああ、そういうことね』
キユキは表情には出さず納得し真剣にセイと向き合う。
「うん。分かった。じゃあ、この提案書の事は他の子にも内緒にしておいたほうがいいのね?」
「そうしてくれると助かります。ミフィに俺のほうから直ぐに話します。ヒースには時期をみてからになりますけど、やっぱり俺から話そうと思います」
「ええ。分かったわ」
「よろしくお願いします」
セイはキユキに頭を下げてから食堂を後にした。




