紙切れ Aパート
翌日の夕食後。
ロックが厨房で二日つづけて皿洗いをしている。本来の当番の日である。
ロックが洗った皿をキユキが拭いている。ロックがキユキの手から皿を取り返して唇を尖らせて入る。キユキが微笑み返して、ロックは照れくさそうに、あさってほうを向く。キユキが喋り始めて、ロックはキユキの方を不思議そうに見る。さらにキユキは得意げな表情で口を動かし、聞き言っていたロックが笑い出す。
セイとミフィは庭で合流し、屋外から食堂の壁の窓枠に近づいた。
二人は、窓から屋内をコソコソと除き、食堂の奥の厨房にいるロックとキユキの様子を見ていた。
「ダメだ。キユキさんしか見えないな」
「カウンターが邪魔ね」
「厨房側の窓にまわるか?」
「気付かれるんじゃない?」
「だよな……。多分、もう大丈夫だとは思うけど……」
「お兄ちゃん、肩車しよ?」
「分かった」
セイは窓から少しずれてしゃがむ。ミフィはスカートの生地を器用にセイの後頭部に滑り込ませて、肩に脚を掛けて太ももでセイの頭を挟み込む。
セイに当たるモノは当たっているし、香るモノは香っている。それでもセイは表情を変える事無い。呼吸を整えてから、ミフィのふくらはぎをわき腹に挟み込み立ち上がろうとしたら、ミフィから一言添えられる。
「危ないからゆっくりね。あと息しすぎ」
「してないだろ! それに、ゆっくり立つのが一番きついんだよ!」
「いいから速く」
「……」
セイは腑に落ちない表情を浮かべていたが、それ以上は言い返さなかった。より静かに呼吸を整えて、言われた通り少しづつ、少しづつ、僅かに脚をプルプルさせながらぬぬぬっと立ち上がった。
ミフィはセイの頭頂部付近に手を当ててバランスとって。屋外からひょこっと食堂の窓の高い位置から顔を出して、食堂の奥を除く
「見えるか?」
「うん。もう大丈夫そう」
セイとミフィは孤児院の玄関の方から靴底が床に打ち付けられる音や、足音を聞く。
「ちょっと、お兄ちゃん、誰か来るよ! 逃げて!」
「任せろ」
セイはミフィを乗せたまま数歩移動し窓から離れた。
ヒースとカリナが姿を現すまでに、セイはミフィを乗せたままなんとか庭の中ほどまで移動する。
「あにきー、剣の修練付き合ってくれー、ってなにしてんだ? 二人とも」
ヒースに声を掛けられた時には、セイはミフィを肩車したまま足踏みをしつつ360°回転していた。ミフィは腕を真横にピシッと伸ばし、もう暗くなっているが、遥か遠くの地平を見つめている。
セイは胸をはったまま、膝をゆっくり曲げて、ミフィにバランスを与えつつ地上に返した。
セイはふぅっと一息ついて真剣な表情でカリナとヒースに答えた。
「なにって、組体操でウォーミングアップだ」
ミフィは得意げにセイに続く。
「そう。新しい準備運動ね」
カリナは無表情で余裕をもってミフィに詰め寄る。
「姉さんの手が不自然。準備運動がいるのは兄さんだけでしょ?」
「カリナだっておかしいでしょ。何でここにいるの? 昨日ロックと変わったなら、今日はお皿洗いしに行ってあげなさいよ?」
「ロックの様子はどうだった?」
「うっ……」
悪びれる様子もなくセイは口にする。
「ばれてるな」
「お兄ちゃん、もっとちょっと無かったの?」
「いや、ミフィも乗っかっただろ?」
「だって、何かいつもより高くて気持ちよかったんだもん」
ヒースが呆れたように苦言を呈する。
「いや、別に俺らに隠す必要はないだろ」
カリナが穏やかにヒースのほうを諭す。
「モラルの問題。覗きは良くない」
それから四人は石造りのベンチの方へ行き、夜の修練を始める。
セイとヒースはそれぞれマントを身に付け木剣で荒めの打ち込みをしてから、鉄の剣で形の攻めと受けを作る。
ミフィと黒、カリナは白で、セイとヒースのマントに描かれている術印を点灯する。
ヒースが回転切りなど背中を見せる型を使うと、セイは眩しそうに目をしかめる。カリナの白色発光は夜でも目立ち目を眩ましているのだ。ヒースの打ち込みが見えにくくても、型にならって振られている刃であるから、セイは事前に打ち込みの位置に剣を構えて問題なく防御する。
ミフィは途中からマントの他に術印を描いたハンカチを用意し、スカートの上から、右の太もも辺りに膝かけのように広げた。ミフィは右の太ももの上に乗せたハンカチとセイのマントの術印を、ほぼ同時に点灯して、術印を黒く光らせる。
カリナもハンカチを用意した。左利きであるからハンカチの位置は左の太ももの上である。カリナはミフィと同じように点灯を試みるが、その速度は一つ年上の姉より少し遅く、それに加えて、ハンカチの術印とマントの術印の点灯のタイミングも少しずれている。
同時に素早く点灯する事は奇襲を担うときに優位に立てる意味を持つ。ミフィは容易くこなす〝同時点灯″は高等技術であり、カリナの精神操作ではまだズレが生じている。といっても、そのズレは小さくカリナの同時点灯は優秀と言っていい。同時にピタリと光らせるミフィが異常な錬度を見せているだけだ。
ヒースの剣戟もやはりセイよりは劣っている。細かなステップの遅く、剣の加重に耐える腕力も弱くて、それらが薙ぎ払う斬撃の遅さに如実に現れている。しかし、ヒースの剣戟はきちんと年相応の錬度を持っている。三つある歳の差が作る体格差どうしても埋らないだけだ。
普段は友のように振舞う四人だが、修練のときばかりは兄と姉の背中を追いかける弟と妹のようにも見える。
その日の晩、修練を終えて、四人は温泉も一緒になって行った。
20時すぎ。
温泉のエントランスの片隅には
――ただいま、家族湯中――
という看板が置いてある。これが使えるのは23時からだ。男湯か女湯の前に自ら設置する。受付はないので自ら動かすのが慣わしだ。187人の田舎町。ここクォーサイドタウン以外にこの制度があるのかどうかをセイ達は知らない。隣町までは足を伸ばすが、そこに看板が無かった事は記憶にあるが。
光術がある分、女湯からは華やかな光りが灯っている。男湯はかがり火で荘厳な雰囲気だ。たまに、女湯から目隠しの塀を飛び越えて木切れが飛んでくる。旦那がいる女の人が投げ込むもので、木切れには術印が描いてある。それを点灯させて投げ込むのだ。つまり男湯に光りの板が降ってくる。その時は男湯もいくらか明るい。
ミフィのは黒色の発光だからイマイチ役に立たない。だからといってセイに降ってこないわけがない。セイが寂しがるんじゃないのかとミフィは思っているからだ。
――お兄ちゃん、行っくよー!――
「おー!」
放物線の軌道を確認。男性側の湯船には村人の男性がいる。
「あっ、ミゲルさん。上!」
「ん?」
放物線は村人・ミゲルの頭に着地した。さらにワンバウンドで湯船にぽちゃん。
「イテ!」
「すみません。ミゲルさん」
セイが慌てた様子で謝罪した。
――ごめんねー!――
塀の向こうからミフィの声。
ミゲルさんは湯船の中で苦笑い。
「ミフィちゃん! 悪いと思うならこいつと家族湯に入ってやれよ!」
――また今度ねー!――
ミゲルはセイに向かってニンマリする。
「またフラれたな」
「無念です」
セイは大げさに俯く。
ミゲルは普段、セイ達男子年長組に剣術を指導している者だ。付き合い始めて三年となる。ミゲルの腕も足もセイの腕より一回り太い。筋骨隆々。防衛線から復員した男性は皆がそうだ。ミゲルの口まわりには立派な鬚があり、もみ上げから繋がっていないところ見ると、手入れはされているのだろう。
28歳。セイとミフィが恋仲である事は知っているし、男子年長組とも良好な関係だ。ただし、ミゲルの指導役は代理だ。本職不在の状態でセイ達の面倒を見ている。移住の動機も酪農目当てだったが、村長から頼み込まれて引き受けた善人だ。ただし、男子年長組の修練場所は孤児院ではなくミゲルの住宅となった。本来ならば孤児院の庭などで行なうべきところなのだが、代理という立場の上に成立した不透明な制度だ。
セイが知らぬ所で決まったのだが、事態を把握したセイはまっさきにミゲルに頭を下げた。「気にするな」などとミゲルは武張った口調で答えたが内心は綻んでいた。セイ達は制度の上で当然の権利を享受しているにすぎないのだが、礼を言われて嫌な気になる事もない。ミフィとの間柄も自然と知っていき今のような振る舞いに至った。
ゆえに、セイにとってキユキが異常だったのだ。セイからしてみれば、セイ側の道筋を一つも二つも飛ばしてきたわけだ。
……。
四人は温泉から帰り、セイはベットの中で眠る前にミフィとのペアリングについて少し考えた。
『手続き、か。俺とミフィがペアリングして、ハイ終わりってわけにはいかないだろうな……。そもそも、俺は生き残るのかって話しもあるし……。いや、それは置いておくか。とりあえず、明日の皿洗いのときにキユキさんに聞くか』




