次女の技法
夕食後。
セイはそれとなく、ロックとギーと行動を共にしていた。早めにミフィとの夜の修練を切り上げてから、二人を追いかけるように温泉に向かい、二人が風呂から上がると少し間をおき、また後を追いかけた。
ロックとギーは夕食後からはいつもの調子で、温泉から帰ってきてからは幾何学的な木材のパズルをいじっていた。おおむね、普段どおりに過ごして二人は休む時間を迎えた。何事もなかったかのように、ベットの上に立ち布団をばさばさと整えて、これから眠ろうとする。
結局、何も言わなかったロックとギーをセイは盗み見る。
『あんまり時間をかけすぎるのも良くない気はする……』
などと思い、キユキの事を切り出した。
「ロックもギーもちょっと起きてくれ」
二人はベッドの上でL字に座る。脚だけは布団の中だ。何を言われるかは察しているのか口は開かず、布団の上に視線を落としている。
セイが続けて尋ねた。
「ロック、いや、ギーでもいいんだけど、キユキさんおかしくなかったか?」
セイはギーと目が合うと、ギーの瞳がロックの方に流れた。セイは見逃さすにロックに向き直った。
「なあロック、おかしくなかったか?」
「何が」
「キユキさんがだよ」
「あっそ」
「あっそじゃないだろ」
「知らね」
セイは穏やかな声に僅かに厚みを混ぜる。
「おい、ロック」
ロックはぶっきらぼうに答える。
「知らねーよ」
セイとロックのやり取りにギーが口を挟む。
「ロック兄ちゃんがキユキ姉ちゃんに笑うなって」
「違うだろ! 勝手な事言うなよ!」
ロックがギーをめがけて枕を投げる。飛んでいく羽毛の枕は十字に交差したギーの腕にぶつかりボスと軽い音をたてた。
ギーは特に怒る様子も無く大人しい。彼は枕の端を握りこむだけだった。
その様子を見たセイは再び、ロックに向かう。
「ロック。何があったんだ?」
「何か、朝言ってたじゃん。誰か来てくれって」
「言ってたな」
「それがムカついたんだよ」
「悪かったな。お前らに行かせて」
「いいよ、もう」
ソファで矢を握り、片目で直線性を確認していたヒースが口を挟む。
「いいって顔してないんだよ。感情隠せねーなら吐き出せ」
「うっせーなー」
売り言葉に買い言葉にも成っていないのか。ロックは掛け布団を肩までかけて横になり、セイとヒースに背を向けた。
セイはやわらかくヒースを咎める。
「おい、無茶言うなよヒース」
「いや、兄貴、俺の言いたい事はそういう事じゃない」
「分かってるけど……。そういうのは、カッコつけすぎだろ……?」
「そんなつもりじゃねーよ!」
「はは、悪い」
「少しは真面目にやれよ」
「ここは一言言わないといけない所かなって気がして……」
「俺の事はどーでもいーだろ!」
「わかってるって」
改めてセイは一考し、ロックに問う。
「なあ、朝の、その誰か来てっての、多分ムカついたのは俺もだ」
「だから?」
「多分、ロックは死ぬ人間がそんな事するなって言いたいんだろ?。こう、普通に仕事して欲しいっていうか……」
「普通にやってんじゃん」
矢の羽の毛羽立ちを軽く揉み梳かしながら、ヒースは性懲りも無くセイに助言する。
「兄貴。もう少しはっきり言ってもいいんじゃねーか?」
セイは少しづつロックの言葉に合わせるように話す。
「だから、ロックが言いたい事は、関係性を絶って、もっと粛々と仕事しろって事だろ? 希望を募るような真似をするなって事で、だから、仲良し探しみたいな事するなって言いたいんだろ?」
「あっそ。だったら何だよ」
「だから悪かったって言ったんだよ。お前が断れば俺が行こうとは思ってたんだよ」
「何で最初から言わねーんだよ」
「これはそういうものなんだよ。お前らの中には居るかもしれないだろ? 一緒に行きかる奴が」
寝転んでぼんやりと壁を見つめていたロックの脳をかすめたのはギーとキユキの姿だった。そして、自分と前任の保護役のメレディスの姿だった。
「言い訳クセー」
「まあ、分かってくれ。それが、ここのやり方で、それ以外しか結局ないって俺は思ってる」
「もういい。わかったよ」
今一度、寝ている床の上で軽く跳ねてロックは固まった。
「で、何でキユキさんに笑うな何て言ったんだ?」
片付いてない問題を残す気はセイにはない。時間がたつと酷くなる場合がある事も知っている。
かといってロックの気分も簡単には晴れない。
「知らね」
「あのな、分かってると思うけどキユキさんは女子たちの修練を見ている。年少組の面倒も見ている。ここに必要なのは分かるだろ。他の弟や妹のことも考えてやれ。そこだけは間違うな」
そこから先、少しの間があったがロックが弱々しくも答える。
「……うん」
「行くか」
セイは一緒に謝りに行こうと思い、扉の方へ足を運ぶ。
「いいよ、一人で行く」
ロックがボソボソと喋りながら、ベットから出て来てセイは立ち止まった。セイはそれ以上、何も言う事無く、閉まる扉をみてから、ロックの枕をギーから受け取った。
ロックは男子年長組の部屋から出てきた。廊下には月明かり差込み、青みがかっている。下を向いて歩きながら、ロックは保護役の部屋の前まで来た。扉の前に立ちノックをする。しかし、キユキは出てこない。繰り返すがキユキは出てこない。なかなかでてこないから少しづつ強める。それでもキユキは出てこない。ロックは扉と床の隙間を見つめて立ち尽くした。
女子年長組の部屋にて。
ルネとアキットはすでに寝ている。
当然、ミフィとカリナは二人の同室だ。二人ももベットに入り、そして術印を消灯した。日ごろの疲れからか、ミフィも早々にウトウトとし始めた。
しかし、ミフィの耳に、小さめの音でコンコンという音が届く。ミフィは寝返りでカリナのベットの方へ向きを変えた。
「ねえカリなんんっっっ!!」
ミフィの体と声はビクっと跳ねる。
ミフィが見たのは、枕元から自分に覆いかぶさり襲ってくような〝影〟だった。〝影〟の正体はカリナであり、ミフィのベット横、枕元の近くからカリナの上半身がにょきっと伸びていた。
カリナはミフィのベッドの近くで床に膝を付いて立っていたのだ。
はぁはぁと息をしながら、その合間にミフィが口を開く。
「カ、カリな、何、して、るのよ」
「お祈りを、少し」
カリナの手は胸の前で綺麗に組まれていた。
「てぃー、ぴー、おー、考え、て」
「ごめん。いつもは絶対そのまま寝るんだけど」
ミフィの叫び声にも動じず、ルネとアキットは寝たままだった。ミフィはそれを一瞥すると、ふー、と一息ついて、カリナに薄く囁いた。
「何の音?」
「分からない。ちょっと前から聞こえてた。お祈りが済んだら見に行こうと思ってたんだけど。ノックかな? 見て来る」
カリナが床から膝を持ち上げると同時にミフィもベットから出てきた。
「いいのに」
「いいから」
軽く止めに入ったカリナをミフィは脇に置いた。
二人で女子年長組の部屋から出て左右を確認すると、保護役の部屋の前にいるロックがすぐに目に入った。
ミフィが優しくロックに声をかける。
「何だロックか。音響いてるよ。キユキさんなら年少組の部屋。そこにはいないよ」
「うん……」
「しょげてるね。カリナに相談したら。行動以外は静かで喋りやすいよ」
カリナは無表情だったが、指名を受けると、腰に手の甲を当てて尻をピッと右に振る。しかし誰も見ていない。
ミフィはロックをみて、ロックは扉と床の隙間をみていた。
ミフィはトーンを落とした穏やかな声でロックに語りかける。
「それとも。お姉ちゃん二人の方がいいのかな?」
「フン」
と言って、ロックは廊下を走り、二人を置き去りして玄関から外へ出た。
ミフィとカリナが女子部屋の前で横並びで語らう。
「ロック。ああ、行っちゃった」
「〝お姉ちゃん〟と〝二人〟の同時アピールが敗因かなと」
「そういう微妙なラインを超えると気が紛れんじゃない?」
「ラインが太くて超えられなかったかなと」
「一歩が無理なら歩いて来ればいいじゃない。トコトコぉって」
「そこまで出来るならしょげないかなと」
「……」
「……」
ミフィとカリナは見つめ合って、それからミフィが自信有りげに言う。
「うん。切り返しは十分ね。早く追いかけてあげて」
「うん。敗戦処理に行ってくる」
ミフィはすっぱそうに目と口を閉じた。
一方、カリナはロックの後を追ってすぐに駆け出した。カリナも玄関から庭先に出て視界にロックを捉える。それとほぼ同時に、まだ孤児院の玄関付近に留まっているリアカーに気が付いた。
カリナはリアカーの荷台から玉ねぎを左手で一個掴みとるとポツリと呟いた。
「大地の神速を今此処に。実りの慈悲を今一度」
カリナは体の右側面をロックに向け、左足を大地につけて、右足を天に向かって伸ばした。サウスポーの投擲の初動に酷似している。
空にすらりと伸びているカリナの脚は、纏っていた寝巻きの裾がずれて、ふくらはぎがが外気と触れう。しかし、それも束の間。脚は大地に振り下ろされた。体重移動が始り腰の捻が加わる。カリナの肩と腕と手首が遠心力と共に送り出される。最終的に手首のスナップと連動した指先の弾きが正回転スピンを添えて、玉ねぎはカリナから弾き出された。
肉体のうねりを一身に受けた玉ねぎが直線軌道で飛んで行き、ロックの背中と衝突する。
「グハァ」
ロックはえびぞりのような体制になってからバタンとすっ転んだ。
カリナはフォロースルーとして着地した左脚で即座に地面を蹴って駆け出す。躍動する肉体は美しいフォームで圧倒的なスピードだ。
「くっ」
ロックは苦痛に顔を歪めてながらも、立ち上がり再び駆け出そうとすが、時既に遅し。距離を縮めたカリナに腕を掴まれた。
「逃げないで」
「逃げてねーよ」
カリナは相変わらず無表情であった。ロックはカリナのほうを見ずに答えたが、少し泣いていた。
「そう。じゃあ手を離すよ」
宣言どおりロックは留まった。カリナは静かに尋ね始める。
「えっと、何があったの?」
「何も」
「何もないなら逃げること無いと思う」
「玉ねぎ投げる事もねーだろ」
「つい」
「ついの威力じゃねーだろ!」
「痛かった? ごめんね」
そういって、カリナはロックの頭に手をおいて背中に回り込み直撃部位をよしよしとなでた。
「痛かねーよ」
「痛かったね」
ロックはそれ以上言い返す事無く、しばらくカリナに背中を撫でてもらった。
カリナの黒髪は夜の月明かりでも輪をつくり光を反射をしている。ロックの目線はしゃがんだカリナの上をいくのだが、後ろで背中をなでている13歳の姉は視界に入らなかった。
ロックが振り向こうとすると、背中のカリナは立ち上がった。見上げる10歳の少年からは、シャープなカリナの輪郭しか目に入らなかった。
「座ろっか?」
カリナは無表情に首だけ少し傾げて手を差し出したが、ロックは俯くだけで握り返してこない。カリナは膝を落として、ロックの手を拾い上げた。それから歩き出すと、ロックは素直に歩幅を合せた。
二人は庭の石造りベンチの上で横並びで座る。
「キユキさんの部屋ノックしてたけど?」
「セイ兄が……謝れって……」
「どういうこと?」
それからロックはセイとのやりとりを素直にカリナに伝えた。
「そう。それだけ?」
「そうだよ」
「本当にそれだけ?」
「そうだよ」
「じゃあ、今どこに行こうとしてたの?」
「どこでもいいじゃん」
「ときどき、行ってるよね。夜遅く」
「何で……、知ってんだよ」
「私の術印は月夜だから。たまに夜更かしするの」
「……。リンゴを取りに行ったんだよ。まえ……、メレディスと」
「そっか、寂しくなったの?」
「別に」
「別にで夜に出歩くの?」
「いいだろ。別に」
「そんなに恥ずかしいこと?」
カリナは顔を歪ますことなく真っすぐ空を見つめて涙を流した。それは頬をつたいカリナの膝に一粒落ちた。
「なんで泣いてるんだよ?」
「祈りが届かない事は寂しい事」
ロックは二つぶ目が落ちるまでカリナの涙を見ていた。
「帰ろっか?」
カリナは涙を拭いてから再びロックの手を取り、それから地面に転がる玉ねぎを回収してから孤児院の玄関に向かった。
孤児院に入ってからもカリナは
「こっち」
と言ってロックを連れて行く。
言われるままにロックはカリナについて行き、二人は幼子達が眠る年少組の部屋の前で立ち止まった。
「今日は多分疲れてるから」
カリナは扉を見て呟いてから、年少組の部屋の扉をそっと開けた。二人は少しだけ中に歩みを進める。
視界にはキングサイズ程度のベッドがあり、その中心でキユキが寝ている。右側と左側にクロエとラルフ、脚の方にはメイとセリアがキユキにくっついて寝ている。キユキの上半身と下半身で、2枚の掛け布団が横向きに使われ、腕や脚にくっつく幼子達の顔は全員のぞいている。
キユキが何かを感知したためか、覚醒には至らずとも寝返りを打ち始める。脚に抱きつくセリアの拘束を、キユキはスルリと抜けて寝返りを打つ。セリアは起きることなく空を抱く。間をおきセリアが寝返りでキユキに近づく。最年少のレオは近くのベビーベッドで静かに寝ていた。
二人はそっと部屋から出て、ロックは床を見つめた。カリナはその様子をみて、同じ様に床を見つめたまま、少しづつ言葉を重ねて行った。
「あれじゃあ膝とか入りそう」
「……」
「でも不思議。アザなんてない」
「……」
「あのベッドはキユキさんの自作」
「……」
「多分、配置するときに光術も使った」
「……」
「明日、私が食器を洗う番なんだけど、代わりに行ってくれる?」
ロックは床を見つめたまま呟いた。
「うん」
ロックの短く跳ねた髪の毛を、カリナは小声でよしよしと言って撫でてやった。
「今日は、ぉ姉さんと一緒に寝る?」
ロックは俯いたまま何も言わなかった。カリナが視線外して少し上を見て、独り言のように呟いた。
「うーん、薄いやつみたいになるのかな?」
聞きなれない言葉に、ロックは素直に反応した。
「薄いやつってなに?」
深刻なものなのだろうか?。そう言わんばかりの表情でロックはカリナを見上げたが、カリナは首を横に振るだけで、それには答えた無かった。
「行こっか?」
カリナがカチャリと年長女子組の部屋のドアを開いて、二人は中に入った。続けざまに カリナがロックに
「ちょっと」
と一言添えて、ミフィのベッドの前で膝を付いた。
気配を察知したミフィの目がバチンと開く。
「起きてる」
「そう。ロックが姉さんと一緒に寝たいって」
「ふーん。じゃあおいで。ロック」
カリナとミフィの間で勝手に話しが進む中、ロックは
『あれ?』
と思い立ち止まった。カリナに物乞いするような表情を向ける。
カリナは特に気にする事無く、これはいいものよ、と言わんばかりにロックに微笑みを返した。
ミフィはミフィでロックが気恥ずかしさを感じているのではないかと思い、
「ギーもたまに来てるんだから。気にしないの」
と優しく囁いて、その手を取ってゆっくりと引いてやった。
カリナも招待客を促すように、そっとロックの背中をミフィのほうへ押してやる。
ロックは流されるままに、ミフィと同じベッドにすっぽりと納まった。しかし、心中には違和感があった。
『なんか、違うくね?』
そう思い、ロックはカリナのほうを見た。
カリナは
「兄さんが心配するといけないから、ロックがここに居るって伝えてくるね」
と就寝前に相応しい声でロックに囁いてその場を離れた。
ミフィはすぐに満足気に眠りに落ちた。
ロックはしばらく天井を見上げていた。そうしていると、カリナが帰って来て姉に包まれているロックの隣のベッドに入った。ロックはふと隣のベッドを見るとカリナと目が合った。
カリナは人差し指を口の前に立てて
「命は大切にしないとね」
とロックに伝えてから、黒い瞳を閉じて寝息を立て始めた。
ロックにはカリナの言葉の意味が分からなかった。仕方ないのでミフィの胸の中で別の言葉の意味を考えていた。
『ぉ姉さん……。姉さん……。ぉ姉さんって誰だ?』
ロックの耳には確かに、〝姉さん〟とは違う〝ぉ姉さん〟の発音が聞こえていた。しかし改めて〝ぉ姉さん〟が絶対にカリナの事を指すのかというと、そのような生い立ちがない事に気がついた。
セイやミフィはカリナの事をカリナと呼ぶ。ヒースはカリナ姉と呼ぶ。ルネやアキットはカリナお姉ちゃんと呼ぶ。
そんな単純な事を思い出している内に、いつしかロックの瞼も落ちて、一日を終わらせた。かに見えたが、夜中にミフィの寝返りから繰り出された裏拳を顔面で食らい、カリナの言葉の意味を痛感し、男子年長組の部屋に戻って自分のベッドで寝た。
翌日。男子年長組の部屋にて。
目を覚ましたギーは寝ぼけたような声でロックに尋ねた。
「どこに行ってたの? ロック兄ちゃん?」
ギーの問いにはセイが代わりに答えた。
「お前が寝てからすぐに部屋に帰ってきたよ」
孤児院の皆は朝食を終わらせ、修練に、学問に、それぞれの一日を過ごして、夕食の時間を迎える。
皆はいつも通り過ごしていたが、ロックはその日の夕食をわざとゆっくり口に運んだ。ロックはあえて最後に食べ終えるつもりだった。
年少組より遅いロックの食事がキユキは気がかりであったが、先に夕食を終わらて、厨房に向かう。
『あっ。そっか。しょうがないか……』
とキユキぽつりと思った。
カリナは抜群のステルス性能を発揮して夕食を終えると、静かに食堂から消えていた。あろことか、食器はきちんと厨房に運び、食堂にいるキユキの横を通り過ぎての退場だった。
キユキは厨房に誰もいないことで、カリナが当番の皿洗いをせずに帰った事を悟ったのだった。そして、昨日ロックの機嫌を損ねた自分のせいだと理解した。少し気を沈めていたが、キユキは作業台の近くの丸椅子に座ってレシピの本をパラパラと捲りはじめた。
ロックが皿をもって来て洗い場の位置に付く。そこから動かない。
キユキは壁を見たまま立ち止まるロックに驚き、思考を巡らせ、口にする言葉を選んでいたが、それより速くロックが壁に声を反射させる。
「昨日は……、ごめんなさい……。死ぬなんて……、言って」
「私こそごめんねなさい。知ったような口を利いて」
キユキは立ち上がり、一度、深々とロックの背中に頭を下げて、話し始めた。
「あのね。私、ここに来る前、孤児院の子供たちと仲良くなれたいいなって、お姉ちゃんみたいに思われたいなって思って、ここに来たの」
「うん……、それでいいんじゃない」
「良くなかったの。それさえも守れてなかったの。今までここで暮らして来て、セイ君とは取りとめのない話しか出来ないし、ヒース君の話は難しい。でも、ロック君とギー君くらいの歳の子ならって思って、大切な事なのに喋る前に何も考えずに口を動かしたの。だから、ごめんなさい」
「別に、そこまで……考えなくてもいーけど」
「でも、ロック君が言った事は、多分、私と仲良くしたくないって事もあったと思うんだけど……」
「別にそんなんじゃねーから」
「うん。でも、多分私の言い方は浅はかで、それでロック君を怒らせたんだと思ったんだけど……」
「それは、何か知らねーけど」
「うん。だから、私が馬鹿で、ギー君と仲良くすると私が死んだときにギー君が悲しむ事とか……」
「もういーよ。分かったよ」
「だからごめんなさい」
「だからそういうのじゃなくて……。もういいって」
ロックは食器を洗い始めた。キユキは立ったまま、何もできずにロックの背中をしばらく見つめた。キユキはこれ以上、何かを伝える事が出来なかった。
キユキは軽く息を吐いて、朝食の仕込みを始めた。しばらく作業を進めて、食材をボールに入れ、水道を借りるためにロックの側まで来た。
ロックがそっぽを向いてぼそぼそと喋る。
「キユキさんが凹んでると、そういうの子供たちに伝わるから、そういうの止めろよ。笑えよ」
キユキは驚き、ただロックを見ていたい気持ちになったり、手を伸ばしたい気持ちになったが、もたらされたその感情に反抗して、まずは彼の背中で笑みだけを取り戻す。
「うん、そうするね」
しばらくしてから作業を終えて、二人で食堂を後にして廊下に出た。二、三歩前にいるロックの背中にキユキが尋ねる。
「あのね、夕食とかのメニューが少し思いつかないんだけど、多分、これからは食べたくないものとかも聞いた方がいいのかなって。ロック君は何かある?」
ロックは立ち止まり、応じてキユキも立ち止まった。キユキはロックからか細く絞ったような声を聞いた。
「生の玉ねぎは次ぎの、次ぎの、それからずっと先の春には食えるようになってるから。そん時に使ってよ。……。キユキ姉」
「ありがとう。長生きするね」
キユキの声はそっと静けさに落とし込むようなものだった。
ロックはその場を後にして、夜中のベッドで少し泣いた。




