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イグニション前の速度より  作者: 紀
【春の章】
27/82

カウンター・プラン

 孤児院へ帰ってきて、セイ達も一度男子年長組の部屋へ戻る。

 セイはキユキから渡されたバケットを部屋のテーブルの上に置き、ヒースは近くのソファに腰をおろした。それからバケット明けてサンドをつまんで、かじる。

 ロックは着替えもせずに、部屋の壁のフックに垂直に掛けられている木剣を手に直ぐに庭に向かい、ギーもそれに続いた。


 孤児院の各部屋は木製のベットやテーブル、クローゼットなど置いて、なお空間に余裕がある。小動物4、5匹いても手狭に感じるような生活苦はないだろう。


 セイは部屋から出るロックとギーの背中を見て、テーブルの上のバケット見つめる。視界の端のヒースはソファーでもぐもぐと口を動かしている。ごくん。


「兄貴はどっちに行くんだ?」

「俺はキユキさんの方に行くよ」


 ヒースはセイに向けて人差し指と中指を立ててチョップするように縦に振り下ろした。


 セイは話しを切り上げて、直ぐに食堂へ行くつもりだったので、軽く微笑むだけで、すぐに男子年長組の部屋を後にした。

『ここは任せろって感じか。……でもその指は……。まあいいか。いやでもやっぱりちょっとしゃくに触るなよな。なんでだ?』

 思うだけでそっとしておく優しさが、12歳近辺で往々にして生じるヒースの過剰な振舞いを助長している事までセイは知らない。セイは食堂にいるであろうキユキの元へ向かうために廊下を歩き出した。


 セイは廊下を進み、気配を感じて玄関の方をみる。玄関の軒先にはまだリアカーが止まっており、そこには後ろ姿のキユキがあった。


 キユキから離れた庭の隅の方でロックとギーが木剣を振っている。


 セイは少し様子をみて、キユキがリアカーからキャベツ拾い上げた所でキユキの方へ向かう。セイはキャベツをとりあえず一つ掴んで尋ねる。

「手伝います」

「ああ、うん」

「何個運びますか?」

「5玉くらい」 

「……」

 二人はキャベツを抱えて厨房へ向かう。キユキの表情は普段と変わらず穏やかであったが、声にはどこか張りがあり、余裕のなさが滲んでいた。


 キユキはセイに厨房に残るように伝えて、胸から光の線を天井の術印に伸ばして点灯する。キユキの胸からは光りの線が伸びおり、厨房を出て食堂を歩いて進むキユキの胸からは、光の線がリール式の延長コードのようにスルスルと伸びていく。キユキが食堂を出て廊下に歩を進めても、厨房は赤っぽい照明が灯ったままで、セイはそこでおとなしく待っていた。


 キユキが玉ねぎを4つ持って厨房へ帰ってくる。

「メニューは決まってますか?」

「お好み焼きって知ってる?」

「北北東区域の郷土料理ですよね?」


『地方モノのでみたな』

 セイは〝薄い恋愛小説〟の有能さをまた少し心で感じ、同時に表紙が頭をよぎった。〝裏返しの裏返し″というタイトルの下には、北北東区域の伝統衣装である袴をはいた快活そうな女の子が、フライ返しを二本持ち、八双と正眼という剣の構えに似たポーズをとっている。イラストの空中にはお好み焼きも舞っている。


「今日はそのお好み焼きと似たようなものを作ろうと思うの」

「でも、あれは秘伝のタレがいるんじゃ……」

「塩コショウとスパイスでも、わりとまとまった味にはなるから」

「手順までは覚えてないんですけど……」

「じゃあ、まずはキャベツの千切りを頼んでいい?」

「わかりました」


 セイは包丁片手にまな板の上で、キャベツ1玉を十字に4等分し、芯を落として千切りを始めた。


 対して、キユキはキャベツの葉を1枚1枚むき、それぞれで芯をとりのぞき葉を重ねて千切りを始める。キャベツの玉が十分に縮まってから芯をのぞいて丸ごと千切りする。


『その方法だと旨くはなる。でも時間がかかるんだよな……』

 セイは余計な事だと思うだけで口にしない。


 作業台の側に立ち二人は包丁を動かす。二人ともリズミカルに刃を刻み、千切りキャベツを竹製のざるにあげていく。ザクザクザクと歯切れよい音でキャベツは刻まれ、その奥はトントントンとかすかな音が立つ。包丁とまな板がぶつかる。

 

 いつもは無駄口を叩くキユキから一切の声がない。

らくなんだけど、いざこうなると気まずいな』

 キユキの習慣は、2ヶ月でセイの耳に染み付いていた。


 セイは次ぎのキャベツからキユキの真似をし、丁寧な千切りで刻んだ。


 キユキが新玉ねぎを手に取ったときにセイは軽く声をかける。

「生で使いますか?」

「ううん。火は通すわ」

 セイはキャベツの残りを刻み、キユキは蛇口のあるシンクに移動して玉ねぎの皮を剥く。そして二人は玉ねぎも同じように千切りにし、調理を進める。


 キユキはコンロの炭に火を入れて、寸胴の鍋でパスタを茹で始めた。ぐつぐつと沸騰し始めた水にはパスタと塩が入っている。


 鍋を見守りつつ腕組みをしたセイが尋ねる。

「ロックと何かありましたか?」

「えっ、ぁぁ、うん、ちょっと喧嘩しちゃって。でも悪いのは、私で……」

「……。取り持ちましょうか?」


 キユキはすぐに首を横にふり、申し訳無さそうに微笑んだ。

「ううん。私からちゃんとロック君に謝るから」

「そうですか」


 セイは長い麺棒で鍋のパスタの一群を熱湯の中でグルリとまわした。

『踏み込んだ方がいいか、いや……』

 セイは思いつつも、保留し沈黙を保つ。

 

 キユキは小麦をボールに入れてき始めた。少量の水でネバネバと、それから少しづつ水を増やして、トロトロと水に近い状態まで溶かしていく。


 食堂の扉が開きミフィが黙って入ってくる。セイとキユキと目があう。パチパチと瞬きをして間をつくる。それからミフィは無邪気に手を振り帰ろうとする。

「お邪魔しましまー」

「待てミフィ。ちょっと手伝ってくれ」

「なに? めずらしく二人でやってるんだからもういいでしょ?」

 セイはミフィの頭の悪そうな発言からヒースによって送られた援軍だと感じた。

「いや、ダメだ。〝しましま〟の意味が分からない」

 ミフィは声にトロみをつけてワザとらしく答える。

「もう。しょうがないなー」

「悪い」

 

 厨房まで歩を進めたミフィは刻まれたキャベツや玉ねぎを見ながらキユキに向けて喋った。

「それで、どしたの?。キユキさん」

「うん。ちょっとロック君と喧嘩しちゃって」

「そっか。だとしたらメレディスさんね。話は聞いたほうがいい?」

「ううん」

 キユキは即答した。眉尻が下がっているが精一杯の笑顔を作る。

「じゃあ、これだけ言っておくね。仕方のない事なの。ロックはそういう子。気にしないで。ちょっとたてばまた元気になってるから。キユキさんが保護役以上の事をしているのはロックくらいなら分かってる」

「うん」

「本当にダメそうなら私も手伝うって。元気出して」

「ええ、大丈夫」


 キユキはミフィから笑み向けられ、暗さを振り払い微笑みをたずさえた。気を取り直して、調理の支持を出す。小麦粉を薄く延ばし、その上にキャベツを山のように乗せて塩コショウを振り……、と手順を教えて、三人がかりで、小麦粉とキャベツと肉と玉ねぎとパスタと卵のこんもりと重層を作り上げていく。


 食堂の扉が開く。今度はルネが入ってくる。ベルトコンベアーの上を動くような足取りで、

「うーん」

などと小さな声を出し、眠気眼ねむけまなこだ。ルネはオープンキッチンの空間を形作るカウンター側で丸椅子を引き出してよじ登る。


 カウンターは4,5メートル程度で普段の食事では使われない。夕食や朝食など一堂が会して食事をする場所は中央でピッタリと橋渡をしている3つの木のテーブルサイドだ。オープンキッチンのカウンターは食事のためというよりか、遊び心で設計されているにすぎない。


 セイはルネの様子からミフィが盛り込んだ時間差の増援だと感づいた。


 ルネは両手と顎をカウンターの上に投げ出すように乗せる。目は横一文字で、間延びした声で伝える。

「イチゴオゥレを一杯下さいです~」


 イチゴオゥレはイチゴを液状に近い状態までグチャグチャに潰して、牛乳と砂糖を加えた公国の飲み物だ。


 セイは鉄板を前にしてフライ返しを両手に奮闘する。

「悪い、手が離せない。食後でいいか」

「ひやかしです~。気にしなくていいです~」

 ルネは昼食後から自主的に光術の修練を始めたため、疲れ気味だ。

 ルネの気の抜けた声で、厨房側の三人からは失笑が小さくこぼれる。

 

 キユキ鉄板の上に肉のスライスを並べて、木製のスパイスボトルの底を握りさじ加減を間違わないように、肉の上で細かく左右に振る。均一にして少量のスパイスがボトルからパラパラとこぼれ散る。漂う香りが火力から生まれる上昇気流にのって広がる。


 ルネが鼻をスンスンと鳴らしてから目をパチりと開け覚醒する。

「いい匂いですね。ジュージュー聞こえます。今夜はお肉ですか?」


 ミフィが得意げに人差し指をそり返して頬の前で立てる。

「今日はお肉がメインじゃないの」

「なんですか?」

 ルネは椅子の上に膝立ちして、カウンターに手を付き前のめりになる。眼下の視界には仕上がっている焼き物がある。

「これはお好み焼きですね?」

 

 セイは驚き、密かに眉をひそめる。

 キユキも驚き、即座に反応する。

「良く分かったわね! ルネちゃんは実は地理が得意なの?」

「ぜんぜんです」

 そこからキユキは、気を持ち直して皆と談笑しながら調理を進めた。

 

 セイは鉄板の上に生地をひき、ミフィが上にキャベツと玉ねぎのミックスベジタブルを山のように乗せ、キユキが横で肉の細切れをいためたものを上に乗せる。鉄板の上にはそれが幾つも作られ並んでいる。

 セイはお玉など作業台に戻して、二本のフライ返しを握り締め、挿絵を思い出して器用にクルリとひっくり返していく。


 『ルネは黒か』

 セイは〝薄い恋愛小説〟の普及率について心の中で静かに結論を下した。秘伝のタレがない中途半端な状態で、辺境の地の料理を理解した事から、疑いの余地がないものになった。ミフィは、何気に物珍しいメニューを華麗にスルーしていた。楽しそうに調理している。年齢差があるとはいえセイは長女ミフィの調整力に感心せざるおえなかった。


 結局、食堂の側の天井の術印はルネが点灯した。肉とスパイスの香りに釣られて、覚醒したルネは、皆が集まりはじめると胸から水色の光の線を伸ばし、食堂の天井に貼り付けられている、紙に描かれた術印に線を繋げて、部屋を水色の明かりで点灯した。


 皆のイタダキマスから夕食は始る。食前の声は相変わらずバラバラで黒魔術のような響きだ。長く位置取りしたテーブルを挟んでいつもの顔ぶれが並ぶ。

 男子側、女子側、とに別れて座っているが、キユキはセイとミフィが位置する端の反対側で、皆が見渡せるような短辺の端に座っている。しかし、その実質的な視線は左右の最年少のレオとメイで、二人の面倒を見ながら食べている。

 丸いプレートの上に白っぽいお好み焼きが乗っているが、青海苔も秘伝のタレもないので、色味が悪くて分厚いホットケーキのようにも見える。

 しかし、ナイフとフォークで切り分けパクリと口にした、ミフィが頷く。 

「うん。この卵とパスタが一緒になった所が最高ね。アクセントに入れたスパイシーな肉もいい味出してる」

 セイは少し笑ってから呆れたように口を開く。

「お前は今日という日を台無しにしたな」

「冗談よ。美味しいのはキャベツと玉ねぎでしょ。とれたての」


 ミフィはロックとギーに笑顔を向ける。

「ロックもギーもありがと」

 ギーはともかく、ロックの食は進んでいない。食べていないわけではないのだが、年下のギーより手が伸びておらず、お好み焼きは、その端のプレーンな生地が少しばかり片付いているだけだ。

 ミフィは優しくもう一度、食を促す。

「あったかいうちに食べたら?。それに、今日の〝これ〟はおかわりがないんだから」

 セイがそれとなく合わせる。

「お好み焼きな。北北東区域の伝統料理だ」


『いまさら〝これ〟とかは不自然だろ。いや、そうか……。いや邪魔したか……』

 しかし、ミフィはさっきお好み焼きという名前は耳にしている。いまさら隠す必要もない。ゆえにセイは不自然に感じた。しかし、調理に参加した四人以外に、お好み焼きは周知の事実でない事も事実である。セイは〝これ〟と表現したミフィの思惑を壊したかなと少し思い、ミフィを見た。


 ミフィは目を細め上機嫌にモグモグとお好み焼きを食べているだけだった。


 ロックの横に座るヒースは切り出したお好み焼きを、もりもりと口に運びながら淡々という。

「食わなねーと体できねーぞ」

「食うよ」


 ロックは僅かに無愛想に答えて、ナイフで大きくお好み焼きを切り取りフォークでブスリとさして口に運んだ。そして、次ぎの一口は運ぶ前にお好み焼きの断面を見る。中にはスパイスの粒子を纏った肉が見える。ロックは少しだけ前かがみになり、大口をあけて零さないように食べた。


 ミフィが見逃さず、ふふん、と軽く口を弾ませてから声をかける。

「新文化の匂いがするでしょ?」


 セイが自身のお好み焼きを口の中に入れ、モグモグと咀嚼そしゃくし、喋れぬ口の代わりに静かに思う。

『でも、ミフィのお好み焼きのキャベツは俺の最初の千切りなんだけどな』


 セイのお好み焼きの中にも、調理の最初に自身が刻んだキャベツが入っている。


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