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イグニション前の速度より  作者: 紀
【春の章】
26/82

ラピッド プランナー

 休日の朝、セイ達が山道のランニングに向かう一足先に孤児院を後にしたのは、10歳のロック、8歳のギーと保護役のキユキだ。三人は春キャベツと新玉ねぎの収穫に向かっている。


 ロックとギーはリアカー引き、孤児院の土の庭を出て四角い石畳の路地を進む。キユキはリアカーの荷台の最後尾に腰掛け脚をプラプラしている。


 霧を払いたてた春の朝日は熱もほどほどに閃光を村に届け、三人の顔もくっきりと浮かぶ。

 キユキの金髪は日差しに溶け込むようで、ロックの茶色い短髪は刺々しく跳ねている。ギーのミディアムレングスの銀髪は寝癖で後頭部で右に折れている。


 道に迷いそうな髪形であるが、三人の進路は間違いなく畑を目指していた。特にリアカーの前を引く二人の真剣な眼差しに対して、上機嫌に足を揺らすキユキは、道中で幾人かの村人に目をまるくして見られる。


「あっ、どうも~」


 キユキは村人と目が合うたびに荷台から立ち上がりお辞儀をする。


 その度にロックが割り込むように

「早く乗れよ。いくぞ」

とキユキに声を掛ける。


 村人はキユキが荷台に座っていた理由をそれとなく察して、何処に行くのかを尋ねたりした。


 しかし、度重なる下車と停車は、ロックの機嫌を徐々に曇らせ、しまいには怒鳴り声で

「もう降りんなよ!」

と割り込み始めた。


キユキも

「はい!」

と答えて、申し訳なさそうに村人にもう一度、頭を軽く下げてすぐに荷台に腰掛けた。

 

 村人は皆、理解してから失笑し、ほどほどに見送り自身の生活に戻っていった。


 リアカーは村の居住区画を抜け、一行は畑を目指して進む。坂道を除けばリアカーは滑らかに進み続け、ホイールは風を受けた風車のようにクルクルと回る。


 上り坂に入るとリアカーのスピードは明らかに落ちたので、キユキはリアカーの荷台から降りる。下り坂だとつま先を地面に押し付けブレーキを掛ける。平坦な道では、荷台に腰掛けプラプラしている足のつま先で、ちょんちょんとリズムよく大地を蹴り、前を引く二人を援護しながら進んだ。


 ロックとギーからは、はぁはぁと小さな呼吸音が出るが、足取りは軽やかで一定だ。計算された呼吸で推進力を得る。


「手伝おっか?」

とキユキが振り向き尋ねると

「いいよ」

「座ってて」

とロックとギーの二人は進行方向をみたまま真剣に背中で断る。


 キユキは

『うん、楽いかも。運んでもらうのもいいものね』

と思い、間をおき、何度か同じよう似たこと尋ねては、進み行く二人の変わる事のない意思を確認した。何度も降りて歩く事を申し出てては二人に断らせていたのだ。そこにはキユキの楽しみがあった。


 しかし、もう一度キユキが

「ホントに大丈夫?。降りて歩くよ?」

と聞き、ロックが怒鳴る。

「だから、いいっていってんだろ!」

 幼いギーの高く透き通る声が、キユキの楽しみを少し終わらせる。

「なんでそんなに聞くの?」

「ゆっくり行きたいの」

「おいギー、ペースを落とせ」

「うん」

 

 リアカーの移動にかかる労力は、幾分、三人に均等化されるが、会話の出発点はキユキに寄っている。

「この時期は風が気持ちいいわね」

 まず応じたのロックであった。

「風はいつも風だろ」

「そうかしら?」


 ギーは笑みが絶えないキユキにつられるように微笑み答える。

「寒くないのはいいよね」

「そうね」


 二人の合意にロックが続く。

「まぁ、そうだな」

 

「でも寒い、暑いだけかしら?」

 ロックが考えている間にギーが質問を質問で返す。

「他に何があるの?」

「そうね。春風は、ほら、ふわぁぁ、て吹くじゃない。激しいとぶわぁぁって吹くときもあるけど。でも北風はヒュゥとかピュゥって吹いてどこか寂しいでしょ?」


 ロックとギーはキユキの口ぶりに少し笑う。口ぶりに誘われてか笑いに誘われてか、ロックはふと後ろを振り向くとふわりと舞うキユキの金髪が目に入った。背中合わせであったので、キユキは振り向いて一緒に笑おうとして首を動かし始める。それを察知したロックがあわてて正面を向く。

『似てはねーよな』

『何かしら?』

 ロックとキユキは共に思った事を口にしなかった。


 キユキはしばらくロックを見つめたが、ロックは前方を見据えたままだった。ロックは振り返えらなかったから、キユキも後方に向き直り春の盛りの山々を仰いだ。

「それに新緑もきれいじゃない」

 ギーが受け答えしていく。

「しんりょく?」

「まだ、生え変って間もない葉っぱの事を新緑っていうの」

「ふ~ん。しんりょくが好きなの?」

「新緑も好きかな。春だと少し色が違って、薄いの」

「ふ~ん」


 まだ、ランドスケープに対する感性の弱さを垣間見たキユキは、最後になじみの問を出した。

「雲も綺麗よね。空も近いし」

「はは、空が〝近い〟ってなんだよ」

 ロックは本能は空を近いと形容することの不自然さを訴えた。

「空が、……近いの」

「いや、だから、空が近いってのは変だろ」

「変じゃないの。秋口から空が高くなってくるんだから」

「は?。変わんないだろ」

 ロックが結論を出してギーが尋ねる。 

「空は近づくの?」


 ロックとギーは自身のセリフに合わせて、視線は空へ。後部座席のキユキへ。前方へ。二人の首を支点にと行ったり来たりする。二人の首がブンブンと舞うなかで、キユキはずっと空を見上げたままだ。


「うん。近づくの。高くもなるし。よぉぉく見上げてみて」

「ふぅぅん」

 頷いたギーに対して、ロックはギーに尋ねる。

「分かるか?。ギー」

「分からない」

「ほら、変わんねーよ」

「今じゃないの。季節を跨ぐとって事ね。夏が終わる頃にはもう高くなってるかな」


 ロックは眉間に皺を寄せ、すりつくように空を見た。数少ない雲をよけて青をみる。キユキに対する非難では無い。キユキの語りと自身の疑惑がぶつかり、その欠片がころぼれるように口をつく。

「いや、変わんねーだろ……」

 ギーも続く。

「本当かなぁ」

「私は一ヶ月も経つと変わったなぁって思うかな。見るだけでしか違いを知る事ができない、思ったよりも貴重なものよ?」

「ふーん」


 最後に納得したような口ぶりのギーであった。ロックは黙って後ろを振り向くだけ。」


 再びキユキが気配を察知して振り向こうとした瞬間、ロックは素早く前を向いた。

『何かあるのかしら』

 キユキはしばらくロックの方を見ていた。


 ロックが

「まぁ見てみるよ」

と落ち着きを取り戻してもう一回振り向くと、今度は先に微笑んでいるキユキの顔があり、ロックは慌てて前を見た。

 

 ギーが口を大きく動かす。

「キユキ姉ちゃん、もうすぐだよ」

「そうなの?。二人ともありが……」


 キユキの礼を遮り、ロックは芯のない声を出す。

「お前、姉ちゃんって呼んでんの?」

 ロックの顔は茶化すように笑ってなどはなかった。


 キユキは即座に振り向く。キユキの目には俯くギー映ったので、ロックに優しく提言する。

「あのね、ロック君、それはちょっと違うの」

「なにが?」

「私がね、ギー君にお姉ちゃんって呼んで欲しいってお願いしたの。ギー君は自分から呼んでるわけじゃないの。だから、ロック君にも呼んで欲しいかなって」

「いや、俺はいいよ。そんなの。……。そんな事より牛より速かっただろ?」

『うん。今はいいかな。そんな事』

とキユキは思いロックに合わせた。

「うん。早かった。二人ともありがとう。楽しくてすぐに着いちゃったね」

 二人の速度は牛車と比べて大差は無かったが、キユキは真実をそのままを口にした。


 街道は終わり、畑へ向かう畦道あぜみちの手前でロックが立ち止まり、ギーも合わせて止まる。ロックとキユキは示し合わせたように共に振り返った。

「こっからは乗り心地わるいぞ」

「そうなの? じゃあ降りよっか」

 リアカーの車輪が畦道の細かい凹凸を拾い少し跳ねるのだ。少しであるが乗り心地に響き、歩いた方がましである。ロック言葉の意味を捉えてキユキは微笑み、リアカーの荷台から下りて歩き始めた。


 長方形の畑は区画整理や作業性のために所々畦道が張り巡らされている。畦道には雑草が芝生程度の長さで陣地を確保していた。


 畑の中に人影を確認し、ロックが呼ぶ。

「おーい! おっちゃぁぁん」


 30歳手前の男がその場で、

「おお!」

と声を上げて返事して三人の元へ来た。


 男が近づき、キユキも軽く頭を下げながら男に近づく。

「おはようございます。アランドさん」

「おはよう。キユキさん。それにロックとギーも。三人とも助かるよ。でも、二人でいいって言わなかったですか?」

「はい。今日は私が余分なんです。お手伝いしようと思ったんですけどお邪魔でしたか?」

「そんな事はない。人手は幾らでも欲しいよ。ただライティングと畑仕事をするとは思わなかったなって。それだけだよ」

「ライティングなんて止めてください。私はもうこの村の保護役で指導役です。忙しいときくらい、お手伝いします」

「はは、頼もしいな。でも疲れたら遠慮なく休憩してくれ。くたびれたキユキさんを返したら子供達に悪いから」


 ロックは、〝牛より早かった〟 とキユキに言われてから気が高ぶっている。

「おい、おっちゃん、さっさとやろうぜ。どこを採るんだ?」

「ああ、こっちのキャベツとあっちの玉ねぎだ。キャベツが終ったら玉ねぎに行こう」

 アランドはキャベツが二重三重に列をなしてる一区画と、玉ねぎの一区画を指さして伝えた。


 それから、四人はキャベツ畑に足を踏み入れ作業にとりかかった。


 キャベツは押しピンでとめたかのように大地に根付き、ピンの近くにはピンと同じくらい大きな葉っぱが地面に広がっている。


 アランドは腰を曲げて、キャベツと大地を繋ぐ軸を鎌で切り落とし余分な葉を二、三枚落して、キャベツの底を空に向け近くに置く。アランドは一列を直進しながらそれを繰り返した。


 ロックとギーはキャベツを切り出しては兎跳びのようなジャンプでピョンっと次の株へ向かった。それを見たキユキは迷ったがアランドの真似をして遅れずに付いていった。


 アランドはある程度列を処理すると皆が切り出したキャベツを、かごに入れて自分の牛車の荷台と三人のリアカーの荷台へ運んだ。


 四人はキャベツの収穫を終わらせた。東から弧を描くように進んだ太陽は天井付近に位置する。

 

「飯にしよう!」

アランドが叫び、皆は昼食の準備に取り掛かった。


 キユキは畦道あぜみちの上に麻のラグを2つ広げ、その一枚にランチボックを置いた。アランドが物珍しそうに敷物を見る。

「いやぁ、そんなものまで広げられると、食った後寝ちまいそうだな」

「ふふ、いいんですよ。休んで下さっていても」

「四人で昼寝も悪くないけどな。俺は一回夜までマジ寝して風をひいた事があるな」

「じゃあ、次ぎは毛布も持って来ますね」

「はは。よかったな二人とも。いい人そうで」


 ロックはバケットに手をのばして、中にあるランチボックスを一つ一つ取り出し、ラグの上に並べていった。

「んなのより早く食おうぜ」


 ギーはキユキからハーブティーが注がれたカップを受け取る。


「俺も取ってこよう」

と言ってアランドは自分の牛車につんである弁当のほうへ向かおうとする。

「でも、よろしかったらつまんでください」

「旨いんだぜキユキさんの飯」

「そうなのか?。それじゃあ一つ。うん、旨いな。俺んときの保護役とは大分ちがうな」


 わきあいあいと、四人はラグの上で弁当を食べ始めた。


 しばらくして、別のある一人の男の影が四人に近づく。その男は少し遠めで

「アランドさーん!」

と叫んで手招きをした。


 アランドは立ち上がり、笑みが消えて、普段のあるがままの表情に戻ったが、その奥にはどこか険しさが滲み出ていた。


 新たに現れた男とアランドは、キユキ達から離れた所でしばらく話をする。


 それからアランドはキユキ達のもとに駆け足で戻って来た。

「キユキさん、すまない。俺は急用が出来たから帰るよ。後は自分達が使う分の玉ねぎを採って帰ってくれ」

「は、はい。わかりました。」

アランドはキユキの返事も半ばに、自分が連れてきた牛車も、ラグの上に広げた弁当もそのままに、男に合流して足早に帰って行った。

「どうしたのかしら?」

「多分、奥さんが倒れたんだよ」

「うん」

 

 三人は、パクリ、パクリ、と昼食をすませた。

「お茶飲む?」

「今あるやつでいい」

「僕も」


 しばらく、休んでからキユキは言った。

「アランドさんは自分達の分だけでいいって言ってたけど、この区画は今日すませましょうか?」

「……、そうだな。やるぞギー」

「うん」

 葬儀になると忙しくなる事を、ロックは理解している。三人がここでやらなければ、野菜は手つかずで収穫時期を逃す事になるかもしれない事は、ロックとキユキの目から見ても明白であった。


 玉ねぎは地上において、三十センチほど緑色の筒状の葉を数本のばしている。葉を束ねて手で掴むと、筒状の葉は潰れて、ジャギ、とも、ギュ、とも聞こえるような音が出る。キユキ達に掴まれた葉の束は、体重を乗せて上に引っこ抜かれ、地下に埋まっている実のような部分が姿を現す。地下に埋まっていた玉ねぎの実のような部分は、鱗茎りんけいと呼ばれ、普段、キユキ達が口にする部分だ。


 三人はそれぞれ、一列に整然と伸びる玉ねぎの葉をつかみ、引っぱって、地中から丸っこい鱗茎りんけいを呼び起こしていった。三人は引っぱるとき、ふん、とか、うーん、とか、小さく声を出して力んだ。力を入れる掛け声が出るが、交わす言葉はなかった。


 日は傾き作業も終わりに近づいていた。キユキ達も、玉ねぎの葉の緑も、オレンジ色に染まる。


 玉ねぎが過剰に大地に吸い付いていたのか、慣れない作業で集中力が切れたのか、キユキは玉ねぎを引き抜く手や足腰の力加減を間違えて、勢い余り、体が後ろに跳ねる。

「きゃっ」

 キユキからは歯切れのよい悲鳴が出て、玉ねぎは魚を釣り上げたように宙を舞う。

 キユキは後ろに倒れこむように尻もちをついた。


 キユキの5メートルほど前方で作業していたロックは、屈めた腰を伸ばして振りむき、

「へへへ」

と土が付いた顔を少しほころばせた。


「あはは。どんくさいね」

ロックと目が合い、キユキも答えた。


「キユキ姉ちゃん大丈夫?」

 ギーはキユキに近寄ったが起こせる力もないためか、手を差し出すような気遣いはない。しかし、立ち上がったキユキのズボンについた土を、背中の方からパンパンとはたいてやった。


 ロックはキユキに問いかける。

「キユキさんは大丈夫なの?。キユキさんも死ぬんだろ。俺わかってんだよ。寿命は30くらいで、保護役は来て、すぐに死ぬって」

「ええ、そうね」

「だから、今みたに笑われるの嫌なんだよ。今日も本当は来たくなかった」


 ギーはロックを見つめていた。

 キユキは寂しげに謝る。


「ごめんね」

「……それだけ」


 ロックはまた作業に戻ろうと腰を曲げたが、キユキが優しげな声で問いかける。

「前の保護役の方の名前は、何ていったの?」

「メレディス……」

「どんな人だったの?」

「普通だよ」

「それじゃあ、メレディスさんは幸せだったわね」

「何でだよ」

「優しくしないと優しくは出来にくいわ。今日みたいに一生懸命リアカーを引いてくれたり、畑を手伝ってくれたり」

「いいんだよ。そんな話。なあ、俺、死ぬのとかよく分かんねーけど、そうやって擦り寄ってくるような事、すんなよ」

「私と仲良くする事はできないって事?」

「いちいち聞くなよ。そんな事も分かんねーのかよ」

「……」

「前の保護役の名前なんか出して、いちいちムカつくんだよ」

「ごめんなさい」


 キユキは深く頭を下げ起き上がり無表情であったロックをみつめた。無表情であったが、それは彼女が努めて作った表情だった。期待を裏切られた心には憎しみではなく、悲しみと情けなさが響いていた。


 ロックが視線をそらして腰をかがめ、再び玉ねぎを始めるようとする。


 ギーはキユキを見て、次いでロックを見て言った。

「ロック兄ちゃん、そんなこと言ったらキユキ姉ちゃんがかわいそうだよ」

 ロックは今一度、しっかりとギーを見据えて、平坦な声で伝えた。

「キユキ姉ちゃんなんて言っても、もう直ぐ死ぞ」

 再びロックは腰を曲げて残りの玉ねぎを抜き始めた。



 せきをきったのはロックで逆なでしたのがキユキであるが、それを堪えていたのがロックである。しかし、きっかけは今日という日に降り積もっていた。


 道中、キユキと見直した自然がロックの感受性を刺激し、また、ギーをかばう優しさや、牛車に勝るという褒め言葉からの高揚は、ロックの心を十分すぎるくらいに揺さぶっていた。それらはロックの心を暖めたりもしていたが、同時に感情に振り幅を与えていた。


 キユキと触れ合うギーに対する嫉妬心も無きにしも非ずだが、それよりも村人の死とキユキのうつし身とギーが心の中で触れ合ってしまい、キユキの奥にある逃れられない死をロックに感じさせた。ロックがキユキの奥に死を見るのは、キユキに傾いていた心の表れであるが、結果としてロックは持て余し、振り回された。


 〝メレディス〟の名を先に出したのがキユキだったからだ。 

 

 それはロックにとっては自身を軽んじるような発言だった。


 メレディスの名を出してきたキユキは、ロックにとって不愉快でしかなかった。にもかかわらず、粘るように応じたのは、日々を積み重ねたキユキの徳でもあり、それに対するロックの報いだった。


 そこから先のキユキの発言はほとんど逆撫でにしかならなかった。悪い意味でかすみを取り払うものでしかなかった。


 キユキがメレディスを語るのであれば、そうなる宿命だった。あるいは、キユキにはまだ別の言葉があったのかもしれないが、それを選べた無かったのがキユキの咎の芯なのだ。


 ロックは〝いいんだよ、そんな話〟と脇におく。蔦で囲った心を冷静に守る。そして〝擦り寄るって来るな〟と続けざまにいう。この提言は不器用であるが、彼が放った最後の我慢と、優しさをのせた言葉だった。彼は最後まで声を荒げる事はなかったのだ。


 そしてそれを無碍しにしたのが、キユキの問いかけそのものだった。その何一つ理解していないような口ぶりが、ロックにそれ以上我慢を許さなかった。ロックにはキユキの咎を攻め立てる躊躇ためらいがなくなり、〝ムカつく〟とまで彼に言わせた。


 ロックのせきか、キユキの迂闊うかつか。それはギーには分からなかった。8歳という幼いギーの印象に入り込んだのは、ロックの口から出た〝死〟という言葉と、訳の分からない二人のやり取りだった。


 それゆえ、ギーの心に浮かんだのは、墓石を見つめて立ち尽くす二つ年上の兄の姿と影だった。ギーにとってのメレディスの死は、普段は優しい兄が色を失い、未知の闇の中に押し込められるありまさだった。訳の分からぬ、良からぬと感じるものが、〝死〟によって子細を捨て去りギーの心の中で一致したのだ。


 近場にあった〝ムカつく〟という言葉を拾い上げ、〝キユキ姉ちゃんがかわいそう〟だと切り替えしたギーに、多意はなく、場を静めようと気持ちだけだった。


 ロックはギーの本心を声で感じていた。その言葉がロック自身の責を問うものではな無いという事は分かっていた。


 それは、ロックから見れば、ギーが公国における寿命を真に理解していない姿であった。キユキの奥にある死に対して、潰せば痛み叩けば壊れる、頼りない心のあり方だった。ロックには、自身の心配をするギーの心の余裕こそが致命的なものにうつったのだ。だからこそ、ロックはその役目を背負い自身が伝える。〝もう直ぐ死ぬぞ〟と。


 その言い回しはロックが持つ言葉の限界であったり、多分に憤りも混ざるが、何より、やがて来る耐え難い寂しさを迎える事への警告であった。真実の通達は、ロックが時を選んで今に落とした、今にしか落とせない愛情で それゆ彼は秘めた心の内では一人、つたの前に座るのだ。


 『仲良くなれてたと思ってた。全然関係ない。……』


 キユキはロックの言葉の意味を考えたかったが、感情が勝り、思考が整わず、ただ事実を認識するに留まる。不用意にメレディスの名を口にしたという事は分かっていたが、それがあまりに浅はかであったため、自責の念が勝り、思考が止まっていた。

 彼女はロックに遅れぬように玉ねぎを抜き始めた。

 ギーの心にも悲しみはあり、二人を少しの間交互に見るが、歳相応の思考の弱さから、それ以上、どうすることも出来ず二人を見習い玉ねぎを抜くしかなかった。


 夕日が三人を照らし、背丈に見合った長さの影が三つ伸びるが、映し出す畑の凹凸がそれを歪ませる。玉ねぎを引き抜くときに出ていた、ささやかに互いを励ましあう小さな掛け声はもう無い。玉ねぎの葉を掴むときに出る砕くような音と、鳥のさえずりがいくらか聞こえる。ときおり穏やかに吹く春風は三人にひっかかっり通り過ぎていった。


 農作業が終わり、ロックとギーはリアカーの引き手に回ったのを見てキユキはリアカーの後に周る。

『リアカーが先で、それからアランドさんの牛車』

 キユキはロックとギーが引くリアカーを後ろから押した。


 十数メートル進むとセイとヒースが遠くから駆け足で姿を現した。セイは短くキユキに伝えた。

「遅かったんで……」

「ありがとう」

キユキは笑顔を作ったが暗さは隠しきれてはいなかった。

 結局キユキとロックとギーが牛車を引き、セイがリアカーを前から引いて、ヒースがリアカーを後ろから押した。

 三人の表情をセイは不思議に感じたが特に何も言わなかった。

 孤児院への帰り道で、ヒースは軽く勢いをつけてリアカーを押してから、前のセイの横に来てコソコソと尋ねる。

「何か、気まずくねーか?」

「黙っとけよ。とりあえず」

「やっぱりそんな感じか」

「多分な」

ヒースはすごすごとリアカーの後に戻った。


 孤児院につくとキユキはセイに弁当が入っていたバケットを差し出す。

「ありがとう。来てくれて。少し残ったから良かったらみんなで食べて」

 キユキは作りすぎた昼食のサンドをセイに渡し、汚れた服を着替えるために一度〝保護役〟の部屋へ向かい、それから夕食の準備に取り掛かる。


 公国は平均寿命が三十年である事についての教育は無頓着である。保護役や指導役のごく個人的な配慮に任せている。教えようが教えまいが、全公国民は防衛線に行き光術の影響下で戦わなければならないため、その教育にそもそもの理由が見えない事が一端だ。


 恐怖心を誤魔化すためでは無い。約1000年に及ぶ公国の戦いの歴史が平均寿命三十年を事実とし、また、ヒトという種が寿命の減少に痛みを感じず、愚鈍である事が、自然と今のような環境をつくったのだ。


 なお、孤児院やその他にも広く配布されている光術や歴史関連の書物には、当然のように〝約千年前には八十年程度生きている人もいた〟といった一文は記載されており、また、現行制度の元で光術を使用すると寿命が約30年に縮まるとも記してある。当然、〝光術〟の影響下で寿命を迎えるときは、その数日前から頭痛を繰り返す事も記されている。


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