ペアリング・レギュレーション
緩やかな山道を駆け上るセイとヒースは、上から降り注ぐ若葉の透き通る香りや、藪から立ち昇る若葉の香りを胸に通した。セイは呼吸のつらさを感じなかったが、年の差もあり、しばらく走ってヒースが
「兄貴、速くないか?」
と先に根を上げる。ヒースはテンポよく呼吸しているが、それは深く速い。額の髪は後ろに流れ、そこには汗が目立っていた。
「少し歩くか」
セイは駆け足を徐々に緩め歩き始める。ヒースは唾を飲み込み、一度深く呼吸し、それから呼吸を乱して、上を向いて歩き始めた。
二人は木漏れ日の元でしばらく歩いて、ヒースの息が整うと、山道をぶらつきながら会話を始めた。
「弓の調子はどうだ?」
「かなりいいと思う。コッドさんも状態のいいイチイの木が手に入ったって言ってたけどその通りって感じだな」
「そうなのか?。ちょっと、貸してくれよ」
ヒースの装備はショートボウからロングボウへと新しく替わっていた。ヒースはセイに弓を渡す。セイはグリップの位置に手を合わせて、弦の素引きを2、3度して言った。
「分からないな」
「打てば分かるよ。多分、重心がいいんだと思う。打ってる最中でもぶれにくい。あそこの木の上にキジがいるぜ。狙ったら?」
「どこだ?。あぁ、あれか」
「昼飯にしようぜ」
ヒースはしゃがんで、ズボンの裾を膝まで上げて、ブーツに備え付けていた矢を一本渡そうとする。ヒースの様子に気がついてセイが遮る。
「いや、止めとく。外したら矢を探すのが面倒だ」
セイは弓をヒースに返した。かわりに石を拾ってキジに投げたが、接触する前に枝葉を貫く音が出てキジは逃げた。セイは弓を返して二人は再び歩き出した。
「昼飯といえば、お前何食べたい?」
「う~ん。なんでもいいわ。最近、キユキさんにも聞かれてるから、これっていうのは無いんだよなぁ」
「悪い人じゃないだろ?」
「だよなぁ。いい人だと思うよ。話しやすいし。でも俺の出兵までに寿命が来そうなんだよなぁ」
「思い入れは少ないほうがいいって所か」
「まあ、それもあるけど、俺は気にしないかな」
「そうか。……。お前、カリナとはどうなんだ」
「どうもないよ。何だよ兄貴、出兵が近いから身辺調査か?」
「そんなところかな」
「来年には居なくなるだよな。兄貴も。俺、実感わかないタイプなのかな。今は兄貴と走って来たけど、来年は一人か?。ロックとギーは付いて来てくれるのか?」
「ついて来させろよ。お前の尻はおれが叩いた」
「変な言い方するなよ。優しく導いてくれた、だろ?」
「ちゃんと頂上まで連れてってやれよ。気持ちいいから」
「止めろよ、かぶせるな」
二人はへへっといった感じで少し笑い、二人がゴールとしている山頂に向けて歩き出す。
「ヒースはキユキさんと食堂でなに喋ってるんだ?」
「まあ。兄貴とか兄貴の恋とか兄貴の死とか」
「いや、おかしいだろ。その話題は。俺まで巻き込むなよ」
「まぁそうなるよな。でも、それとなく話してたらそっち方向に行ったって感じもあるんだけど」
「まあ、それは分かる気がするよ」
「ほら、前に兄貴とミフィ姉の事が気になって、キユキさんはどうやって結婚しただとか、そんな話をしたんだよ」
「そうか。でも心配もなにも無いだろ?。俺達はバラバラで防衛線に行く。防衛線で会える事もない。後はもう信じるしかないだろ?」
「でも、二人は恋人じゃん」
「何だよ改まって」
「いや、だからキユキさんに聞いてみたんだよ。兄貴とミフィ姉がペアリングする方法はないのかって。何か融通がきかないかって」
「いや、ミフィはここにいた方がいいだろ。それくらいは分かってるんだろ?」
「分かってる。でも、一応聞いてみたんだよ。そしたら、兄貴が出兵した一年後、つまり、ミフィ姉が出兵するタイミングなら何とかなるかもしれないって」
「意味が分からないな。俺はどっかの知らない誰かと一年間ペアリングして、その後にペアを解消して、一年後に来るミフィとまたペアリングする。こんな感じか?」
「ああ、多分それで合ってる」
「多分って……」
「詳しくは聞いてないんだよ、兄貴が何て言うかも、何となく分かるかさぁ」
「いや、でも、ミフィは俺なんかと組んでも仕方ないだろ。それこそA評価の奴とかとでも組んだ方がいいだろ」
「それだよ」
「分かってるならいいけど……」
「まあ、それは兄貴の意見であって、ミフィ姉が望むならそんなのでもいいかなって思ったりもしたんだよ」
「まあ、お前から見るとそうかもしれないけど……」
「実際、見知らぬ男がそこまでミフィ姉を守るかどうかも分からねーだろ?。都会の孤児院のA評価の奴なんてみんなペアリングしてるだろ?」
「まあ、そう聞くな」
「逆に、そこまで来てミフィ姉に乗り換える奴とか、もっと信用できねー」
「それも分かるけど……。でも悪い。気を使わせて。その話ミフィにはしたのか?」
「いやするわけ無いだろ。ただ、本気で考えてるなら、何か手続きがいるから早めに言って欲しいってキユキさんが言ってたよ」
セイは地面を見つめ、まばたきを数回繰り返し頭を働かせた。
『ライフプランとペアリング。俺達には関係ないと思っていたけど……』
◆ ◆ ◆
セイが改めて記憶から呼び出した事の一つは、半年に一回程度は学問の時間に提示される、公国における強制的な人生設計についてだ。
公国では16歳まで、および、そこから数年先のライフプランを以下のように義務付けている。
□ 16歳まで孤児院で、テイカーやドロワーの素養を身に付ける事。
□ 16歳になると、〝招集所〟と呼ばれる国内に数百箇所ある拠点に行く事。
□ 招集所で男子一名と女子一名がペアを組む事。
□ 防衛線と呼ばれる、戦闘区域に数千箇所存在する中継基地で、ペアは自国の防衛に8年間努める事(この8年間を〝滞在期間〟と呼ぶ)。
□ 8年間の〝滞在期間〟は出産、育児をのぞいて継続して勤め上げなければならない。
ペアやペアリングと呼ばれるものは男性テイカー1名、女性テイカー1名からなる公国の兵隊の最小単位だ。
テイカーは一人で戦わない。ドロワーも一人で戦わない。男は、そして、女は、一人で兵隊とはみなされない。
言い換えれば、男と女は一組で初めて兵隊とみなされる。
そして当然、防衛線の8年の〝滞在期間〟はペアでなければカウントされてない。ここから大きく逸脱すると防衛線での滞在より過酷な〝刑罰級〟という扱いを受ける。
ペアの成立については〝ペアリング法〟という制度にまとめられている。特に重要なのが以下の三点だ。
一つの孤児院の中の、同期の子供達は必ず同じ招集所に向かう事。
召集所で、希望の一致する異性がいる場合、申請でペアは成立できる事。
招集所で、希望の一致する異性がいない場合、習熟度が近いもの集めて、クジ引きでペアを(無理やりにでも)成立させる事。
すなわち、ペアリング法端的に次ぎのような事を述べている。
孤児院で同年齢の恋仲のものは、希望すれば必ずペアリングでき、それで兵隊となる。
そうでない者は無理やりペアをつくって兵隊となる。
そして、〝防衛線〟での滞在についてはペアを基本として人員を動かし、ペアを超える同一部隊への配置は一切考慮されない。
したがって公国が提示するライフプランは、ある種、以下のような暗黙の了解を掲示している。
――防衛線で豊かな人生を送りたければ、孤児院の成長過程で同年齢のペアとなる異性を探しておく事――
セイ達について当てはめれば、今年の終わりにセイが、来年にはミフィが、再来年にはカリナが、その次にはヒースが16歳になり、それぞれ一人で招集所に向うことになる。
彼らがペアを組む事は現状できない。希望ペアリングができる条件、〝同年齢″からはみだしているからだ。希望ペアリングは基本的に16歳になったその時の一度限りだ。ルーキーが招集所で手続き申請する一度だけなのだ。
セイが17歳になり、16歳になったミフィとペアリングする事は現状、不可能だ。
セイ達がこのような状態となっている主な理由は〝少数派〟であるからだ。
本来、公国内の孤児院は年齢ごとに40名以上が在籍している大規模な施設である。つまり、年齢を同じにして防衛線に行く異性の数は多い。孤児院の成長過程で、あるいは、招集所という場所まで行った瀬戸際で、いずれにしても、彼らは顔見知りとペアリングするという〝機会″は存分に与えられている。
セイ達のように、
『同年齢で招集所へ一緒に行く異性が、孤児院内にそもそもいない』
という〝機会の喪失″は、セイ達が少数派であるために現状は無視されている。
セイ達はペアリングの制度の恩恵から無視された田舎者。同一年齢の人口が約50万近くの公国において、セイ1人。あるいは、孤児院の13人。それで考えたとしても圧倒的に少なく、セイ達の〝機会の喪失″は無視されているのが現状なのだ。
端的に言えば、セイとミフィは9年間バラバラで(かつ、初対面の異性と)過ごさなければならないのだ。
◆ ◆ ◆
少しの間があいたのでヒースが問う。
「どうした兄貴?」
「いや、ミフィが気がつくのも時間の問題だろうなって思って。キユキさんの方は黙っててくれそうか?」
「大丈夫。それは約束はしてもらった。ただ、自分からは言わないってだけで、聞かれたら答えるとも言っていた。この辺は兄貴が頼んでも同じじゃないか」
「……。まあ、そうかもな。まあ、俺からキユキさんに話すよ」
ヒースの声がワントーン上がる。
「なんだ。ペアリングするのか?」
セイは眉間に皺を寄せて少し首を傾げた。後頭部を少し掻く。
「いや、ちょっと待って。俺が考えたいところだって事くらい、お前にも分かるだろ」
「なんの戸惑いだよ? いまさら」
「ペアリングと告白はまた別だろ?」
「似たようなもんだろ。告白と同じじゃないか。もう終わったようなもんだろ?」
「いや、ここまで先出しされて、ミフィのテンションに俺がついていけると思ってるのか?」
「いいじゃん。だったら、しっぽりやれば」
「しっぽりにもやりようがあるだろ」
「何のための〝薄い恋愛小説〟はなんだよ。あれ、半分は公国の恋愛政策だろ?。じゃなきゃ職業作家とか職業絵師なんて許されないだろ?」
「いや、だと思うけど、ストックがある分、自分で作りにくいんだよ」
「いいじゃん。別に借り物でも」
「そこは、なんか、拘りたい所でもあるだろ。俺だって数は読んではきたわけだし、抜け道くらい探したいと思ってるんだ。そっと見守れ」
「そりゃあ、俺はその主義で行くよ。茶化すのも飽きたし」
「ったく。まあ、いいけど。じゃあ、ヒースはカリナとペアリングしたいか?」
山道の踏みしめらた茶色の地面の左右には、膝丈くらいまでの若草が伸びている。
ヒースは三歩あるいてから明るい声で、土の地面だけを見ながら答える。
「いや。カリナ姉に迷惑は掛けれないし、実戦でさらに一年の差だから、なんかなーってのはあるわ」
「後ろ向きだな」
「兄貴もだろ」
「俺は冷静な判断だ。お前、弓はA-の判定をもらってるだろ?」
「俺の判定は歳相応だ。それに剣を含むとBになる。カリナ姉もミフィ姉がいるから凡人っぽくみえるけど男子で言えばA+だろ?」
「AとBだといいくらいだろ?」
「まあ、Cプラスの兄貴とミフィ姉の差を見るとそういう事になるわな」
女子の習熟度が〝光術〟の操作にかかる時間を元に、男子の習熟度は〝指導役〟の判断の元に、それぞれ、ABCDEにプラスとマイナスをつけた15段階で評価される。
セイはワザとらしく頭を肩の方へ傾けて目を閉じる。
「あっ、俺、今傷ついた」
「何だよ。冗談だろ?」
「ダメだ。もうカリナに伝える。ヒースが23時に温泉前に来いって言ってたって」
「ちょ、俺までルネの餌食にしないでくれよ」
「それくらい良いだろ?。俺が出兵したら誰がルネの相手をするんだよ」
「は?。あれにも役割があるのか?」
セイはヒースの両肩を掴んで、瞼に力を入れて目もとを作り、口もとにニヒルな笑みを浮かべる。
「ああ、大事な伝統だ。頼んだぞ」
「止めろ。気持ち悪い顔するな」
セイは危機感の欠片もないトロけたような顔をする。
「気持ちいい顔もすんな!」
セイは表情をもどして、はは、笑って、拳の底をヒースの肩に軽くぶつける。先行く兄の背を見て、へへっと小声で笑ってからヒースも駆け出した。




