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イグニション前の速度より  作者: 紀
【春の章】
23/82

明けて8人 足して13 まわる後一人

 セイ達が暮らす、クウォーサイドタウンはモートポレスト公国の政治的中心都市から南西端に位置する海にやや近い村だ。人口180人程度を維持している田舎である。

 廃村にならない理由は田舎に暮らしたい防衛線での滞在期間を終えた20代後半から30代の大人がいる事や、村を含む周辺の設備維持、主要産業である農林業、および狩猟に適した肥沃な大地などが挙げられる。

 肥沃な大地を支える一因として、やや高湿度、温暖な気候が上げられ、セイ達が暮す孤児院も気候の恩恵に預かっている。四季はあるものの冬の厳しさは稀に雪が降る程度。彼らが暮す村に春が訪れるという事は、華やかな色づきの季節であり、地中の虫がうごめき始める季節であり、上着を一枚脱げる季節である。


 東の空が明るみ、太陽が山際から射線を通し、山々がみどりを反射する。寝息まで歌声にするかのように鳥たちが伴奏する。クォーサイドタウンにも春がおとずれ、それはセイを含む14人が、その顔ぶれで過ごす最期の孤児院の春だ。


 日の出の時刻が早くともセイは時間通りに目を覚す。同室の弟、ロックとギーの掛け布団は少しずれているが、顔色もよく今だ夢の中だ。

 セイは朝食のために上半身をスッと起こして、ロックとギーのベットに向けて魂が抜けたような声を出す。

「ロック、ギー起きろ」


 ロックは茶色の髪と瞳をもつ10歳の少年。ギーは銀色の髪と瞳を持つ8歳の少年である。同室のもう一人の弟、ヒースは12歳の少年で赤毛で赤の瞳をもつ。彼は先に起きたらしく姿がない。


 セイはベットから出てロックの胸の辺りを揺する。

「にゃむ……」

揺すって揺すって揺する。

「おっ、おっ、おっ、おはよう……」

ギーを揺する。

「のはよう」


 セイは〝の″と〝お″の違いは気にせず、クローゼットに向かい着替える。やや裾が幅広いズボンはブーツを意識したものだ。上は首元が六角形の長袖。着替えを済まして男子年長組の部屋を出る。廊下の窓の錠を外して明け放ち庭をみた。そこではヒースが弓の修練をしてる。


 ヒースは弓の素引きをある程度繰り返してから30メートル程度の距離で矢を放つ。

「矢のせいにするな。……いや、でもやっぱ矢から作り直すか……」

などとぼそぼそ言いながら発射角度を調整している。発射をしてもヒースの背中にまで伸びる赤髪は僅かに揺れるだけだ。


 セイが廊下の窓際に突っ立ていると、その後をミフィとカリナとルネが年の順で通り過ぎる。

「おはよ」

「おはよう兄さん」

「おはようです」

セイも、はよう、などと答えて三人を見送るように食堂の方へ体を向ける。

「おはよー」

セイは弾む声を背中で聞いて、即座にしゃがみ顔を膝に埋める。アキットがセイの肩に手をあてて馬飛びで超えていく。開脚した足が頭を超えると手を離し、両足をそろえてピタッと着地。スカートがふわりと舞うがセイが頭を上げるころには、裾の端は膝の裏で舞っている。アキットは笑顔を携え、軽やかな足取りで廊下を進み、姉の後をついて行く。女子年長組は全員、食堂の扉をくぐった。


 ロックとギーが年長男子組の部屋から出てきたので、セイはヒースが矢を放った後に、

「ヒース、飯に行こう!」

と呼び掛けて四人で食堂へ行った。


 揃わない掛け声で、いただきます。しかし、掛け声と同時にギーは、サラダの中の新玉ねぎのスライスをひょいとつまみ、ロックのサラダへ移した。ロックもそれをひょいっとつまみヒースのサラダをネギだくにする。リズムを保ちヒースがそれを口に運ぶ。噛み砕きながらヒースはロックとギーを軽く睨む。

 

 キユキはレオに、元はベーグルサンドだったものを細かく刻み柔らかくしたもの食べさせていた。朝食が進む中でキユキが尋ねる。

「あの、今日、アランドさんの所の野菜の収穫を手伝に行くんだけど、手伝いに後2,3人来て欲しいって。誰か来て欲しいんだけど頼めないかしら? 私も行くから、朝食と昼食の片付けと、お昼ごはんと、年少組のお世話を、お願いしたいんだけど……」


アキットの溢れる栗色の髪は朝からルネがまとめたものだ。

「私が年少さんのお世話する~」

ルネが、はっ、としてから獲物を追いかけるような顔で横に座るアキットを見る。

「アキットだけには任せられないです」


ミフィとカリナは口をモグモグを動かし、飲み込み、無表情に断った。

「わたしパス。ごめん疲れてる」

「姉さんが行かないなら私も」


セイは横に座るヒースへ首を回す。二人は視線を合わせてまばたき二つ。ヒースは振り向き、ロックとギーを見た。

「えっ、俺ら?」

「らっ、て僕も行くの、ロック兄ちゃん?」


子供達を一周したキユキの瞳がロックとギーに向かう。

「ロック君、ギー君、お願いできない?」

ロックは抜ける息より、音のほうが大きい、覚えたてのようなため息をついた。

「はぁ。分かったよ。いいな、ギー」

「うん」

「ふふ。ありがとう。二人とも。春キャベツと、それに二人の大好きな新玉ねぎの収穫よ?」

ロックとギーはすぐに青ざめた。しかし、キユキから

「じゃあ、ギー君とロック君は準備できたら庭で待っててね。お昼はお弁当にするから」

と聞いて、二人は少し嬉しそうな顔をした。


 セイはそれ以上意見が無いと思い指示を出した。

「俺が昼飯を作るから、ヒースが朝食、カリナが昼食の皿洗いで頼むよ」


 キユキが最後に注意事項を確認する。

「ルネちゃん、もう大丈夫だと思うけど、レオ君に食べさせちゃいけない食べ物とかも分かる?」

「今みたいな、生の玉ねぎとか、火の通っていないものは避けるです。味もあまりつけない方がいいです」

「うん。流石。それじゃあお願いね」


 朝食を終えるとミフィとカリナは最年少の2歳のレオを連れて女子部屋に引っ込んだ。セイはブーツに履きかえてから庭にでて、準備運動をしながらヒースの到着を待っていた。


 ロックとギーは庭に出て来ると、すぐに倉庫へ向かった。ロックとギーは軍手や鎌やナイフやクワやカゴなど入りそう装備を見繕いリアカーに載せる。リアカーは子供向けに調節された持ち手の位置だ。ロックはリアカーを倉庫から孤児院の玄関にまわし、ギーはロックに着いて行き、二人は玄関の近くのベンチに座ってキユキを待った。


 次いで姿を現したキユキはいつもの白のロングスカートではなく、ブーツインしたズボンに着丈が膝までのびている長袖を着ている。長すぎる着丈は皮のベルトで止まり、肩にはフードつきのカーディガンが羽織るように掛けられている。ランチボックスや水筒を収めたモミの木で作られたバケットが二つ、キユキの片方の肘と手にぶら下がっている。

 キユキの装いはズボンを履いた色合いの地味な赤ずきんのようだった。


 セイはストレッチをしながら口を開く。

「ロックとギーはキユキさんを乗せて行け」

キユキが小走りでセイに近づき耳打ちする。

「頭痛はまだ来てないんだけど……」

「そういうことじゃ無いんで」

「セイ君も一緒に来る?」

キユキは微笑むが、セイは半ば無視してロックとギーに言った。

「修練だ、できるだろ?」

ロックとギーが平坦に答える。

「そりゃあな」

「うん」

キユキは誰にも気付かれないような小さなため息を出したが

『これならこれでいっかな』

と思い荷台の後ろに脚をたらすように座わる。ロックとギーはリアカーの最後尾にキユキを乗せて出発した。


 ルネは残りの年少組に

「ミフィお姉ちゃんは寝るので、今日はお外の砂場でサンドアートをするです。先にアキットとお外にいくです」

といって図書室に手本としやすい、線画の画集を探しに行った。

 アキットは残りの年少組を率いて庭の庭の砂場まで来きた。率いられているのは年少組の六歳のセリア、五歳のクロエとラルフ、四歳のメイである。


 アキットは幼子を率いて倉庫に向かい、真っすぐな木の棒を倉庫から取って、庭の一画にある砂場へ向かい、皆と一緒にしゃがみ込んだ。アキットは不意にセイと目が合い、とりあえずといった感じで、モデルに選んで、砂地にセイの顔を描き始めた。

「これがセイお兄ちゃん、後悔のお顔」

アキットの絵をセリアとクロエが

「変なかお~」

などと言って嬉々として笑う。ラルフとメイは、

「こーかいって何?」

とアキットに聞いている。

 アキットは顎を上げ、ん~、と空をみつめ、それから皆の方へ向き直り、猫の手を作り上下に動かした。

「背中が痒いって事」


『後悔。後、痒い。うしろがかゆい。微妙に合ってる気がしてくるな……』

とセイは思いつつ、アキットの絵が気になりストレッチを中断して砂場に近づく。

 眉間に皺が寄り怒ったような、泣いているような、前衛的なセイの顔が砂地に描かれていた。

『流石にこんな顔はしていないだろ……』


 皿洗いを終えて孤児院から出てきたヒースにアキットが早口で声をかける。

「ヒースお兄ちゃん、こっち」

ヒースは砂場に足を運びアキット直筆のサンドアートを見る。

「これは……あれだ。見たことある。ミフィ姉から見せてもらった画集にのっていた有名な絵の模写だ。確か、戦に負けたことと漏らしたことをすごい悔しがっている〝光術師〟の絵だ」

セイの眉間に皺がよる。


 アキットがまばたきをしながらヒースみつめる。

「ほえ? セイお兄ちゃんだよ?」

「うぇっ、はゴ、はゴホッ、はゴホッ」

ヒースは笑いをセキでかき消した。


 セイの顔は眉間の皺をそのままに口を歪ませる。

「そんな絵あるわけないだろ。〝光術師〟って何年前だと思ってるんだよ」

「いや。違う、兄貴、嘘じゃない。本当だ。それに、分かる。俺も分かるから」

「いや、その言い方もマズイだろ……」


アキットは、セイと砂地に描いた自分の絵を見比べて、コクリと頷く。

「似てきた」

セイは目を閉じてその場で硬直する。そして、ため息を吐いてから動作を再開し、表情を元に戻した。


 いつの間セイの側にはルネがいて、服の裾を引っ張りながら、泣きそうな顔で、か細い声を出す。

「セイお兄ちゃん……。大丈夫?。元気だすです。……。ニシシ」

セイは眉間に少し皺を寄せて、口だけ笑う。

「笑うの我慢しような。最後まで」

ルネはもう一度、春の陽光に照らされながら、ニシシ、と笑ってから、砂場にいる年少組の幼子の近くにしゃがんだ。

 セイとヒースはしゃがんでいるルネの背中を少し険しい表情で見つめている。そして思いを一つにする。

『こいつは本当はどっちだ』


 ヒースの準備運動が終わると、セイはルネに近づいた。

「分かってると思うけど……」

「分かってるです。ミフィお姉ちゃんは絶対、孤児院の中にいるから、何かあるとミフィお姉ちゃんの所に行け、ですね」

「続きは?」

「私が現場を保持して、アキットを走らせろ、ですね。後は臨機応変にって事もセットです」

「優秀で助かるよ」

ニシシ、とルネはいつもの笑顔で答える。

 セイとヒースは孤児院の庭を駆け足で後にし、石畳で整備された村の歩道を踏み越え、そして街道をしばらく走る。それから街道を逸れて踏みしめられた土の道を進み山を目指した。セイは剣を背負いヒースは弓を背負っている。装備携行の状態で山道でランニングを行うつもりだ。


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