鷹の爪事件
夕食の皿洗いを終わらせて、厨房を後にしたセイは、男子年長組の部屋に行き、鋼鉄の剣を手にして庭にで素振りを始めた。石造りのベンチが近くにあり、カカシのような木材が立っている。
続いてミフィが黒猫が踊っているような歌を、高いキーの鼻歌で鳴らしながら出てきた。いつものように毛皮のラグを抱えて出てきて、それをベンチに敷く。
セイは、キユキとの話題で鷹の爪の話が出たこともあり、昔の事を思い出す。
◆ ◆ ◆
四年前、孤児院の厨房にいるのは11歳のセイである。
セイは先月手に入れたレシピ本より厨房でぺペロンチーノを作ろうとしている。調理方法が簡単そうで、また自身の好物である辛味が含まれているから、上機嫌が表情に表れている。
「鷹の爪を輪切り」
セイは呟きながら、鷹の爪を素手で手に取り、輪切りにした。種についての処理方法がレシピ本に記載されていないのでセイは少し迷った。迷ったが、セイは、
『種を食べるって事はないだろ』
と思い、まな板の上や中身にある種を、指先つまんだり、こそぎ落としたりして、ゴミ箱に捨てた。
セイは調理途中でもよおして、トイレに行き用をたして、当然そのあと手を洗って調理を再開した。
『なんで罪悪感があるんだろうな』
などと感じていると、ミフィが厨房に来て非難めいた声を出す。
「あー、また辛そうなの入れようとしてる」
「ダメか?」
「いいけど、私のは少なめね?」
「わかってる」
セイは言われた通り、ミフィともども、孤児院の皆の分の鷹の爪の分量は半分以下にして、自分のは倍にしてぺペロンチーノを仕上げた。当然味見もしたし、その感覚は皆に好評だった。
セイも食事を終え、調理中から感じていた若干の違和感が確信に変わる。
『股間が痛い』
セイは歩くことも嫌になってベッドに行きうずくまった。しかし、痛みは引くどころか更に過激になる。平時の状態から、時間をかけて徐々に、蝕むように痛みが進行したため、セイは原因を特定できなかった。
『ちぎり捨てたい』
煮えたぎる火傷のような痛みに苦しみ、セイの呼吸は呼吸を荒くなったが、それでも必死に耐えていた。
ベッドでうずくまるセイを見て8歳のヒースは
「あにきー。なに、はぁはぁ言ってるんだ?」
と言って掛け布団を跳ねのけた。セイはうつ伏せ状態で、頭の前で腕組みしていた。僅かに腰が浮いている。
「あにき。あ……にき? どうかしたのか」
「なんでもない」
「でも、変じゃね?」
8歳のヒースは脂汗を流すセイを見て、事態の異常さが心にじわじわ広がった。
「ちょっとまってて。保護役、呼んでくる」
「待て! ヒース! 本当に何でもないから! 行くな!」
「おかしいよ。あにき変だよ」
「待て! ヒース! 頼むから」
「行ってくる」
「待て。ミフィ! ミフィには言わないでくれ。 ミフィに心配を掛けたくない」
「うん。わかった」
ヒースの赤い瞳の中に陰りがある。彼は険しい表情でセイに答えて男子年長組の部屋を飛び出した。
ヒースはまず保護役を呼びに行き、そして同じく事態を把握できない保護役は村人を呼び、さらに村人がまた別の知識自慢の村人を呼ぶ。連鎖的な人の召喚により男子年長組の部屋は人だかりとなった。
当時の〝保護役〟の女性は親身に
「セイ君、どうしたの。どこが痛いの。言ってみて?」
などと尋ねたが、セイはしばらく
「イエ、大丈夫です。本当に大丈夫ですから」
などと言って耐えていた。
隣の部屋が女子年長組の部屋だ。ミフィが騒音を聞きつける。
「なんか騒がしくない?」
カリナが淡々と答える。
「またはしゃいでるんでしょ?」
ミフィはソファから立ち上がる。
「遊びにいこ♪」
カリナとルネがついて行く。
「姉さんが行くなら」
「私も行くです」
当時の女子年長組であるミフィとカリナとルネは部屋を出た。
女子部屋を出ると、ミフィは直ぐに異様な自体を見る。村の大人達が男子部屋の前に2,3人いる。
「何かあったの?」
ありえない事であった。村人が孤児院の中に来る事など、ミフィの人生で数回しかない。その村人達がミフィから目を背けた。そして数歩後ずさり、ミフィの為に位置をずらして道を明けてやった。
部屋の中に入るとまだ村人が大勢いた。
「ちょっとどいて」
ミフィの語気は荒くなる。ミフィは村人達をかき分けて、セイのベットに近づいた。ミフィの目に飛び込んでいるのはベットに肘と膝をつき、コの字の踏み台のような形で脂汗を流し目をきつく閉じているセイの姿だった。
「おにい……ちゃん?」
ミフィは血の気が引いてその場で足が折れたように支えを失い、床に崩れ落ちた。
「ヒース!」
ミフィに気がついたセイは力の限り怒鳴ったが、ヒースは顔を横に背けて、ただ暗く俯くだけだった。
「クっ」
セイは二重、三重と降り注ぐ痛みに苦しんだ。
〝保護役〟とセイはやりとする。
「セイ君、本当にどうしたの?」
「本当にドウモしてません」
「セイ君?」
「いいから触らないで下さい!」
「触られると痛いの?」
「違います!。ほっといてください!」
痛みから声も出したくなくなっていたセイであったが、今は接触面積を最小にする事が最良の対処療法となっている。保護役はセイの熱を測るために額に手を当てただけだが、それさえも今は逆鱗となっている。
次から次へと来る知識自慢の村人にも似たような態度をセイは取った。
そして横を見るとミフィがいた。ミフィの反射する金色の瞳は光を失い、焦点が合う事なく虚空を見つめ、輝きが消えうせていた。床に座り込み、隣のカリナとルネの方がまだ表情が豊かなのかもしれない。心配そうに身フィの体を支えていた。
セイは最終的に直火焼きされているかのような、ジリジリ、ジクジク、とした股間の痛みに耐えることが出来ず、心配そうに見つめる大人達に申し訳ない気持ちも沸き、何よりミフィの正気が気になり始め、何処が痛いかを皆に申告した。
「……かんが……たい…す」
他の者と違い、慣れ親しんだ声は聞き取りやすいのか。セイの呟きでミフィの耳がピクリと動いた。
〝保護役〟はもう一度尋ねる。
「どこが痛いの?」
「……かん……です」
ミフィは素早く小さく俯いた。
対して〝保護役〟はもう一度尋ねる。
「どこ?」
「だから! 股間が痛いんです!」
皆は、へ?、というような顔をした。最初から聞こえていたミフィは赤くなり始めていた。
そうこうしていると、セイの行動を聞き出して、孤児院内をくまなく調査していた村人が、余った材料の鷹の爪を見つけた。そしてそれを手にとり、再び男子年長組の部屋に向かった。
その村人は
「ちょっと空けてくれ」
などと言って言ってセイのベットの横まで来た。保護役の女性は気がついて声をかける。
「何か分かりましたか?。オ○ン○ンが痛いっていってるんですけど」
「直接的な表現はやめろ!」
セイは怒鳴ったが皆は失笑した。
鷹の爪を片手に持っている村人が失笑してから原因を告げる。
「多分、これじゃないか?。俺もやっちまったことがる。いや、誤解するな。流石にこいつと違ってチ○コが痛いとかじゃない。俺は、鷹の爪を油でいためたときに手とか顔とかにやけどみたいな痛みが出たんだ。で、後で調べたら鷹の爪の中には結構ヤバイ奴があるらしい。素手で触るもんじゃないし、いためるときには注意が必要なんだと。油で辛味を抽出しておくとかしないといけないらしい」
保護役は問う。
「じゃあ、セイ君は裸で調理してたの?」
「違います。途中でトイレに行っただけです」
周りにいた者達は
『なんでちょっと嫌な気持ちになるんだろうな。裸の方がましにさえ思える』
などと、もはや事態とは関係ない事を考えていた。
保護役と村人が話し合う。
「対処法はご存知ないですか?」
「しっかり洗ってほっとけば治ったぞ」
「命に別状とかは……」
「あるわけないと思うけどなぁ」
「男性機能は残るんでしょうか?」
セイは確信した。
『こいつさっきのはワザとじゃねーか』
村人が結論づけた。
「大丈夫だとおもうけどなぁ。まあ、明日にでも試してみろ」
皆は、それが速いな、などと言って失笑した。
ヒースは暗い顔で謝罪する。
「あ、あにき。ごめん。ブフっ」
ヒースはお終いには笑っていた。セイは謝っただけましだと思うことにした。
カリナとルネが支えていたミフィを交互に実況する
「姉さん?」
「赤いですね」
「大丈夫?」
「涙目ですね」
セイもチラっと横をみて、変な汗を流しながらもミフィに微笑み一言。
「悪い。ミフィ」
「うぅぅ」
「悪かたって」
「んぁあぁぁぁ、もう、バカバカバカバカバカ」
ミフィは下瞼に涙を溜めて、飽きれるほど拳の底でセイを叩いた。
叩くと落ちる雫は痛みよりも色濃くセイの記憶に刻まれて、セイは事故の後でも辛いもが好きなままだった。
事態はセイを苦しめ、皆に笑顔を届ける事で収束した。
◆ ◆ ◆
孤児院の庭で鋼鉄の剣を両手に一本ずつ握り、素振りをしているのは15歳のセイである。〝光術〟なしではかなり厳しい二刀流で、剣に振りまわされぎみだ。将来を考えてセイは極まれにこの〝修練〟をする。
セイの習慣に付き合うのはミフィで、彼女は猫の鳴き声がBGMになっているような曲を鼻歌で奏でる。そして、セイのマントの術印を点灯し、消灯する。
セイは反射する金色の瞳と目が合う。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「いやなにも」
「寂しくなった? ハグくらいなしてあげるよ?」
「なるわけないだろ。また一年近くある」
「ハグは?」
「何か最近見られてる気がするんだよ」
「ダメなの? 前からじゃない?」
「まあそうなんだけど」
静まり返った夜。虫の音が響き渡るにはまだ少し寒い。セイは〝修練〟に戻る前に石造りのベンチにミフィに近づきつむじを見ながら抱きしめた。ミフィの両腕もセイの背に回っている。二人は少しの間動かずに互いの体温を感じた。田舎で世間からもほったらかし気味な二人の日常だ。




