のばしすぎたパンのかじりかた
キユキの到着から八日目後。
皿洗いの当番は再びセイに回ってきた。セイの表情は至って普通であり、与えられた役割をテキパキとこなしていた。依然と異なるのは厨房の天井にはキユキの術印が増えている事だ。一人につき一枚。女子年長組4人とキユキの術印が天井に並んでいる。
男は光術が使えないので、厨房の天井の術印は、食堂にいるキユキが光の線を延長して赤く灯していた。
キユキは幼子達の面倒を見ながら食べているので今だ食堂にいる。セイは皿を洗いながら、オープンキッチンのカウンター越しにその様子をときどき見ていた。
キユキは幼子達の口元を拭ってやったり、食材の美味しさを共有していた。
「もぐもぐもぐ」
などと言って租借を促している。
『ああいう事は自然と言えるようになるのか?』
セイはキユキの態度を盗み見て静かに思った。セイも幼子達の面倒をまったく見ないというわけではない。しかし、柔らかく幼言葉を話して伝えるという事はしない。恥ずかしさを感じているし、ホクロに生えた毛のような素性の知らない見得が邪魔をしている。
やがて、キユキは食事と食育を終えて皿などをまとめて厨房へとやって来た。幼子達の皿も持ってきている。基本的に厨房は年少組は立ち入り禁止なのだ。
セイはキユキの方を見ずに黙ったままだった。キユキは戸棚の食材を確認して次の日のメニューを考えている。思案している最中、キユキは皿洗いをしているセイの背中に話しかける。
「セイ君、何か好きな食べ物教えてくれない?」
「それがどうかしましたか?」
「何かいいメニューは無いかなと思って」
『ミフィの指導役か……』
セイの語調は初日よりいくらか柔らかかったが、必要以上の愛想も出さなかった。
「辛いもの、いや、サンドです」
「辛いものって言ったけど?」
「そうですね。でも、唐辛子ビネガーも鷹の爪もここには置かないようにしているんです。一度、間違って子供が手にしておお泣きしましたから」
「ああ、魅力的な色してるもんね」
「俺は隣町に行ったときに適当に食べますから気にしないで下さい。サンドも好きですから」
「調味料なしでってなると難しいわね。他は?」
「肉っけがあれば嬉しいですね」
「そっかぁ」
キユキは明日の仕込みのために、玉ねぎとジャガイモをボールに入れて、セイが皿洗いをしているシンクの方に向かった。
「持ち込むものも気をつけないといけないのね……、あっ、ちょっと貸してくれる?」
セイは少し横にずれた。キユキは腕まくりをして水流を利用して玉ねぎの皮をむき、ジャガイモの泥を落し始めた。キユキの腕に残るいくつかの傷跡が目に入りセイはつい視線が奪われる。
『ライティングでもか……』
キユキは視界の隅にあるセイの視線を見逃さなかった。
「気になる?」
「いえ、そんなことは」
「セイ君も所々あるわね。傷」
「まあ、俺は男ですから」
「じゃあ、防衛線に行くのは少し怖い?」
「それは、少しはそう思いますけど……」
強く肯定も否定もしないセイの態度に、キユキは焦点の違いを察して口を開く。
「じゃあ……、妹や弟が心配ってことかな?」
「それは……そうですね」
セイの視線は静かに床に落ちた。
「ちょっとこれだけ片付けさせてね。……。うん。そうね。なんて言うのかな。私はセイ君と違って大きな都市の大きな孤児院で育ったの。ここみたいに、色んな歳の子が同じ場所で育つわけではなくて、同い年の子だけでね」
キユキは手元のボールを厨房の作業台へ移してセイの横に戻ったが視線はセイに向けなかった。セイはキユキが続きを話しそうだと感じて皿洗いの手を止めた。
「気づいたら仲のいいグループみたいなのができて、その子達とは友達で仲良しで。だから、セイ君たちみたいに兄弟や姉妹の感覚がないんだけど。でも、セイ君が今感じてることは、私たちが感じてた事と同じだと思うの。生きていて欲しい、とか、助けたい、とか、傷ついて欲しくない、とか、死んで欲しくない、とか」
キユキは一息ついて続けて喋った。
「私が今でも思い出すのが、出兵する前に友達の一人が言ってくれた言葉なの。彼は、これについては、誰にも死んで欲しくないって感情以上のものは無い、それが答えだって。でも彼は、それから自分が生きて私達が死んだらどうするかを話したの。私が死んだら私が作った服を抱いて死ぬまで泣くって。ユーリって友達の一人なんだけど、その子が死んだら、お前が作った肉のスパイスを死ぬまで発展させるって。リルって子には、お前が死んだら死ぬまでぬいぐるみを編むって」
キユキは少しだけ間をとってから続けた。
「それから、その男の子は、もう少し考えればもっと気持ち悪い事になりそうだって言って、最後にだからお前らは死ぬなよ、って少し照れくさそうに言ったの。私は、彼が言った本当の意味の先にある彼の姿がどうしても見たくなくて、生き残る事ができたって思う事にしてるの」
『やっぱり、迷うな』
セイは左下へ視線を落とし、まばたきを数回して、どの程度の本音を吐くかどうか少し考えた。
「そう思うのはいい事だと思いますけど、俺にはまやかしのようにしか聞こえないです」
キユキは静かに微笑む。
『ミフィちゃんと同じ言葉』
キユキは少し心を暖められていた。キユキは赴任してから数日であるが、セイとミフィが夜の時間帯に一緒に修練している様子などをたびたび見かけていた。
「うん。そうかもしれない。ただ、彼は死んで、他の三人は生き残ったの。もし、彼のまやかしがもう少し強かったり、私達が強く出来たら、彼も生き残れたかもしれないって、ときどき感じるの」
セイは
『あいつらが生きていれば、それでいい……』
と思っていたが、キユキの話を否定する気も無かった。セイは手を動かし、皿洗いを再開した。
『あまり役にたたなかったかしら。暗い話をしすぎたかなぁ。ちょっと茶化すことになるかもしれないけど……』
と思いキユキは口を開く。
「何か言ってみてあげて。ミフィちゃんは喜ぶと思うわよ」
「何でミフィが?」
「だって、お前が死んだらなんて話、いきなり大勢とは出来ないでしょ。それにセイ君はミフィちゃんの事好きなのかなって思って。妹としてではなくて」
「兄として大切なだけです」
「ふふ、凛々しい答えね。私も欲しいかな。そんな風に言っててくれる弟」
『は?』
とは思えどセイは声にはしなかった。前のミフィとの会話に引っ張られて、セイは結局似たようなこと口走る。
「俺、15ですけど」
キユキは少しわざとらしく怒った。心なしか良い柄物に出会った侍のような笑みも含まれている。
「あっ、年寄りだっていいたいの? 私は私がミフィちゃんと同い年だったらって話をしただけ。今の私と比べる必要はないんじゃない?」
セイはキユキに付き合う事無く、平面的な口調に戻る努力をする。
「すみません」
『そうくると、認めている感じなんだけど……』
とキユキは思い苦笑いを浮かべてから、話題を変えた。
「夜の修練はよく一緒にしているの?」
「はい、まあ」
「お兄さんとして誇らしいんじゃない? ミフィちゃんの事」
「俺が何か特別な事をしたわけじゃないですから」
「そうなの? でも一緒に修練する相手がいるだけで心強かったりするんじゃない?」
「どうなんでしょう。単純な精神操作だってミフィは言ってましたけど」
「一般的にはそうかな……、そうしておかないとまずい所もあるから」
『ペアの死亡か……』
セイは暗い表情などしておらず、皿についた水滴を落として、作業を終わりに近づける。
止まらない。セイの推測通り、おしゃべり好きのキユキは再び口を開く。
「あのね、彼が言った事がまやかしだったとしても、意味があったのかなって最近思うようになったの。彼は防衛線で死んでしまったんだけど、その時から私は、自分がもっと強ければって、ときどき考えるようになったの。でも、こんな事考えても、彼は帰ってこないし、後悔だけでどうしようもない事なんだけど」
「じゃあ、意味っていうのは?」
キユキゆっくり頷き、少しだけ別の事を考えた。
『先のは無視されたって事かしら。私がミフィちゃんと同い年ならセイ君はお兄ちゃんなのに……』
キユキは少し気落ちしたが、それ以上に真剣な話しをするときには無下にしないセイの姿勢も感じていた。そこに少しの温もりを感じて、キユキは真剣に続きを話した。
「私は、彼が先回りして言ってくれたんじゃないかなって思ってる。私の後悔が気持ちの悪い事とか、もっと気持ち悪い事なら、彼は生き残った私の気持ちを先回りして寄り添ってくれたのかなって」
セイは手を止め、少しだけ穏やかな声をキユキに送る。
「少し、難しい話ですね」
「うん、でも、まやかしにも意味が乗ることもあるから、心配してくれる誰かのために何か残しておいたらってお話。あっ、勘違いしないでね。セイ君はセイ君自身がちゃんと生き残った上で残してねって話だから」
「ええ、大丈夫です。でもそれはもっと難しいかもしれませんね。毎年五十万近く出兵していて、その半数近くは寿命の前に防衛線で死ぬわけですから」
「うん、数字の話を出されると少し困るんだけど……」
「すみません。嫌味になりました。気にしないで下さい。それじゃあ俺は行きますね」
「うん。ありがとう」
皿洗いを終え立ち去るセイの背を見てキユキは少し微笑んだ。
『弟や妹か』
一息いれて、キユキは仕込みを定位置に備え窓に目をやる。
「私たちとは違うけどいい子そうよ」
キユキは食堂を後にして入浴のために年少組の部屋に向かった。




