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イグニション前の速度より  作者: 紀
【序章】
20/82

日を過ごす罠

 キユキの初日の修練が終わり、皆の夕食も終った。


 夕食後に庭で剣を振るのがセイの日課であり、それは今日も守られている。


 しばらくすると皿洗いを終えたミフィが毛皮のラグを脇に抱えて出てきた。セイが七歳の頃に始めたこの習慣をミフィは年長組に上がってから後を追うよう始めた。


 このように個人的な修練を行うのはどの孤児院の少年少女もやっていることだが、程度はそれぞれである。


「あたま変にりそー」

ミフィは左手で耳の上に手櫛てぐしをとおし、髪を耳にかけた。セイが淡々と口を開く。


 セイは剣を止めて切先を地面に向ける。

「そうなのか?」

「うん。今回はすごい人が来たよ。私より速いんだから」

「嘘だろ? ミフィよりってヤバイだろ?」


 ミフィーは幼少の頃というより、年齢を重ねて一回り、二回りと光術の才能を伸ばしてきた少女だ。7歳から始めた光術は徐々にその速度が増して行き、10歳の頃の頃には素質はあると言われ、12歳の頃には十六歳での実戦レベルの30秒の術印の点灯を行っていた。

 

 セイとミフィはフラットに言葉を重ねて行き、ミフィはセイの近くで止まった。


「点滅までしたライティングでも一握りなのに」

「点滅って即事点灯ができるって事だろ?」

「うん」

「ミフィが呼んだって事か?」

「違うみたい。本人が言うには妹とか弟に憧れて来たって」


 セイは下を見たり、また、余分に斜め下を見たりする。


「嘘だろ……。田舎で余生とかじゃないのか?」

「特別田舎が好きとか都会が好きとかは無いみたい」

「いや、おかしいだろ? 報告書にでも書いてあったのか」

「無い。あるわけ無いじゃん」


 報告書に記載されているのは出兵前の少年少女の習熟度についてだけだ。それはセイも知っての事だが、セイは改めて問い正さずにはいられなかった。


 セイは義理の兄弟姉妹として暮している自分達が若干異質だという事を理解してる。そして若干異質な自分達の所へ、そのような人間関係を希望して就任したキユキにも当然、違和感は沸く。しかし、何よりセイが違和感を感じたのは自分達の境遇とキユキの希望が一致した事だった。


「運が良すぎないか。それとも田舎の孤児院はどこでも兄弟みたいに暮らしてるのか?」

「そんなレアケース知るわけ無いでしょ」

「歳は、えぇっと……。おかしくは無いのか?」

「16歳で一人目、30歳でもう一人を産めば、14歳差くらいまで兄弟は成立するんじゃない? キユキさんが26だからヒースかあたりまでは現実的ね」


 セイは、

「マジか……」

と呟いてから剣の素振りを再開した。


 ミフィは数歩先にある庭のベンチに歩を進め、毛皮のラグを石造りのベンチの上に広げた。広げたラグの中からはマントが姿を表わした。マントには猫の術印が描かれており、それは術印が見えるように正方形に近い形で綺麗に折りたたまれている。


 ミフィは畳まれたマントを崩さないように手に取りベンチに座る。そして膝の上にマントを置いた。


 それから少しの間二人は黙って修練をした。セイはフォルシオンと呼ばれる公国で一般的に使用されている鋼鉄の剣を両手で握り素振りし、ミフィは膝の上においたマントに描かれた術印を点灯しては消灯するという事を繰り返した。


 しばらくして、キユキとカリナが年少組の幼子達が孤児院の玄関から庭へと出て来た。


 するとセイはミフィの前に膝を付く。ミフィはマントを広げてセイの首にスポット被せてやった。セイは立ち上がり身なりを整えてまた素振りを再開し、ミフィはセイのマントの背中にある術印を点灯しつづけた。


 年少組と共に出てきたキユキとカリナは着替えなどが入っている大き目のバケットを抱えていた。 

「それじゃあ、ちょっと行ってくるわね」

向かうのは温泉である。キユキは上機嫌にセイとミフィに伝え、セイは短く、はい、と答えた。


 セイがカリナを見ると、カリナはキユキの死角からセイに向かって、声を出さす口だけを動かした。だいじょうぶ、と。それから温泉へ向かう皆と一緒に孤児院を後にした。


 セイは剣の素振りをしながら軽い声でミフィに尋ねる。

「で、プライドが傷ついたとかじゃないんだろ?」

「うん。そんな事はいいの」

「とられた気でもしているのか?」

「ううん。違う。仲良くしてくれるならそれでいい」


 ミフィはため息をつく。ミフィの胸とセイの背中をつなぐ黒い光の線も、セイの背中の術印も、消灯により光を失う。


「キユキさんの旦那さん、やっぱり亡くなってるんだって」

「そんなときもあるんじゃないか」

「うん。お兄ちゃんは生きて帰ってくるの?」

ミフィのはっきりとした声で伝えたが、俯いた。


 セイは素振りをしていた剣を上段から振り下ろして、刃を地面の直前で止めた。


「その前に、一つ教えてくれ?」

「何?」

「最近、倉庫の〝薄い恋愛小説〟の数が減ってるんだ。ミフィ、知らないか?」


 セイは大きく開いていた足を閉じて休めの姿勢に近い。片手で握られた剣の切先も地面の方向に向いている。

 ミフィは一瞬、眉間を寄せたが、直ぐに憂いを帯びた顔に戻る。


「……知らない」


 セイは孤児院の玄関の方を向いて、門の方を向いて、そしてベンチに座るミフィに視線を落とした。二人の視線は交わらない。ミフィがそっぽを向いている。


「そうか。今までは良かったんだ。数日したら元に戻ってたから。ただ、今回は少し長い。別に無くなって困るような物でもないし、半分はそのつもりで集めてたから気にしてはないんだけど……」

「……。だったらいいんじゃない?」


「いや、少し良くない。過剰な表現が無いものを集めたつもりだけど、あまり早すぎるのも良くない。ルネかロックならまあいいと思ってるけど、アキットやギーだと少し悪い気がするだろ?」

「……そうね」


「流石に年少組じゃ〝あれ〟を動かすことは出来ないと思う。キユキさんは時期的にずれてるから、アキットを見ていてくれないか? 俺はギーを見ておくから」

「……そう」


「この二人に見つかるようなら今後は場所を変えるし、突然消えるってのも変だから、その事を伝えとこうと思ってる。一回知ったら戻れるものでもないし」

「ふーん」


「いくらか捨てるかもしれないけど仕方がない。俺の落ち度だ」

「そこまでする必要は無いんじゃない……?」

「そうかもしれないけど、俺の落ち度だ。戒めは必要だろ?」


 セイは刃の根元から切っ先にむけて、プニプニと自分の指を軽く押し当て、とぎ具合を確かめた。


「一応、言っておくと、ヒースはもう知ってる。で、ミフィやカリナも見てるだろうとも思ってる。冊数の変動でそう推測している。二人は見つけているけど、察して静かにしてくれている二人って事で事情が収まっていると信じていた。だから、俺は今まで何も言わなかった」

「……」

「アキットとロックが見つけたら、もう少し騒ぎになってるはずだから、俺は信じたくないんだけど、残りの……」


 ミフィは、ぅぅぅ、と唸りつつ両手を頭の後にもって行きまえに振り下ろす。

「もういい! 私! だからなに! 数える! 普通!? 500冊くらいあるでしょ」


 セイも深刻な雰囲気を止めて穏やかに伝える。

「だから言ったはずだ。これでも気を使ってるって。みんなあの数を前にして思うんだよ。少々減っても問題ないって。俺もそのつもりで集めたからいいんだけど、でも、早すぎるのは悪い気がするだろ? だから数だけかぞえて様子を見てたんだよ」

「馬鹿みたいなことに知恵を使わないでよ!」

「いや、だから早すぎ……」

「いいの! そんなの分かってる!」

「なあ、ミフィ、来年からは冊数管理を頼めないか? 仕入れはヒースに頼むから」

「変な事頼まないでよ!」

「でも俺も来年には〝いなくなるから〟」


セイは穏やかな声をミフィに送ったが、ミフィは再び、ぅぅぅ、と溜めを作り弾ける。

「変な使い方しないで!」

「いや、俺はあれが聞きたいんだ」

「みんな居なくなるけど、みんな生きて返って来るの!」


 期待に答えるようにミフィは怒鳴った。威嚇する猫のような唸り声が響く。フぅぅ。

 

「そういうことだ。だから、な。落ち着けよ」

「フォローしてるのか頼んでるのか、わ・か・ら・な・い!」

「両方だよ」

「今言う事じゃないでしょ!?」

「今が絶好のときだろ?」

ミフィは少し赤くなり、弱々しく、うぅぅ、とうなって再び下を向いた。


 セイは両方の太ももの上に刃を乗せて、ミフィが座るベンチに近づき膝を落とす。

「ロックはまだ知らないみたいだし、他にいないんだよ。無邪気な弟が一人減るのも嫌だろ?」

「まあ、そうだけど……。ヒース一人じゃダメなの?」

「皆の事を考えて、一人で仕入れて一人で数えてって、かなり精神的に来るんだ。……。来ると思うんだ」

「何で言い直したの?」

 

 刺。


「気にするなよ」

「まあ、いいけど。でもカリナに頼んどく。ヒースだったらカリナの方がいいでしょ?」

「それでもいい。頼むよ」

「で、何で言い直したの?」


 刺々しくしく同じ事で突っかって来るミフィに、セイは少しため息をついて正直に話した。


「検閲の作業感が半端無いんだよ。それだけだ」

「大丈夫でしょ」

「監視を抜けてくる作品もあるんだよ。表現のゆらぎも無視できない」


ミフィはそっぽを向いて続ける。声は起こっているが、大きくは無い。

「やっぱり全部見てるんだ」

「まあ。気に入らないのは交換所に戻してるし」

「見すぎ。500以上は見たって事でしょ?」

「薄いから直ぐ終わるんだよ」


 ミフィは早口でまくし立てるが、セイは淡々と答えていく。

「話はまだ終わってないけどね」

「なんだよ?」

「どういう事? あのメイド物の数」

「ダメか?」

「ダメ」


 ミフィは腕組みをしてプイッとあさっての方向を向く。だが視線は一応セイに留めている。

「200が俺の趣味で、残り300はバランスはとっている。300あれば問題ないだろ?」

「何処がいいのよ。あんな大昔の話」

「いいだろ? メイド服かわいいし」

「ふん。挿絵目当てじゃない」

「だったらミフィは何を持って行ったんだよ?」


 ミフィは再び溜めをつくって、怒鳴る。

「うぅぅ……もう知らない!」

「悪い。怒るなよ」

「おこる!」

「だから謝るって。ごめん。でも、これでわかっただろ? これは良く出来た泥団子みたいなもので、人がとやかくいうことじゃないんだよ」

「言う。何か嫌なの。お兄ちゃん、200冊も集めてまだ増やすつもりでしょ」

「分かったよ。今度からバランスよく集めるから」

「そんな事はどうでもいいの!」


 ミフィはそれからまた、うぅぅ、とうなって俯いた。

 セイはベンチに座っているミフィに近づいた。太ももの上に剣を横たえて彼女の前でしゃがむ。


「それは分からない事なる。生きて帰ってくるとは言い切れない。だけど、できるだけはやってみるよ。……。ただ、そんな冴えない顔してたら、ルネも張り合いが無くなるだろ?」


 セイはじっとミフィを見た。

 ミフィはセイを見て地面を見る。キョロキョロと数回往復して、それからミフィもセイをじっと見つめ返した。少し困ったような顔だ。  


「冴えてなくても……私はかわいいでしょ」

「そうだな。かわいいよ」

「ふふん。 でしょ?」


 ミフィはくっきり笑顔を作ってセイに答えた。

 『無理やりかな、でも……』

とセイは思う。そうしないといけない理由が彼の中に染み付いている。だからこそ、この場をこのまま終わらせる事もしない。


「もういいか?」

「ううん。良くない。でも続きは明日ね」


 ミフィは笑顔のまま首を振った。ミフィも自身が抱える問題に答がない事を知っている。だからこそ、不安を振り切って笑顔で答える。


 二人には色々と問題が付きまとっている。田舎で生きて行く事。歳が異なる事。来年には離れ離れになる事。保護役は来れど30歳で死んでしまう事。〝薄い恋愛小説〟もその一端だ。


 片付かない問題はしかたない。二人はそう思っている。はがゆさも感じている。だからこそ二人は修練に戻り日常を作る。他の弟や妹のためだ。二人にとって一番大切な者達にできる数少ない事だ。


 セイは手にしていた鋼鉄の剣で三連撃の動作、切り上げからの切り落としの動作と型を次々に変えて剣を振った。

 セイが身に付けているマントに描かれた術印は波打ち、はためいていたが、ミフィは素早く想起と接合の精神操作を終えて点灯に持ち込む。ミフィの胸からセイの背中へは黒い光の線が伸びる。マントに描かれた怒れる猫の術印が夜の闇の中で描き出されて黒く光る。間をおきミフィは消灯する。ミフィは再び、想起から光術を操作し、セイの背中を視線で追いかけ接合し、そして点灯へ至る。


 キユキ達が帰ってきて孤児院に入り、入れ替わるようにルネとロックとアキットとギーが出てきた。四人とも手には良く似た形のバケットを下げている。三人はスタスタと通り過ぎて行ったが、四人の中では一番年上である11歳のルネがミフィに元に近づきニヤリと笑う。


 迎え撃つかの如くミフィもニヤリと笑うが、先制口撃をルネにゆずる。

「夜はまだ寒いですね。二人は今夜も家族湯ですか?」


 セイは苦笑するだけでミフィが迎撃する。

「季節変化を取り入れたのは褒めてあげる。でもたまには違うネタを用意しなさい」


 ルネは表情を崩さす温泉へ向けて歩き出す。首から上だけ振り向き、どこか呪詛めいた響きで二人に告げる。

「守るべき田舎の伝統がここにあるですよ」


 ルネとロックとアキットとギー。四人は温泉へ向かう。バケットには着替えなどが入っており、ルネとアキットのバケットには紙の術印が貼り付けてある。それぞれ懐中電灯の水色と青の光を放ち、闇を払っている。


 温泉には脱衣所などの掃除をする管理者はいるが受付はいない。掃除といっても源泉かけ流しの露天風呂で排水は川につづいている。クォーサイドタウンは温泉として立地に恵まれた村ではない。光術で発掘作業の従事者の身体を強化して、温泉を掘り当ててか開発されたのがこの村の成立の歴史だ。


 光術がある分、女湯は華やかに光りを放つが、男湯はかがり火で荘厳な雰囲気だ。たまに、旦那がいる女性が木切れに描いた術印を点灯させ放り投げる。投げる先は男湯だ。術印は目隠しとなる塀を飛び越えて男湯に降ってくる。その時は男湯もいくらか明るい。


 料金などは要らないが、深夜家族湯を利用する場合は利用者みずからが立ち入り禁止の看板を動かして、男湯または女湯に入場制限をかける必要がある。なお、家族湯制度の利用者は絶滅寸前だ。クォーサイドタウンの隣町など、このサービスがそもそも存在しない都市も多い。

 家族湯が使えるのは人がはけた23時以降で、セイ達が温泉を利用するのは18時から21時くらいだ。


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