ハンズシェイク ディスタンス
キユキが女子年長組の光術の指導をして数時間が過ぎた。
セイより年下のヒースとロックとギーが学問のためにキユキ達がいる修練部屋にまばらに入って来る。三人はキユキが女子に光術の指導をしている間は、村の男性の〝指導役〟から剣や弓を習っていた。
この部屋はヒースとロックとギーが帰って来た時間から学問のための修練部屋になる。
学問は14歳まであり、15歳のセイは学問をすでに終業しているので日没が迫ってこないと帰ってこない。午前中が〝修練〟で午後は農作業を中心に、村のための作業を手伝っている。
キユキは光術の修練で作製した資料を片付ける。
「じゃあ今日はここまでね」
学問の時間になり、キユキは修練部屋の隅にひかれた絨毯の上で遊んでいた、年少組のセリア、クロエ、ラルフと一緒に本を読んだり、メイとレオと一緒に輪にならない輪唱を歌ったり、学問に取り組む年長組には数学の問題を与えたりした。
さらに時刻が進んで日が傾き、保育や学問も就業時間となる。キユキの次ぎの仕事は夕食の準備だ。扉に近づき廊下に出ようとするが、部屋と廊下の境目からミフィの方へ振り返る。
「ミフィちゃん、ものの場所がまだわからないから一緒に来てくれる?」
「ええ」
とミフィは答えて二人は部屋を後にした。
一緒に廊下を歩き食堂へ入ると、キユキはその場でゆっくりとしたステップで振り返り、胸の前で腕組みしているミフィに少し低い声で話し始める。
「あのね、ミフィちゃん、ルネちゃんの速度の事なんだけど……」
「まあ、何が言いたいかは何となくは分かるわ。一応聞くけど」
「ミフィちゃんやカリナちゃんと同じ事をしても平均から16秒差っていうことかしら」
「そうね」
「そっか……」
「ん? それは違う。私はやってない。私の修練は〝術印〟の模写と点灯の反復だけね。猫は見に行ったけど」
「じゃあ、追いかけっこはルネちゃんのための特別な修練って事?」
「そうね。ほっといたら平均より下だったから、色々修練の方法を考えて、それで16秒差って事」
「ルネちゃんも色々って言ってたわね。何か他にあるの?」
「長いけどいい?」
二人の会話は淡々と進むがミフィがルネの修練について説明を始めた。
ミフィはルネの術印の模写をときどき布地で行なわせていた。リボンが布地であるため効果があるのではないかと推測した結果の修練方法だ。また、クォーサイドタウンの村人へ使い古したシーツやテーブルクロスを提供してもらうように依頼している事や、布地に適した水色のインクの調整行なった事などを伝えた。インクは水洗いで落ちやすいように調整中であるが、染みとして布地に残るのが現状である。また水色の糸で術印を刺繍として再現させたりもしていた。
他にも隣町の配布所まで足を伸ばして予備のリボンやバレッタを仕入れている。これは現実のものを見るためではなく、単純にアキットが無くしたときなどのための予備だ。
「まあ、他にもあるけど、だいたいこんな感じ」
「随分、現実的ね、カリナちゃんは?」
「カリナは私と同じね。普通に黒のインクで紙に模写したり、点灯してるだけ。修練は私よりやってるけど。ルネみたいに疲れるとかそういうのは少ないわね。あの光りで疲れるって話は本当なの? ルネのためのまやかしじゃなくて」
「本当かはまだ分からない事なんだけど、私が孤児院で同期と修練していたときの事を思い出すと、差を体感できるくらにはあったかなって。集中力の問題にする人もいるけど、わりと真面目な子もそうだったから」
「ふ~ん。まあ、いいわ。今はルネの話ね」
「でも、ミフィちゃんのやり方で平均を超えてきたって事は、私は口出しせずに今までのやり方を変えないほうがいいのかなとも思うんだけど……」
「慎重な人ね。感謝するわ」
「そんなに構えないで。私はいがみ合うつもりは無いの」
キユキはふふっと微笑む。ミフィの目は先ほどより僅かに開かれる、そして戻る。
「そう。じゃあまあ何かあるなら言って。私は本当はもう少し力をつけて欲しいとは思ってるから」
ミフィは食堂の扉に近いテーブルまで移動し、その縁にもたれるように腰掛けた。
「ルネちゃんは別って事?」
「迷いどころね。ルネも速くなりたい気持ちは持ってるけど、無理させるのもどうかって。既定量はこなしてるし。それで結果が16秒差。正直私も意見が聞きたいの。平均より16秒差って実際どうなの? 都会だったら皆もっと早いの?」
「ううん。そんな事はない。16秒差くらいはたくさん居るけど誰でも作れる差じゃないわ。上位45%くらいには入るかな。平均値の表は正確な資料よ」
「そっか」
ミフィの視線は自身のつま先に落ちるが、キユキが声をかけると表をあげる。
「やっぱり、ルネちゃんは光術がそこまで好きじゃないの?」
「そうね。あの子が好きなのは多分、私達。光術自体はそうでもないと思う。ていうかその質問はおかしくない? やらなきゃ自分も危ないんだから好きも嫌いもないでしょ?」
「ええ、でも、好きな方が上手くなるから、もう少し懐疑的な態度があってもいいかなって思うんだけど」
「それは……そうかもしれないけど、あれもあの子の性格っていうかやり方で、分かってるのよ。自分の速度が私達と比べるとちょっと遅いって事はね。でも、その辺が分かってるから、指導役の話とか私達とは、自分より速い人の話しはちゃんと聞くようにしてる感じなの」
ミフィの瞳はキユキの奥を見つめているような色を見せる。
キユキは矛盾の端を掴み、えっと、という言葉が口をつついてそのまま出てくる。
「セイ君は疑い深そうだったけど?」
「お兄ちゃんには中途半端な悲しみがあるからね」
「中途半端?」
「その話はまた今度ね。話、長くなってるから」
ミフィはフッと首を横に振り、半テンポ遅れて横髪が舞う。キユキは横髪をつまむ。
「ああ、ええとね。だから、ルネちゃんには私の事を使っていいから、その辺りを上手く伝えておいてくれない?」
ミフィは直ぐに向き直ってテーブルに預けた腰を浮かせる。出会ったばかりで差し出された手を払うような気は彼女の中にない。
「それこそ、いがみ合いの元でしょ?」
「だから上手くって事ね」
ミフィは目を閉じ眉間に少し皺を寄せ顎がわずかに上を向く。
「う~ん。分かったけど、……。ねえ、もう一回点滅見せてくれない?」
「これでいい?」
即座にキユキのスカート生地が赤く明滅する。特に強く輝くのが右の太もも辺りのスカート生地だ。光源は彼女の右の太ももに刻まれた術印で、光りはスカートによって押さえ込まれている。
「イカレた速度ね」
「ミフィちゃんも結構おかしいと思うんだけど……」
キユキの穏やかなな苦笑いにミフィも一瞬だけ小さく穏やかな笑みを浮かべる。
キユキは特に乱れていないがスカートの腰紐をつまみ整える。
「キユキさんはライティングなの?」
「ええ。でも今の私はルーキーの保護役で指導役。その肩書きにもう意味はない」
「旦那さんは後で来るの?」
「彼は防衛線で私を庇って、もうアッチの世界にね」
「そっか」
「暗い顔しないで。もうずっと前の話しだから」
「そんな顔はしてないけどね」
「そう?」
「じゃあもう行くね。ものの場所分かってるでしょ?」
「ああ、お料理に使うお酒が見当たらないんだけど……」
こっちね、とミフィがトコトコと先導して二人は食堂を通り過ぎて厨房の中に入る。
「ここなんだけど……。ああ、切らしてるみたい。緑でいい?」
「うん」
「取って来る。酒蔵の場所はまた今度でいいでしょ?」
「ええ。ありがとう」
キユキは微笑みその場に残る。ミフィは食堂を後にしてブドウ酒がある酒蔵へ向かった。
酒蔵への出入りは自由だが公国においての未青年にあたる15歳以下の飲酒は禁止されている。




