ミフィの10秒、キユキの約1秒
キユキはミフィの資料を一瞥して短く思う。
『異常、なくらいの速度ね。30秒の壁も遥か向こう、か』
ミフィ 14歳平均
想起時間 1秒 25秒
接合時間 1秒 30秒
点灯時間 8秒 40秒
合計 10秒 95秒
※光源 (黒色発光)
ミフィは金色の髪と瞳をもつ一四歳の少女である。彼女の瞳は大きく、ぱっちりとした瞼がつくる曲線は円に近く、その開き具合だけ十色の感情がのるかのようだ。喜びも悲しみも、その反射する瞳に写して返す。見詰めて寄り添う。それがこの孤児院の義理の長女であり、セイより一つ年下の妹だ。
「それじゃあ〝術印〟見せてもらうわね」
ミフィは、これよ、と言って術印が書かれた紙を回転射せキユキに向ける。
睨みつけて牙をむき、頭は低く、背が盛り上がり、尻尾は円の上部の縁をなぞっている。威嚇している猫を横から捉えた全体像が円の中に線画で納まっていた。
「これは、猫ちゃんで、とっても怒っているわね?」
「そうね」
「ミフィちゃんの速度だと、テイカーはみんな貴方の前に跪くんじゃない? 〝ペアリング〟して下さいって」
ミフィはため息交じりに淡々と賞賛を破いた。
「だと思うけど、それは今関係ない事でしょ」
キユキは微笑み、クリップボードを両手と腹で挟みこむ。
「じゃあこの術印の猫ちゃんは何で怒っているの?」
「普通に考えれば分かるでしょ。野良猫なんて近づいてもトコトコぉって直ぐ逃げるんだから。たまに人懐こいのもいるけど」
「だとすると……」
腕組みをしたミフィの声は今まで淡々としたものだったが、このとき棘が数本だけ混ざる。
「分からないなら、この話は終わり」
「そっか。でも秘密も大切ね」
困ったような脅えたような顔のアキット。
「ミフィお姉ちゃんはキユキお姉ちゃんのこと嫌いなの?」
ゆっくりとしゃべり微笑むルネ。
「そんなことないです」
『これくらいで……、……。ううん。私もそうだった。……。うぅぅ。でも仕方ないじゃない。猫で終わらない人とかはじめてなんだし』
ミフィは考えるのを一旦止めて、アキットとルネを人差し指でピッ、ピッ、と指差して
「そういうことじゃないの」
と優しく伝た。
何時の間に厳しくなっていたキユキへの語調に気を配り穏やかに尋ねる。
「それよりキユキさんの点灯も見せくれるの?」
「ええ。まだ、ミフィちゃん意外には術印もみせてないわね……」
キユキはスカートの中に両手を突っ込み、レギンスの縁に親指を引っかけ膝下あたりまで下ろした。スカートの裾を掴み、右の太ももが見えるところまでたくし上げる。キユキの右の太ももの皮膚には、黒に近い濃緑色で〝術印〟が刻まれている。キユキの太ももには他にも防衛線で付いた傷跡が所々あるが、膝の上に余分な肉などのっておらず、長い骨格を示し、残りのさらの部分は張りがありキメ細かい。
女子相手だがキユキは必要な分だけ見えるように注意した。
「これは、竪琴ですか?」
キユキの右の太ももに刻まれた術印は、円の中に長方形の格子が一つ描かれているものだった。しかし、カリナの問にキユキは、いいえ、と小声で首を振り答える。
「これは織機。手動で使う小さく簡易なものだけどね」
「これで戦えるの?」
素朴に問いかけたアキットの瞳には、視線を交えて見つめる。
「幾らかはね。でもガルフと近くで戦うのはテイカーで、私たちドロワーの術印は攻撃を避けながら支援したり、食べ物とかの移動のときに発動するのがほとんどよ」
膝下レギンスでスカートをたくし上げているキユキの姿を気の毒に思い、ミフィが促した。春先なので少し肌寒い。
「点灯は見せてくれるの?」
「そうね、それじゃあ、アキットちゃんここを持っててくれる」
「うん」
と答えてスカートの裾はキユキの手からアキットは手に託される。ひょいっと持ち上げ結局パンツが見えるが誰も気にしていない。男子年長組は剣や弓の修練のために不在だ。
「それじゃあ、ちょっと眩しいかもしれないから目を閉じててね」
キユキは太ももの正面にいるアキットに告げて、胸の前で手を組んだ。瞳を閉じて穏やかな声を響かせる。
――星紬の精霊よ。昔約の流れの雫、汲みてその力をお示し下さい――
次にキユキが瞼を開けるとキユキの太ももの術印は赤色に光っていた。
「おぉぉ」
目を閉じていても分かるらしく、太ももの突然の発光にアキットは驚きの声を出した。
「目、開けてイイ?」
「少しずつ開けるのよ」
「おぉぉぉ」
声を出したのはアキットだけだったが、ルネは顔が少し引きつったような笑いになり、カリナは無表情、ミフィも自然体であったが、全員の心中は似たようなもので唖然としていた。キユキは消灯して微笑みミフィを見つめてミフィもフラットに喋る。
「星紬のなんとかって。詠唱? あそこから精神操作が始まっているなら、私の方が早いんじゃない?」
「あぁ、あれは私にとってはおまじないみたいなもので無くても関係ないんだけど、何となく気持ちが入るから使っているの」
「詠唱なしなら〝即事点灯〟っていうこと?」
「そうね。やってみた方がいいかな。それじゃあ……」
キユキはセリフの途中で黙り瞼は開いたまま。右の太ももに刻まれた術印は赤く点灯し消灯する。また光り、それは消える。キユキの右の太ももからは赤色の輝きとその消失が1秒程度で素早く繰り返さる。
「わかった。ありがと。頼もしいわね」
ミフィは指導役としてのキユキの技量を端的に伝えた。
〝即事点灯〟とは文字通り、点灯までの操作にかかる時間がほぼ存在しない点灯の事である。点灯という操作の側面に加えて時間の意味が付加された用語である。
さらにキユキが行なった点灯と消灯を1秒程度で素早く繰り返す操作は〝点滅〟と呼ばれる操作であり、公国ドロワーの中では誉れ高くも最上位の人しか成しえない操作だ。
〝点滅〟は〝即事点灯〟が出来る事の証明になっている。
もし想起や接合や点灯に時間がかかっているならば、術印は輝きとその消失を一瞬で繰り返すことができない。例えば、ミフィが点灯と消灯を繰り返し行なうと、術印は10秒間に一度だけ輝く状態が繰り返される。その間隔では点滅とみなされない。
1秒程度で素早く繰り返される術印の輝きとその消失こそが〝即事点灯が出来る〟と判断される材料になっているのだ。
〝即事点灯〟も〝点滅〟もどちらかが出来れば両方出来る関係であるが、操作にかかる時間の意味合いが強いのが〝即事点灯〟であり、証明の意味合いが強いのが〝点滅〟である。
キユキはレギンスを両手でスカートの中にとひっぱりあげた。その手を腰骨のあたりで微動させ、腰も僅かに回転させる。
「ミフィちゃんもその内できるようになるわ。私は詠唱を挟んでから点灯のスピードが上がって即事点灯が出来るようになったから、ミフィちゃんも作ってみる?」
「いいの。私にはそういうの。詠唱の効果は論文でもバラつきがあるって書いてあったし」
「バラつきがあるならミフィちゃんは高まる方かもしれないでしょ?」
「遅くなったらどうするのよ」
「点灯後の操作で優位がとれるかもしれないわよ?」
「とれなかったら?」
「思い入れが残る?」
「は?」
「ふふふ。冗談よ。嫌なら無理強いしないわ」
アキットが手のひらを天井に近づける。
「わたしもやりたい!。えーしょー」
「そうね。一緒に考えましょう」
「もう考えたの。カメさん、とっても、おっきくなぁれ!」
「コホン」
キユキの表情はもう崩れないが、一度無表情になって再び微笑む。
「アキットちゃんの海ガメはまだ大きくなってるの?」
「んー、知らない」
「だったらもう少し考えよっか?」
それからキユキはミフィに言った。
「ミフィちゃんはとりあえず目に見えない速度をイメージするところから始めましょう。それで点灯速度も上がるはずよ」
「は?」
「今はイメージするだけだけど、もう少し暖かくなってハエが出てきたら捕まえて観察してみて」
「えっ。ハエってあの蠅」
「ええ、蠅」
アキットが両腕をシュピッと横に伸ばす。
「ぶーん」
アキットを見てキユキは微笑むが、ミフィは嫌そうな顔をする。
「えぇぇ……」
「目にみえない速度のイメージが掴める手ごろな生き物なら、別にハエじゃなくてもいいんだけど……」
「はえぇぇ……」
ミフィは嫌そうに首だけ傾いた。
「フン。ブーーン。ブブ、ブーン」
カリナは無表情で少しリアルに再現した。
「カリナちゃんもやってみる?」
カリナは黙ってコクリと頷きルネはホッとした。




