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イグニション前の速度より  作者: 紀
【序章】
15/82

アキットのカメさんの術印

 キユキは年齢の若いものから聞き取り調査を進めるつもりだ。

 

 先だって記録したアキットの光術における精神操作にかかった時間と、公国における平均値とを比べる。

『抜けているのは想起そうき接合せつごう。でも点灯が致命的ね。この手のタイプは……』



       アキット   9歳平均

想起時間   129秒   200秒

接合時間   205秒   250秒

点灯時間   512秒   300秒

  合計   846秒   750秒

 ※光源   (青発光)


 

「それじゃあアキットちゃんから術印、見せてくれる?」

「はい」


 アキットは9歳でキャラメルブラウンの髪と瞳をもつ少女だ。常に見上げるアキットの身長はまだ低く、兄や姉に囲まれると瞳は右上から左上へとクルクル動き、首も少し傾く。

 

 アキットの返事が響いてから、キユキは机上の紙の術印へ手を伸ばし自分の方へ回転させた。キユキは視線を机に落とし、術印の線画が何を示しているのか一応確認した。

「これは……カメ? で、合ってる?」

「んー。ちょっと違うかなぁ。カメさんで海にいるカメ。海ガメ」

「じゃあ、海ガメのどこが好き?」

「おっきい所とかバタバタって動くとこ」


 アキットの言うカメさんが、アキットの術印のモチーフである。陸地に上がった海ガメを横から見たものだ。


 モチーフの線画は、まず、形の異なる六角形が寄せ集まることで作られた楕円に近い形があり、さらにその縁を形の異なる四角形や五角形が囲む形ことで、カメの甲羅が再現されていた。甲羅の他には手足も尻尾も頭も再現されており、手足や尻尾にはうろこのような模様が所々に再現されて、頭も目鼻立ちを含んで描かれていた。


 いずれにのパーツも精密で、複雑な線画が術印のモチーフとなっている。


 キユキは考えを巡らせる。

『モチーフは一つだけど、やっぱり複雑ね。できれば変えた方がいいんだけど』


 アキットはキユキの表情のゆれを感じとり不安そうに尋ねる。

「キユキさんはカメさんのこと嫌い? かわいくない?」

「えっ? ううん、嫌いじゃないしかわいいと思う」


 「ッンッ」

 一瞬だけ吹き出したのはミフィだ。

 キユキは眉を潜めた表情でミフィを見る。


 ミフィは少しそっぽを向いて

『仕方ないじゃない。綺麗な人が言わされてるんだから』

と思い、両肩を上にあげて肩をストンと下ろす。


 ミフィは表情も声も自然体に戻して、キユキに向けて語りかける。

「まあ、言いたいことは分かるわ。術印が複雑ってことでしょ? でも変更はなしね。アキットは術印を変えないし、そもそも、術印のカメを好……、気に入りすぎてるから」

「前に変えた事があるの?」

「ええ。術印の複雑さが問題なのは明らかよ。でも甲羅だけとか単純なものに変えてみたら想起そうきさえできないって。だから元の術印に戻したの。アキットは何回も術印を描いて、それで今やっと術印が点灯したところ。しばらくは経過観察するべきよ」


ミフィは自身の見解を淡々と答え、心の中でも

『術印の変更の危険性くらい知ってるでしょ』

と思っていた。それはキユキに向けた尖った感情ではなかった。


 キユキは術印に対する一般論を展開する。

「生物の術印を使うドロワーはそこまで珍しくないし、私が見て来た中でも彼女達の光術も悪くなかった。でも変更できるギリギリの年齢だとも思うんだけど」

「それは無しってさっき言ったでしょ」


 ミフィの語気に歯向かうようなものは終始ない。あくまで冷静なものだった。

 キユキにも咎めるよう語気はない。

 二人は自然体で語り合っていた。


 ミフィはクォーサイドタウンの孤児院において指導役のような役割も勤めており、アキットの点灯も手助けしていた。

 通常は紙に術印を何度も模写することで点灯までの修練を行ったりする。しかし、アキットの修練にはミフィの提案により、砂地に絵を描くサンドアートという表現法なども取り入れていた。海ガメと関連のある砂を砂を使う、という発想だ。

 アキットの術印は複雑であるから、砂地に再現するには大きく描く必要があるのだが、彼女は孤児院の庭にある砂場を利用して、晴れの日はときどきこの修練を行なっている。

 他にも術印の木彫りなども勧めたがアキットはそれを好まなかった。


 キユキはアキットの〝想起〟と〝接合〟に一角ひとかどの速度があるからこそ悩んだ。  

『優秀な姉の意見か、一般論か……』

悩んだ上で捨てきれないアキットの優秀さがキユキの口をつつく。

「それにしてもって所があるんだけど……」


 アキットはミフィとキユキの二人を交互に見上げて尋ねる。

「私の術印、ダメ?」


 ミフィは一度アキットに微笑み、それからキユキと見合った。ミフィは感覚的にアキットへのフォローはいつでも出来ると分かっている。ミフィはそれより、就任間もない指導役の出方を見たかった。ミフィはキユキの言葉を待つ。


 キユキはミフィに向け流暢に喋りだす。

「術印の複雑さは、光術の発動までの累積時間と比例する。更に、複雑な術印を使う場合、この発動時間が問題となって術印の変更、最悪モチーフの変更を余儀なくされるドロワーも多い、という事は理解しているはずよね?」


 キユキは自身の言葉がアキットに理解されていない可能性があることは分かっていたが、あえてそうした。キユキはこの孤児院の現状を一番理解しているのはミフィであると判断し、そして彼女と議論に向かった。


 アキットは不安そうに二人を交互に見上げる。


 三度目のキユキの提言であるがミフィは穏やかに口を開く。

 ミフィは自身の出兵後にキユキが妹達の導き手になるかも知れない事も考慮している。むきになる事なく、しかし譲らない部分はきちんと伝える。

「術印のモチーフの設定、モチーフに対する線画の決定は時間をかけてでも、好意的なものを選択することが望ましい、ともあるわよ。私達はそれをやってきたし、術印を変えたくない気持ちは、同じドロワーなら分かるんじゃない?」

「感覚的な判断も含まれる、という所かしら?」


『感覚的? じゃあ理論的なものでもあるの?』

ミフィは視線を外して左下を見て考え始めた。


 キユキがミフィへ声を届ける。

「難しいところだけど、想起と接合の速度は将来性を感じるわね」


 そしてキユキはアキットに向き直る。

「光術はね、まだまだ分からないことが多いから、今はそうじゃなくても難しい術印が使われる事が多くなるかもしれない。だから、アキットちゃんの術印は変えないし、このまま修練していきましょう?」

 キユキは最後に誘うようにアキットに向けて微笑んだ。


 アキットはさっきと言ってる事が違うような気を感じてキユキに問いかける。

「そうなの?」

「私が戦っていたときは、アキットちゃんよりもっと難しい術印を使うドロワーも居たの。その子の点灯はやっぱり遅かったんだけど、一回点灯させた後の光術はとても安定して強かったの」


「そーなんだぁ」

アキットは暗に自分のことを励まされたことは分からず、口を半開きにし世間話を聞いたような反応をした。


 「でも、お姉さんがこれからどう教えようかなって少し悩むかな」

キユキはまだ9歳のアキットを見下ろした後で、より水平に近いミフィの両目と視線を交える。


「ミフィちゃんはどう思う」

「は? 私? できることはやってるけど?」

「海は少し遠いわね。近くの川や池にカメはいないの?」

「そんなことが関係あるの? 点灯までの操作は術印の模写が基本でしょ?」

「そうなんだけど、点灯は現実の世界の術印を描く精神操作よね? でも本当の意味で描きたいのは術印の奥にある本当の姿。私達は好きな生き物や道具なんかをモチーフにして術印にしているじゃない? だから自然と術印から本当の姿が連想できるようにはなってるんだけど……」

「んー、言いたい事は何となく分かるけど、でも一般論では展開されて無いし研究上でも聞いたことも無いけど?」

「ええ、私の持論だから」


 ミフィは二度ほどゆっくり瞬きした。

 ミフィから声が無いのでキユキが続ける。


「点灯は難しいし、〝光術〟自体同じことの繰り返しで地味な修練になるから、行き詰った時は実物を見ることもアプローチの一つって所かな。術印のモチーフは好きなものだから、普通は普段から目にするモノのはずなんだけど。海は遠いから」

 

 カリナが別の論点をキユキに持ち掛ける。

「術印を使っていたら術印自体が本当の姿にはならないんですか? その奥にある本当の姿とかじゃなくて?」

「う~ん、難しい質問ね。私は術印自体は好きなモチーフから作っているから術印と本当の姿は不可分って考えてるんだけど……、カリナちゃんが言ってる事を本当の意味で確かめるには、好きじゃないものをモチーフにして術印を作って光術の修練をする試行が必要になると思うの。でも、点灯を習得するまで時間がかかりすぎたり、途中で好きになって本当の姿が頭にちらついたりして、確かめることができない事になるかな」

「なるほど。言われてみればそうですね」

 

 アキットが割って入るようにキユキに尋ねる。

「私の点灯、遅かった?」

「ん? それでもこの術印で続けてきたんじゃないの?」

 アキットは幼い瞳に力を込めて頷く。

「うん」

「そういう話をミフィちゃんとしてたの。ちょっと遅いけど、まだ、これから速くなるのか、それとも、遅いままなのかって。私は指導役だけど、全部を分かってるわけじゃないの。初期マッチングっていう、最初の話し合いね」


 アキットはキユキを見上げていたが、瞳がさらに上にずれる。

『チョキマッチョングー……』

 アキットは少年達の指導役をしている筋骨隆々な二人の男性がチョキとグーでじゃんけんをしている絵面を想像し、それは今の話しと関連がないと感じフルフルと首を動かし、最初の話し合いの事を偶然そう呼ぶのだと、うっすら感じた。


「キユキさんは応援してくれるの?」

「ええ。光術において我慢強さは美徳……。いい所ね」

「じゃあキユキお姉ちゃんになるのかなぁ……」

「そう思ってくれると嬉しいかな。……。それじゃあ次ぎはルネちゃんね」


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