点灯
M公国の国内各所には孤児院という施設がある。すべての子供達が学びと暮らしを享受している施設だ。成長過程に応じて〝年少組〟と〝年長組〟に大別される。0歳から6歳までの年少組として保護役から保育を受けて、7歳からは年長組として保育が無くなり、替わりに学問と修練を行う。
〝修練〟とは男子はテイカーとして剣や弓の素養を身に付けることで、女子はドロワーとして光術の素養を身に付ける訓練の事だ。テイカーもドロワーも特別凝り固まった意味はない。単に剣や光術の扱いを身に付けた公国の軍事組織に所属するヒトの別称だ。一握りの人物が努力して到達するようなものではなく、16歳以上になると皆が等しくその名を義務として持つ事となる。
男子年長組の指導役は農業を営む村人が兼業している。そのせいもあって孤児院で修練は行なわれておらず、担当する村人の個人宅の庭で修練している。彼らは朝食を終えると木剣や鉄の剣を片手に孤児院を後にする。
女子年長組の指導役は孤児院の保護役が兼任している。修練する場所は孤児院内の修練部屋と呼ばれる部屋だ。この位置は当然のことだ。
クォーサイドタウンの孤児院は過疎地にある。そのため、規則と呼ぶには怪しい田舎特有の不透明な決まり事がいくつかある。専属の指導役がいない事や男子年長組の修練場所が孤児院の外である事は本来はありえない。都会では専属の指導役はいるし、男子の修練も孤児院の庭で行なうのが通例だ。
特に苦情が出ないという理由で事は収まっている。あるいは収めに来る者もいる。それがキユキだ。
キユキが就いたのはクォーサイドタウンの孤児院の保護役、兼、指導役という田舎特有の職業だ。業務内容は以下のものを横断している。
・保護役 (幼子達の保育)
・保護役 (食事の提供)
・指導役 (学問分野)
・指導役 (光術分野)
大雑把に言えば、全て子供達の世話を焼く業務なのだが、本来これらは分業化されている。
結果として兼人状態のキユキはM公国において比較的多忙な職業についたと言える。午前中に関して言えば、朝食の準備や後片付けをすませて年少組の着替えを手伝い、指導役の職務を果たすために修練部屋と呼ばれる部屋へ向かわなければならない。午後も似たようなものだ。
そのようなスケジュールの中でもキユキは遅れることなく、4人の女子年長組と年少組の幼子達と共に修練部屋にいる。
修練部屋には黒板とその前に大型の机が一つあり、相対して机が7つある。隅の方では年少組の幼子達が絨毯の上で割りと大人しく戯れている。キユキと四人の女子年長組は、やはり相対して机の近くに立っている。
「指導役としては初めましてになるわね。さっそくになるけど進捗をみさせてね」
挨拶をしたのはキユキで、緊張している素振りはない。静かに微笑んでいる。キユキは引き続き9歳で四人の女子年長組で一番幼いアキットに問いかけた。
「それじゃあ、アキットちゃんから〝点灯〟を見せてくれる?」
「はい」
アキットはピョコンと手を上げて素直に答えたが、ミフィがフラットな雰囲気で口を挟む。
「提案書なり報告書には目を通してるんでしょ? まとめてやれば済むんじゃない?」
「それでもいいんだけど、おしゃべりしながら進めて行くのもいいのかなって」
「キユキさんはそういうタイプ?」
「それもあるんだけど、ゆっくり見て分かる事もあるかもしれないじゃない?」
「ここには四人しかいないんだから、ゆっくり見れると思うけど」
「うーん。そうねー。じゃあ、それでやろっか。えっと、時計とメモと……」
キユキは紙が挟んであるクリップボードとペンを準備する。
四人の女子年長組は机の中から紙に描かれた術印を取り出し、机の上に置いた。それから術印のそばから10メートル程度離れる。座ってはおらず自然体で立っており、彼女達は一定の距離をもって術印と相対する。
キユキは壁掛け時計の秒針を見て待機している。秒針が0に近づいてキユキは口を開く。
「それじゃあ〝想起〟からね。準備はいい? ……。始め」
四人の少女はキユキの声と共に瞼を閉じた。閉じた瞳の奥。心の中で、彼女達は自身の〝術印〟を描き始める。そして、歳の順で閉じた瞼を開いていく。彼女達は心の中に自身の術印を描ききって、それぞれ瞼を開いていった。
女子年長組、全員の瞼が開いてからキユキは指示を出した。
「次ぎは接合ね。始めて」
ミフィとルネとアキットの三人は、心臓がある胸のあたりから一本の光の線をシュルシュルと伸ばして、机の上に広げられた紙の術印の一点へと張り付いた。線が伸びて行く速さも歳の順だった。
そしてキユキは皆の光の線が術印に結びついて、次ぎの指示を出す。
「点灯、開始」
ミフィとルネとアキットの三人は術印と光の線が繋がっている部分から光点を生み出す。そして、その光点で術印の模様をなぞるように移動させる。光点が通った後は淡く光り、なぞりきると術印全体は強く輝きを放った。
カリナの想起は他の女子年長組と同じであったが、接合と点灯は少し異なるものだった。他の者が一本の光の線で接合していたが、カリナは三本の光の線を使っていた。線の出所も胸ではなく頭から。点灯についても似たようなもので、他の者が一つの光点を動かしたのに対して、カリナは三つの光点を動かして点灯していた。
皆の点灯が終わったとき、机上の紙に描かれた術印からはそれぞれ異なる色が放たれていた。
キユキから次ぎの指示は無く、点灯を最後に彼女は女子年長組が光術の操作に掛った時間を記録するだけだった。キユキは今一度アゴを引いて手元の記録を見ている。
「そっかぁ」
ミフィが尋ねた。
「キユキさん、もう〝消灯〟していい?」
「皆の術印が光っていると綺麗よね」
「……。〝消す〟わね」
微笑むキユキに対してミフィは無表情である。しかし、彼女は心のかなで淡々と呟く。
『私の速度に驚かないって事は、書類に目を通したっていうのは本当か……』




