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イグニション前の速度より  作者: 紀
【序章】
13/82

四季折々

 キユキ就任当日の夕食後。


 夕食に使った皿は、7歳以下の幼子を除く年長組が当番制で洗う。当番制であるがこの日はセイが割り込んだ。新たに赴任したキユキの様子を見るためだ。


 ミフィ達はカウンターに食器を置くと

「よろしくね~」

などと言って食堂を後にした。セイは山積みになった皿を石鹸とスポンジで片っ端から洗い始めた。スポンジで皿を円形に撫で回す。向きを変えてまた撫でる。綺麗になったら次ぎの皿を手にする。皿は円や正方形に近いかったが、セイが手にしたスポンジはやや歪な形をしていた。

 

 セイが皿洗いを進めていると、キユキが姿を現す。自分と幼子達が使った食器をもって厨房、セイの横まで近づき一声かけて食器をシンクの底においた。 ミーアと世間話して、年少組の幼子達の食事の世話をしていたので、キユキが厨房へ入って来たのは最後だった。


 キユキは

「お願いね」

と一声かけて

「はい」

とセイも短く答える。


 キユキはセイのほうを長々と向いており、会釈もゆっくりとしたものだった。セイも会釈を返したが、視線は嫌味にならない程度ですぐに壁の方に逃がした。


 キユキはセイのもとを離れて厨房の中を歩き回る。ときに止まって、また歩く。止まったときには、パタンパタンと戸棚や引き出しを開けたり閉めたりしていた。


「あー、卵はないのかぁ。それじゃあレタスは……。パンチェッタはどこかなぁ。キャベツはあるんだけど。あれぇ? あぁ。ここかなぁ。ここかぁ……。」


 独り言のように放っていたキユキの言葉にセイは反応しない。キユキはもののついでに、というような口調でセイに向く。


「ねぇ、セイ君はおしゃべり嫌い? お姉さん色々さがしてるんだけどなぁ」


 セイはキユキの方を見ずに答えた。

「俺が言わなくても見つけそうだったんで」

「ふぅぅん」


 コツコツと足音を立ててキユキは再びセイの方に近づいた。洗い場に立つセイの横まで移動して、一度セイと同じ方向を向いて立ち、それから上半身を捻って、セイへ向き直る。

 キユキはセイを視界に最大限に捕らえて尋ねた。


「じゃあ……、おしゃべりは?」


 セイは首を僅かにキユキの方にまわして、また僅かに視線を下げてキユキの瞳をみた。 


『近いな……』


 素朴に思ったことだがセイは特に口にしなかった。替わりにキユキの問に単調に答えた。


「話すのが好きとか嫌いとかは無いですね」

「だったら私がそれっぽく話しているときには、何か喋ってくれない?」

「分かりました」

「で、何かない?」

「何かっていうのは?」

「ほら、おしゃべり。好きでも嫌いでもないなら、私に何か聞きたい事でもないのかって」


 セイの横には満足気なキユキの笑顔があった。


『迷うな』

 セイは思いは口にせず、また戸惑いなどは表情に出さなかった。


 少し間が空き、その間を埋めるように、キユキからもう一声かかる。


「ほら、今日初めて会ったばかりだから」


 セイは手を止めてキユキに向き直り、少し遠回りしながら話し始めた。


「質問ってほどのものじゃないんですけど、俺が思ってるのは、この孤児院で普通にやって欲しいってことです」

「普通っていうのは?」

「指導役の方はともかく、最低限、保護役としておかしな事をしないで欲しいって事です。小さい子供もいますから」

「ええ、大丈夫。私は選んでここに来たから」


 頷くように目を細めてキユキは微笑んだが、セイは愛想を返さなかった。むしろ少し深刻そうに話を続けた。


「でも、ちょっとしてから田舎が嫌になる人もいました」

「そっか。でもそれも大丈夫。都会とか田舎にこだわりはないから」

「指導役の報告書とかは目を通してますか?」

「一応ね。ミフィちゃんと、もしかしてカリナちゃんの事かな」

「はい。指導役がむきになるのが、この二人のときもありましたから」

「そうね、もう教える事はほとんどないって感じるくらいの速度ね。でも……」


 キユキはまばたき数回、そして首を傾げ、う~ん、と首を捻る。


「ね、その辺の事は明日からの私を見て決めてっていうのじゃ、ダメ?」

「いきなりで、すみません。ただ、無理があるときは言って下さい。夕食を手伝うためなら、修練を早く切り上げて帰る事もできますから」

「ありがとう。でも、そんな事聞くなんて前に何かあったの?」

「いえ、無いです」


 一時は落ち着いていたキユキの声が再び少しトーンを上げる。


「それじゃあ、私とおしゃべりはしてくれる?」

「俺と喋る事は、そんなに無いと思いますよ」

「自分もいなくなるし、私も死ぬから、ってとこかな」

 

 キユキの言葉に怯みはなく、落ち着きはあっても暗さは交じっていなかった。セイも驚く事はなかったが、少しだけ申し訳無さそうに振舞った。

 

「そこまでは、言ってませんけど……」

「私も、意地悪で言ったつもりじゃないの。年が一番近いのがセイ君で、話しやすそうかなって思っただけなんだけどなぁ」


『それはそれでって感じなんだけどな』

 

 セイは僅かに残る水滴をシンクに落としてから食器を拭き始めた。布が幾分水を吸い少し色が変わる。セイは食器の水滴を残さないように、皿だけを見つめた。


 セイが気にしていたのは孤児院の弟や妹とキユキの関係性がどうなっていくかだったのだが、キユキの明日からの態度を見てくれという言い分も最もであると感じていた。キユキの理屈は通っている。しかし、理屈が通った途端、キユキは自身の希望を口にする。だから、セイは少し混乱していた。見切りをつけたキユキの判断が早すぎると感じたが、同時に、やはり自分も孤児院の一員であるから、そうとも言い切れない。セイの戸惑いはそこにあった。


 セイを見つめるキユキは、自分にだけ聞こえるような声で、短く軽やかにふふふっ、と笑ってから続けた。


「思っただけなんだけどなぁ」

『何かしゃべっておかないとマズイか……』


 セイは僅かに声のトーンを上げて伝える。


「俺からはこれ以上は無いですから」

「でも、男の子はセイ君が一番、私と歳が近いでしょ?」


 キユキの返答は早かった。キユキの方は引き下がるつもりがないとセイは感じた。


『話し相手は欲しいことは分ったけど……』


 総じて言えば、セイは初対面のキユキを警戒していた。


 クォーサイドタウンの孤児院の保護役は代々、消極的に選ばれている。〝保護役″や〝指導役〟という職業が目当てならば都会の孤児院に就任するからだ。防衛線での戦いで精神的に消耗した者が多い。その手の大人ならば、様子をみながらセイは自分から声をかけるつもりだった。

 

 だが、どうやら違う。違うならば認識を修正しなければならない。セイはそれが少し面倒だった。いきなり積極的に話しかけてくるキユキへの対応を再び思案する必要がでてきたし、実際、何を話していいか分からなかったからだ。


「話すにしても何もないですよ。こんな田舎町じゃ」

 布で食器を撫で回すセイの手は止まらない。濡れた皿の水滴を拭いては次々に積み上げる。セイの手は少しだけ動きを早めた。


 キユキは見逃さない。

「その田舎町に来たお姉さんに。興味はないのかなって。何だか急いで片付け始めるし」

「いえ、いつもこんな感じです」


『するどいのか?』

 セイはそれ以上手際よく片付けなかったが、働くその手を緩める事もなかった。


「じゃあ、今日の晩御飯はどうだった?」


『続けるのか……』

 セイの声は再び、淡々としたものに戻る。

「スープが旨かったです」


 キユキは笑顔になったが、セイはそれを視界の端から中に入れることはなかった。しかし、声だけは自由に届く。キユキは料理のレシピとか反応、皆の反応とかについて隙間なく喋りだした。

 

「でしょう。あのオニオンスープはねぇ、玉ねぎとバターと小麦粉を一時間近くも炒めないと出ない味なの。今日は初日でしょう?。だからみんなの心をなんとか掴もうと思ったんだけど、やっぱり小さいときってあんまり味覚が敏感じゃないというか、違うというか、そういうところがあるじゃない。だからかなぁ、反応薄くて。でもセイ君くらいの歳になると分かるかなぁと思って、……」


 セイは、皿を洗いながらであったが、まったくもって黙りきるような真似はせず相槌だけ程よく相槌をうった。程よいゆえか、キユキは上機嫌で隙間なく喋る。


「だからかなぁ。反応薄くて、でもセイ君くらいの歳になると分かるかなぁと思って、見てたんだけど、黙々と食べてるだけだったし、私が厨房に入って来たときも感想なしだし。これ、そんなにいい方法じゃなかったかなぁとか思ってたんだけど。そっか、おいしかったかぁ。良かった。そうそう、この料理は南のナスカトートっていう町で知ったんだけど……」


『よく喋るな』

 そのようなキユキに対して、セイは印象を持たざる負えなかった。


 キユキが喋っている間に、シンクの横には水滴も残っていない綺麗な皿が積み上がってた。セイはフライパンなどの調理器具も洗い終え、そして拭き終えていた。セイは布巾で手を拭き、キユキを見て平坦な声で伝えた。


 キユキは喋り続けていたが、セイは会話の切れ目に割り込んだ。


「それじゃあ、俺はこれで」


 厨房を去ろうとするとセイはキユキから少し高い声で呼び止められる。

「あっ、まだ、ちゃんとおしゃべりしてない。あれは料理の感想よね」

「俺は自主的に夜も修練してますから」

「あっ、うん、そっか……」

「後でミフィが温泉に案内すると思います」

「うん。分かった。ありがとう」


 セイは厨房から食堂を通り、キユキを残してその場を後にした。

 続いて真っすぐ向かったのは図書室だ。扉の前まで移動してドアノブに手をかける。

 扉を開くと、すぐに跳ねるような女子の声がセイに届く。


「お疲れさま。どうだった?」

「まあ、普通なんじゃないか」

 

 セイに第一声を届けたのは女子最年長の14歳のミフィだ。彼女は二人掛けのソファーの端に座っている。彼女の前には四角いロウテーブルがあり、その奥には同じソファーが配置され、ソファがテーブルを挟んでいるインテリアとなっている。


 テーブルの上にミフィの脚が伸びていた。左の足首の上に右の足首がちょこんと重ねられている。無地の黒い靴下がその足から太もも膝までを隠している。そこから上はスカートの生地が覆っているので、靴下が何処まで続いているかは分からない。ミフィの太ももの上には画集が広げられていた。


 ミフィの隣には13歳のカリナが、三人座る事ができそうなくらい詰め寄って座っている。もう一方のソファーには12歳のヒースが寝転がって雑学書を読んでいた。セイの姿を見て、ヒースは席を空けるために脚を床に下して、佇まいを座る姿勢に直した。


 セイは図書室の中に歩を進める。ミフィ達が座るソファの後を通り過ぎて、セイはカリナの横に座った。


「いや、三対一っておかしいだろ!」

「いや、この配置はフラれてんのかって気になるだろ?」


 ヒースの叫びに、セイはぬるい口調で切り返す。顔もとぼけたものだ。セイは改めてヒースの横に座り直し、おもむろに尋ねた。


「怒るなよ。俺はいつも側にいるだろ?」

「止めろ気持ち悪い」


 ヒースはまずい料理でも見たかのように、セイを見て、口を横長に歪めた。ミフィは横に座るカリナの方へ瞳をずらす。二人の目は合い、それとなく微笑む。


 クォーサイドタウンの孤児院における歳の順で、上から数えた四人がソファに座っている。


 セイ  15歳

 ミフィ 14歳

 カリナ 13歳

 ヒース 12歳


 図書室の天井の術印はカリナによって灯されている。日が沈んだ後の室内であるが、術印の明りは四人のみならず周囲も分りすく照らしていた。


 図書室の両壁は本棚で、半分程度が本で占有されており、キャパシティをすべて使い切っていない。小型の植木鉢を置く余裕もありそうだ。本事態は背表紙が日焼けしたような古いものが少々あるが、圧倒的に真新しいものが多い。


 皆の表情も良く見える。セイの表情はキユキと話していたときより全体的に柔らかい。声も明るいものだ。夕食時と比べれば、それはソファーに腰掛ける四人全員にも言える事だった。


 そのような雰囲気の中、セイは皆にキユキとの会話の内容を伝えた。一通りセイの話を聞いて、ミフィは右から左へパタンと太ももの上の本を閉じた。


「夕食の時も年少組のお世話しながら楽しそうに食べてたよね? 自分で選んでここに来たのは本当かも」


 カリナの座席位置に変化は無かった。


「私の光術を見ても特に驚いてなかったから報告書を見たって言うのも本当だと思う」


 ヒースは頭の後ろで手を組んで、背のクッションに体重を預けた。わずかに圧縮された空気が繊維の間から抜けて行く。

「途中で嫌にならなきゃいいけどな」

 

「まあ、その辺は本人も言ってたけど、明日からだな」

 

 セイは皆を見渡して伝え、最後にミフィがセイの感触を尋ねた。


「じゃあ、お兄ちゃんのどう思ったの?」

「かなりまともなほうだと思う……。だけど、喋りたがりな所はあるかもしれない」


 カリナが首を傾げて、その黒髪が輪郭をなでる。


「喋りたがり? 話をするのが好きって事?」

「多分、そんな所だと思う」


 ミフィが再びセイに向かう。

「お兄ちゃんは何を話したの?」

「相槌を打ったくらいだよ」


 反射するようなミフィの金色の瞳が、吸い込むようなセイの黒い瞳を見つめていた。ミフィによるセイの観察。パチクリと数回のまばたきの後に終了。


「ふーん。じゃあお風呂に行こっか」


 ミフィはセイの事をお兄ちゃんと呼ぶ。ミフィより一つ年下のカリナは、セイを兄さんと呼び、ミフィを姉さんと呼ぶ。彼らより下の年齢の者も似たようなものだ。しかし、彼らは血の繋がった兄弟ではない。それは彼らが成長と共に形成した人間関係の一つだ。


 今しがた、キユキの様子をセイが報告し、皆で検討を付けたのも、ある意味において彼らの習慣的な振る舞いの一つなのかもしれない。ミフィの言葉を最後に四人は図書室から退出し、解散した。

 

 セイとヒースは男子年長組の部屋へと戻り、それから剣を片手に庭で修練を始めた。


 ミフィとカリナは女子部屋に帰った。ミフィだけが風呂用の着替えなどが入ったバケットを持ってすぐに部屋から出てきて、孤児院内の一室である保護部屋へ向かう。


 ミフィは保護部屋の扉をノックした。間をおきもう一度ノックする。扉の下の隙間から光は出ていない。廊下に面してある窓はカーテンが掛っているがその奥は暗い。ミフィは2度目のノックで不在を確信した。ミフィは少し思案してから年少組の部屋へと向う。


「きゆきさんいるー?」

「いるですよー」


 ミフィに返事を返したのは年下の女の子。11歳のルネだ。ルネは年〝小〟組ではない。年長組だ。天井の術印を点灯するためにここにいる。もとより面倒を見るために年少組の幼子達の部屋によくいるのだが、今日は一応のセキュリティーガード。


 セイが言ったようにクォーサイドタウンの孤児院の少年少女達に暴力沙汰があった過去はない。加えて公国は子供に手出しをすると重い罰が下る。しかし、頭のおかしい不審者めいたい人物が、新たに孤児院の保護役に就任する可能性は0ではない。セイ達は一応、そのあたりも警戒していた。


 警戒を他所に、キユキは照れくさそうにミフィに答えた。


「あっ。ミフィちゃん。来てくれたのね」

「……。なにしてるの?」

「あはははは……」


 ミフィは少し唖然としている。


「まあ、楽しんでるだけですよ」


 ルネがほのぼのと答える。茶をすすっている老人の如く、目を横一文字にしている。


 キユキとルネは二つのベッドに分かれて対面して座っていた。ところがキユキの背中と側面には、5人の幼子達がベットの上に立ったり座ったりして群がっている。幼子達はキユキの腰まで伸びる髪を頬に当てたり、指先でワチャワチャとしていた。


「もう、そんなにしちゃほつれちゃうでしょ?」


 ミフィはやんわりと注意したが幼子達は悦には入って止らない。最年少のレオは肌触りの良さから毛先をアムアムと口にしている。


「はい。こっち」

 そう言うとミフィはレオに近づき抱き上げた。レオは不意に離され、あっ、と言ってキユキの髪に手を伸ばす。が、反応が遅くその手は空を握る。


「お口にいれちゃだめよ」

と引き続きミフィは優しくレオを諭した。レオは向きをミフィに変えて満足そうに抱きつくだけだった。


「キユキさん。そろそろお風呂に行かない? 案内するわ」

「ええ。ありがとう。じゃあ、みんな、お風呂の用意が出来る子は用意しよっか?」

 

 キユキに促されて、五人の幼子達はそれぞれのタンスの前に移動してバケットに衣類を積め始める。素直なものだ。ただ、3歳のレオは遅れをとっているので、キユキが一緒にバケットに衣類を詰めてやった。キユキは既に風呂の用意を済ませて年少組の部屋に来ていたので、皆の準備が整う。


 キユキとミフィ、そして5人の幼子達は孤児院の外に出た。庭ではセイとヒースが剣を交えている。ミフィとセイの視線は交わったが、二人共、特になにも喋らなかった。ミフィは皆を引き連れて村の温泉へ向けて歩き出す。


 

 月明かりが十分にあり、夜道においても地面の石畳は見えていた。歩みが止まる事はない。しかし、歩き続けていたミフィ達の前に、月の光が遮られたのき影が現れる。。 


 濃密な暗闇を前にしてキユキのスカートが赤色の光を出した。〝点灯〟であるが、天井の照明のように、術印から直射されていない。スカートの生地の奥から、傘つきの蛍光灯のように、淡い赤色光が溢れている。キユキが灯した明りで影の夜道は、随分と歩きやすいもになった。


 ミフィは口を閉じたまま横目でチラリとその様子を見た。


 田舎であるからひと気はない。幼子達はキユキとミフィの近くを歩いたり、数歩先まで走りって止まったりしている。戯れつつも遅れずに付いて行く。


『子供達が悲しんでたらどうしようって思ってたけど』

 キユキは、ふと思い出した。


 前任の保護役が死去してキユキが新たに就任するまで1ヶ月程度の空白期間があった。この期間でヒトの喪失の傷が癒えるとはキユキは思っていなかった。孤児院の子供達が悲観にくれていた場合は一人一人と向き合って行かなければならない。クォーサイドタウンに来るまでの間にそのような事も考えていた。


 しかし、先ほど対面した幼子達は少なくともその様子がない。

 

 キユキは心の内で安堵していが、やはり不思議にも思っていた。思った事が口をつつき、少し声のトーンを押さえて、キユキはミフィに身の回りの状況を尋ねた。

 

「少し心配してたんだけど、みんな大丈夫みたいね」


 遠まわしな言い方であったが、ミフィはすぐにその意味を理解した。


「ああ、うん。私達はね。そういうのに耐性があるから」

「そうなの?」

「キユキさん達は違ったの?」

「ううん。違わない。悲しくても段々と慣れて来て……。でも小さいときは辛かったかな」

「そっか」

「みんな強いのね」

「そうだといいんだけどね」

「違うの?」

「一応、ちゃんと泣いてたりはするよ。一緒に寝て、お布団湿らせて、実際おねしょで湿らされてってやって、乾かしていくの。キユキさんみたいに次ぎの〝保護役〟の人が来る頃には何とかなってる時が多いかな」

「みんな仲良しなのね?」

「どうなんだろ。私達は私達の事しか知らないからね」

「自分で自分達の事を信じてもいいんじゃない?」

「疑っては無いけどね。でも客観的にどうかっていうのは別の話でしょ?」

「うーん。……。そうかもしれないわね」


 それからミフィはキユキのスカートを見つめた。


「ねえ、結構、速かったよね」

「ええ、一応、〝指導役〟でもあるから」

「そっか」

「……」

「……」


 それとなく沈黙が訪れるのは、二人が出会って間もないからであろうか。何かを話すには時間も気心も足りていなかった。

 セイから話しを聞いていたから、ミフィは歩いて程度キユキがまともな人間だとは思っていたが、今だ観察の任を解いていない。加えてキユキの光術の技量について思う所がある。

 キユキは、セイの愛想がないのは性格ではなくて意図的なものだったのかと、皿洗いの後に思っていた。幼子達と態度が違いすぎる事に違和感を感じていた。


 二人は二人の距離間がつかめないまま、温泉との距離だけを縮めた。無事に温泉のエントランスをくぐる。ランタンの中のロウソクの光りが広がりキユキはスカートの生地の奥の光は際立ちが薄れた。温泉は男湯と女湯は明確に分かれており、皆は当然、女湯に進む。


 脱衣所に入ると、室内が暗い。キユキは再びスカートを光りが目立ち、周囲を明るくしていた。


 幼子達はスルスルと服を脱ぎ始める。しかし、手足が引っかかる者もいる。3歳のレオと4歳メイだ。二人は彼らより年上の5歳のクロエやラルフや6歳のセリアに手伝ってもらってあっという間に裸になる。



 5人に風呂の保育は必要無さそうに見えるが、普段から必ず年長組の誰かや保護役が一緒になって温泉にまで来ている。5人だけでは絶対に来ない。幼子達は夜道が怖いのだ。今はキユキとミフィが来たから素知らぬ顔で温泉まで来たが5人だけで行く事になると泣き始める。ごく自然に暗闇を怖れている。


 昔はミフィがよく幼子達を連れてきていた。今でもまれに連れてくるが、ミフィの年齢があがると下の妹のカリナやルネが引き継いだ。男子も連れて行く事はあるが、今一、人気にんきがない。


 キユキも幼子達と同様に一度一糸まとわぬ姿になる。布を胸元で押さえて胸の膨らみと体の一部を隠す。布から見え隠れしている右の太ももの部分には術印らしき模様が刻まれていた。円の中に格子状のモチーフが描かれていおり、赤色の光を放っている。


 同じく一糸まとわぬ姿のミフィは、布を胸元で押さえて胸の平地を隠すが、キユキとは異なり太ももに術印がない。代わりにバケットの側面には紙に描いた術印が貼り付けれていし、バケットの中には術印が描かれた木の札が入っている。


 体に刻んだ術印は、光術の光源利用とは別に、身体強化を発動するために必要となるものだ。キユキは防衛線と呼ばれる紛争地域での戦闘のために術印を身体に刻んでいた。ミフィも出兵までには、その地域に滞在するために太ももに術印を刻む。今はM公国モートポレストの制度上、不用と判断されて、身体に術印は刻まれていない。光の利用は紙や木の札に描いた術印に頼っている。


 光術の習得は女性側の義務だ。それゆえ、幼子達が男子と風呂に行きたがらない。術印がもたらす光が無いからだ。



 幼子達は光を持つキユキの残された手を引く力を強める。今にも走り出しそうだ。どうやら温泉で一緒に遊ぶ気も持ち合わせているようだ。勢いが笑顔に張り付いている。


 ミフィの胸元を隠していない残りの手は、横に大きく広げられて、幼子達を止める。


「はい。ストォォップ。止まれ。止まれよ。ピシッ。動いちゃダメ」


 幼子達は止まる。ミフィは微笑み腰を曲げて微笑み幼子達の二つの瞳とそれぞれ視線を交差させていく。


「言ったでしょ。ここから先ははしゃいだらダメって。言葉は魔法よ。私の言葉とみんなの耳をつなげてくれる大切な魔法。今日はキユキさんが来たばっかりだから分かるけど、私はここであなた達が転んで怪我して欲しくないの。私の魔法わかる?」


 5人の幼子達は微笑むミフィに対して真剣な表情を浮かべてコクリと頷いた。それからキユキに絡まる手を離し、キユキの側に佇んだ。


 キユキは目を丸くしてミフィを見た。キユキが言いたい事が分かったのかミフィから口を開く。


「中々言う事を聞いてくれない時もあるんだけど。上の子が分かり始めて段々下の子も物分りが良くなって行ってって感じかな」


 キユキは、ふふ、と笑って胸のふくらみを揺らす。


「そうなの? ミフィちゃんの魔法じゃないの?」

「言葉は魔法じゃないでしょ? みんな何度かぶつかって、そうやって覚えていっただけ。忘れやすいから、私はそれを少し思い出させてあげただけね」

「そっか。ミフィちゃんは保護役もやってるの?」

「ううん。私は私のやりたいようにやってるだけね。結局、一緒に遊んじゃうときもあるし、注意しててもケガしちゃうし、どうしようない運に流されてる事も多いわね」


 ミフィはヘクチ、とクシャミをする。


 キユキが

「行きましょうか」

と促し、ミフィも

「そうね」

と答え皆は露天風呂に向かった。


 風呂用の木の札に描かれた術印をミフィは持ち出さなかった。


 露天風呂には洗い場がキチンと用意されている。カーポートのような壁面がない屋根が設備を守っている。シャワーまではないが、湯銭の一部を引き込んだ石造りの水槽に湯が流れている。


 湯船は天然の岩を切り出したものだ。15メートル四方程度と同程度はあろう。湯の中には無骨な石の支柱が四本建てられており、こちらにも一部にだけだが屋根が設けられている。


 地下から湧き出る温水の大部分は、大人の背丈ほどの高さにある小型の浴槽に留まり、雨どいのような注ぎ口を通りすぎて、重力落下で湯船に叩き付けられている。この設計は不評だ。いかんせんうるさい。飽きが来たクォーサイドタウンの村人はほぼ全員がそう思っている。


 好評なのは五人の幼子達だけだ。湯船に落ちる温水を独占して戯れている。もちろんキユキをその下に連れて行く。


 幼子達が一段落してキユキは改めて、湯船に浸かる幾人かの村人と挨拶を交した。それから、孤児院13人の子供の事をミフィに尋ねた。ミフィはその一人一人の姿が浮かび上がるように答えて行く。幼子達は幼子達は自身らだけで闇夜の路地を帰ることが出来ないため、湯船から出たり入ったり、二人の会話に割って入ったりしていた。


 孤児院の設備に風呂はない。村の大多数の家屋も同様だ。あったとしても一々風呂を炊いている者などいない。この温泉はクォーサイドタウンの衛生面の要だ。


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