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イグニション前の速度より  作者: 紀
【序章】
10/82

アンロック

◆ ◆ ◆


 〝光術こうじゅつ〟とは一般的に人の皮膚に刻んだ模様――通称:術印じゅいん――を通して肉体を一時的に強化する技法である。しかし、光術はその効果の代償に発動すると人の寿命を消費する。


◆ ◆ ◆


 

 標高の低い山々は丘陵地帯となっている。山頂は低く丸みをおびて中腹の傾斜もなだらかだ。広大な丘陵地帯と比べればせせこましくもみえるが、その一部は歪な円形の平地となっている。


 この区域はM公国モートポレストのはずれにあるクォーサイドタウンという村だ。人口約180人。山に生い茂る落葉樹は季節がら葉を落とした茶褐色。しかし樹皮に守られた成長組織のは生きており枝ぶりも良好だ。緑が息吹く春の訪れを待っている。



 円形の平地の大部分はが畑や放牧地で、そのためのほったて小屋や中規模の牛舎などが点々とある。しかしながら、円の中心部は家屋が並び小規模の居住区画を形成している。開発思想にゾーニングの観点が見受けられる。


 居住区各は石やレンガや木材で造られた家屋が並ぶ。もっぱら平屋で戸外には井戸が設けられている事が多い。その中ので一際大きい角ばった木造建築が見える。公国において〝孤児院″と呼ばれる施設だ。


 ここ、クォーサイドタウンの孤児院で13人子供達の世話をしている女性がいた。名前はメレディスはという。彼女は一通の提案書を公国内の役所施設に送り、まもなく寿命を迎え死亡した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

提案書

・日付 

 1051年 x月y日


・製作者 

 メレディス・フィリー


・提案内

 ミフィ・レティアルフロー (14歳) について


 該当女子は非常に優れた才能を持ち、当方の指導を超えた光術の技術を身に付けている。ただちに優れた〝ドロワー〟の指導下に置く事を提案する。以下、速度についての……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 メレディスの書簡は、荷馬車で各都市をまたぎ、政治的中心都市Kキーセントリアまで届いた。


 数日後……。


 K市キーセントリアの役所施のカウンター。

 その上に置かれた1枚の紙には、寄りそうように一人の女性が立っている。女性は紙上で万年筆を動かし、なめらかにインクを落として行く。


――キユキ・エシュリスタ――


 フルネームは美しく整っている。 

 キユキはカウンターの上に万年筆をそっと置き、横を向いて白いスカートを膝裏に折り込みながら腰を落とした。しゃがんだキユキは足元の古びたカバンと相対する。


 カバンの形は菓子箱を大きくしたような直方体で、ぐらつくこと無く行儀よくたっていいた。革製で茶色を基調としているが、ところどころに焦茶や黒色の小さな擦り傷が残ってる。


 キユキがカバンを開くと、すぐにもう1枚の紙が姿を現す。彼女はそれを手にとり取り立ち上がった。カウンターの上にはキユキのサインが入った2枚の書類が並ぶ。


 届出 防衛線ぼうえいせん滞在終了 …… キユキ・エシュリスタ

 証明 防衛線ぼうえいせん滞在終了 …… キユキ・エシュリスタ

 

 事務的な内容であるが、穏やかさも混じる女性の声がキユキに届いた。


「滞在期間8年と14日。既定日数の経過によりキユキ・エシュリスタの任務を終了とする。と、いうことだ。お疲れ様、キユキ」

「はい、ありがとう、リル」


 キユキはブルーアイを細く閉じて微笑む。肩にかかる金髪は揺れない、穏やかな笑み。キユキは白のワンピースで包まれおり、袖は長い。フリルなど華美なものはなく肩から左の足首へ装飾としての布がかけられていて、コートのようにも見える。


 対するリルはジャケットのような格式ばった上着に下はフレアスカートである。白いシャツを着ているのでカウンターから上を見れば秘書のような装いだが、全体をみれば大人しめに着飾った都市部の住人と同じように見える。


 キユキとリルは旧知の間柄で、親友と呼ぶに相応しい関係だった。再会は約10年ぶり。昨晩酒場で終わらせている。今日はキユキの事務手続きにリルが付き添っている形だ。


「コートを取ってくる。少し待ってろ。直ぐ表に回る」


 リルはキユキに伝えると側に立つ男性の役人に謝罪した。すまない、仕事を奪ったな、と。役人のほうも、大丈夫ですよ、と朗らかに答えて、リルと事務窓口の位置を入れ替えた。

 

 リルとキユキは歩幅を合わせて役所施設を後にする。出入り口をくぐった後も同じ方向へ向け横並びで歩く。石造りの回廊かいろうを歩きながら、キユキはリルの頭からつま先までを余す事無く品定め。


「やっぱり変な感じね。リルが働いてるなんて」


 何を言っているんだ? と言わんばかりの表情でリルの言葉が詰まる。キユキにはリルのその表情が少し可笑しかった。数年をまたぎ二人の距離が離れても、リルの表情がいつもと同じように崩れるということがキユキの心を喜ばしていた。


 リルはキユキの瞳をみてから穏やかに切り返す。


「いや。お前ほどじゃないだろ…… 防衛線の織姫」

「知ってたの!? 昨日は何もいわなかったじゃない」

「使い所が難しくてなぁ」

「もう。使わなくていいのに。誰が教えたの?」

「噂は広がるよ。遅くてもな。ふふっ」

「笑わないでよ。私が言ったんじゃないんだから」


 キユキは進行方向を向いて少し唇を尖らした。事実少し尖っている。


 その子供じみた表情がリルにとっては微笑ましかった。しかし心の中には影が挿す。

『あいつは彦星じゃなかったんだな……』


 彦星にあたるのはキユキの夫だ。防衛線と呼ばれる公国の敵勢との均衡地域にて獅子奮迅の活躍をしていた。彼が彦星とならなかったのは一年に一度だけ会う二人の関係を寂しく思った同僚達が敢えてその名前をつけなかったからだ。今となっては一年に一度でも会える関係の方が良かったと思っている者も多い。キユキの旦那は防衛線での〝滞在期間〟中に命を落としている。


 リルは頭によぎった言葉を一度は心にしまい込んだ。別の言葉を見つけて語りかける。


「お前の姿を見たかった〝テイカー〟も多かったって事だ。だから、そういう道があってもいいんじゃないか?」

「うん。でも、結婚はもういいかな。中継基地を離れるときも少し申し訳なかったしね」


 リルの瞳は鋭くなりキユキを睨む。歯切れ良く言葉を並べ冷気も混じる。

「引き止められたのか?」


 キユキほほんとして「ん?」とあさっての方向に視線を流す。それから視線を前方に戻し、少し寂しそうにリルの質問に答えた。


「ううん。そんな事はなかったんだけどね」

「じゃあ気にするな。14日も余分に滞在したんだ。十分すぎる。それで、次ぎは何をするんだ?」

「やっぱり覚えてない。飲ぉみぉぃすぅぎっ」


 キユキはムッと口を結んだ。


 それでも上品な表情だ。黙って澄ましておけば気品さえ備えているのに。そうも思うがクルクルと表情を変えて喋るキユキの顔をリルは愛していた。昔と変わらぬ愛嬌が残っている事を嬉しく感じていた。


『二年もすぎれば、そうなるのか……』


 キユキの夫について思うところはリルの中に残っている。二人が再会してからキユキは夫の事で笑うことはあっても泣くことはなかったのだ。ここ数日、リルは心の中に出てくる疑問が浮ぶたびに仕舞い込んでいた。

 

 しかし、二人の別れの時間が近づく。思うばかりで時を過ごすには惜しい親友は、再び旅立ち、また異なる時間を過ごす事になる。そう思ったリルは軽く顎を引き石畳を見て、そして、空を見つめて、喋り出した。


「杯が軽すぎたんだよ。隣であいつが煽ってくるから」

「元気そうだった?」

「けだるそうだったな。でも満足げにお前の事を見てたよ」

「ごめんね。一緒に帰ってこれなくて……」

「いつもキユキの側にいるって言ってたぞ。俺は気持ち悪い奴だからって」

「うん……。ごめん。ごめんね……」


 リルはキユキは胸に抱きかかえてやった。キユキも鞄をおとしてリルの背中に両腕を回した。キユキとリルは幾人かの、ことさら幾人かの男性の注目を集めたが、二人はそれを気にも止めなかった。

 キユキはひとしきり泣いて、リルの側から離れた。


「もう、あんまり心配かけたくなかったのに」

「私はキユキの泣き顔を見るのも好きなんだよ」

「悪趣味ぃ」

「そうかもな。でもさっきの涙で十人は落とせたぞ?」

「それは本当にもういいの。私はこれからお姉ちゃんになるから」

「お姉ちゃん?」

「次ぎのお仕事の事ね」 


 キユキは鞄を拾ってリルに渡した。リルが荷役を引き受けると、キユキは両腕をふわりとリルの腕に絡ませた。キユキはリルに腕組みでひっつき、ふふ、と嬉しそうに笑う。リルとキユキの頬と頬は近く、リルもくすぐったそうに微笑む。


 二人の脚線はゆっくり前方に振られる。二人の足はカカトから着地して、ゆっくりつま先から離れる。かすかな足音はゆっくりとリズムをとる。


 昨晩、煽ったブドウ酒で記憶を奪われているリルに、キユキは今一度、説明した。


「あのね。私、クォーサイドタウンの〝保護役ほごやく〟になる事にしたの」

「ああ、覚えてる気がしてきた。でもド田舎だろ? あそこは」

「そうみたいね」

「気にしてない感じだな」

「〝防衛線〟より田舎の所なんてないでしょ?」

「そうだな。でもあそこくらい田舎だと〝指導役しどうやく〟とも兼任になるんじゃないのか?」

「そうね。優秀な〝ドロワー〟の卵がいるらしいの」

「卵の方からは移動の希望は無かったのか?」

「ええ、無かったみたい」

「まあ、優秀ならどこでやっても大して変わらんか」

「昔の私よりは優秀そうよ?」

「そうなのか?」

「速度だけだとね」

「お前の持論を受け継ぐのか?」

「欲しがったらね。無理強いはしないかな。私もそこまで指導役が目当てじゃなから」

「じゃあ、保護役が目当てか?」

「うーん、それも、どちらかと言うとってくらいで……。私ね、自分とは違う生き方をしている弟と妹を見てみたいの」

「弟と妹? ああ、それでお姉ちゃんになりに行くって事か。水商売でも始めるのかと思ったぞ」

「もう。ふざけてるの?」

「わるい。でも何でお姉ちゃんなんだ?」

「ほら、姉妹や兄弟って憧れるじゃない?」

「……まあ、思い入れは大事だからな……」


キユキは少し眉間に皺を寄せてリルをじっとみつめる。

「私はまだ26よ」

「私は歳の話はしてないぞ」

「むぅぅ」

「なんだよ」


 リルはとぼけた声で答えたが、キユキの眉に潜んだはしばらく続いて、二人は見つめあった。


 リルが穏やかに問いかけて、二人は普段通りに語り合う。

「で、何人いるんだ?。その孤児院には」

「13人」

「血縁関係は?」

「みんな一人っ子みたい」

「最年長は?」

「15歳」


 リルは眉間に中指をそえる。


「11歳差かぁ……」

「もぅ! してるじゃない! 歳の話」


 キユキはまた拗ねた顔でリルから鞄を奪い取った。すかさずリルがキユキの手からカバンを奪い返す。キユキは再び笑みを浮かべリルの腕に絡まった。

 

 二人は役所施設の別棟へ到着し、キユキは中で就労の手続きをすませる。

 そこから二人は、またしばらく街路を歩く。中央都市に相応しいきらびやかな服飾や宝石の類をガラス越しに見る。


 公国において、それらは誰もが手にする事ができる物品だ。高嶺の花ではない。公国の民は皆、防衛線で光術の影響下で戦う事が義務付けられている。


 言い換えれば公国民の寿命は約30年であり、財産形成に興味を示す者がいない事がその理由の一端だ。寿命を迎えればリユースされる。きらびやかな物品はクオリティーや秀美を求めるヒトの心の反映に過ぎない。


 ただ、流通の過多などは多少は生じる。そういった意味で。ここK市キーセントリアは1000年近く国の中央都市として人口とその機能を維持し、他の都市と比べてきらびやかだ。


 ヒトが行きかう華やかな街路を通り二人が次ぎに目指しているのは別れの場所だ。馬車の背が見えて歩みは遅くなるが、それでも二人は止まる事無く停留所に行きつく。

 

 キユキは馬車を背にして、リルは街路を背にして静かに別れの言葉を交える。


「会って行ってやらないのか?」

「ええ。それでも私達もやってきたし、リルだって行ってないんでしょ?」

「ああ、まあ、それはな……」

 キユキは、ふふ、と笑う。


 馬車の御者が出発の時刻を告げる。


 キユキはカバンを地面に素早く置いて、リルの両手をとり、少し早口でまくし立てる。

「元気でね。リル。落ち着いたら手紙を出すから遊びに来て」

「分かった。お前もたまには帰ってこいよ。キユキ」

「リル」

「何だ?」

「やっぱりさみしぃいぃ」


 キユキは涙目になってリルに抱きつく。リルは薄く苦笑いを浮かべ包み込んでやった。


「残ればいいじゃないか。だったら」

「リルも泣いて」

「無茶言うなよ」

「じゃあ後で泣いて」

「分かった。後で泣いておくから。つらくなった何時でも戻ってこい。私は歓迎するよ」

「ううん。がんばる。私はお姉ちゃんになるんだから」


 キユキはリルから離れクスンと一息。涙を止めて別れを告げる。


「それじゃあ行ってくるね」

「ああ、行ってこい。元気でな」

「うん。リルも元気でね」

 

 カバンを拾い上げるために、手間に垂れてきたキユキの頭を、リルは見逃さずに優しく撫でてやった。

 キユキは馬車に乗りガラス越しに笑顔で手を振る。

 馬車が出発するとリルは言われた通り瞼の縁から一粒の雫を落とした。


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