初指名依頼10
何か考えがある様子のコウスケだったが、アリシア王妃へと飼い猫用の首輪を送った後は口を閉ざしそのまま謁見は終了した。
その後、謁見の間から退出したコウスケと爺は、会議の準備が整うまで休んでいてくれ。と担当だろう人物に言われ一室に通されていた。
部屋まで案内をした者に丁寧に頭を下げ扉を閉める爺。
そんな爺が振り向くと、部屋の中央に置かれた見るからに座り心地の良さそうなソファーへと飛び込むコウスケの姿が。
コウスケは二三度弾みながらも腰を下ろすと、ソファーの前に置かれたローテーブルへと足を投げ出し、更に深く体を沈めた。
そんなコウスケを見た爺は
「流石にその振る舞いには注意させていただきますぞ?」
そう言いながら、しかし、コウスケが座るソファーとは別の方向へと歩いていく。
その言葉を聞いたコウスケは、背もたれに頭を乗せる様に少し仰け反ると
「あぁ言う固い場は慣れてなくて疲れんだよ。良いじゃんこのくらい」
と、文句で返す。
しかし、どこへ行ったのか爺から返事は返って来なかった。
コウスケは再びソファーへと体を沈めた。
足を下ろす様子は見られない。
しばらくすると、爺は車輪の付いた配膳台、所謂ワゴンと呼ばれる物を押しながら現れた。
その上には、お茶を淹れる一式とお茶請けが。
ワゴンを押してコウスケの元へと向かう爺は
「疲れていると言う事は、その様な無作法の理由にはなりませんぞ?疲れている時こそ、それを周りに悟らせぬ様振る舞うのが貴族の作法というもの」
と、まるで先程の会話の続きの様に言った。
「いや俺貴族になりてぇワケじゃねぇから」
直ぐ様否定するコウスケ。
しかし爺は、押してきたワゴンをコウスケの足が乗るローテーブルへと横付けすると
「しかし今はなりたいので御座いましょう?」
そう言うと、コウスケに背を向ける様にワゴンへと体を向けた。
その言葉を聞いたコウスケは僅かに眉を寄せたが、直ぐ様表情を戻し
「?・・・あぁ!それは違うぞ?今は、じゃなくて今‘だけ’は、な?‘だけ’だから、‘だけ’!」
そう訂正した。
コウスケの訂正を背中で聞いていた爺は、湯気が立ち上がるカップを乗せたソーサーを手に振り向く。
そして
「例えそうだとしても、ここで偽物だと見抜かれたく無いのであれば本物の振る舞いを覚えるべきで御座います。身に付けておいて、この先損になる事は御座いませんぞ?」
そう言うと、腰を折り手にしたソーサーをローテーブルの上へと移動させる。
しかし、そこにはコウスケの足があり置く事は出来ない。
爺は丁度コウスケの足の上辺りでソーサーを止めると
「・・・まずは、この足からで御座います」
コウスケの目を見ながらそう言った。
不満げな顔になったコウスケだったが、爺の目から「引くことは無い」とでも悟ったのか
「下ろしゃ良いんだろ?下ろしゃ!」
そう言って、ローテーブルへと上げていた足を下ろすコウスケ。
直ぐ様その場所へ置かれる飲み物。
爺は満足げに数度頷いた。
その様子を見上げたコウスケは
「ってか、単に足上げてたのが気に食わなかっただけだろ?回りくどい事言わずに‘下ろせ’で良かったんじゃね?」
そんな疑惑を口にする。
しかし爺は
「滅相も無い。全ては坊っちゃまの為で御座います」
と、お茶請けを出した。
そんな爺へと疑いの目を向け顔を顰めるコウスケ。
手探りでカップを手にすると一口啜る。
そして
「嘘つけ」
そう呟き、懐からタバコを取り出した。
その瞬間、ワゴンの二段目から灰皿が出てくる。
その光景に、更に顔を顰めたコウスケは
「・・・何かハラ立つな?」
再び呟くのだった。
お茶を飲みながら菓子を食べ、タバコを吸いながら寛ぐ。
そんな環境にコウスケが、ここは喫茶店だ。そう錯覚し始めていた頃
「随分と寛がれてい様ですが、宜しいのですか?」
そんな言葉が爺から投げ掛けられた。
その言葉に、尚も喫茶店気分のコウスケは
「何が?」
と、腑抜けた様子で答えた。
そんな様子のコウスケにも表情を変える事無く
「小次郎様にお話を伺うのではありませんでしたか?」
淡々と尋ねる爺。
その言葉に
「あぁ・・・すっかり忘れてた」
そう呟くコウスケ。
「そのご様子では、また計画を変更する事になりますぞ?」
心配の言葉を無表情で放つ爺。
爺の言葉に両肩を竦める様な仕草を見せたコウスケは
「そうだな、じゃあ聞いてみますか?リリィちゃんに」
そうニヤリとして言った。
しかし、やる気を見せたコウスケの言葉に
「今からで御座いますか?」
そう眉を寄せ言う爺。
その視線は近くの窓へと向かった。
まだ昼前と言う事もあり、外は日の光で溢れている。
それを敢えて確認する様に視線を向けた爺は、更にそれを教える様にコウスケへと視線を戻す。
それを見たコウスケは、視線を爺と窓の間で何度か往復させた後
「ん?・・・いや、聞きに行く訳じゃねぇぞ?」
そう答えた。
コウスケの答えに、爺は黙って視線を上下左右に動かし始める。
それは何かを考えている様だった。
そんな爺の様子をコウスケが何も言わず眺めていると、不意に忙しく動いていた爺の視線がコウスケの手元で止まる。
コウスケはニヤリと笑みを浮かべた。
「・・・成る程。坊っちゃまが親指に嵌めておられる魔道具。そして、ホワイト様や・・・スワン伯爵様へ送られた魔道具と同じ物を小次郎様も持っておられるのですね?」
本来の主であるエドを何と呼ぶかに一瞬の迷いを見せたものの、そう辿り着いた答えを述べる爺。
爺の推理に
「ビンゴッ!」
そう爺を指差し声を上げるコウスケ。
「まぁ小次郎にはさっき渡したばっかりだけどな?」
そうも続ける。
「首輪・・・で御座いますか?」
コウスケの言葉を聞いて、そう尋ねる爺。
「正解。本当は前々から作ってあったんだけど、小次郎が嫌がってさ?お蔵入りしてたんだけど丁度良かった。あんなに喜んでくれるんなら名前も入れてやろうかな?リリィちゃん。って」
爺へとそう答えたコウスケは、首輪を付けられた時の小次郎を思い出す様に視線を上げると、そう続けて首を傾げる。
コウスケの言葉に僅かに表情を引き吊らせた爺は
「とてもその様には見えませんでしたし、そんな事をすれば二度と着けて頂けなくなるかと・・・」
そう口にした。
爺の言葉に
「かもな?」
そう言って、鼻で笑うコウスケ。
「まぁそれは別に良いんだよ。重要なのは、これで暫くはからかうネタが出来た。って事の方だから」
そう続けて、ニヤつくコウスケ。
表情を顰めた爺は
「なんと意地の悪い・・・戻った際には細やかでも何か労いをして差し上げねば」
そう決意した様に呟く。
「ミルクに生魚出したヤツが何言ってんだか」
爺の言葉に、茶化す様な言葉を投げるコウスケ。
それを聞いた爺は
「・・・記憶に御座いませんな?歳のせいでしょうか?」
真っ直ぐに前を見ながらそう答えた。
呆れた表情を浮かべたコウスケは
「どっちがイイ?政治家かよッ!?と、調子の良い時だけ年寄りぶんなッ!?と」
そう尋ねた。
爺は
「・・・ここは一刻も早く小次郎様に連絡を取るべきかと」
そう言って、僅かに目を逸らす。
「逃げたな?・・・まぁいっか。そうしますかね?」
そう言った後、気持ちを切り替える様に一つ息を吐いたコウスケは普段通り親指の魔道具を発動させた。
そして、爺がその様子を横目で窺う中
『小次郎君、小次郎君。こちらご主人様のコウスケ。応答せよ!』
と、何故か無線の様に念話を飛ばすコウスケ。
しかし
『・・・』
返事は返っては来ない。
結果を催促する様な爺の視線に、首を横に振るコウスケ。
ただ、コウスケに諦めの色は無い。
何故ならば、返ってきた無言の中に確かな怒気を感じたからだ。
念話中の強い感情は、時として相手に伝わる場合がある。
返事が無くとも感情が伝わって来たと言う事は、少なくとも繋がりはしている。と言う事。
それで返事が無いと言う事は、単に相手が答えまいとしているだけ。
そう考えたコウスケは、今日一番の酷く悪い笑みを浮かべると
「成る程。どうしても答えたくなる様な言葉を寄越せ!と?」
そう呟く。
その呟きで状況を悟ったのか、爺は目を閉じ左右に首を振った。
そんな爺の様子も気にする事無く、コウスケは笑みを深めると
『こちら再びご主人様のコウスケ。聞こえてるのは分かってんぞ?返事をしなさい。・・・リリィちゃん(笑)。プッ』
そう念話を飛ばす。
すると、間髪入れずに
『誰がリリィちゃんじゃッッッ!!!』
怒気と言うよりは殺気を孕んだ返事がコウスケの頭の中に響いた。
予想の遥か上を行く大音量に、思わず肩を竦めるコウスケだったが、次の瞬間には再び口元を歪ませ
『コラコラ。顔が怖いぞ?リリィちゃん(笑)』
見えもしない表情を注意する。
『・・・必ず食い殺してやるから覚悟しておけッ!』
小次郎からのそんな返事にも、コウスケは腹を抱えて吹き出す。
『リリィちゃん(笑)がそんな事言っちゃダメだぞ?』
そう更に煽る内容を返している。
内容は聞こえず、コウスケの様子のみが目に飛び込んでくる爺だったが、やはり状況を悟ったのか目を閉じ首を左右に振った。
今回は深いため息と共に。




