初指名依頼9
コウスケを凝視する黒猫。
その黒猫の背を撫でる王妃。
その様子を見上げるコウスケ。
僅かに時が止まる中
「坊っちゃま。大臣達がこの後の具体的な段取りを打ち合わせ始めましたぞ?」
周囲の状況を冷静に把握していた爺が、コウスケの背後から声をかける。
その言葉に我に返ったコウスケは
「アレ、小次郎だよな?」
そんな疑問を返した。
「あれ程見事な黒猫は珍しいかと」
コウスケの背後からははっきりとした答えは返っては来なかった。
その答えに不満げな顔をしたコウスケは
「いやメッチャこっち見てるけど?」
と、望む答えを引き出そうと続ける。
「その金髪と立派な髭に戸惑っておられるのかもしれませんぞ?」
しかし今回もはっきりとした答えは返っては来ない。
それどころか、またしても髭をからかって来る始末。
ため息をついたコウスケは、同意を得ることを諦めたのか
「・・・よし!アレは小次郎だ!間違い無い!そのつもりでこれから動く」
そう宣言した。
「どうなさるおつもりで?」
直ぐ様背後の爺から質問が飛ぶ。
コウスケは僅かに振り向くと
「あの光景、どう見える?」
そう問い返した。
「随分可愛がられているご様子で」
そう答える爺。
その答えに小さく頷いたコウスケは
「あぁ、俺もそう見える。って事は、もしかしたら小次郎が情報を掴んでるかも知れねぇ。だろ?」
そう得意気に笑う。
「では、あの小次郎様かも知れない黒猫を回収して話を聞く。そういう事で御座いましょうか?」
コウスケの言いたいであろう事を、そうまとめる爺。
コウスケは答えはしなかったが、肩越しにニヤリと笑みを返した。
ここまで一切表情を崩す事が無かった爺だったが、コウスケの笑みを見て呆れを浮かべる。
そして
「お戯れが過ぎますぞ、坊っちゃま。その様にコロコロと計画を変えていては、悪い方へと転がるのは目に見えております」
と、説教の様な言葉が飛ぶ。
その言葉に、笑みを消し眉を寄せたコウスケは
「じゃあどうすんだよ?立てた計画がダメになったんだ。仕方がねぇだろ?」
そう言い返した。
「その計画とやらも、初めて聞いた時には耳を疑ったものです。少し考えればこうなる事は予想が付く筈で御座います。計画性無くして計画は建てられぬのですよ?」
静かに告げられる爺の言葉に
「なッ!?予想出来てたんなら言えよ!」
そんな文句を返すコウスケ。
しかし直ぐ様
「失敗しなければ学べない事もあるのです。坊っちゃまの為で御座います」
と、言い返されてしまうコウスケ。
「ぐぬぬ・・・」
わざわざ口でそう悔しさを表したコウスケは
「・・・悪い方に転がるか試してやる」
挑発する様に言い放った。
「一度引いて計画を練り直す事を強くお勧め致します。と、一応は言わせていただきますぞ?」
コウスケの言葉を聞いた爺はそう答えた。
今回は表情に出す事は無かったが、その言葉には呆れの感情が多分に含まれていたのだろう。
しかしそんな爺の言葉に
「私、失敗しないので!」
そんな言葉をしたり顔と共に返すコウスケ。
爺がどのような反応を示すのかを期待している様な表情だった。
しかし、そんなコウスケのネタのようなセリフに
「そんな人間は居りません」
と、至って冷静に答えた。
コウスケは分かってはいても、面白くないという表情で
「・・・そりゃそうか」
そう呟き、再び視線をアリシア王妃へと向けた。
愛しそうに未だに黒猫の背を撫でているアリシア王妃。
そんなアリシア王妃へ
「それは王妃様の猫でしょうか?」
と、言葉を投げ掛けた。
膝元の黒猫へと向けていた愛しそうな視線を、コウスケへと向けたアリシア王妃は
「いえ。私の猫と言う事は・・・昨日、どこからか迷い込んで来た様で。これ程綺麗な毛並みの猫ですからきっとどこかで飼われていて、本当はいけないのでしょうけれど・・・お腹も空かせていた様ですし、私にもこの様に懐いてくれています。なので居たい間は置いてあげようかと」
そう言って、黒猫を再び見下ろした。
「それが良いでしょう。猫とは自由気ままな生き物です。元居た場所へ帰りたくなれば、自ら出ていくでしょう。実は私も同じ様な黒猫を飼っていまして」
アリシア王妃の言葉に、同意の言葉を返したコウスケは続けてそう言った。
そのコウスケの言葉に
「まぁ!そうなのですか?」
と、嬉しそうな声を上げるアリシア王妃。
「はい。私も随分と可愛がっておりまして・・・旅の途中でお土産を買ってしまう始末。今回はそれが過ぎてしまいまして・・・しかし、丁度良かった。王妃様の猫にもきっとお似合いになると」
興味を示したアリシア王妃に、コウスケはそう言って懐へと手を入れた。
当然コウスケの懐には何も入ってはいないが、懐から出したコウスケの手には確りと何かが掴まれていた。
コウスケを見下ろしていたアリシア王妃は、コウスケが取り出した物に目を凝らすと
「・・・それは何ですか?」
そう尋ねる。
コウスケは見え易い様に取り出した物を掲げると
「飼い猫や飼い犬に着ける首輪です。可愛い物が見付かりまして、つい買い過ぎてしまったのです。どうです?王妃様のその黒猫にも良くお似合いになると思いますが?おひとつ如何でしょう?」
そう言って、掲げていた首輪を差し出した。
コウスケの言葉に、目を輝かせるアリシア王妃と、顔を顰める黒猫。
「頂いても宜しいのですか?」
そんな確認の言葉を口にするアリシア王妃だったが、腰は既に浮いている。
「勿論でございます」
そう答えたコウスケは、首輪の到着を待ち焦がれている様子のアリシア王妃へと一歩踏み出そうとする。
しかし、それを背後の爺が止める。
「直接はなりません。少し待っていれば、誰か取りに参ります」
そう小声で告げる爺。
その言葉に動きを止めたコウスケは、左右を確認する様に首を振った。
すると、爺の言葉の通り兵士が一人、コウスケの元へとやってくる。
その兵士へと首輪を渡すと、首輪を受け取った兵士はその首輪を確認する様に眺めた後、アリシア王妃の元へと運んだ。
その首輪を受け取ったアリシア王妃は直ぐ様黒猫に着ける。
そして、首輪を着けた黒猫を見て
「あぁ、リリィちゃん。凄く似合っていますよ?」
と、嬉しそうに話しかける。
満足そうなアリシア王妃だったが、コウスケの目には明らかに黒猫が顔を顰めている様に映った。
その様子を見たコウスケは、確認してみようとでも思ったのか
「えぇ、とてもお似合いですよ?リリィちゃん(笑)」
そう笑顔で黒猫へと話しかける。
すると、アリシア王妃の膝元から、凡そ猫からは有り得ない殺気の籠った視線が届く。
ニタリと口元を歪めるコウスケ。
コウスケには見えてはいなかったが、背後に控えていた爺もその光景に両眉を上げていた。
濃密な殺気を浴びるコウスケは、アリシア王妃の膝の上にいる猫が小次郎だと確信するのだった。




