初指名依頼6
「オラオラッ!アンタは目が見えねぇのか?太陽はとっくに昇ってんのに、朝飯が出てきてねぇぞッ!」
王城内にある地下牢の一室から、そんな声が響く。
地下牢へと降りる階段の直ぐ下には、この地下牢を見張る兵士の詰め所が。
そこに詰めていた兵士は、奥から響くそんな言葉にため息をついた。
「ハァ、またかよ?・・・うるせぇぞッ!囚人の分際で食事なんか要求してんじゃねぇッ!!」
兵士はため息の後、声を張り上げてそう返した。
「人権侵害反対ッ!人~権~侵~害~ッ!」
黙らせようと兵士が張り上げた声に返って来たのはそんな言葉だった。
これには表情を顰める兵士。
兵士はそんな表情のまま腰を上げると、薄暗い地下牢の奥へと歩き出す。
そして、ある牢の前で足を止めた。
牢の鉄格子へと体を向けた兵士は、今歩いてきた廊下よりも更に暗い牢の中を覗き込んだ。
その牢の中からは、人権侵害と歌う様な声が。
その声は、兵士が鉄格子へと近付いたのに気付いたのか、途中で止んだ。
それを合図に兵士が口を開く。
「飯を持って来たら食うのか?」
そんな質問を暗がりへと放る。
すると
「当たり前だろ?他の使い道なんて俺は知らねぇぞ?」
そんな答えが返ってきた。
その答えに、呆れた表情を浮かべた兵士は
「どうやって食うんだよ?」
と、更に質問を続ける。
暗がりからはため息が返ってきた。
そして舌打ちの様な音も聞こえた後
「食器があればソレ使うし、無けりゃ手で食うさ!口に放り込む方法なんていくらでもあんだろ?」
そんな答えが。
しかし兵士は呆れた表情を崩す事無く
「それでか?」
そう返した。
そんな兵士の短い返しに、暗がりの中から立ち上がる様な音の後、固い地面を素足で歩く様なペタペタと言う音が聞こえ
「何か問題でも?」
そう言って、上は肌着の様な薄いシャツ、下は下着、そして何故か頭に軍の兵士が被る兜をつけた男が明かりに照らされる位置まで出てきた。
兵士は、そんな薄着兜男の姿を確認すると
「どう考えたってソレだろ?ソレッ!」
そう言って、薄着兜男の兜を指差した。
しかし薄着兜男は、兵士のそんな言葉に後方を一度確認するように振り向くと
「・・・何?」
と、兜を兵士へと向け直す。
僅かに頬を痙攣させる兵士。
しかし、気を静める様に深く息を吐き出すと
「オレ達が三人がかりでも引き剥がせなかったその兜の事だッ!そんな物被ったままで飯なんて食えねぇだろッ?」
静めきれなかったのか、やや声を荒げて言った。
薄着兜男は、兵士のそんな問いに手を腰に当て、僅かに前へと傾けた兜を左右に振った。
兜で表情は見えないが、おそらく呆れた表情をしているに違い無い。
兵士にそう思わせる様な仕草だった。
「そんなに興味があるなら持って来いよ?飯。どうやって食うか見てけば良いだろ?」
そう答える薄着兜男。
「オッ?何だ?ようやくその顔を拝ませてくれる気になったのか?」
そう意外そうな声を上げる兵士。
しかし薄着兜男は
「え?兜のままで飯食う方法が知りたいんじゃないの?」
と、惚けた様に答える。
その答えに、疲れた様な表情で頭を掻いた兵士は
「いい加減素直に話ちまえよ」
そう少し落ち着いた声を出した。
「何の話だよ?」
兵士の様子に、薄着兜男も真面目な声色で返す。
「そりゃ当然、何でアリシア様を狙ったか?に決まってんだろ?」
薄着兜男が真面目に答えそうだと感じたのか、兵士は尋問の様な質問を口にする。
「またその話かよ?何度も言っただろ?ただ話が聞きたかっただけだって!」
ウンザリという感情が兜越しでも伝わって来るような薄着兜男の言葉。
しかし、その答えは何度も聞いていたのか、兵士も同様にウンザリとした表情で
「そんな話で言い逃れ出来ると思ってるのか?誰が信じる?この国の王妃だぞ?話がしたいからって簡単に会える様な方じゃ無いのは分かってるだろ?だからお前も兵士に成り済まして近付こうとしたんだろうが?」
そう反論した。
ただ、その口調は先程から比べれば随分と穏やかなモノになっていた。
まるで、薄着兜男を心配しているかの様に。
そんな兵士の言葉に、やや間を開けた薄着兜男は
「・・・俺の事心配してんのか?アンタ見かけによらずいい人だな?」
初めて柔らかい声を出した。
それを聞いた兵士は、真剣な表情を崩す事無く
「そう思うならオレには本当の事を話せ。なっ?」
そう言って、鉄格子に手を掛ける。
鉄格子に手を掛ける事で、真剣な表情と目を見せている様だった。
薄着兜男はそんな兵士の目を真っ直ぐに見返すと
「・・・なら、俺から先にひとつ聞いて良いか?」
そう尋ねた。
その問いにひとつ頷いた兵士は
「良いだろう!」
そう答える。
薄着兜男は、兵士同様鉄格子に近づくと
「さっき、アリシア様はこの国の王妃だって言ってたけど、俺が聞いた話じゃ今は王妃じゃない筈なんだけど?」
そんな言葉を小声で呟いた。
それは問いなのか問いでは無いのか分からない様な言葉だったが、それを聞いた兵士は途端に表情を変えた。
鉄格子に掛けていた手をスッと離した兵士は、酷く低い声で
「・・・どこでそんな話を聞いた?首都の住人でもまだ知らされていない情報だぞ?誰に頼まれた?」
と、薄着兜男を睨み付けた。
そんな兵士の言葉に、おどける様に肩を竦めた薄着兜男は
「答えてくれるんじゃなかったのか?・・・何だよ。良いヤツだと思ったのに」
と、軽い調子に戻した。
その言葉に、兵士は更に何かを言いたげに睨んでいた目に力を込めたが、不意に力を抜くと
「・・・まぁいい。その情報を持っていたと言うだけで十分だ。拷問で聞く事が増えた。それだけでお前の死刑は変わらんからな」
そう哀れむ様な表情で目を逸らした。
「それも人権侵害だろッ!・・・まっ、好きにしろよ?俺はその王妃様・・・まぁグテイとか言う人でも良いんだけど、そのどっちかと話せれば良いから。どうせ裁判に出てくんだろ?どっちかは?」
薄着兜男は、兵士の‘拷問’と言う言葉にも怯む事無く、頭の後ろで手を組むとそう気楽に言って腰を下ろす。
そのまま寛ぐ様に仰向けに横になった。
それを見下ろした兵士は
「・・・裁判?何を言っている?お前の様な者の為にそんなもの開かれる訳が無いだろう?拷問で全てを吐かせた後は、速やかに刑を執行するに決まっている」
そう冷たく告げた。
「ハァッ!?」
そう声を上げ、自らを冷たく見下ろす兵士へ兜を向ける薄着兜男。
兵士の表情からそれが事実だと悟ったのか
「マジかよ?・・・侵害する人権すらねぇのか?」
そう呟く。
しかし、そう呟いただけで慌てるような様子を見せる事は無く、再び兜を暗がりの方へと向けた。
「思惑通りに行かなくて残念だったな?強がって見せてるみたいだが、絶望感で一杯なんだろ?」
兵士がそんな言葉を落とす。
「・・・別に」
薄着兜男は兜を動かす事は無かったが、口調は軽いモノのまま答えた。
「もう数日で自分の人生が終わるって聞いて絶望しないのか?・・・じゃあ今何を考えてんだ?」
同情なのか、興味本意なのかは分からないが、兵士はそんな少し意地の悪い質問を投げる。
その質問に薄着兜男は
「ん~・・・それならここにはもう用はねぇ!って事かな?」
横になったままで答えた。
それを聞いた兵士は吹き出す様に笑うと
「そりゃお前はそうだろうな?」
そう言って肩を揺らした。
しかし直ぐに表情を引き締めると
「だがコッチにはまだ用があるんだ・・・なに、心配しなくても死体になりゃここから出て行ける」
そう言って、薄着兜男の反応を窺う様に眺めた。
しばらくそうして眺めていた兵士は、不意に視線を切ると何も言わずに階段下の詰め所へと戻って行った。
兵士の足音が止んだ頃。
横になっていた薄着兜男はムクリと起き上がる。
そして、徐に兜に手を伸ばすと、意図も簡単にそれを脱いだ。
脱いだ兜を見つめた薄着男は
「何だよ!裁判ねぇってそんなのアリかよ?・・・はぁ、時間無駄にしたぁ~・・・夜んなったら帰ろ」
そう呟く。
この日の夜、牢に閉じ込めていた囚人が一人消えた。
頑なに兜だけを脱がなかった囚人だ。
その囚人はどうやって逃げ出したのかは分からなかったが、その囚人がいた牢には兜が一つ転がっていた。
そして、兜を置いていったその囚人は、何故か鉄製の重い扉を持ち帰った。
城の兵士の間では、人では無かったのでは?と言う噂が流れたのだった。




