初指名依頼3
ハック商店に身を潜めていたコウスケと小次郎は、街の活動が停止した深夜に商店を出た。
静寂に包まれた街中を、闇に紛れるように駆けるコウスケ。
人の寝静まった時間とは言え、夜間警備の兵は少ないがいる。
ハックからそう聞いていたコウスケは堂々と大通りを進むことはせず、出来るだけ人目につかない様な道を選んでいた。
そこへ、コウスケの肩に乗る小次郎から声が掛かる。
「・・・何じゃ?その仮面は?」
外に出た瞬間から仮面をつけていたコウスケ。それがどうにも気になった様だ。
小次郎からの質問に僅かに顔を向けたコウスケは
「コレ?見られた時の保険だよ?取り敢えず顔さえバレなきゃ何とかなんだろ?」
と、足を止める事無く答える。
小次郎はそれを聞いて
「フンッ。顔なぞ見んでも臭いで分かるじゃろうに」
そう鼻で笑う。
コウスケは、おそらく仮面の下で呆れ顔を作り
「人間は臭いで個人を判別出来る程鼻良くねぇんだよ?」
と、声を抑え返す。
「目に頼り過ぎじゃ」
小次郎のそんな言葉を
「ハイハイ、気を付けます」
と、軽い言葉で聞き流すコウスケ。
するとそこで小次郎が視線を上げた。
肉球が飛んでくるかも。と警戒していたコウスケは吊られる様に小次郎の視線を追う。
しかしコウスケには、漆黒の夜空が見えるばかり。
「どした?何か見えんのか?」
気になったコウスケは堪らず聞いた。
それを聞いた小次郎は、一瞬驚いた様な表情をした後直ぐに呆れを浮かべ
「困ったヤツだ。あれ程巨大な建物が見えんとは・・・目まで悪いのか?」
そう呟く。
それを聞いたコウスケは小次郎が見ていた方向へと目を凝らすが、やはり闇夜しか見えなかったのか首を捻る。
しかし、数度首を捻ると
「・・・って、夜目が利くのは猫なら当たり前だろッ!人間は見えなくて当たり前なんだよッ!!構造上の問題だッ!」
思い出した様にそう言った。
「全く・・・目も利かぬ、鼻も利かぬで良くもこんな依頼を受けたものだ」
小次郎はそう言うと、首を左右に振った。
「だから受けたくて受けたんじゃねぇよッ!それに、そんな能力が無くてもやれんだよ。いくら夜中だからって城の中は少しは明かりがあるだろうし、そもそも鼻は必要ねぇ!」
肩の上の小次郎にそう抗議するコウスケ。
しかし小次郎は
「この距離でアレが見えん様では、少しばかり明かりがあろうと大した事は無いの?」
そう抗議の声を上げるコウスケを茶化した。
コウスケは小次郎の言葉に小さく舌打ちをするが、徐に無表情は仮面を小次郎に向けた。
無表情な仮面がニヤリと笑っている様な気がした小次郎は
「な、何じゃ」
奇妙な物でも見る様な顔で尋ねる。
するとコウスケはゆっくりと進行方向へと顔を向け
「小次郎・・・目に頼り過ぎだぞ?」
そう答えた。
コウスケのそんな言葉に
「なッ!?・・・五月蝿いわッ!」
鼻に皺を寄せ答える小次郎。
二人は全く忍べてはいなかった。
城の敷地へと忍び込んだ二人。
今は城を取り囲む様に建てられた城壁の内側に、身を屈める様にして潜んでいた。
「随分と高く作った壁じゃな?余程中が大切な場所と見える」
屈んだまま辺りの様子を伺うコウスケの肩の上で、小次郎が背後の城壁を見上げながら呟く。
そんな小次郎の呟きに
「・・・まさか小次郎、今からどんな所に忍び込むのか理解してねぇのか?」
そう言って小次郎を見やるコウスケ。
小次郎はキョトンと顔で
「何がじゃ?この馬鹿デカい建物じゃろ?」
そう答える。
「アホかッ!ここはこの国の中心で中枢。全てはここで決められて、それを決めるのがこの国で一番偉い王様。この国の人間は誰も王様には逆らえない。んで、その王様が住んでるのがこの馬鹿デカい城だ。大切なんてモンじゃねぇぞ?警備も半端ねぇだろうしな?」
小次郎の緊張感の無い言葉に、表情を引き締め答えるコウスケ。
しかし小次郎は
「ほう?ワシを撫で回して悦に入っていた、あの無駄に偉そうな人間は本当に偉い人間だったのか」
そうコウスケの肩の上で納得する。
「今更かよ?・・・まぁでも分かっただろ?」
そう言って、再び周囲の様子に目を向けるコウスケ。
城を囲む城壁と城の間には、一面に芝生の様なものが敷かれた遮蔽物の無い開けた空間が広がっていた。
その広い空間に、チラホラと見回りの兵の物らしき明かりが見えている。
コウスケは、その対処方を考えていたのだ。
しかし
「今はその偉いヤツが居らんのだろう?そもそも、ここへ忍び込むのも其奴の頼みだった筈。誰も逆らえんと言うのならば、大手を振って正面から入れば良いではないか」
再びコウスケの肩の上から、そう声を掛ける小次郎。
そんな言葉に、一度天を仰いだコウスケは
「今その話するッ?」
うんざりと言った様子で答えた。
「短期なヤツじゃのう・・・分かった分かった。ワシも早く戻って眠りたいからの。仕方無く手伝ってやるわ!ホレッ!何をすれば良いのか言ってみろ?」
茶々を入れるのに飽きたのか、どうでも良いと思い直したのか、態度を一転させる小次郎。
そんな小次郎に
「え?・・・それは・・・ん~・・・」
と、言い淀むコウスケ。
歯切れの悪いコウスケの様子に一度目を向けた小次郎だったが、言葉を待とうとでも思ったのか視線を前方へと向ける。
しかし、直ぐ様別の可能性に気付いたのか二度見の要領でコウスケに目を向けると
「貴様・・・まさか無理矢理連れて来ておいて、何をさせるか考えて居らんかった等と言う訳ではあるまいな?」
そう静かに低く問う。
スッと視線を前方へと向けたコウスケは
「・・・まさか、こんなにもスンナリと言う事を聞いてくれるとは思って無かった。小次郎を連れてくって言った時の、あのおっさんの顔を見たかっただけでした。小次郎の仕事はもう終わってます。ご苦労様でした」
そう言って、誰も居ない方へ頭を下げた。
コウスケの改まった言葉に頬をピク付かせる小次郎。
「ぬかしおったな小僧ッ!今すぐその首筋に食らい付いて、噛み殺してやるわッ!」
そんな声を上げた小次郎は、直ぐ横に見えるコウスケの首筋へとカプ付いた。
小次郎の言葉と行動に、迷惑そうな顔をしたコウスケは
「バレるだろ?ヤメロよ?」
そう言って、首筋にハムハムと食らい付く小次郎を引き剥がす。
力づくで引き剥がされた小次郎は
「ワシが元の姿だったならば、その命は無かったぞッ!」
そう言って、小さな肉球でコウスケの頬を押す。
頬をされるがままにしているコウスケは
「元の姿がどれくらいデカいか知らねぇけど、今以上のサイズだったら肩に乗せてねぇから。そもそも今そんなに弱ぇのに、デカくなったぐらいじゃ高が知れてるだろ」
そんな言葉を返す。
コウスケの言葉に、怒りが頂点に達した小次郎は百獣の王宛らの目力で‘にゃ~’と一吠えすると、隠していた爪を剥き出しにした。
「痛ッ!痛いから!爪!爪出てる!」
そう言って、その爪から逃れようと顔を逸らすコウスケ。
「貴様なぞ、城を吹き飛ばすついでに消し飛ばしてやるわッ!」
そう威勢良く吠える小次郎。
しかし、小次郎の攻撃から逃れる事に成功したコウスケは
「だから!それやって良いなら俺がやってるって!」
そう言い返した。
「貴様を消し飛ばすと言っておるのだッ!!」
焦点のズレたコウスケの言葉に、更に怒りを募らせる小次郎。
コウスケは
「アァ~・・・まっ、それは戻れてから言えよ?」
納得した様な声を上げた後、嫌味で返した。
「今に見ておれッ!」
そう言って、歯噛みする小次郎。
そんな様子の小次郎を見て、ヘラヘラと笑うコウスケ。
大声で言い合っていた二人の元には、ユラユラと揺れる明かりが集まって来ていた。




