嫌な予感
「って事は、来客はキャンセルだな?んで、俺も直ぐに旅を再開できると」
クーデター発生の一報を受け、エドと執事から発せられる張り詰めた空気の中、コウスケはそう嬉しそうな声を上げた。
コウスケのそんな言葉に、流石に鋭い視線をコウスケへと向けるエド。
「それはそうかも知れないけど・・・コウスケは気になったり、心配になったりしないのかい?陛下とも、セレーナ様とも知らない仲じゃ無いだろう?」
エドの咎める様な言葉に
「いやいや、どっちも一回会った事あるだけだから!セレーナに至っては助けてるからね?俺」
そう言うと、肩を竦めおどける様な仕草で返すコウスケ。
そんなコウスケの言葉に、呆れる様な驚く様な表情になるエドだったが、ひとつため息を吐くと
「‘有事の際の呼び出しは受けない’だったね?まさか本当に有事に当たる出来事が起こるとはね・・・まぁ、そうなった時、コウスケが本当に断るとも思って無かったんだけどね?」
そう言って、背もたれに深く体を預けた。
友人から失望の色を感じ取ったコウスケは、僅かに罪悪感の様なものが生じたのを感じたが
「そんなモンどうせ、腹違いの兄弟とか、何か不満のあった貴族とかが起こしてんだろ?そんな内輪揉めに巻き込まれるなんて御免だねッ!」
それを打ち消そうと自分に言い聞かせる様にそう言った。
それを聞いたエドは、盛大に顔を顰めると
「まだ誰が首謀者かは分かっては居ないんだから、滅多な事は言うもんじゃ無いよ?只でさえ、既にコウスケの言った事が起こっちゃったんだから!それもどちらかが本当になったら大変な事になるじゃないか」
そうコウスケに注意を飛ばす。
冗談だったとは言えクーデターが実際に起こった事で、コウスケには既に実績がある。
エドからしてみれば、心底止めて欲しいと思うのも仕方の無い事だった。
しかし、そんなエドの言葉を聞いたコウスケは
(アレッ?そう言えば今までにも同じ事があったよな?・・・アレ?これって何か補正掛かってんじゃね?いやいや、そもそも俺は異世界に来てんだ。これってもう主人公だろ!って事は、俺に掛かってんのは主人公補正って事になるんじゃ・・・)
黙り込んだコウスケは、そんな事を考える。
そして、徐々に表情を明るくしていったコウスケは、最後には満面の笑みを浮かべ頷いた。
そんな様子のコウスケへ
「だ、大丈夫かい?コウスケ。ニヤけ始めた時は流石に怒ろうかとも思ったけど、この状況でそこまでの笑顔を見せるなんて・・・気でも触れたのかい?」
と、心配の言葉をかけるエド。
しかしコウスケは、そんなエドの言葉など耳に入っていないのか、突然立ち上がる。
そして、満面の笑みを浮かべていた顔を引き締める。
突然のコウスケの奇行に顔を引き吊らせたエドは、思わず仰け反らせる様に体を引くとコウスケを見上げた。
エドの目には、立ち上がったコウスケが尋常では無いものを瞳に滾らせ、その瞳をギラギラと輝かせている様に見えた。
そんなコウスケは、徐に拳を握ると大きく息を吸い込む。
それを見たエドは困惑しながらも、何か言おうとしている。そう予想を立て、コウスケの言葉を待った。
エドの予想通り、口を開いたコウスケは握っていた拳を突き上げ
「今すぐ巨乳の新ヒロイン登場ッ!!」
そう叫んだ。
何の脈絡も無いコウスケの言葉を、直ぐには理解出来なかったエドは瞬きを繰り返す。
これまで微動だにせず控える事に徹していた執事さえも、このコウスケの叫びには思わずチラリと視線を動かす程だった。
天に向かって雄叫びと拳を上げたまま、動かないコウスケ。
そんなコウスケに、ようやく理解が追い付いたエドが
「コウスケッ!!君は一体何をッ・・・」
体を怒りでプルプルと震わせた後、勢い良く立ち上がりそう声を上げるが、その声をノックの音が途中で遮る。
当然、部屋の中にいた三人は、音のした扉に目を向ける。
その音に途中で言葉を切ったエドは、顔を顰めながらも執事へと目配せをする。
それは先程の様に執事に対応を頼むものだった。
しかし、主の命を受けたそんな執事よりも早く動く者が。
勿論、残るコウスケだった。
コウスケはノックの音にいち早く振り向くと
「キタッ!!」
そう声を上げ、ソファーの背もたれを飛び越えると扉の取っ手に手をかけた。
取っ手に手をかけた状態でエドと執事へ振り向いたコウスケは、ニヤリと口元を歪ませると、何も言わず扉へと向き直る。
エドと執事には見えてはいないが、扉へと向き直ったコウスケは目を爛々と輝かせていた。
そして扉を開くコウスケ。
そこには
「あ!え?・・・ッ!?マ、マツナミ様!?」
と、コウスケの姿に驚く、巨乳でも無ければ女性でも無い、エドの屋敷の使用人の姿が。
そんな使用人の姿に
「ハァ?・・・何か?」
怒りの眼差しを向け、威圧する様に言い放つコウスケ。
「え、えっと・・・りょ、領主様に、し、報せが入ったので・・・お、お届けに・・・」
コウスケの言葉に、使用人は震えながらそう答えた。
執事か悪くてもエドが出てくると思っていた使用人が、客であり主と同じ伯爵という爵位を持つコウスケが出てくるなどと思う筈も無い。
しかもそのコウスケは、何故か機嫌が悪い。
一介の使用人である彼にとって、この状況は恐怖以外の何物でも無かった。
「ん!」
そんな怯える使用人へ、変わらず不機嫌なままのコウスケが不機嫌な声でそう言い、手を差し出す。
コウスケが手を動かしただけで首を竦める使用人だったが、コウスケの要求が何なのかを理解すると、その手に畳まれた紙を乗せた。
そして
「ス、スイマセン!スイマセンでしたぁッ!!」
そう言って頭を下げると、逃げる様に走り去っていった。
少し間を空けて静かに扉を閉めたコウスケは、元いたソファーへと戻ると音も無く腰を下ろす。
そんなコウスケへ
「あんまり家の使用人を脅かさないでよ?」
そうエドが声をかけた。
面白くない。そんな感情を顔に張り付けたコウスケは
「ハァ・・・言った事が実現すんじゃねぇのかよッ!クソッ!」
そう吐き捨てると、拳を握り目の前の机に叩きつける。
「一回くらい言った事が本当になったからって、そんな虫のいい話がある訳無いじゃないか?・・・って言うか、ソレ。僕宛だろ?潰さないでくれよ?」
悔しがるコウスケをそう諭したエドは、その後コウスケの握りこぶしを指差す。
そんなエドの指摘に
「あ!悪ぃ」
そう返したコウスケは、クシャクシャになった紙をエドへと渡した。
「あぁ~あ」
コウスケからその紙を受け取ったエドは、そんな声を上げながらも紙を開く。
内容に目を走らせるエドが、読み終えたのか目を上げ、その目をコウスケへと向けた。
そんなエドに、眉を寄せたコウスケは
「・・・何だよ?」
そう問うが、エドは勿体ぶる様に黙ったままだ。
すると、そんなエドを見詰め返していたコウスケが突然
「ッ!?まさか巨乳美女からかッ!!」
そう閃いた様に目を見開く。
エドは、そんなコウスケの言葉に
「まさか」
表情を変えずに、そう短く返すと
「少し考えていただけだよ・・・何かお考えでもあるのかな?」
考えていただけだと答え、その後呟く様にそう言った。
「紛らわしい事すんなよ!」
そう憤るコウスケだったが
「・・・陛下からか?」
エドの呟きが聞こえていたのか、そう続けて言った。
そんなコウスケの問いに
「え?うん」
そう答え、再びコウスケが握りつぶした紙に目を落とすエド。
「何だって?」
見える距離では無いが、覗き込む様な仕草で聞くコウスケ。
コウスケの言葉に、エドは手元から視線を上げると
「陛下達は予定通り、このプレーヌスへお見えになるそうだよ?」
そう答えた。
「ハァ?クーデターの事知らねぇのか?」
そう聞き返すコウスケ。
「それは無いと思う。知った上での判断なんだと思うけど・・・」
コウスケの質問にそう答えたエドだったが、最後は言い淀み首を傾げると、眉を困らせた。
「まさかこの状況で遊びに来るって事はねぇだろ・・・何か嫌な予感がする・・・」
エド同様、首を傾げるコウスケだったが、何かを感じ取ったのか、そう呟き表情を曇らせた。
すると、それを見たエドが
「フフッ。その言葉は本当になるかもね?」
吹き出しながらそう返す。
エドのそんな言葉に、顔を引き吊らせたコウスケは
「・・・さぁて。旅を再開する為の準備でもしようかなぁ~」
そう言って、肩を回しながら立ち上がる。
しかし
「陛下がこちらへお見えになる以上は、コウスケにも確りと居てもらうよ?」
恐ろしい笑顔で静かにそう言うエド。
そんなエドを見下ろしたコウスケは
「・・・はい」
そう答え、腰を下ろすのだった。




